8thアルバム『f』は
ポップセンスを損なうことなく、
自身のルーツを露わにした
福山雅治、10年目の傑作
「桜坂」をアルバム前半に配置
《友よ走れるか 風のような街を/熱い鼓動を感じるか いまもまだ》(M1「友よ」)。
歌詞もアツい。少なくともクールではない。人によっては暑苦しいと感じかもしれない。外形などから想像するスタイリッシュなイメージと真逆…とまでは言わないまでも、硬派なロックミュージシャンであることがうかがえる楽曲ではあろう。
ただ、福山に限らず、アルバム作品ではこういうことはままあるので、“掴みはこんな感じね”なんて思いつつ聴いていくと、次は14thシングルとして発表されていたM2「HEAVEN」。ラテン調のナンバーで音像も完全にそれなので、本来なら泥臭くなっても仕方がないと考えられるのだけれど、聴き応えはそうでもない。それは歌のメロディーなどに関係しているのかもしれないが、おそらく彼の歌声によるところも大きいように思う。独特の艶っぽさがあるのである。セクシーと言ったほうがいいかもしれない。男性アーティストでこういうタイプのヴォーカリゼーションを聴かせる人はなかなかいない。M2「HEAVEN」はそんなシンガー・福山雅治の一面を打ち出しているナンバーと言えると思う。続くM3「Venus」はハワイアン調。軽快というか、しなやかというか、誤解を恐れずに言うのであれば、やや軽薄な雰囲気すらある楽曲だ。こういうポップさもまた彼の持ち味ではあるのだろう。もともとテレビドラマの劇中歌として他者へ提供したナンバーであって、そのセルフカバーなのであえてそんなふうに歌っていたのかもしれないが、いずれにしてもM1~M3までで三者三様、表情の異なる楽曲を提示しているのは、天が何物も与えた男ならではのことなのかもしれない。
そこから、佐橋佳幸と小倉博和によるギターユニットである“山弦”とのセッションから生まれたというM4「蜜柑色の夏休み」、さらに福山雅治の最大のヒット曲であり、平成を代表するナンバーと言っていい、M5「桜坂」へとつながっていく。オープニングで若干の違和感をリスナーに与えつつ、それ以降ではバラエティー豊かな楽曲の中に彼にしか成し得ないキャラクターをしっかりと注入。そして、本作がリリースされた時点ですでに福山雅治の代名詞となっていた「桜坂」に着地させる辺りが、アルバム作品として『f』の優れたところではないかと思う。前半の展開に安心感がある。M5「桜坂」の前にM4「蜜柑色の夏休み」を置いているのもいい。“山弦”が奏でるクリアなギターのアンサンブルと一点の曇りもないピュアな歌詞で構成された、それだけでも十二分に高貴なイメージのM4「蜜柑色の夏休み」が、この上なく強力な露払いとなって、M5「桜坂」を呼び込んでいる。ここはもう、ファンならずとも降参するしかない見事な曲順ではあろう。