過去の舞台映像を収益力強化に活用す
る緊急舞台芸術アーカイブ+デジタル
シアター化支援事業(EPAD)が二つの
サイトを公開、舞台映像を共有の宝に

寺田倉庫株式会社と緊急事態舞台芸術ネットワークでは、昨秋から進めてきた緊急舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化支援事業(EPAD)の成果として、2021年2月23日に、「EPADポータルサイト」と「Japan Digital Theatre Archives」の二つのサイトをオープンする。これは、文化庁による令和二年度戦略的芸術文化創造推進事業「文化芸術収益力強化事業」に採択された10事業のうちの一つ。その詳細を聞くため、広報を担当する三好佐智子さんと林香菜さんを訪ねた。(取材・文:いまいこういち
 EPAD事務局があるのは東京都品川区・天王洲アイルの倉庫街。ここ数年、注目のアートスポットとして話題を集めている地域であるのは知っていたが、漂うワクワク感は予想以上だった。店舗やギャラリー、カフェをめぐるだけで日がな一日ゆったり過ごせそうだ。このおしゃれな一帯を作り上げたのが寺田倉庫株式会社だ。
 「寺田倉庫さんは1950年にお米を預かる倉庫から始まり、現在では取扱いに専門性が必要なワインや絵画、1200万点にもおよぶ映像・音楽のフィルムやテープ類を地震や劣化から守る設備で保管しています。さらにその映像コンテンツのデジタル化やデータストレージ事業を展開しており、デジタルアーカイブの第一人者でもあります」(三好)
 一方、緊急事態舞台芸術ネットワークは、新型コロナウイルス感染症によって舞台芸術業界が危機的状況であるとの認識のもと、業界を代表する東宝や劇団四季など39の団体が立ち上げ、ジャンルや規模を超えて多くの団体が賛同し、実態調査や行政との交渉を行ってきた。
 『EPAD』は寺田倉庫が文化庁から採択を受け、緊急事態舞台芸術ネットワークとタッグを組み、(1)幅広いジャンルの舞台映像をアーカイブし、(2)権利処理することでオンライン配信をできるようにする作業を行なっている。また(3)舞台芸術分野の技術スタッフ入門者を対象としたEラーニング動画を制作し、戯曲や舞台美術に関する資料を収集を行っている。これらを通して関係者に対価を還元し、収益力強化に寄与することを目的とする取り組みだ。
 「演劇・舞踊・伝統芸能の分野において過去の貴重な作品映像を集める際に、法人の協力団体を募り審査をへて、WOWOW、アゴラ企画、日本劇団協議会、日本伝統文化振興財団、ダンスアーカイヴ構想などが13社が決定しました。煩わしい書類作成・報告作業などもアーティストなどに負担をかけるのではなく、大部分を協力団体が担当しています。作品映像を提出してくださった団体には、まず収集対価が支払われます。配信用の権利処理が済んだものには劇作家、演出家をはじめ照明、音響、美術家など権利者にも対価が支払われます。配信が実施されて収益が上がりましたら、収益が分配されることを指導しています。それが現場支援としての建てつけです。より多くの劇団・団体に支援を分配するために1つ劇団などの上限は20作品という原則を設けています。また映像だけではなく戯曲や舞台美術などにも収集対価が支払われます」(三好)
 2月半ばの取材時点では、作品映像1,300本、戯曲550本、美術作品1,500点が集まり、権利処理を行い配信できる作品は220本が見込まれていた。
劇団四季「思い出を売る男」2004年模型(EPAD収集作品) (c)️土屋茂昭
■作品映像をアーカイブするにはギリギリのタイミングだった
 舞台作品の映像はかなりの間、定点カメラによるビデオテープでの記録に留まり、それを販売しているところも少なからずあった。加えてごくごく一部の作品がNHKを中心とした地上波で収録放送される程度。変化が現れたのはWOWOWや今はもうないシアターテレビジョンなど衛星放送が登場したころからで、公演グッズとしてDVDを販売するところが急速に増えていった。「イーオシバイ」などが最新機器などを導入し、そのクオリティはグンと上がった。またここ数年は演劇動画配信サービスも登場。大雑把に俯瞰すれば演劇の映像化の流れはこんな感じだろう。とはいえ、多くの劇団では作品映像がタンスの肥やしになっているだろうことは想像に難くない。
 「秋に『EPAD』の事業が採択され、時間がない中で、全国から映像を集めました。解散した劇団、閉館した劇場のものなどもどこにあるか把握できたのですが収蔵できなかった作品が多数ありました。そういう状況を知れば知るほど、日本の演劇界はどこまでも個人活動で、資料は個人のもとにあり、業界の共有の宝にはなっていないことがわかります。また2.5次元の映像などデジタルアーカイブにアレルギーを持っていない人たちと、旧来の劇団では、記録を重要視しているかどうかの差が大きいと感じました。映画やアニメは文化財として文化庁から助成のもと保護されていますが、演劇の映像の保存に公的資金が入ったのは今回が初めて。ゆくゆくは演劇の映像も文化財として認識し、保存体制を強化、支援してもらいたいと考えています。今回集まった中で一番古い映像は1961年の文学座作品ですが、今動かないとそうした貴重な映像を守れなくなってしまうんです」(三好)
文学座『女の一生』1961年 杉村春子 北村和夫(EPAD収集作品)
 これらの貴重な映像は早稲田大学演劇博物館制作の情報検索サイト『Japan Digital Theatre Archives』によって検索でき、配信用の権利処理が済んでいる作品は3分の映像を見ることができる。また演劇博物館に行けば全編を見ることができる(要予約制、準備中)。それらの鑑賞機会を通して、次代のクリエイターたちを刺激し、将来に向けて舞台芸術の魅力を伝えていくことにつなげていくという狙いがある。
