半﨑美子が初のカバーアルバム『うた
弁COVER』で解き放った表現者として
の“歌”

北海道から上京し、今年20周年のアニバーサリーイヤーを迎えた半﨑美子が、アルバム『うた弁』シリーズの最新作として、初のカバーアルバム『うた弁COVER』をリリースする。“故郷”や“青春”をテーマに、自身の糧になってきた楽曲をセレクトしてカバーした今作。プロデューサーに武部聡志を迎えて制作し、ノスタルジックでありながらも、ゴージャスで多彩な彩に満ち溢れた全12品目。ここで解き放たれたシンガー・半﨑美子の表現者としての“歌”。その全貌を、彼女の言葉を通して解き明かしていきたいと思う。
――今回、通常の『うた弁』ではなく、カバーアルバム仕様で『うた弁』を作ろうと思った動機はなんだったんですか?
これまでコンサートでも、カバーを歌ったりというのはあまりしてこなかったんですけれども。自分のなかで今年は上京20年という記念の年でもあったので、まず3月に「布石」というシングルを出しまして。あの曲で自分の上京20年の物語は出し尽くしたんですね。そうして、その後はこういう制限がある状況でいろんなことが中止になっていったとき、一回自分自身がゼロに戻るというか。私自身、原点に立ち返るきっかけになったんです。これまで私は、誰かの想いを歌にするということに使命を感じながら歌ってきた訳ですけど、音楽に目覚めた当時というのは、ただ歌うことが好き、歌を聴いてもらいたい、というだけで歌手を目指していたので。そのときの感覚で作品を作ってみたいなと思ったときに、カバーにチャレンジしてみようと思ったんだと思います。
――なるほどね。誰かの想いを歌に昇華する歌ではなく、フラットに楽曲、歌うことに向き合っていた“シンガー”としての自分に立ち返って作品を作ったらどうなるんだろう、と。
はい。まさにそうです。
――カバーするにあたって、“故郷”、“青春”をテーマにしたと資料に書いてありましたが。そのなかでも半﨑さんのなかで選曲のとき一番大事にしたポイントとは?
“故郷”というところでは、同郷のシンガー・ソングライターさんの歌は欠かせなかったです。
――今作でいうと、中島みゆきさん、松山千春さん、玉置浩二さんですね。
ええ。そこはマストでした。
――故郷にまつわるカバーは今春からYouTubeでも発信されていますよね? あれ、今作への布石なのかなと思いきや、途中から収録曲とは関係ない曲をカバーするようになっていって。あれは一体なんなんですか?
うはははっ(笑)。そんなところを指摘してくれるなんて(嬉)。YouTubeのほうは、いろいろ中止になったので、いまさらだったんですけど、チャンネルとしてちゃんと動かしたいなと思ってやっただけなんですよ(笑)。「大空と大地の中で」をあげたときは、今作の収録曲は決まってない時期で。
――じゃあ今作への布石とか、なんの戦略もなくあれを歌っちゃったってことですか?
そうです! あははは。単純に好きな曲をカバーしたのを2曲ぐらいあげたあと、また止まっちゃってたんですけど。今作のレコーディングが終わったあと、久々にこの間アップしたのが「知床旅情」で。せっかくやるなら『うた弁COVER』には入ってない、アルバムに入れられなかった故郷の歌を今後はアップしていこうかなと考えてます。
――『うた弁COVER』のスピンオフみたいな感じで、YouTubeの故郷ソングカバーはとらえればいいんですかね。
それだ! いまそれに決めました(笑顔)。
「知床旅情」
――では、ここからは本題に入りたいと思うんですが。今回ね、アルバムを聴いて一番驚いたのは、半﨑さんの歌でノスタルジーが込み上げてきてじんわり涙しちゃうのかなと想像していたら、そうではなかったことなんです。心地いいノスタルジーとは一線を一線を画した、シンガー・半﨑美子、その表現力の可能性を見せつけられた作品だったんです。今作は。
嘘!? 本当に?
――はい。ここからは、それを紐解いていこうと思うんですが。まずアルバム最初の中島みゆきさんの「ホームにて」。この幕開けは“半﨑印”な歌からのすべりだしなので、ファンの人も“待ってました!”という。
まさに。私の歌の世界に近い歌い方ですからね​。
