稲垣吾郎主演舞台『サンソン』、その
魅力を白井晃(演出)と中島かずき(
脚本)に聞く

代々続く死刑執行人の家の四代目として、フランス革命期、国王ルイ16世や王妃マリー-アントワネットをはじめとする多くの人々を処刑した男、シャルル-アンリ・サンソン。安達正勝の評伝『死刑執行人サンソン』や、これを原典とした坂本眞一の漫画『イノサン』で広く知られることとなったこの男の数奇な人生が、稲垣吾郎を主演に得て『サンソン-ルイ16世の首を刎ねた男-』として舞台化されることとなった。公演は東京/東京建物Brillia HALL(2021年4月23日~5月9日)、大阪/オリックス劇場(5月21日~5月24日)、福岡/久留米シティプラザ(6月11日~6月13日)の三か所でおこなわれる。
このほど、演出の白井晃と脚本の中島かずき(劇団☆新感線)にリモート取材を敢行、作品への意気込みを聞いた。

■フランスは民主主義を得るために多くの血を流した
――2018年頃から動き出したプロジェクトとうかがっていますが、サンソンという人物を取り上げることになった経緯からおうかがいできますか。
中島 当初はプロデューサーの熊谷信也さんから、白井さんの演出、稲垣さん主演で漫画『イノサン』の舞台化の打診を受けたのですが、画力のすばらしさや残虐性の描写といった漫画の一番の魅力を舞台で出すことは難しいなと思ったんですね。ただ、サンソンという人物には非常に衝撃を受けまして、漫画の原作となった『死刑執行人サンソン』という評伝をベースにするということならば、舞台化できるなと逆提案させていただきました。
白井 僕も安達正勝先生の『死刑執行人サンソン』を読ませてもらって、歴史の陰に隠れた、あまり知られていなかった人、その人生に思いを馳せるとおもしろいドラマになるなと思いまして。そこから書かれた中島さんの台本に今、稽古場で必死に向き合っているところです。これまでフランス革命という激動の時期は、いろいろな角度から書かれていますし、舞台作品にもなっていますけれども、人をギロチンにかけていた人物の視点から見るというのは非常に興味深いなと。
――日本ではフランス革命を扱った作品が多い印象です。
白井 日本を舞台にした作品、例えば大河ドラマでも、江戸幕府ができてからの作品より、戦国時代を取り上げた作品の方が多いですよね。後は幕末から明治にかけての物語がドラマになる。社会が大きく変わろうとしている時代に、いろいろな人々の思いがある、そこにドラマが生まれるわけですよね。そういった意味では、フランス革命とは、世界で初めて起こった、民主的に国を作ろうという動きだったわけで、大きなドラマが生まれたんだろうと思いますし、そこに人々は惹かれるんだろうと。
大きな流れに乗って、本当に波の先まで行ってしまって、自分の本意とは違う方向に進んでしまった人もいるだろうし、そのつもりだったけれどもその流れについていけなくて、流れに向かって逆の方向で守りに入らざるを得なかった人もいるだろうし、いろいろな立場によっていろいろな人間のドラマが生まれたんだと思うんですね。日本の昭和初期の軍部の物語なんかもおもしろいですしね。いろいろな人がいろいろな考え方をもっていたわけだから。
そういう積み重ねがあって我々の今があるということを知るという意味では、激動の時期というのはみんなの興味を惹くのではないかと思います。それはやっぱり、僕たちが今どういうところに立っているかということを知ることでもあると思うので。中島さんもおっしゃっていますけれども、我々は、民主主義というものを得るためにこれだけ血を流してきたんだなと。それを知るというのはとても大事なことだと思うんです。
白井晃
中島 僕はやはり『ベルサイユのばら』が大きかったと思うんですよ。『ベルばら』が描かれてから、フランス革命というものがこれだけ日本人に浸透したと思っているんですね。オスカルという非常にフィクショナルな人物を中心にした作品があったというのは、フランス革命をわかりやすくしたと思うんです。何となく、僕たちの世代って、マリー-アントワネットにしてもロベスピエールにしてもルイ16世にしても、“ベルばら史観”というものが根底にあるような気がするんですね。
僕は佐藤賢一さんの『小説フランス革命』も好きで読んでいたのですが、一旗揚げたいと思っていたり、弁護士を目指したりという街の普通の若者たちが、激動の中でどんどん組織の主要人物になっていき、そこで内部テロが起こったりしていく。革命で敵を倒したら、今度は次々に内部で敵を見つけていって、自分の尻尾を食いちぎるような形で血を流しながら進んでいく。そうやって何度も何度も血を流して、フランスは民主主義という体制を作ったんだなということを改めて感じたんです。
ところが、『死刑執行人サンソン』を読んで、流されたその血がすべて一人の男、つまりはサンソンのところに集まっているんだということを知って、これは大変だなと衝撃を受けたんです。この視点から描くという発想はなかった。今まで見たことのないような角度からこの激動の時代を書けるということがとてもおもしろいと今回感じています。フランス革命そのものについては、人間の理想と愚かさと、その二つを併せ持ったもの、すばらしくもありつつ醜くもあるもの、人間のすべての生態がそこに入っているもの、そのように感じています。
――今回の作品に登場する人物の選択についてはいかがですか。
中島 歴史の表舞台に登場する人物たちがメインになっているんですね。サンソンであり、ロベスピエールであり、ルイ16世であり。それは、大きなポイントとして、サンソンが出会った人々、つまりは彼がギロチンにかけることとなった人々ということで選んだんですけれども、そのあたりは史実に残っているので、ドラマを作るときにはちょっと難しい部分もあるわけですね。なので、最初の方で死刑から免れるジャン-ルイ・ルシャールをピックアップしました。彼は死刑台から解放されるまでの記録はありますが、その後の資料というのはあまり残っていないので、こういう市井の人たちを使えばうまく“嘘”がつけるなと。たとえば、死刑を免れた若者ジャンを狂言回しにすれば、シャルルの物語をまた別の側面から描けます。それと、トビアス・シュミットですね。トビアスについてはある程度史実に残っているんですが、断頭台を作った職人というポジションがいいので、多少史実に目をつぶりながらもジャンと絡めました。作劇のことで言うと、ある種自由に動かせる街の人たち、歴史に残らない人々と、歴史に残っている人たちとの対比ということで登場人物を選びました。
中島かずき