Japan Digital Theatre Archivesのイメージ
■配信のための権利意識のアップデートが必要
 コロナ禍では、さまざまなカンパニーが発表の機会を求めてオンライン配信に取り組んだ。公演映像のライブ配信もあれば、打ち合わせも含め一度も直接顔を合わせないフルリモート劇団の登場、『12人の優しい日本人』の朗読などが話題を呼んだ。
 「東京は今、客席50%が当たり前ですから、残りの50%をどこで回収するかと言えば配信です。多くの劇団が来年度の企画を立てる時に、配信ありきで予算組みをしていることでしょう。その時に映像や音量、音楽のクオリティは最低ラインを維持しておかなければ、お客さんから選んでもらえなくなります。それと同時に権利処理に関して、私たちはもっと知識をアップデートしていかなければいけません。既存の曲を替え歌で歌ったり、鼻歌にしたりすること、スマホの着信音、コンビニなどの制服を衣装代わりに使ってしまうことなどなど普通に行われていますが、そこにも著作権があるわけです」(三好)
 「一番重要なのは、作り手がその知識を持った上でどうするかを選択すること。こうしなくちゃいけないということはないと思うのですが、作り手に知識があれば選ぶ自由が生まれると思うんです。アーカイブや配信がこんなにも重要な側面が出てきた状況で、制作者として無視できないことになっていくと思います。だから、後進の若い方たちにはそのつもりで正しい知識を知ってほしいですね」(林)
流山児事務所「コタン虐殺」2020年(EPAD収集作品)
 『EPAD』の現場では権利処理担当者がすべての映像を見直し、どこにどんな曲が使われ、その曲は本当に申請されているかをチェックしている。曲だけではなく、上記した鼻歌やスマホの着信音、ラジオから流れてくる放送、観劇している客席の未成年者の顔がどの程度映っているかなどにも及ぶ。楽曲についてはそのままリストにして原盤権を申請できるものもあれば、解決できないものについては、この事業に賛同して関わっている著作権に詳しい弁護士たちが判定している。振り付けなど音楽以外の許諾を得るにも、物故している権利者を探すためにも、権利処理チームが全力を尽くした。
 すでにDVD化されている作品であっても、配信のための権利処理は、新たに許諾を得なければならない。上演やテレビ放送、DVDとは異なるという認識が必ずしもなかった。
 配信希望で提案された作品映像は350本ほどあったが、実際に権利処理をクリアして配信にたどり着きそうな作品は220本と、ぐっと減ってしまう。権利処理をクリアした作品は、『EPAD』が配信プラットホームを持たないため、各カンパニーがどこで配信するかを決め、その情報は『EPAD』のポータルサイトで随時掲載される予定だ。
EPADのロゴ  (c)️上田大樹(&FICTION!)
■この事業の根底にあるのは「映像は観劇体験の代わりにはならない」という想い
 前述したように、これからはいやが応にもオンライン配信が一つの収益のための手段になっていくし、さらなる可能性を求めていく表現者たちも現れるだろう。そこで付け加えておきたいのは、この『EPAD』に関わっている演劇関係者は、「作品映像は観劇体験の代わりにはならない」という思いを共有した上でこの事業を進めているということだ。
 「私も配信には懐疑的なところがありました。しかし東京以外に住んでいる中高生とか、子育てをしている方やお身体が不自由な方など想いはあるけど物理的に劇場に訪れるのが困難な方たちに対して、新しい機会を提供できることになるかもしれません。そして、今は昔のように自由に空間は持てないけれども、演劇を中心に人が集まるという前提があれば、オンライン上でも集まることができる。それは新しい価値観や可能性の提案につながるのではないかと感じています。空間や時間の共有が絶対的に必要な演劇表現だからこそそのことを考えていくべきではないかと思います。私としてはそこに可能性を感じています」(林)
 「この事業を通してすごく心に残っていることがあります。ある照明家さんが、肉眼で見るための照明の色を作っているのに、配信でカメラを通した場合、それは自分の作った色ではないとおっしゃったんです。一方で、2.5次元の舞台ではカメラのための色づくりをする照明家さんもいる。舞台であっても配信が前提だから。そうなった時に、プランを作って、脚立に乗って照明を吊る作業をしているのが私たちがこれまでイメージしていた照明家さんですが、仕事の内容自体が変わってきています。音響さんにも同じことが言えます。デジタルアーカイブとして残してほしくないという方も実際にいて、その気持ちもわかるんですけど、現在、演劇界は配信を無視できない状況になっています。そういう意味で、私たちは新しい価値観、新しい市場価値に向けたタネを植えるというか、配信するその先を見ていく必要があると感じています」(三好)
DUMBTYPE「pH」1990年(EPAD収集作品)
 この事業のための現場には、小劇場の制作者たちが多く携わっている。願うのは、彼らが再び、早く劇場という現場に戻っていかれることだ。そのためには割り切って、進んでいくことも必要になる。それが『EPAD』の取り組みかもしれない。
 勝手に付け加えれば、1960年あたりの作品映像には、まだ戦後から復興に向かう時代の香りが残っているはずである。戦争があっても、弾圧されようとも、災害に遭おうとも生き残ってきた演劇は、コロナ禍のもろもろも栄養にして、未来を築いていくものだと信じている。そして時代の空気を感じられる作品映像は、さらにその収集に取り組んでいかなければならない。
松竹株式会社「ロミオとジュリエット」1980年コスチューム(EPAD収集作品) (c)️緒方規矩子

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