8thアルバム『f』は
ポップセンスを損なうことなく、
自身のルーツを露わにした
福山雅治、10年目の傑作

ルーツロックへの憧憬

さて、“彼の興味深く、奥深いところ”と前述したのは、これ以降である。M6「Escape」からは、M1「友よ」で感じた硬派なロックミュージシャン像が全開になって来る。M6「Escape」はソウル、R&B要素も取り込んだカントリー風ロックチューン。フィドルやバンジョー、アコーディオンの鳴りが印象的で、これがスタイリッシュではないとは言わないし、十分にポップなのだが、カントリーロックそのものは、[元々は、1960年代から1970年代のロック・アーティストがカントリーミュージック、フォーク、ブルーグラスなどの要素を導入した作品群から発生した。バーズやボブ・ディランのカントリー・ロック・アルバムが先駆けとなり、その後アメリカ西海岸出身のバンドであるCCRやイーグルスによって人気が確立した]というのだから、本作リリースの時点で先端の音楽ではなかったことは間違いない([]はWikipediaからの引用)。また、カントリーロックが多くの日本人にとって馴染みのあったものだったかと言われたら、それもそうではなかったであろう。一部好事家たちの支持──特に1960~1970年代をリアルタイムで過ごしたロックファンの中には当該ジャンルのファンはいただろうが、一般層にまで深く浸透した音楽ではないと思う。福山雅治自身は1969年生まれで、1970年代にしても彼が物心つくかつかないかの頃なので、リアルタイムで熱心に聴いたというわけではなかっただろう。それなのに、こういうタイプの楽曲を自らのアルバムに収めるということは、遡って音楽を漁るような、真摯な(?)音楽ファンであったことはうかがえる。

M7「HEY!」はキャッチーなサビメロを持つ、いかにもシングル曲らしいナンバーであり、“New Century Mix”とある通りアルバム収録にあたってミックスし直しているそうだが、楽曲全体から感じるのは隠し切れないルーツロック感である。これもまたベーシックにはカントリーやブルースがある。打ち込みも使っているが、バンドサウンドが主体であることや、モータウンっぽいドラミングが出て来たり、アウトロではゴスペルっぽいハーモニーを響かせたりするところにも、福山雅治の本性を垣間見れるのではないだろうか。これまたシングルナンバーのM8「Gang★」は、ブラスセクションをあしらったゴージャスなR&Rで、パッと聴いただけでも彼のルーツロックへの憧憬が分かろうというものだろう。それだけでも十分なのに、この楽曲の[ギター・ソロは本場アメリカのロカビリー・ギタリストによるロサンゼルス・レコーディングである]というから、その音色に相当なこだわりを持っていたことがよく分かる([]はWikipediaからの引用)。

結論を先に言ってしまえば、以降、M9「dogi-magi」、M10「Blues」、M11「Carnival」……と、どんどんサウンドが泥臭くなっていき、福山雅治のルーツミュージックが露わになっていく。これがアルバム『f』の本質、本性と言ってもよかろう。村上“ポンタ”秀一率いる“PONTA BOX”との一発録りによるM10「Blues」は文字通りブルースであり、歌メロはマイナーで、キャッチーでもポップでもない。間奏部分では明らかなアドリブを聴くことができる、結構マニアックなナンバーだ。M11「Carnival」、M12「家路」はM10「Blues」ほどにはマニアックではないけれども、Bob DylanやThe Bandからの影響を隠すことなく、むしろ堂々と披露している印象だ。M13「春夏秋冬」はエキストラトラックであるそうなので、アルバム本編とは少し趣が異なるのかもしれないが、「春夏秋冬」はそもそも[福山がデビューのきっかけとなったオーディションで歌った想い出の曲]というのだから、フィナーレはまさしく彼のアーティストとしてのスタート地点、言わば“エピソード0”の露呈である([]はWikipediaからの引用)。

個人的に注目したのはM9「dogi-magi」。渋めのオルガンが印象的な、これもまたブルースフィーリングあふれるナンバーではあって、メロディ、展開、サウンドのどれも、当時にしても結構古めであったことは否めないものであろうが、全体の聴き応えがまったくと言っていいほど泥臭く思えない。ルーツロックではあるものの、脱臭されているというか、血抜きされているというか、特有の“えぐみ”みたいなものがほぼ感じられないのである。ミックス具合によるところか、コード感か、はたまたバッキングボーカルとして参加している松本英子を含めて楽曲全体の世界観がそう感じさせないのか。それが何故かは上手く分析できないけれども、M9「dogi-magi」をアルバムのこの位置に置くことで、M10「Blues」以下が誰もがすんなりと聴けるようになっているように思う。思えばM2「HEAVEN」にもM7「HEY!」にもそういう側面があった。M2「HEAVEN」であればラテン、M7「HEY!」であればカントリー、ブルースが感じられるものの、そこばかりが突出している印象がない。その辺は意識的にチューニングしていたのではなかろうか。仮にM2「HEAVEN」、M7「HEY!」、M10「Blues」でもルーツロック感を押し出していたとしたら、アルバム『f』の印象は大分変わる。おそらく大衆性は今よりは薄くなったに違いない。自身のアルバムだからと言って自らの趣味性だけを前面に出すのではなく、ギリギリのラインでポップさを注入したのだろう。上記の楽曲からはそんなことが想像できるが、その辺もまたトップアーティストの奥深さが感じられるところではある。

TEXT:帆苅智之

アルバム『f』2001年発表作品
    • <収録曲>
    • 1.友よ
    • 2.HEAVEN
    • 3.Venus
    • 4.蜜柑色の夏休み
    • 5.桜坂
    • 6.Escape
    • 7.HEY! (New Century Mix)
    • 8.Gang★
    • 9.dogi-magi
    • 10.Blues
    • 11.Carnival
    • 12.家路
    • 13.春夏秋冬
『f』('01)/福山雅治

OKMusic編集部

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