■稲垣吾郎は人生の苦悩が似合う俳優
――おふたりは『No.9-不滅の旋律-』でも稲垣吾郎さんとご一緒されていますが、稲垣さんの役者としての魅力についてはいかがですか。
白井 吾郎さんは、ベートーヴェンを演じた『No.9』で、自分の一生分怒ったと言っていて。
中島 (笑)
白井 一生分怒鳴り散らしたと。僕はこんな人じゃないと。でも、吾郎さんの中にあるそういう一面、感情の激しさを引っ張り出してもらったということですよね。今回演じるサンソンは、ベートーヴェンよりはもう少し冷静で、敬虔なクリスチャンでもありますし、医者としても活躍していたり、伊達男だったという話もあって。インテリジェンスあふれる人だったと思っているので、そういう人物が、時代の潮流に飲み込まれて、でも、自分の職務は何とか守らなくてはいけない、サンソン家の役割をちゃんと全うしなくてはいけないという立場で全うした人なので、吾郎さんにとっても、ベートーヴェンとはまた違う苦悩を描けるんじゃないかと思うんです。
吾郎さんは今回、ベートーヴェンに比べてサンソンは受けの芝居だからってよく言っているんですけれども、後半は積極的にルイを助けに行きたいと思ったり、受けの芝居だけではないところもあって。吾郎さんはいろいろな鉱脈をもっている俳優さんだと思いますね。まだまだ掘り当てられる鉱脈がいっぱいある方だと思っているので、ご自分でもここかな、ここかなって、いろいろ突いている感じで。それがおもしろくて。ぶち当たるとそこからうわーっと石油が出てくるような方なので。
『No.9』のときもそうだったんですけれども、鉱脈にぶつかったときにそこに入っていかれる方だなとすごく思いますね。ゆっくりさわりながらさわりながら当てていって、そこが当たった瞬間に一気に噴き出すタイプの方というか。“新しい地図”の仲間でも、草彅剛さんとはまったく違うタイプの方ですね。草彅さんは、始まったらドリルであちこちに穴を開けていくタイプで。いきなりもうハイテンションで行って、間違った道でもそっちで一回やってみると。違うってなったらまたこっちでやってみると。彼はいつもいつも、あっちこっちの方向に全力で行くから“憑依型”って言われるんだと思うんですけれども。
中島 稲垣さんは上品なんですよね。間違いなく上品な役者さんで、そして華がある。それはやっぱり何十年も真ん中に立ってきた人ならではのものであって。その上で知性的なんです。だから、ヨーロッパを描くなら稲垣さんみたいなイメージがある。サンソンは特にこういうフランス革命の激動の時期を生きた人ですし、彼もまた苦悩するんですね。ベートーヴェンは激情型、外に出るタイプの苦悩だったんですけれども、今回は内に内に秘めて最後に爆発するタイプの苦悩なんです。稲垣さんは悩む姿が非常に美しいんですよね。なので、こういう芝居のときに稲垣さんの魅力はすごく出るだろうなと思っていて。ご本人は飄々としている方なんですけどね。でも、舞台に立ったときに華があって、上品で、人生の苦悩みたいなのが似合うと僕は思っている。白井さんもヨーロッパの匂いのする演出家なので、このお二人だとこういう題材が似合うなということで、そこに迷いはなかったですね。
白井 中島さんは劇団☆新感線の座付き作家でいらっしゃって、大きな物語を書ける方だなという印象です。『ジャンヌ・ダルク』で初めてご一緒したとき、小劇場界では、僕と中島さんが組むというのは、え、この二人?という感じでものすごく珍しがられたんですけれども。僕は『ジャンヌ・ダルク』という物語を作るときに、中島さんの大きく物語をうねらせるお力をすごく感じていましたし、そのあたりの劇性を際立てることがとてもうまい作家でいらっしゃるなと思っていました。今回の現場でも言っていることなんですが、この大きな物語をうねらせるためには、中島さんの言葉に俳優も演出も追いつかないといけない、そのためにも、吾郎さんはじめみんなをプッシュプッシュしているところで。俳優にとっては重たい言葉なんです。軽い言葉ではない。一言で説得させなきゃいけない。その説得力がなければ中島さんの書いた言葉に追いつけないんですよね。吾郎さんはそれだけの大きいドラマを動かすことができる方だなと思っています。
――お稽古はいかが進行中ですか。
白井 総力戦になります。やはり、フランス革命の話なので、コロナ禍になる前には、中島さんと、これ、『ジャンヌ・ダルク』並みに100人くらいアンサンブルが必要だよねという話をしていました。でも、世の中がこういうことになってしまって、中島さんのホンの中にある時代の大きな流れというものをどう出せばいいのかということはすごく思案しているところですし、そこを今、総力戦で、みんなで作っているところですね。誰もあまり休めないという感じで(笑)。
――三宅純さんの音楽はいかがですか。
白井 三宅さんのダイナミズムにあふれた音楽をいただいていて。僕が、この作品はとにかく低音域が強い芝居なんだよということを打ち合わせの段階から言っていたら、本当に低音域がゴンゴンに鳴り響く、三宅さんにしか作れない楽曲を作ってくださいました。中島さんのホンと三宅さんの音楽に僕は乗って、その中で空間を作っていく、その中で空間に俳優たちが負けないようなプランを作る、そんな感じで進めています。
中島 作品にとって大切なヨーロッパの要素を作ってくださる音楽ですよね。三宅さんご自身、フランスに住まわれていますし。流れると舞台の上が非常にピーンとするんですよね。音楽で空間を作ってくれると言えばいいのかな。流れた瞬間、空気が変わる、舞台の空間の色を変えてくれる、そういう音楽で。メロディラインが前に出てくるからドラマティックになるという形ではないんですけれども、芝居と融合することで一つの世界観を作るという感じで、とても大事な要素の一つで。なかなかああいう曲を書かれる方は少ないと思います。

