日本映画を音楽で支えた作曲家・佐藤
勝の傑作『戦争と人間』を完全CD化~
企画構成者・上妻祥浩氏に訊く

■40年越しの悲願・佐藤勝『戦争と人間』大全CDが完成

「佐藤勝/戦争と人間 音楽大全」(CD2枚組)が2020年12月5日に発売される。
ゴジラ、黒澤明、岡本喜八……日本映画を音楽で支えた名作曲家・佐藤勝。300本を超える作品群のなかでも特に人気の高いのが映画『戦争と人間』三部作の音楽だ。
『戦争と人間』は、五味川純平による大河小説を、社会派映画の巨匠・山本薩夫監督が映画化。日活が社運を賭けた超大作として製作し、1970年から73年にかけて全三部が公開された。浅丘ルリ子、高橋英樹吉永小百合石原裕次郎ら日活のスター俳優をはじめ、北大路欣也、山本圭、滝沢修、芦田伸介、高橋悦史、三國連太郎、栗原小巻、加藤剛など、当時の日本映画を代表する豪華キャストが、日本の中国大陸進出の混乱の中に巻き込まれた人々がそれぞれの生き方を貫こうとするさまざまな人間ドラマを演じた。総上映時間9時間23分、日本映画でも屈指のスケールを誇る壮大な作品だ。
その音楽を手掛けた佐藤勝は本作で山本監督と初タッグを組み、その後、『華麗なる一族』(1974)や『あゝ野麦峠』(1979)などの社会派エンターテインメント大作でコンビの絆は強化されていく。
そんな『戦争と人間』三部作の完全版サウンドトラック集は悲願だった。それが、シリーズ開始(第一部公開)から50年、そして山本薩夫監督生誕110年、さらに終戦75年という歳月を経て、このほど遂に完成したのである。日活全面協力のもと、三部作に使用されたBGM122曲を収録した、日本映画史に残る超大作のサウンドトラックCDとなった。
この企画を成就させた中心人物こそ上妻祥浩(こうづまよしひろ)氏である。普段は地元の熊本で映画に関する研究に励む傍ら、ウェブ媒体や出版の世界を通じて、映画や映画音楽の解説を全国に発信している。『絶叫!パニック映画大全』(河出書房)などの単著もあり、熱い文章には定評がある。その上妻氏が、初のCD企画構成を担当したのが本作だった。今回、どのような思いで本件に携わったのか、話を聞いた。(聞き手:仁木高史)
上妻祥浩氏
ーー 映画公開から50年、待ちに待った悲願のCDとの声もあります。映画界では、樋口真嗣監督から「待ってました!」との声があがりました。「戦争と人間」三部作がCDとして世に出るべきだった理由をお聞かせください。
私自身もこの作品のCDが出るのを待ち望んでいたファンの一人なので皆さんのお気持ちはよく分かりますし、送り手として関わらせていただいたことがとても嬉しいです。
まず、日本映画界の至宝・佐藤勝さんの作品の中でも、かなり人気がの高いものであること。黒澤明の『用心棒』、岡本喜八の『独立愚連隊』、山田洋次の『幸福の黄色いハンカチ』など名だたる名作群と並んで、ファン諸氏が「最も好きな佐藤作品」として挙げることが非常に多い作品です。佐藤さんの魅力が詰まったCDになっていると思います。
次に、その人気にもかかわらず、三部作がまとまった形での、作品全体でのサントラのリリースがきちんと行われていなかったこと。そしてもちろん、映画の本編自体の魅力や製作意義などを現代の映画ファンに伝える一助として世に出すべきものだったと思います。
ーー 完成品の実物を手にされて、いかがでしたか?
「サントラの発売に関わる」という長年の夢が実現したことの感動ももちろんですが、一映画音楽ファンとして待望のCDを手にした喜びも大きかったです。それと、日活さんの全面協力による映画のスチール写真を使えたことで、ジャケットや盤面などのデザインが私の予想をはるかに超えた仕上がりになっていて、鳥肌が立ちました。
ピクチャーレーベルのCD盤面
ーー 作曲家・佐藤勝の音楽との出会いは?
