田代万里生×新納慎也「10年間の二人
の関係性を役ににじませたい」~ミュ
ージカル『スリル・ミー』インタビュ

2021年4月、東京芸術劇場シアターウエストにて、ミュージカル『スリル・ミー』が3組、6名のキャストで上演される。
本作品は、男2人が演じる“私”と“彼”とピアノ1台のみで繰り広げられる100分間のミュージカル。1920年代、全米を震撼させた二人の天才による衝撃の事件を基にした究極ともいえる心理戦は、アメリカをはじめ、ロンドン・オーストラリア・ギリシャ・韓国など世界中を魅了。日本では2011年の初演以降、演出の栗山民也の手で創り出されたシンプルであるがゆえに緊迫した空間は、観る者を虜にし続けている。
初演から10年を迎える2021年版では、3組6名のキャストが揃った。伝説の初演ペアである田代万里生(私役)と新納慎也(彼役)、2018年上演時に本作へ出演し、連日当日券を求め200名を超える観客が押し寄せた成河(私役)と福士誠治(彼役)、そして、初演から10年の節目に演出の栗山民也によるオーディションが実施され選ばれた松岡広大(私役)と山崎大輝(彼役)の3組だ。この3組にインタビューをする機会が得られたので3回に分けてお届けしよう。初回は田代万里生と新納慎也コンビだ。
■10年の時を超えて再びの共演に想う事は?
ーーこの組み合わせは何年ぶりですか?
新納:これが2021年に上演されるという事だから約10年ぶりですね。他でもコンサートとか含めても一切共演してないからね。
新納慎也
田代:共演NGなのかなって(笑)。でも最初の台詞が「待ってたよ」から始まりますから。
新納:その後「老けたね」って続くでしょ?
田代:あったね!! ……絶対観客から笑いがくるじゃん(笑)。でもこの10年間なんだかんだ毎年『スリル・ミー』の話はしていたね。例えば僕が韓国に行ったときに……。
新納:お土産が『スリル・ミー』のAir Podsのカバーをくれたんだよね。で、「自宅のポストに入れておきますね!」って言ってたのでポストを覗いたら本当に入ってた(笑)。
田代:うん、本当に自宅まで届けに行ったの(笑)。まあ話を戻すけど、僕らが出演していない時も何度も『スリル・ミー』が上演されていたので「そろそろまた上演するらしいけど、観に行く?」ってやり取りをしたりして。『スリル・ミー』はずっと頭の隅に二人ともあったなって思います。
新納:僕は今回の再演の話を2年くらい前に聞いたんです。10周年の時に。「マジですか? その頃僕らいくつになっていると思ってるんですか?」って思っていたんですが、まさか本当にやるとは。ホリプロ恐るべし! ですよ(笑)。
田代:新納さんは勝手に引退したって思っていたみたいなんです。
新納:いや、卒業って言われたんです。年齢的な事もあるし。
田代:でも僕は2014年の時に「新納さんは『アリス・イン・ワンダーランド』で芋虫の役をやるからスケジュールが合わないんです」って聞いたよ。「ああ、芋虫を取ったか~」って思ってた(笑)。
新納:アハハ。
ーー今回久しぶりの再演ですが、初演時の忘れられないエピソードを教えてください!
新納:初演の時は本当に最初だったからサンプルがなくてね。台本と音楽だけで二人でああでもない、こうでもないって随分話したよね。
田代:うん。僕はさらにデビューしてから2年くらいで、経験もなかったから何もわからなさ過ぎて、新納さんに「いろいろ教えてください」状態だったんです。で、いっぱいアドバイスしてくださって「ああ、そうなんだ! なるほど!」って聞いていました。
新納:この人は純粋でね。スポンジのようにすべてを吸収していたんです。「こんな事、今まで誰も教えてくれなかった」っていうくらい。で、その短い稽古期間でブワーッと成長していったので、すごいなこのピュアな人はって思いました。それから10年近く経って万里生はスターの道を歩いて(笑)。でも二人で最初に話をしていた時は、芝居を教えたという事ではなく、同じ劇空間で同じ価値観を共有する話し合いを繰り返していたんです。そこはきっと今回も崩さない方がいいと思うんですが、お互い約10年の経験を積み重ねた事で「10年前はこんな事を考えていたけど違うな!」って気づきもあるだろうし。それも楽しみだね。
田代:初演の時は僕らのチームと、松下洸平君&柿澤勇人君のチームがあったんですが、稽古場では最初の1か月はほぼ僕らのチームしか稽古をしていなくて、カッキーたちはそれを見ているという状態だったんです。大枠は5日くらいで作ってそこからは煮詰めていく作業でした。栗山民也さん語録と呼んでもいい、様々な言葉を僕らが一度形にするまでは僕らだけを栗山さんが見て、芝居を付けていたんです。その後カッキーたちが違うアプローチで作っていった。年齢もキャリアも個性も違うので「こっちではこう言われているけど、お前たちは違うからな」という事もたくさんありました。
田代万里生
新納:曲に歌詞がつきました、歌ってみてください、この歌詞はどうですか? ってところからやっていましたね。台詞も「ああ」とか「うん」とかのレベルで「この人はこんな言い方はしない」ってところから一つずつ積み上げていきました。
田代:ただすごいなと思うのは、初演から約10年が経つのにほぼ演出が変わってないんです。あと僕らがもらった台本の第1稿からもほぼ変わっていないんです。つまり最初から栗山さんたちが完成度の高い脚本を作って進めていたんだなと。すごいですよね。
ーー他の人が演じている『スリル・ミー』を観る時の心境が気になりますね。どんな気持ちでご覧になっているんですか?
