團伊玖磨の傑作映画音楽を集めたCD『
團伊玖磨・映画音楽集成・東宝編』が
完成~構成者「歓喜団」さんに聞く

「歓喜団」さんという写真家をご存知だろうか。先頃(2020年11月1日)Twitterに投稿した幻想的な写真がバズったことで一躍脚光を浴びた。しかし、実は生粋の映画ファンでもある。中学生の頃から作曲家「團伊玖磨(だん・いくま)」の魅力にどっぷりと浸かり、ついには史上初となる團伊玖磨の映画音楽の傑作選CDをこのほどスリーシェルズで完成させた。
團伊玖磨(1924-2001)といえば、オペラ《夕鶴》や《ぞうさん》《ラジオ体操第二》等で知られる著名な作曲家だ。しかし2020年12月15日にリリースされるCD『團伊玖磨・映画音楽集成・東宝編』には、これまで一度もLPやCDなどに商品化されずにいた珠玉の音楽が「マスターテープ」からデジタル化され、2枚のCDにたっぷりと収められた。東宝映画に残る全24作品から選びぬかれた約160分全69トラック。その完成に至るまでの道のりと、CDの魅力について、CDの構成を手掛けた「歓喜団」さんに話を聞いた。(聞き手:仁木高史)
歓喜団さんがTwitterでバズらせた写真

■平成生まれ、中学から團伊玖磨一筋
-- CD完成おめでとうございます。まず完成品を手にされていかがでしたか?
ありがとうございます。関係各位のご協力によって念願のCDを構成することが出来ました。現物を手にして、ようやく完成した実感が持てました。パッケージも緑を基調とした渋いデザインで気に入っています。また、團伊玖磨の息子さんの紀彦さん、映画音楽研究で知られる小林淳さんに序文をご執筆頂きましたことも、大変光栄でした。
渋い色調の盤面にも歓喜団さんのコダワリが感じられる盤面写真
-- 團さんの音楽にはどのようにして興味を持たれたのですか?
中学生の頃に見た『ハワイ・ミッドウエイ大海空戦 太平洋の嵐』(音楽:團伊玖磨)が切っ掛けです。幼少期よりピアノを習っていたので、團伊玖磨という名前を聞いたことはありましたが、本格的に音楽作品を聞くのはこの時が初めてでした。勇壮さや武骨さを主軸としながらも悲劇的な部分がオーバーラップするような一枚岩では解釈できない独特の響きに感銘を受けました。以後、團伊玖磨一筋で映画を見てきました。しかし当時から知名度の割に映画音楽の音盤がリリースされていないのが疑問で、いつか自分の手でCDを構成してみたい……なんて朧げな夢を抱くようになりました。2019年にスリーシェルズの西耕一氏の手招きで『曼陀羅』(3SCD-0042/音楽:冬木透 )『ダイゴロウ対ゴリアス』(3SCD-0043/音楽:冬木透)のCD解説でデビューしたのを皮切りに、『TBSと日本の巨匠・團伊玖磨』(3SCD-0051)にも寄稿させていただくなど活躍の場を与えて頂き、今回の企画へと繋がりました。
CD『曼陀羅』『ダイゴロウ対ゴリアス』『TBSと日本の巨匠・團伊玖磨』各ジャケット

