幸四郎の義賢、中村屋兄弟の奮闘、代
役巳之助の岩藤の歌舞伎座『八月花形
歌舞伎』観劇レポート

2021年8月3日(火)、歌舞伎座で『八月花形歌舞伎』が開幕した。28日(土)千穐楽まで、1日三部制で公演が行われる。コロナ禍の昨年8月の再開から、クラスターを発生させることなく興行を続け1年。歌舞伎座は、客席の販売を50%に制限し、各部が終わるごとに観客と出演者を入れ替え、消毒作業を行っている。場内での会話や飲食、大向うは控え、退場時はスタッフのアナウンスに従い整列退場を行うよう呼びかけられている。それを意識しながらの来場となるが、幕が開けば「花形」と銘打つにふさわしい、エネルギッシュな観劇体験となった。初日の模様をレポートする。
■第一部 11時開演
第一部は、『加賀見山再岩藤(かがみやまごにちのいわふじ)』が上演される。先行作品となる『加賀見山旧錦絵』で、お家騒動の首謀者として討たれた局・岩藤の後日談だ。死んだ岩藤の骨が寄せ集まり、亡霊となって登場することから、「骨寄せの岩藤」とも呼ばれている。
満開の桜の大乗寺に、多賀大領(坂東巳之助)、側室のお柳の方(市川笑也)たちが、供物の奉納をするべく集まっている。岩藤の一件が落ち着いた多賀家だが、今は、お柳の方が大領の寵愛を受けているのをいいことに、お柳の方の兄・望月弾正(巳之助)が幅をきかせはじめている。これに疑問を呈した花房求女(市川門之助)は、大領の怒りを買い、多賀家から追い出されてしまう。求女を許してもらおうと、大領の妻・梅の方(巳之助)と、局浦風(市川笑三郎)がやってくるのだが……。
『加賀見山再岩藤』左より、二代目中老尾上=中村雀右衛門、岩藤の霊=坂東巳之助 /(c)松竹
本公演は、市川猿之助の六役早替りで上演される予定だったが、公演前の定期的なPCR検査で猿之助は陽性判定を受けた。そこで急遽、6役を引き受けたのが巳之助だ。巳之助は2016年に、巡業公演で猿之助とWキャストで13役早替りを経験している。しかし「骨寄せの岩藤」 に出演するのは今回が初めてのこと。4日の稽古で迎えた初日、巳之助は1役目の大領を、気品をもって、代役と思えない安定感で勤めた。最初の場面を終えた巳之助に、客席から熱い拍手が贈られるのも束の間、2役目の梅の方で登場。美しさの内に湛える悲しみを繊細に表す。続く奴伊達平は、颯爽と登場し華のある立廻りや六方で盛り上げる。悪者の弾正、その企みを暴くキーマンとなる安田隼人、そして亡霊となった岩藤……。見た目、声だけでなく、佇まいから演じ分ける。あまりにも鮮やかで、時には早替りであることを忘れるほどに、ストーリーに引き込まれた。草履打ちの場で、去り際の巳之助の岩藤に、ふと猿之助が重なってみえた。4日の稽古で仕上げた代演だと思い出して鳥肌がたった。
岩藤が目の敵にする尾上役は、中村雀右衛門。愛らしさと健気さが、岩藤の禍々しさとぶつかり合う。巳之助に代わり、鳥居又助を勤めたのは中村鷹之資。巳之助と異なる個性で、舞台に新しい風を送り込んだ。門之助、笑也、笑三郎、そして市川男女蔵、中村亀鶴たちが、手堅く、何事もなかったかのように安定して、歌舞伎座の舞台を支える。幕切れの拍手は、とても大きなものだった。巳之助をはじめ、すべての出演者、舞台裏で早替りや公演を支えたすべてのメンバー、そして有事にも頼れるチームを育み、率いてきた猿之助に向けられた拍手に違いない。7月30日の松竹の発表によれば、猿之助は無症状だという。猿之助の岩藤、巳之助の又助による『加賀見山再岩藤』にも期待が高まる。
■第二部 午後2時30分開演
一、『真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち) 豊志賀の死』