新納:あまり覚えてないんですが……。
田代:引退した人だから(笑)?
新納:(笑)。年齢制限がある役でもなく、まだやりたかったという想いがあるなら嫉妬したでしょうが、その時は本当に「ご隠居」モードで観ていたんです。
田代:ご隠居もしくはプロデューサーみたいな立ち位置(笑)?
新納:まあね。何組か観ているんですが、あっちのチームはこういう作り方なのか、こっちはこうなんだ。伊礼(彼方)はこういう解釈をしたんだな、などと客観的に観ていました。プロデューサーというよりはスタッフみたいな目線でしたね。気楽なOBが観に来たよ! みたいなね。
田代:「皆、我が子」みたいなね(笑)!
新納:だからこそ、今回出演する方になった事のほうがビックリしましたね。「え? 僕がやるの?」って。
田代:僕は10年間ずっと会う度にやろうよ! やろうよ! って言い続けていたんです。伊礼さんと出演した後、次は新納さんと伊礼さんどっちともやりたいって思っていたくらいで。
新納:でもまあないだろうなって。だって19歳の役ですからね! だから嬉しいけどビックリしました。
(左から)田代万里生、新納慎也
■まったく異なる二人の「彼」
ーー田代さんは伊礼彼方さんとの組み合わせで『スリル・ミー』に出た事もありましたよね?
田代:はい。今回上演が発表になった時に伊礼さんとやり取りしていて「観に行きたい!」って言ってました。
新納:彼方は僕たちの過去の『スリル・ミー』を観に来ていた気がする。
田代:新納さんと伊礼さんは全然違いましたね。新納さんは実年齢が僕とちょっと離れているけど、伊礼さんは2歳くらいしか変わらない。二人のキャリアもまた違うし、個性も視覚的にも、硬さ、柔らかさ、強さが全部違う。根本的な解釈のスタート地点が違うんです。それによって「私」の作り方も変わりました。また栗山さんのダメ出しもそれぞれ違いましたし。きっと今の新納さん、伊礼さんとやったらまた10年前のダメ出しとは違う指摘がくると思うんです。僕らがこの10年間で得たものや失ったものもある訳で……。
新納:失ったものは若さとか(笑)?
田代:確かに(笑)。でもそれらを超える何かを僕らがどう出せるかが楽しみですね。そういえば伊礼さんの時はスキンシップが多かったなって記憶が。でも新納さんは全然触ってくれないんです。だから「触ってください」って台詞の意味が変わってくるんです。いつも触ってくれるから今日も触ってよ、なのか一回でいいから触ってよ、なのか全然違うんです。新納さんは手すら触れてくれないんです。
■栗山民也の手のひらの上で転がされています
ーーさきほど「栗山語録」という話が出ましたが、今も印象に残っている言葉などはありますか?