「ホームにて」リリックビデオ
――そこで、こういうトーンで最後までいくのかなと思っていたら、まず前半の山場として山口百恵さんの「いい日旅立ち」~松田聖子さんの「SWEET MEMORIES」がやってくるんです。この2曲を武部さんは「いい日旅立ち」は煌びやかなサックス、「SWEET MEMORIES」は優雅なバイオリンを軸に置いて、上質感に包まれる都会的でゴージャスなサウンドに仕上げているんですね。ビルボードライブ東京の夜景が似合いそうな。
あー、本当だ。
――そのなかで歌う半﨑さんの歌。これが、ベルベットな質感なんですよ。
はぁー、なるほど。
――サウンドとの化学変化が起きて、そういう歌が引っ張り出されているんですよね。
たしかに。サウンドが仕上がって歌入れするとき、多少なりとも声がそっちに引っ張られる部分はありますからね。この「いい日旅立ち」と「異邦人」に関しては、たまたまインディーズの頃に札幌のシティジャズのイベントに出たときに歌ったことがあったので、そのときに歌った感覚が自分の中に染みついているところもあるのかもしれないです。アルバムの流れのなかでいうと、フォーク、シャンソンときて、この「いい日旅立ち」、「SWEET MEMORIES」の2曲でアレンジ、楽器が豪華になっていくところは絶妙ですね。いま、いわれて気づきました。
「いい日旅立ち」リリックビデオ
「SWEET MEMORIES」リリックビデオ
「異邦人」リリックビデオ
――そうして、ここでいままで知らなかった上質感に包まれた半﨑美子の歌を味わったあとに聴く玉置浩二さんの「メロディー」が素晴らしくて。今作のアルバムの流れで聴くと、たまらなくくるんです。
「メロディー」の評判がすごくよくて。そこは自分たちとしては意外だったんですよね。
――上質な歌から、半﨑さん印が刻まれた泣きの歌へと展開するパートなんです。ここは。
いったん元に戻るというか。
――そう。それで、きわめつけが最後のロングトーン。あそこで最後の最後にさらに染み込ませて終わるという。
あぁー。「メロディー」は、始まりから自分のなかでは“イントロなし”って決めていて。だから、いきなり歌から入るんですね。なので、そこも効いているのかもしれないですよね。
「メロディー」リリックビデオ
――効いてます、効いてます! そこは半﨑さんにまんまとやられちゃいましたね。ところで、玉置さんの曲のなかでも、この「メロディー」を選んだ理由は?
いろいろ好きな曲はあるんですけど、ノスタルジック、郷愁みたいなものをより感じる曲だったので、この曲を入れたかったんですよ。この曲はギターのアレンジとか、シンプルさが際立ちますよね。
――アルバムの流れで聴くと、こういうシンプルな音数、アレンジのなかでの歌の立たせ方と、ゴージャスなサウンドに包まれたなかでの歌の立たせ方の違いがよくわかります。
すごいところに目をつけて下さって嬉しいです。そこは自分も意識しているところで。「ホームにて」とか「メロディー」などの楽器の音数が少ないなかで際立たせたい声と、次の「異邦人」なんかの楽器がたくさんあるなかでの声では、歌い方が違うんです。声のなかの成分として、ブレス、息が多く混ざるのは「ホームにて」とか「メロディー」のような曲なんです。
――細か~いビブラート使いであったり、言葉尻の息の残し方。後味を残していくようなテクニカルな歌い回しは、音数が少ない楽曲で頻繁にやってますよね。
たしかに。語尾のちょっとしたビブラートとか、ちょっとした息の引き取り方、そこは印象的に残したいというのはありますね。
――それは意識的に?
いや。少ない音数のなかで歌っていると、自然とそうなるんですよ。なので、どちらかというと、歌が“語り”に近いんだと思います、「ホームにて」とか「メロディー」は。外に向いてないといいますか。自分のなかで想いを巡らせて、懐かしむ感覚を噛み締めながら歌っている感じなんだと思いますね。
――それに対して、音数が多いアンサンブルになると、こちらは歌唱力で歌も音の一部となって、曲に鮮やかな色彩感を与えるボーカルを外に向かって放っている気がします。
そうですね。
「さくらんぼの実る頃」リリックビデオ