原作は、近代落語の祖・三遊亭圓朝の長編怪談噺。主人公は、富本の師匠・豊志賀(中村七之助)と、弟子であり豊志賀と親密な仲の新吉(中村鶴松)。顔が腫れる病に悩まされる豊志賀を、新吉が甲斐甲斐しく看病している。豊志賀は病気への苛立ちからか、どんな会話も愚痴や嫌味で返し、「私さえ死ねば」と嘆いては新吉を困らせるのだった……。
『真景累ヶ淵』左より、新吉=中村鶴松、豊志賀=中村七之助 /(c)松竹
七之助の豊志賀は、顔の片側が醜くただれ、残る側はいつも通りの息をのむ美しさ。美醜の落差で色気が際立っていた。新吉の助けなしには起き上がれないほど弱っているのに、新吉を困らせることにかけては抜群のバイタリティを発揮。嫉妬や邪推の台詞も、七之助が絶妙な間で放つことで、客席に笑いが起きていた。 鶴松の新吉は、豊志賀に辟易しながらもぎりぎりまで優しさを諦めない、愛情深さと義理堅さを感じさせる。鶴松の持ち前の愛嬌は、四苦八苦するほどに可笑しみとなっていた。噺家・さん蝶を勤めるのは、中村勘九郎。長屋に住む落語家のフラをお芝居で体現。大いに盛り上げ、嵐のように去っていた。羽生屋のお久に中村児太郎、伯父の勘蔵に中村扇雀という配役だ。
先月の取材会で鶴松は、今回の大抜擢が、勘九郎と七之助の薦めによるものと明かしている。だからといって勘九郎と七之助が、鶴松に花を持たせるような演技をすることはない。むしろ兄弟は、隙あらば注目をかっさらうフルパワーの芝居で、鶴松を鼓舞し激励しているようだった。
二、仇ゆめ(あだゆめ)
二幕目は、勘九郎の狸と七之助の深雪太夫による『仇ゆめ』。作・演出は、北條秀司。京都・壬生寺のほとりに住む狸が、島原遊郭の深雪太夫に恋をした。狸は舞の師匠の姿をかりて、太夫を口説きにいく。かねてより師匠に思いを寄せていた太夫は、狸と気づかず両想いを知って喜ぶが、本物の舞の師匠(中村虎之介)がやってきて、偽の師匠の正体がバレてしまう。揚屋の亭主(扇雀)は、“色狸”をこらしめてやろうと、狸と気づいていないふりをして、千両あれば太夫の身請けができると説明する。狸は、よろこんで“千両箱を買い”に行くのだった……。
『仇ゆめ』左より、狸=中村勘九郎、深雪太夫=中村七之助 /(c)松竹
幕が開くと、愛らしい新造が廓の雰囲気を創り上げる。つい先ほどまで、豊志賀に追いかけられていた鶴松だ。七之助もまた、一幕前とは打って変わって、深雪太夫を優美に勤める。高飛車ではなく、可憐で愛らしい傾城だ。勘九郎の狸は、時事ネタあり女雛男雛に見立てた振りもありと、遊び心満点。♪めでたいな、めでたいな、と舞う場面は、浮かれる狸の心中を、勘九郎が人間離れしたバランス感覚、スピード、跳躍で表現。同時に、その身体能力の高さで爆笑を起こしていた。愛嬌たっぷりに演じながらも、エンディングでは静かに涙を誘う。劇中では、途切れ目のない舞台転換や、吸い込まれそうな大きな夜桜の美術なども効果的で、おとぎの世界を見たよう。終演後、いつまでも余韻が残る舞台だった。
■第三部 午後6時開演
一、源平布引滝 義賢最期
第三部は、松本幸四郎が初役で義賢を勤める『源平布引滝 義賢最期(よしかたさいご)』。木曽義賢の壮絶な最期を描く物語だ。幸四郎は先月の取材会で、片岡仁左衛門に教わったと語っていた。
舞台は、義賢の館。前半は、下部折平の正体が多田蔵人(中村隼人)であること、さらに平家方に仕える義賢が、心の中に「打倒平家」の思いを秘めていることが、重厚な芝居で語られる。身重の妻・葵御前(市川高麗蔵)や、蔵人と恋仲にある待宵姫(中村米吉)が雅やかな彩りとなり、百姓の九郎助(松本錦吾)、娘の小万(中村梅枝)、孫の太郎吉(梅枝長男・小川大晴。偶数日は次男・綜真が出演)の親子は和やかな空気を作っていた。
