FEATURE / Future Utopia 「“Futur
e Utopia”とは自分が辿り着きたい多
様な世界」――UKきっての大物プロデ
ューサーが世界のあり方を問う渾身の
デビュー作『12 QUESTIONS』

Text by Jun Fukunaga(https://twitter.com/ladycitizen69)
Photo by Solve Sundsbø
自分の心の内を素直にさらけ出し、自分を体現する音楽
Adeleのグラミー賞受賞シングル「Set Fire To The Rain」(2011年)をはじめ、ブリット・アワードを受賞したStormzyのデビュー・アルバム『Gang Signs & Prayer』(2018年)、マーキュリー賞を受賞したDaveのアルバム『Psychodrama』(2019年)、MOBOアワードを受賞したKanoのアルバム『Made in the Manor』など、近年のUK音楽シーンにおいて成功を収めた数々のヒット作品を手掛けてきたイギリスを代表する音楽プロデューサー、ソングライター、ミュージシャンのFraser T Smith。そんな彼が、2020年に満を持してキャリア初となるソロ・プロジェクト、Future Utopiaを始動し、1stアルバムとしてリリースしたのが『12 QUESTIONS』だ。
ロンドンを拠点とするPlatoonとFraser T Smithのレーベル〈70Hz〉からリリースされた本作は、すでに音楽プロデューサーとして大きな成功を収めたミュージシャンであるFraser自身が、自分の心の内を素直にさらけ出し、自分を体現する音楽を作ることで、アーティストとして進歩することを目的に制作された。
また、本作は12の普遍的で人間的で切迫した質問のシリーズに基づいており、それぞれの質問はFraserが協力者である、先述のStormzy、Dave、KanoやGhetts、詩人としても高く評価されるArlo ParksといったUKシーンを代表するアーティストに加え、USのSSW・Mikky Ekko、俳優でミュージシャンとしても活躍するIdris Elba、舞台美術デザイナーのEs Devlin、詩人のAlysia Nicoleら多彩なゲストに対して投げかけられている。
「新しい音楽を渇望する気持ちとミュージシャンとしての経験と能力」
2020年、世界はパンデミックによりある種のディストピアな状況に陥った。その中でも有数の被害を受けたFraserの本国イギリスでは長きに渡るロックダウンによってミュージシャンの活動も停滞するなど、音楽業界も苦境に立たされたことは記憶に新しい。アルバム自体はパンデミック前にほとんど制作されていたため、アーティストの大半に会いに行くことができたというが、それでもリモートでストリングスをレコーディングしたり、スマホのメモアプリで録音したものを送ってもらうなど、レコーディングにはいくつか制約があったという。
しかし、そのような苦境にもめげず完成した本作には、「Million$Bill」のようなヒップホップを始め、インディ・ポップ調の「Moutain Girl」、ネオソウルを思わせるバラード「Stranger In The Night」、そして、アコースティックなサウンドをバック・トラックにしたポエトリー・リーティングなど、多彩なサウンドを軸にした全21曲を収録。ゲストの声をフィーチャーしながら12の質問の間に明確な区切りをつけて、連続した構成にしたユニークかつコンセプチュアルなのものになっている。
ここ10年ほどの間でもUKシーンではAdeleのようにグローバルなポップ・スターとして成功するアーティストだけでなく、Stormzyのようにアンダーグラウンドで活躍し、メインストリームでも成功をおさめるアーティストが現れるなど、シーンのトレンドも目まぐるしく変化してきた。
しかし、音楽シーンからの変わらぬ支持を受け続けてきたFraserは、メインストリームとアンダーグラウンドを行き来しながら自身が成功し続けてきた理由について「新しい音楽を渇望する気持ちとミュージシャンとしての経験と能力が相まって、アンダーグラウンドなシーンの状況から新しいものを生み出すことができている」と振り返る。また、「カルチャーの最先端出身のアーティストたちと縁ができたことが幸運であり、そういったアーティストたちに支えられることで、彼らとの成功を享受していることは決して当然だと思わない」と語るなど、華々しいキャリアからは考えられないほど、彼の音楽に対する姿勢は謙虚だ。
「12の質問とそれに対する回答」
本作のテーマとなる“信仰、自由、人種、ジェンダー、富、平等、エコロジー”に関する12の質問は、世の中のいくつかの問題を時間をかけてじっくり考えたことで生まれたFraser自身の不安に由来する。イギリスでは2000年代以降、ロンドン同時爆破事件、各都市で起きた人種差別問題に端を発する暴動、オリンピック前後のジェントリフィケーション、グレンフェル・タワー火災、Brexit、気候変動問題など、アルバムテーマに関わる社会問題が多発している。そのような状況に対して、ミュージシャンができることは一体なんなのだろうか。その答えを探ることが本作に込められた本質的なメッセージだ。Fraserは、ミュージシャンができることとは、人々が外に対してまたは自分の中で疑問を持ったり、議論から変化を起こするように促すことだと説きながら、その上で本作についてはこう語っている。
「誰かに何かを指図している訳ではなく、街頭演説で自分の意見を主張しようとしている訳でもない。ただ、自分が素晴らしい心の持ち主たちを何人か集めて、彼らの意見を尋ねて、さらなる模索のきっかけにしようとしているだけなんだ」
「12の質問とそれに対する回答」という形式だけに本作では歌詞が持つ意味が大きい。それはコンシャスなリリックで知られるDaveを始め、複数のラッパーやSimon Armitage、Alysia Harrisのような詩人が参加していることから明白だが、歌詞についてFraserは「現在のパンデミックだけでなく、未来においても本当に共鳴するものになった」と語っている。
社会に変化をもたらすことに役立つ感動的な歌詞と音楽のコンビネーションにずっと心を動かされてきたというFraserは、子供の頃からThe SpecialsからPublic Enemy、NWAに至るまでのレベル・ミュージックを聴いて育ってきた。本作で示される「12の質問とそれに対する回答」には、かつての彼が影響を受けた音楽と同じように聴き手にそこから何かを得てほしいという願いが込められている。
また、本作では関連するビジュアルも重大な意味を持つ。例えば、舞台美術デザイナーのEs DevlinとDaveを客演に迎えた収録曲の「Children of The Internet」は、重厚なピアノがスリリングな印象を与える曲だが、そのMVの世界観は見る者の目を奪うサイバーかつサイケデリックな世界観の映像が非常に印象的だ。同様にテルアビブを拠点とするアーティストのOri Toorが手掛けた70’sスタイルのサイケデリックなアルバム・アートワークも一度目に入ると強烈な印象を残すものになっている。「アルバムにまつわるビジュアルは予てからとても重要だった」と語るFraserだが、そこにはビートやストリングスやアレンジに耳を傾けてもらう一方で、リスナーを本作の歌詞に引き込み、心を打たれたり、知識を得たりするきっかけにしたいという彼の考えが反映されている。このようにビジュアル面からも彼は「12の質問とそれに対する回答」をリスナーに投げかけているのだ。
最後にFraserは、“Future Utopia”とは「自分が個人的に辿り着きたいと考える多様な世界のことであり、そこには優しさや平等、リスペクト、楽しさ、笑い声、自由がある」といい、「全ての人間はある意味でそれを求めて努力しているからこそ、そんな希望の感覚が伝わるようにこのソロ・プロジェクトをFuture Utopiaと名付けた」と語る。
パンデミックによって、社会が抱えているあらゆる問題はこれまで以上に浮き彫りになった。このような混迷を極める時代において、我々に求められるのは社会が抱える問題の本質に向き合い、それを変えていくために行動を起こすことだ。本作で示される「12の質問とそれに対する回答」とは、そのきっかけ作りのためのFraserからの提言だといえるだろう。
※記事内の発言はSpincoasterにて行ったメール・インタビューより抜粋。(翻訳:安江幸子)
【リリース情報】