■コロナ禍での『サンソン』上演の意義
――世界はもう一年以上コロナ禍にありますが、そんな中で、この『サンソン』という舞台の上演意義をどんなところに感じられていますか。
中島 そうなんですよね。決して明るく楽しい素材でも時代でもない。書いているのがちょうど去年の4月くらいだったんですが、こういう時期にこういう重い話をやるというのはどういうことなんだろうと思ったりしていたんです。でも、やっぱり、こういう重い時代の中でも、社会をよくしようと思って動いている人たちの話なんですよね。そしてサンソンは、悩み苦しみながらも、自分の職務に忠実に生きている。そういう人物を取り上げるということは、何か、光のようなものを皆さんに届けられるということになるんじゃないかなと思って。
白井 サンソンのこの時代と、我々の今の時代とは同じような気がしていて、そこが響き合えばいいなと思っているんですね。200年経っても、人間自体はあまり変わっていなくて、香港で学生たちが中国政府に対して立ち上がったり、マイノリティの人々が声を上げて“ブラック・ライヴズ・マター”運動が起こったり、ミャンマーでも軍事政権への抵抗が起きていて、人間はなぜこんなことを繰り返すのかなと思うんです。自分たちの状況を変えていくのに、このような闘争を繰り返しながら人類は生きていくのかと思わざるを得なくて。一度流れが始まると、食い止めるためには血が流れる、その繰り返しなんだなと思うんですよね。僕たちはその繰り返しの中に今もいるということをわかるべきというか、そこに上演する意味があるんじゃないかなと。サンソンの苦悩はまさに僕らの苦悩でもあるんじゃないかと思うんです。
白井晃
中島 悲劇は繰り返されていますけれども、でも、人類は滅んでいないんですよね。つまり、愚かなことは繰り返されていますけれども、過去の時代に比べれば、餓死者も減少し、教育水準も上がってはいる。そういう意味では、愚かなことを繰り返しながらも、やっぱり、少しずつ、幸せというか、死ななくていい人が増えている方向に行っているのは確かで。過去にこういう過ちがあったということを知ることは、先につながることになると思っていて。過去の悲劇を知ることは決してマイナスではないと僕は思っているんです。
白井 死刑執行人が主人公ということで、重たい話ではあるんですけれども、中島さんがおっしゃったように、この作品を観るということは、今の我々の明るい未来、今後どうあるべきかを見る、考えることでもあると僕は思うんです。重たい話かもしれないけれども、そんな未来が見えたらいいなというのが、演出を手がける僕の大きな課題でもあります。
中島 そこに、光が見えたらいいなと思います。
中島かずき
取材・文=藤本真由(舞台評論家)

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