8thアルバム『f』は
ポップセンスを損なうことなく、
自身のルーツを露わにした
福山雅治、10年目の傑作
ルーツロックへの憧憬
M7「HEY!」はキャッチーなサビメロを持つ、いかにもシングル曲らしいナンバーであり、“New Century Mix”とある通りアルバム収録にあたってミックスし直しているそうだが、楽曲全体から感じるのは隠し切れないルーツロック感である。これもまたベーシックにはカントリーやブルースがある。打ち込みも使っているが、バンドサウンドが主体であることや、モータウンっぽいドラミングが出て来たり、アウトロではゴスペルっぽいハーモニーを響かせたりするところにも、福山雅治の本性を垣間見れるのではないだろうか。これまたシングルナンバーのM8「Gang★」は、ブラスセクションをあしらったゴージャスなR&Rで、パッと聴いただけでも彼のルーツロックへの憧憬が分かろうというものだろう。それだけでも十分なのに、この楽曲の[ギター・ソロは本場アメリカのロカビリー・ギタリストによるロサンゼルス・レコーディングである]というから、その音色に相当なこだわりを持っていたことがよく分かる([]はWikipediaからの引用)。
結論を先に言ってしまえば、以降、M9「dogi-magi」、M10「Blues」、M11「Carnival」……と、どんどんサウンドが泥臭くなっていき、福山雅治のルーツミュージックが露わになっていく。これがアルバム『f』の本質、本性と言ってもよかろう。村上“ポンタ”秀一率いる“PONTA BOX”との一発録りによるM10「Blues」は文字通りブルースであり、歌メロはマイナーで、キャッチーでもポップでもない。間奏部分では明らかなアドリブを聴くことができる、結構マニアックなナンバーだ。M11「Carnival」、M12「家路」はM10「Blues」ほどにはマニアックではないけれども、Bob DylanやThe Bandからの影響を隠すことなく、むしろ堂々と披露している印象だ。M13「春夏秋冬」はエキストラトラックであるそうなので、アルバム本編とは少し趣が異なるのかもしれないが、「春夏秋冬」はそもそも[福山がデビューのきっかけとなったオーディションで歌った想い出の曲]というのだから、フィナーレはまさしく彼のアーティストとしてのスタート地点、言わば“エピソード0”の露呈である([]はWikipediaからの引用)。
個人的に注目したのはM9「dogi-magi」。渋めのオルガンが印象的な、これもまたブルースフィーリングあふれるナンバーではあって、メロディ、展開、サウンドのどれも、当時にしても結構古めであったことは否めないものであろうが、全体の聴き応えがまったくと言っていいほど泥臭く思えない。ルーツロックではあるものの、脱臭されているというか、血抜きされているというか、特有の“えぐみ”みたいなものがほぼ感じられないのである。ミックス具合によるところか、コード感か、はたまたバッキングボーカルとして参加している松本英子を含めて楽曲全体の世界観がそう感じさせないのか。それが何故かは上手く分析できないけれども、M9「dogi-magi」をアルバムのこの位置に置くことで、M10「Blues」以下が誰もがすんなりと聴けるようになっているように思う。思えばM2「HEAVEN」にもM7「HEY!」にもそういう側面があった。M2「HEAVEN」であればラテン、M7「HEY!」であればカントリー、ブルースが感じられるものの、そこばかりが突出している印象がない。その辺は意識的にチューニングしていたのではなかろうか。仮にM2「HEAVEN」、M7「HEY!」、M10「Blues」でもルーツロック感を押し出していたとしたら、アルバム『f』の印象は大分変わる。おそらく大衆性は今よりは薄くなったに違いない。自身のアルバムだからと言って自らの趣味性だけを前面に出すのではなく、ギリギリのラインでポップさを注入したのだろう。上記の楽曲からはそんなことが想像できるが、その辺もまたトップアーティストの奥深さが感じられるところではある。
TEXT:帆苅智之