新納:やっぱり「この物語は壮大な、究極の愛の物語」ですね。最初台本をもらって読んだ時は、字面にあるキャラクターの設定そのままの印象しかなかったのですが、稽古場に行って台本を開く前、一番最初に「これは究極の愛の物語だ」と言われ、「ええ?」と驚いている状態で「じゃあ始めよう」だったんです。栗山さんの読みの深さがすごかったです。あとはとにかく細かい指示が多くて、最初の5日間くらいですべてのミザンス(立ち位置)を付けて。「ここでこう入ってきてパンと叩いて髪をかき上げて」「そのパンって音が違う」とか。最初は何故ここで叩くのか、何故髪をかき上げるのか意味が分からず、ただひたすらメモを取っていましたが、そのうち「確かにここで叩くよね」「そりゃあここで髪をかき上げるよね」ってなっていく、不思議な栗山演出でした。僕はこう思うんですって言葉は多々あれど、気が付けば栗山さんの手のひらの上で転がされて上手い事誘導されていました。
田代:僕は今まさに別の作品(『Op.110 ベートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』)で毎日栗山さんと一緒なんです。その作品も僕がストーリーテラー的に回想していく役どころなんですが、昨日もらったダメ出しは「最初のシーンで万里生に劇場を小さな宇宙にしてほしいんだ」って言われました(笑)。そして今回再演のインタビューを受けるという事で初演時の台本を掘り起こしたら、最初のページに栗山さんから言われた言葉が書いてあったんです。それは「演劇は時間だ」でした。意味はいまだに分かりかねるんですが、栗山さんから頂いた言葉はなるべくそのままメモしておこうと思っているんです。その場では理解できない言葉であっても後になって分かる事があるんです。未だに分からない言葉もありますが、その意味を考える時間こそが答えかもしれないとも思うんです。その言葉をすごく大事にしていますね。

(左から)新納慎也、田代万里生

■「彼」を演じた世界中の役者と会って話がしたい!
ーーもし初演時に「私」と「彼」の役が逆だったらどう演じたんでしょうね、想像つきますか?
新納:実は「私」をやりたいってずっと言っていたんです。
田代:でも誰もいいねって言ってくれなくて(笑)。
新納:「何をおっしゃるのやら」みたいな目で見られるんです(笑)。
田代:「私」役ってストーリーの中で起伏があるし、「彼」は終わり方が突然なんです。結局この作品は「私」から見た物語なんです。
新納:その通り。「彼」自身に真実はないんです。「私」が想像した「彼」という存在なので「私」は最後、綺麗に着地してすごくクリアになっていくんですが、「彼」は中途半端で。初演の何回目かの時に韓国のキャスト二人が観に来てくれたんです。その「彼」役の方に「こんな気持ちにならない?」って聞いたら「そうだよ! ものすごく気持ち悪い」って答えが返ってきたんです(笑)。カッキーも「そうなんですよ」ってのってきてくれて。「彼」という存在は「私」の妄想かもしれないし、凄く消化不良になる役なんです。だから「私」役をやって気持ちよくカーテンコールに出たいと思っています(笑)。
ーー世界中で「彼」役をやっていた役者さんが一同に会する機会が欲しくなりますね!
新納:本当にね! みんな「そうなんだよ!」って言う機会をね(笑)。どこかの狭い、二人だけの田舎町で生きていれば幸せだったのに、何か一つ歯車がずれてしまったんだなという切ない物語なんだと思います。
田代:最後に栗山さんから言われた言葉が書いてあったんですが、「私」は「透明になっていく」でした。これも難しいよね。この作品って上手く見せてやろうとか欲を出したら、一瞬でつまらなくなると思うんです。ただのホラーミュージカルになってしまう。
新納:そういえばこの作品に出演してから、普通のニュースでストーカー事件とかを目にすると、ちょっと加害者の気持ちが分かるような気がしてしまって……。あと、残虐な事が起きると「これにはきっと物語がある」とか「きっと悲しい理由があるに違いない」と想像してしまう事も……。
新納慎也
ーー約10年ぶりの再演という事でここはこうやりたいとか思う事はありますか?
田代:ニュートラルな気持ちで稽古場に行こうと思っています。何も考えていかないという訳ではないです。作品を理解した上でストンとした気持ちで臨もうかなって思っています。
新納:僕もそう。想像がつかないんです。万里生がどう変わっているのかもね。やってみないと分からないから。そして自分も「彼」と向き合ってみないと分からないから。若い頃の僕はこう考えていたかもしれないけど、今思えば「違う」って事になるかもしれないし。この作品ってこうしよう、ああしようって考えられない作品なんです。相手がどう出るか毎回わからないですし、ちょっとした体調でも違ったりするから。あまり準備ができないんです。しいて準備するとしたら歌の音だけ抑えておくくらいで。
■お互いの魅力は? 「唯一無二の個性」「ピュアな品の良さ」
ーー今さらですが、役者としてのお互いの魅力は?