■團伊玖磨の映画音楽は長尺、三三七拍子の曲もある
-- 今回「東宝編」として集成されたわけですが、なぜに「東宝編」なのでしょうか?
團伊玖磨は1954年~1965年にかけて東宝の専属作曲家として活躍しており、東宝に多くの音源を残しているためです。團氏が映画音楽作曲家として活動していた時期とほぼ重なっています。代表作はほぼ東宝作品といっても過言ではないと思います。
-- 團さんの映画音楽の魅力とは?
純音楽に勝るとも劣らない長尺の音楽が聴ける点ではないでしょうか。例えば今回のCDに収録した『夫婦善哉』M-24は7分以上もある大作です。ちょうど、映画のクライマックス、森繁久彌演じる柳吉と淡島千景演じる蝶子が肩身を寄せ合うシーンに流れる曲で、まるで交響曲の一楽章のような長さです。映画音楽といえども、一切妥協無く真剣に取り組んでいたことが窺えます。
-- なるほど、通常は場面転換のように数秒で終わる曲もあるのに、7分とは!
また、團伊玖磨の音楽のエッセンスが凝縮しており、それが分かりやすい形で提示されている点も魅力であると思います。團氏の音楽は1960年作曲の《交響曲3番》を境に純音楽と商業音楽(といいってしまっていいのか分かりませんが)が分化する印象を持っています。純音楽がシリアスな響きを持つようになる一方で、映画音楽等の商業音楽は、耳馴染みが良く、氏の音楽の魅力が凝縮していると感じます。團節ともいえる骨太のメロディー、刻みのいい337拍子、繊細で叙情的なメロディーなどなど……。
-- 337拍子であそこまでカッコいい曲を書くのは驚きました。しかも『太平洋の翼』『独立機関銃隊未だ射撃中』『のら犬作戦』などで続けて出できた曲順構成にも驚きました。誰でも知っている337拍子なのに、重厚で、しかも格調が高いですね。
337拍子は、その発祥起源は大正時代の応援団による勝利を祈願する掛け声からなのです。團伊玖磨は、曲のわかりやすさだけではなく、戦場に赴く男たちのエールとしても337拍子を使っていたのではないかと思います。
-- 團伊玖磨でなければ味わえない、他と違う魅力はどのような点でしょうか?
交響曲、オペラ、合唱曲、吹奏楽、はたまたエッセイなど……あらゆる分野で多くの作品を残している点です。後年になっても全く創作意欲が衰えなかったことも驚嘆に値します。まさに大作曲家。日本でもこれほどの作曲家は少ないのではないでしょうか。
加えて、やや抽象的な話になってしまいますが、通底する貴族性も團氏の音楽の魅力だと思っています。全く音楽が泥臭くない。考えみれば、祖父は三井財閥の総帥・團琢磨、父は実業家で美術史家の團伊能と、華麗なる一族出身ですからね。通俗的なものを極端に嫌ったのも分かる気がしますね。
團伊玖磨