「紅い花」リリックビデオ

「あの日にかえりたい」リリックビデオ
――そうして、話をアルバムに戻して。この後、アルバムは後半戦へ。ちあきなおみさんの「紅い花」と荒井由実さんの「あの日に帰りたい」のところは“ザ・大人の女”パートで。こんな半﨑さん見たことないよという。
ホント、そうなんです。こういう半﨑を見せたかったんですよ。
――それが狙いだったんですね。自分の曲では絶対出せないですよね?
出ないです。こういうウエットな感じは。
――ウエットな半﨑節を引っ張り出した「紅い花」は、なんで歌おうと思ったんですか?
この曲は、私が“絶対に入れたい”といって頑として譲らなかった曲なんですよ。私は母の影響もあって、ちあきなおみさんの曲が大好きで。そのなかから絞って絞って「黄昏のビギン」もちあきさんが歌っているバージョンなので、これを入れると2曲歌わせてもらったんですね、今回。
――そういうことなら、ここでちょっと「黄昏のビギン」の話もしたいんですが。この歌はBメロの部分。1番だったら“さっさっずにっ”とか“つっづっけたっ”とスタッカートで短く切りながら小さくビブラートをかけて歌うテクニックは、ちあきさんを意識されていましたよね?
そこ、私の一番のポイントです。自分の歌では出てこない歌い方だからこそ、あそこは自分でもシンガーとして楽しんで歌いました。それで、さっきの質問に戻って。「紅い花」は単純に自分が好きで、インディーズの頃にカバーしたこともあったんですよ。ほんの数回ですけど。この曲は“故郷”、“青春”というテーマ性にはハマってないんですけど、北海道にいた若い頃、とくに意味は分かっていなくても自分のなかに残っていた曲だったんですよね。改めてこの年齢になって聴いて、曲の意味はより分かるようになるんですけど、それでも当時からなにか響くものが自分のなかにはあった曲なんです。
「黄昏のビギン」リリックビデオ
――そうでしたか。では、今回いまの年齢で歌ってみてどうでした?
今回はアレンジで二胡を武部さんが入れて下さったので、あれでよりウエットな感じに歌が染まっていった感じはありました。
――なんで二胡を入れたのかなと思ってたんですけど。二胡で曲に郷愁感を与えることで、アルバムのテーマに寄せようという狙いがあったんだなって、いま気づきました。
うんうん、まさにそうだと思います。
――そのなかで半﨑さんが“酒をあおる”とか“酒にうたう”とか最初、驚きましたからね。
自分の歌詞には出てこないですもんね。でも、こういう渋い曲、哀愁あるブルースとか大好きなので、歌いたい衝動にかられます。
――そうなんですね。今回この「紅い花」を聴いていたら、深いスリットの入った真紅のチャイナドレスを着た半﨑さんが、アダルトな雰囲気でこの曲を歌ってるシーンが想像できてしょうがなかったです。
あー、なるほどね。それすごい面白い!
――そこから「あの日に帰りたい」はボッサアレンジで、ここではウエット感がなくなった大人の洒落たいい女の歌になるんですよ。
そこは完全に武部さんマジックです。武部さんが私に対して歌い方をオーダーすることって、まずないんですよ。自分が歌ったそのまんまを受け入れて下さる方なので。でも、そのなかでもこの曲は特にアレンジが導くように歌いたくなる。そういう曲でしたね。
「大空と大地の中で」リリックビデオ

「永遠の絆」リリックビデオ
――そうして大人の女シリーズから、松山さんの「大空と大地の中で」で、いつもの半﨑さんの歌がエンディングに向けて、よりダイナミックにエモーショナルなものへと高ぶっていったあとのセルフカバー「永遠の絆」。ここで、歌が一気に子供のようなピュアな歌へと変わるわけですけど。これは、なんでこんなピュアな歌い方になったんですか?
さっきまで酒をあおってた人がね(笑)。なんでだろう。この歌って15年ぐらい前に書いて、インディーズでCDに入れていた曲で。当時はライブの最後に必ず歌うような曲だったんですよ。今回、それを改めてリテイクするってなったとき、作った当時は“叫び”まではいかないにしても、想いを伝えるという部分がすごく出ていた歌だったんです。でもいまは、さっきの話じゃないですけど、語るように自分のなかで想いを巡らせる歌。そこにより近づいたんだと思います。あと、ピュアという指摘については、この曲の歌詞にもあるんですけど、どんなに年を重ねてもあなたの子供、というところが出ているんじゃないかなって。
――うわー、気づかなかった……。そこですね。間違いない。
私もいま気づきました。
――そうして、ここで子供のピュアな気持ちに戻ったあとに、アルバムラストの唱歌「故郷」なんですね。
たしかにそうだ! これで、最後に子供の頃に誰もが歌った「故郷」といま自分が故郷に馳せる想いがリンクして、「故郷」がまた新たな響きになる。
「故郷」リリックビデオ
――なんてストーリー性のある美しいアルバムなんでしょう。
私もしっくりきました。アルバムの流れが。
――私もこれですっきり気持ちよくお正月が迎えられます(笑)。ちなみに、『うた弁』シリーズのジャケットはお弁当の写真が恒例ですが、今回はおせち料理ということで。半﨑家の実家のお雑煮はどんな感じなんでしょうか。
餅はつきたての丸餅です。お汁はおすましではなくて、醤油ベースのお汁ですね。そこに餅と鶏肉、人参、ごぼう、薄いかまぼこを入れて、上に絹さやをのせます。
――ありがとうございました。では最後に、半﨑さんから『うた弁COVER』の味わい方についてみなさんにメッセージをお願いします。
今回は、実家の象徴という意味でジャケットはおせちにしたんですけど。私自身、上京してなかなか帰るに帰れなかった頃に寄り添ってもらった歌たちをこのアルバムには収録しました。今年はこういう状況なので、帰省できないで年末年始を家族や故郷と離れて過ごす方も多いかと思います。そういう方たちの心の中にある故郷を呼び起こしたり、想いを馳せたりするときに寄り添えるアルバムになったらいいなと願っています。
取材・文=東條祥恵 撮影=鈴木恵

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