『義賢最期』左より、進野次郎=大谷廣太郎、木曽先生義賢=松本幸四郎 /(c)松竹
ドラマは、平清盛の使者たちの到着をきっかけに大きく動き出す。使者は義賢に、源氏の白旗を出すよう求める。これにシラをきる義賢に、今度は兄の頭蓋骨を踏むように迫る。耐えかねた義賢は、使者のひとりを斬り捨てるのだった。まもなく平家の軍兵たちが、館に攻め込んできて……。
大立廻りの中で披露される「戸板倒し」は、見どころのひとつ。3枚の戸を組み上げた上に義賢が立つと、喝采が起きた。見上げる高さから何の助けもなく落ちはじめると、客席はどよめきの後、再び大きな拍手が湧いた。凄まじい立廻りには舞うような美しさがあり、額や肩から流れる血は赤い花が咲いたような美しさがあった。終盤になると義賢は、肩で息をしはじめる。白旗を預けるべく小万を呼ぶ声は荒々しく、その生々しさが悲しみの解像度を上げる。生まれてくる我が子を思う姿からは、型や様式を超えた生身の義賢を感じた。圧巻の「仏倒し」に息をのみ、次の瞬間、喝采が起き幕となった。
二、伊達競曲輪鞘當、三社祭
最後を締めくくるのは、不破伴左衛門に中村歌昇、名古屋山三に中村隼人、茶屋女房お新に坂東新悟の『伊達競曲輪鞘當(だてくらべくるわのさやあて、通称『鞘當』)』と、市川染五郎と市川團子による『三社祭』だ。
『伊達競曲輪鞘當』
『伊達競曲輪鞘當』左より、名古屋山三=中村隼人、茶屋女房お新=坂東新悟、不破伴左衛門=中村歌昇 /(c)松竹
舞台は、江戸・吉原のメインストリート。2人の浪人、伴左衛門と山三の鞘がすれ違いざまに当たりケンカになる。それを茶屋女房のお新が止めに入るが……。
この場面に起承転結はほとんどなく、話は進むようで進まない。歌昇と隼人は、どちらも笠を深くかぶり、美しい顔を隠している。筋もなく主役の顔も見えず、現代劇の感覚で観ようとしたら、つかみどころのなさに困惑する。しかしこれが、楽しみ方の幅を広げることに気づかされる。声や台詞回しに意識を向ければ、伴左衛門の太さ、山三の柔らかさが見えてくる。派手な羽織の粋な着こなしや、独特の足運びにも、歌舞伎ならでは。ようやく2人が笠を外した時の大きな拍手は、マッテマシタ! の掛け声そのものだった。緊迫した1対1の構図に、花道からお新が加わった瞬間は、パッと視界が開けるような解放感があった。
『三社祭』
『三社祭』左より、善玉=市川團子、悪玉=市川染五郎 /(c)松竹
舞踊『三社祭』は、宮戸川を背景にはじまる。船の上にすらりと立つ2人の漁師。客席から一斉にオペラグラスが向けられる中、振り返った染五郎と團子はとぼけた化粧。客席から、ドッと明るい笑いを引き出した。温かい拍手の中、三社様の呼び名で親しまれる浅草神社の縁起を踊りがはじまる。2人は、キレの良さやしなやかさに個性をみせつつ、息をぴたりとあわせている。おかしみのある振りでは、しっかり笑いを誘う。清元にあわせ、しっとりとした踊った後、怪しい雲がやってきて、染五郎は悪玉に、團子は善玉になった。扇子を使った踊りは高揚感に溢れ、2人が刻むリズムにつられて、観客の頭も心なしかタテノリに。心も弾む舞踊だった。

歌舞伎座『八月花形歌舞伎』は、8月28日(土)まで。どの演目も、何年か後にまた同じ配役で観てみたいと思わせる勢いがあった。なお今月の筋書では、出演者の声を紹介する「花競木挽賑」が、特別企画として俳優のプライベートが垣間見えるアンケートを掲載している。幕間や観劇後に楽しみたい。
取材・文=塚田史香

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