ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』M
icro・林翔太バージョン、ゲネプロレ
ポート

日本版は初演から7年ぶりの再演となるBroadway Musical『IN THE HEIGHTS イン・ザ・ハイツ』のプレビュー公演が2021年3月27日(土)、28日(日)に鎌倉芸術館 大ホールにて上演された。本公演は4月3日(土)・4日(日)に大阪・オリックス劇場、4月7日(水)・8日(木)に愛知・日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール、4月17日(土)~28日(水)に東京・TBS赤坂ACTシアターにて上演される。
ウスナビ役・Micro[Def Tech](平間壮一とWキャスト)、ベニー役・林翔太(東啓介とWキャスト)のゲネプロをレポートする。
マンハッタン北西部の移民が多く住む町「ワシントンハイツ」を舞台に、主人公ウスナビ役のMicroのラップからスタートした本作。ラップのミュージカルといえば『Hamilton』を思い浮かべる人も多いだろうが、この『IN THE HEIGHTS イン・ザ・ハイツ』は、『Hamilton』の脚本・作曲・作詞リン=マニュエル・ミランダの出世作。原案・作詞・作曲を手掛け、オフ・ブロードウェイで上演成功後、オン・ブロードウェイに進出し、トニー賞の最優秀作品賞ほか4部門、グラミー賞最優秀ミュージカルアルバム賞をはじめ数々の賞を受賞した。日本版は2014年の初演以来7年ぶりの上演となり、演出・振付は初演から引き続きTETSUHARU、日本語詞はヒップホップアーティストのKREVAが手掛けている。
舞台になるのはマンハッタン北西部の移民が多く住む町「ワシントンハイツ」。そこで暮らすドミニカ系移民のウスナビ(主人公)を演じるのは、初演から続投のMicroと、今作から参加する平間壮一のWキャストだ。また、ウスナビの幼馴染でタクシー会社で働くベニーもWキャストで、林翔太と東啓介が演じる。さらにハイツで暮らす人々に、名門大学に進学したニーナを田村芽実、ウスナビが思いを寄せるヴァネッサを石田ニコル、ウスナビの弟のような存在ソニーを阪本奨悟、ウスナビの親代わりアブエラを田中利花が演じるほか、エリアンナ、青野紗穂、エリック・フクサキ、山野光、戸井勝海、未来優希ら個性的なキャストが揃う。
なによりまず魅力的だったのが音楽。前情報でサルサやヒップホップのメロディといわれ「わかるだろうか」とひるんでしまったが、映画『モアナと伝説の海』主題歌(「どこまでも ~How Far I’ ll Go~」)なども手掛けたミランダの楽曲は、聴いているだけでも心躍るものばかり。これはラテン音楽の特徴ともいえるのだろうが、音楽のほうからグイッと『イン・ザ・ハイツ』の世界に引き込んでくれる。
また、メロディーに自然と心が動かされ、登場人物がほほ笑む頃に客席にいる自分もほほ笑み、不安になる頃に自分も不安になっていることに、度々驚いた。ミュージカルとはそういうものなのだが、ここまで同じ気持ちになることはあまりないように思う。そしてその楽曲を歌う出演者たちの歌声もそれぞれに魅力的。その中でもやはり、レゲエミュージシャンであるMicroのラップは圧巻で、ウスナビの不器用でやさしい温かさが、この物語の軸をつくっていく。また、安室奈美恵SMAPなどを手掛けてきたTETSUHARUの振付も、このジャンルの音楽ならではのものばかり。賑やかだったり、美しかったり、カッコよかったりと、ダンスが物語を動かしていく。
中央:ウスナビ役のMicro[Def Tech]
登場人物は、一人ひとりが個性的。まずMicroの演じるウスナビは、両親の遺した食品雑貨店を守りながらも、いつかドミニカに帰ることを夢見ている人物。ヴァネッサへの恋では「うわー!不器用!」と笑ってしまう不器用さを度々発揮しながらも、その心根のやさしさが声に、表情に、動きに滲み、応援したくなる。林演じるベニーは、思いを寄せるニーナの両親が経営するタクシー会社に勤める青年。この町ではマイノリティで、必死にスペイン語を勉強しながら働くベニーには、林が演じるからこうなるのだろうなというやさしい魅力があり、ニーナとの恋にも少しハラハラしながら見守ってしまう。
前:ニーナ役の田村芽実、右:ヴァネッサ役の石田ニコル
田村が演じるニーナは、名門大学に進学し、ハイツの面々からは「未来のニューヨーク市長!」と言われる希望の星。ニーナの聡明さが感じられる田村の歌声が、ラストの決断へと真っすぐに繋がっていくのが心地よかった。
石田が演じるヴァネッサは、母親が問題を抱え、「ここではない場所」を夢見ながら必死で働く美容師。強く生きようとする姿が美しく、だからこそ停電の夜が明けたシーンは印象的だった。阪本が演じるのは、ウスナビのいとこで弟分のソニー。いつも元気でやんちゃなソニーは愛らしく、癒しの存在でもあるが、そんな彼が後半からラストにかけて見せる表情の数々はとても素敵だ。
中央:ソニー役の阪本奨悟
そして田中が演じる、ウスナビの親代わりでもあるアブエラは、このハイツのすべてを包み込んでくれるような存在。田中の持つ説得力や深みのある歌声によって、アブエラがいるからこのハイツがあるのだということを、自然と理解させてくれる。
中央:アブエラ・クラウディア役の田中利花
Wキャスト:ウスナビ役・平間壮一、ベニー役・東啓介バージョンゲネプロより
それ以外の面々も、一人ひとり個性が際立っており、誰もが愛すべき存在。エリアンナによる迫力満点のダニエラも、青野によるちょっと笑えてチャーミングなカーラも、エリックによるピラグア・ガイの歌も、山野によるピートのダンスも、戸井によるニーナとそっくりな父親ケヴィンも、未来による言う時は言うニーナの母親カミラも、いつの間にか愛してしまう。
ハイツで暮らす人々は、その理由は貧困であったり、家族関係であったり、生い立ちであったりとさまざまだが、それぞれがどうにもならない立ち行かなさのようなものを抱えている。それが抱えきれなくなると、側にいる誰かが温かく包み込み、その人は笑顔を見せる。そんなふうに生きる彼らの姿を見ていると、まるで基礎の基礎とでもいうような大事なことを思い出す。
登場人物それぞれが、自分の“ホーム”を見つけるまでが描かれた物語。物語の最後に居場所を見つけるのはウスナビだ。正直、観ているわたしにとっては思いもよらない見つけ方であったが、それがこんなにストンと心に落ちたのは、それまでの物語が積み重ねてきたものがあるからこそ。それはとても心地よく、発見のある体験だった。広々とした気持ちで劇場を出ることができる作品。窮屈な今の時代にこそぜひ観てほしい!
Wキャスト:ウスナビ役・平間壮一、ベニー役・東啓介バージョンゲネプロより
上演時間は、1幕約1時間20分、休憩20分、2幕約1時間5分。
取材・文=中川實穂/オフィシャルレポート

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