私は、ちょうど小学校の入学式の前後あたりに、『日本沈没』と『ゴジラ対メカゴジラ』を立て続けに映画館で観ているので、そのあたりが佐藤音楽との出会いだったと思います。『ゴジラ対メカゴジラ』の戦闘シーンの音楽がカッコよくて、サビのところがしっかり記憶に残っていました。
いろんなジャンルの楽曲があるのですが、佐藤さんの音楽は根っこの部分に「明るさ」と「温かさ」があると思います。しかもそれが押し付けがましくない、ちょうどいい塩梅の強さ。これが心地いいんです。もちろん、映画音楽のプロとして、作品に応じた多種多様な楽曲を器用に生み出しているわけですが、ジャンルごとにそれぞれの「佐藤印」とでも言うべき特徴があって、すぐに佐藤さんの作品だと分かるところも、聴いていて楽しいですね。
スタジオでくつろぐ佐藤勝
ーー 音楽も優れているのですが映画『戦争と人間』の映画としての魅力とは?
戦争という時代の大きな流れを背景に、実在と架空が混じった多数の登場人物が織り成す様々なドラマは、重いテーマを扱いながらロマンに満ちていて、ある意味通俗的とも言えます。そんな原作の特徴が監督の山本薩夫の作風にも、佐藤さんの職人的才能にも見事にマッチした結果の“化学反応”だと思います。
ーー 『戦争と人間』の「音楽」の魅力は?
いろいろなジャンルの要素がミックスされているので、佐藤さんの「職人技」が他の作品以上にしっかり堪能できるところでしょう。特に人気が高い壮大なメイン・タイトルは、本で言えばハードカバーのような役割。また、主な舞台の一つと言える中国大陸に付けられた楽曲群は、雄大なものと「土の匂い」が漂う温かさがミックスされ、佐藤さんの個性に対する親和性が特に高いと思います。
『戦争と人間』のキューシート(冊子に記載)
ーー いろいろなジャンルの要素がミックスされる、の「いろいろ」とは具体的に?
まずはもちろん、佐藤さんが数多く手がけたジャンルでもある戦争映画。スネアドラムなど「軍隊」を連想させる楽器を多用しつつ、いわゆる「軍歌調」のメロディではないのが特徴です。そして恋愛映画。文芸作品も多い佐藤さんならではの繊細なタッチの「愛のテーマ」が印象的です。軍などの謀略のシーンにはミステリーやサスペンス作品風のグルーミーな楽曲。そして、歴史の波に呑み込まれる人々には、社会派映画でよく聴かれる「怒りの爆発」といったイメージの重厚なオーケストレーションの楽曲が充てられています。
ーー 雄大なものと「土の匂い」。軍隊を連想させる楽器でも「軍歌調」のメロディにしない。繊細なタッチの「愛のテーマ」。そう説明されただけでも佐藤勝のオリジナルな響き、律動、伸びやかなメロディが聴こえてきそうです。このような佐藤勝の音楽が今、再評価され、求められるべき理由は?
佐藤さんは前述の黒澤や岡本らをはじめ、五社英雄や森崎東など、日本映画の黄金時代を支えた数多くの巨匠とタッグを組んできました。彼らの回顧や再評価が続いていますが、それに伴って佐藤さんの音楽にもスポットが当たり、新たなファンが生まれ続けています。
他にも石原裕次郎の主演作品や東宝の特撮映画、また、テレビドラマ『若者たち』の主題歌など、たびたび回顧されたり根強いファンが存在し続けるジャンル、今やポピュラーソングとなった主題歌など、佐藤さんの作品は事あるごとに多くの人々に触れられることになります。
さらに、映画やテレビドラマなどの作曲に徹し続けて来た佐藤さんのプロフェッショナルな仕事ぶりは、同じ道を志す若い人たちにとっても大いに勉強になると思います。日本映画の黄金時代を音楽で支えた佐藤さんとその作品は、聴かれ続け、評価され続け、研究され続ける価値が大いにあると思います。その一助になればとの思いで企画したこのCDの発売日である12月5日は、実は佐藤さんの命日でもあります。1999年の逝去から21年。このCDは佐藤さんへのオマージュでもあります。
『戦争と人間』の楽譜保管袋
ーー 今回のサントラで悩んだ、こだわった点は?