Future Utopia 『12 Questions』

Release Date:2020.10.23 (Fri.)
Label:Future Utopia
Tracklist:
01. Fear Or Faith Pt. 1 (Feat. Alysia Harris)
02. Promised Land (Feat. Mikky Ekko)
03. Fear Or Faith Pt. 2 (Feat. Idris Elba)
04. How Much Is Enough? (Feat. Kojey Radical)
05. Million$Bill (Feat. Kojey Radical & Easy Life)
06. Do We Really Care? Pt. 1 (Feat. Tom Grennan & Tia Carys)
07. Do We Really Care? Pt. 2 (Feat. Simon Armitage)
08. What’s in a Name? (Feat. Bastille)
09. Why Are We So Divided, When We’re So Connected? (Feat. Es Devlin)
10. Children of the Internet (Feat. Dave)
11. How Do We Find Our Truth? (Feat. Stormzy & Beatrice Mushiya)
12. What’s the Cost of Freedom? (Feat. Albert Woodfox)
13. Freedom (Feat. Kano)
14. Mountain Girl (Feat. Ruelle)
15. Is It Too Late to Save the Planet? (Feat. Katrin Fridriks)
16. What Happens Next?/Way Back When (Feat. Lafawndah)
17. Nature Or Nurture? (Feat. Jelani Blackman & Ghetts)
18. What Matters Most? (Feat. Arlo Parks)
19. Stranger in the Night (Feat. Arlo Parks)
20. What Is Love (Feat. Duckworth)
21. Fear Or Faith Pt. 3 (Feat. Alysia Harris)
■Future Utopia(Fraser T Smith): Twitter(https://twitter.com/frasertsmith) / Instagram(https://www.instagram.com/thefutureutopia/)

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