田代:唯一無二すぎて。新納さんみたいな俳優は他にいないですから。
新納:でも新納さんみたいになりたいとは言われたことがない(笑)。
田代:思っていてもなれないし! 新納さんは個性の塊でしかもそれがすべてハイクオリティだから(笑)。いろいろな現場を経験しているし、どの現場でも必ず結果を残している。個性的すぎると「ちょっと難しいな」とかカンパニーになじまないとかありそうですが、そういう事は一切なく、むしろムードメーカーみたいになって皆を引っ張っていく。それでいて個性を持っているし、自分を貫いているからこそ19歳の役でもでもイケるんです。
新納:ウハハ!
田代:ここぞというときのパワーが凄いんです。劇場全体を一つにする事はなかなかできないんですが、それを迷いなくできるのは凄いなって思います。
新納:嬉しい事を言ってくれましたが、僕にもできない事があるんです。それは万里生みたいな醸し出す貴族感ですね。「私」役にも言えるんですが、どうあがいてもピュアで育ちが良い坊ちゃんみたいな役どころは僕にはできない。コントみたいになるから(笑)。『スリル・ミー』の初演の時にも感じましたが、なんてピュアな人なんだろう。受け入れ態勢バッチリみたいな感覚があって。今日は、約10年ぶりにビジュアル撮影をしましたが、品の良さがバーッとでちゃってる。これは努力してもなかなか得られない。役者はどんな汚れ役でも品が凄く大事。天性の才能を持つ人だなと思います。
そして初演の時、「田代万里生さんと『スリル・ミー』をやってください」って言われた時、絶対音感を持っているからそんな人と二人で歌って、ちょっとでもピッチがずれたら気持ち悪いって思われそうで。ミュージカルは歌うな、喋るように台詞みたいにして歌えと言われるんですが、それでもやっぱり音楽をしっかり分かっていて音楽の力を知っている人が強いんです。だから、他のチームと比べても、うちのチームは譜面に近いと思っていました。そんな人と道端育ちの僕が一緒に歌うなんてね。
田代:道端育ちって(笑)。でも最初に会った時はブロードウェイ俳優でしたよ、新納さんは。三谷幸喜さんの『TALK LIKE SINGING』の初日を僕はブロードウェイで観たんです。初日打ち上げの場所にお邪魔して「今年(2009年)ミュージカルデビューした田代万里生です」って挨拶しました。その後『ラ・カージュ・オ・フォール』で楽屋に挨拶しにいったら「お前誰やねん!」って顔されましたが(笑)。
田代万里生
新納:僕、人の顔を覚えられないから(笑)。
■再演では「伝説というハードルを乗り越えたい」
ーーもしも自分たちのチームに名前を付けるとしたら?
新納:「おっ〇んず〇ブ」。もしくは「チーム出戻り」だよね。
田代:でも観たら年齢はきっと気にならないと思います。
新納:めちゃくちゃ若くやりますよ!
ーー最後になりますが、10年間待ちわびていたファンの方にメッセージをお願いします!
田代:冒頭の「老けたね」って台詞を思い出しましたね。絶対笑うよね!
新納:リアルな話だから!(笑) 「お前もな!」って言うよね。
田代:まずそのやり取りを観ても、お客さんには笑いを控えていただきたいです。
新納:物語の世界に入っていけなくなっちゃうから、そこは堪えていただきたいですね。あと初演って美化されがちなんです。もともと初演時は100人くらいしか入れない劇場だったので入れないお客さんも多く、また円盤化もされていないから。唯一、万里生のCDに一曲入っているくらい。だからつい美化されがちなんだけど、余りハードルを上げないでほしいと思いつつ、このまま美化され続けていたら「見てみようかな」と思うお客さんもいると思うのでよろしいのではとも思ってみたり(笑)。そんな美化されたイメージを何とか乗り越えないとなと思っています。
田代:僕は新納さんとこの作品をやれることが嬉しいし、共演NGにもなってなかったのでそれも嬉しいです。「待ってたよ」から「老けたね」の台詞だけでなく、「僕がどれだけ成長したかみせてやるよ」って台詞もありましたから。「私」と「彼」は幼馴染で育ってから離れて過ごした時間というのが、新納さんと出会って約10年、ずっと一緒にいた訳ではないけど、どこかで繋がっている関係性が役ににじみ出ていたら。初演時では頑張っても出せなかった二人のリズムが出たらいいな、それがお客さんには見えなくても僕らの間で感じられたらいいなって思います。
(左から)新納慎也、田代万里生
取材・文=こむらさき 撮影=鈴木久美子

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