■サントラ構成、制作へのこだわり
-- 今回のサントラで悩んだ、こだわった点は?
選曲には悩みました。團伊玖磨が東宝に残した音源は膨大な数(約1000トラック24時間)に上りますが、その中から、なるべく聞き所を逃さず、過去盤との重複を控えるように選曲しています。例えば『太平洋奇跡の作戦 キスカ』では、主題のキスカマーチが使われる3曲の劇中曲のうち過去音盤化されていないエンディング(M-23)を収録しています。他、『雪国』『無法松の一生』は過去一度も商品化されていないこともあり、曲を聴いて物語の起承転結をイメージできるような選曲とし、収録時間を多めにしています。
豊富な資料付きのブックレットより、テープの箱の写真など
-- 音質へのこだわりは?
音質についてはケーブルや機械にもこだって原音の持ち味を十分に引き出すことを考えました。そしてリマスターに際しては最低限の整音しか行っていません。東宝は、磁気録音を開始した1954年より正副(メイン/サブ)という2種類の音楽テープを残しているのですが、今回の企画では両テープが残る作品は音質比較を行い、より最良の音源を収録しています。
-- 資料性のある分厚いブックレット、収録時間もこだわりが溢れていますね。
今回はベスト盤という点で、各々の作品を深く掘り下げることは出来ませんでしたが、逆に包括的な資料を充実させられたかなと思っています。収録作品の録音日やテープの巻数、映画音楽116作品をまとめたフィルモグラフィー、キューシートやダビングシートに基づく資料解説などです。特にフィルモグラフィーは團伊玖磨アーカイブズの資料に基づいた最新の研究結果を踏まえたものです。
また、各ディスクとも収録時間を79分50秒台に、とし、収録限界の80分に挑んでみました。折角なら1曲でも多く聞きたいと思うのがファンの人情でしょうから……。選曲との兼ね合いはやや大変でした(笑)。他には、通常のサウンドトラックでは省かれてしまう「タイトルクレジット」を収録した点です。以前構成させて頂いた『曼陀羅』(音楽:冬木透)では全Mナンバーコールを収録しましたが、それに似た感じです。音楽とは直線関係ないものの、録音資料として価値があるのではないでしょうか。因みに「タイトルクレジット」読み上げは全ての作品で行われたわけではないようです。
ブックレットより、フィルモグラフィー(一部)
-- CDでとくにおすすめのトラックは?
初収録となる『雪国』(DISC1,トラック16~21)、『無法松の一生』(DISC2,トラック24~30)は特にオススメです。両者とも團氏の映画音楽の代表作でありながら過去に一度も音盤化されていないのが不思議なくらいですね。
『雪国』はオリジナル版に加えて、カンヌ版という追加録音版も収録しています。トラック21~22の流れ(オリジナル版→カンヌ版)は個人的に聞いていただきたい所です。余談になりますが、以前ヴァイオリニストの小林武史さんのご自宅にお伺いした際に「伊福部先生や團先生の指揮で映画音楽を演奏したことがある」と仰っていました。演奏時期や後年團氏が小林氏に送った《ファンタジア第1番》で『雪国』と同型の旋律が確認できることから、本作のヴァイオリンは小林氏による演奏では?……とロマンを膨らませるのも楽しそうです。
『無法松の一生』は團氏が自身の映画音楽の代表作として挙げた作品です。巧みなオーケストレーションによって主人公松五郎の湧き上がる感情を表したかのような音楽は一度耳にしたら忘れられないはずです。後年、本作の主題を元に《シネ・ファンタジア無法松の一生》を作曲したほか、合唱組曲《北九州》や《フルートとピアノのためのソナタ》でも同型の旋律を転用していることから、氏の本作に対する愛着が窺えます。
他、『ハワイ・ミッドウエイ大海空戦 太平洋の嵐』のメインタイトル(M-1)は自分の一番好きな曲で、團伊玖磨好きになった切っ掛けでもあるので、オススメいたします。ステレオ音源は過去商品化されておりましたが、モノラル音源は今回が初商品化になります。
-- このCDが売れたら、今後もいろいろな構想があると思いますが、どのようなCDがあったら良いと考えられますか?
先輩構成作家の受け売りになる部分はありますが、かつての東宝レコードの日本人作曲家シリーズのような入門盤やベスト盤(複数作品の音源から聴きごたえのある音源を選りすぐった盤)がもっと必要であると考えています。というのも、昨今のサウンドトラック事情を鑑みるに、マニアに向けた単独盤(その作品の音源を完全収録した盤)こそ充実していますが、初心者や入門者に向けたCDが足りていない気がするためです。これではジャンルが衰退してしまいます。
マニアの中には「単独盤でなければ意味がない!」と思う人も多いでしょう。その気持ちは分かります。しかし、ベスト盤は音源のサルベージ(データ回収)の観点からも有用なのです。単独盤の企画では1作品の音源しか扱う(デジタル化する)ことが出来ません。一方で、ベスト盤では収録予定の複数作品の音源を扱うことが出来ます。その時ベスト盤に収録されなくても、とりあえずデジタル化して保存しておけば後世に別の企画で活かされることがあります。企画に乗じなければ音源を扱うことが出来ない以上、単独盤企画だけでは救えない音源が沢山あるのです。
今回の企画で感じたことですが、50年代の音源は保存限界に来ていますし、音源が未来永劫保存される保証はどこにもありません。10年後20年後の未来を考えた場合、ベスト盤企画の意味がじわじわとボディーブローのように効いてくるに相違ありません。以上の理由から、多くのベスト盤を出す必要性を感じています。同じ「3人の会」(※1953年に芥川也寸志、團伊玖磨、黛敏郎が結成した作曲家グループ)の仲間のCD、『芥川也寸志映画音楽集成』『黛敏郎映画音楽集成』……などなど夢が膨らみますね。
芥川也寸志、黛敏郎、團伊玖磨による「3人の会」の写真
-- 團伊玖磨作品だと、今回の他にどんな作品が発売されるべきと考えますか?
先ほどの話と対照的ですが、例えば團の映画音楽の代表作『雪国』『無法松の一生』の単独盤です。今回の音盤ではセレクトして収録しましたが、やはり効果音等を含めた完全盤で商品化したいですね。他には、團氏の演劇用作品の音源が残されていることが判明しているので、こちらも商品化してみたいです。過去あまり光が当たらなかった分野だけに注目のCDになるのではないかと考えています。
最後になりますが、今回、團伊玖磨の映画音楽作品集を手掛けるという、中学生の頃に抱いた夢を実現することが出来ました。改めて関係各位に感謝申し上げます。今後ともよろしくお願いいたします。
取材・文=仁木高史

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