とにかく映画自体の流れに即した構成にするため、既製の曲なども含めて映画の中での使用順に並べるというのは大前提でした。未使用楽曲も可能な限り収録して、アーカイブ的な価値を高めることを目標としました。悩んだのはブックレットに掲載する写真です。使いたい写真が多過ぎて、最小限に絞りました。そんな中であまりにも素晴らしい写真があったので、ピクチャーレーベルにして頂きました。
ーー 今回判明した「未使用楽曲」はどのようなものでしたか? 映画で使われていないのに収録したかった理由は?
未使用楽曲は大きく分けて2種類あって、一つは別テイク。同じ曲を複数回演奏し、演奏が上手くいったり画面とマッチしているなどの理由で使用されるテイクが決まります。しかし、不採用の楽曲でも音楽としては印象的だったりOKテイクとかなり印象が違う演奏になっているものもあり、そのような楽曲をOKテイクと聴き比べていただくために収録しました(NGテイクもありますが、それは使用しませんでした)。
そしてもう一つは、完成作品にまったく登場しない楽曲です。後で詳しくご説明する構成の作業で本編を見返してチェックしていった結果、別テイクも存在しない楽曲がいくつかありました。理由としては、録音はしたものの最終的にそのシーンは音楽を外すことになった場合や、使用予定だったシーンが映画の仕上げの段階でカットされ、曲も陽の目をみることがなくなった場合など、いくつかあります。後者だとまったく推測もできませんが、前者ならMナンバーなどから使用されるはずだったシーンを推理して、曲を画面に合わせて再生してみるといった楽しみ方もできるかも知れません。どちらのケースにしても、資料的な価値もあると判断し、鑑賞の負担にならない程度に収録しました。
曲目一覧ページ
ーー CDの中でとくにおすすめの曲は?
やはりメイン・タイトルの曲(DISC1-2・45・48、DISC2-24)。長さが異なったり楽器編成が大きく違うなど作品ごとにアレンジが違うので、別テイクも含めてそれぞれの違いを堪能していただけたらと思います。
そのタイトル曲を挟んで、三部作の導入部となる第一部の冒頭部分(DISC1-1~4)の躍動感。同じく第一部の済南事件前後の楽曲群(DISC1-12~14)は、行進曲のリズムに重く不気味な旋律が乗って「迫りくる戦雲」をイメージさせる、佐藤さんの戦争映画音楽の特色がまとまった部分。前年の佐藤さんの作品『日本海大海戦』の二百三高地陥落のシーンに付けられた楽曲と同じモチーフが現われるのも聴き逃せません。
印象的な「愛のテーマ」のバリエーションは三部作を通して至るところに登場しますが、第二部では別のモチーフも登場して恋愛関係の楽曲が多数流れます。
ーー 細かくトラックわけされているので、自分なりに組曲をつくってみるのも可能ですね。
そうですよね。戦争関係の楽曲に絞ったり、愛のテーマを中心にまとめたり……。第一部から流用された楽曲を第二・三部の該当箇所に挿入した「超完全版」も出来そうですね。
ーー 専門的な用語ですが、サントラ「構成」とは? 今回どんな仕事をされましたか。
楽曲の録音は楽器の編成などに合わせて効率的に行なわれたので、素材となった録音テープには必ずしもMナンバーの通りに収録されているわけではありません。また、実際の作品では順序が入れ替わっている場合もあります。まずは完成作品の音声と照らし合わせながらすべてチェックして映画の登場順に並べ、ディスクの容量に合わせてどこまでを【DISC 1】に収録するかを決め、余裕があれば未使用楽曲をどれだけ入れることができるか、などの配分です。後は、ブックレットに掲載する場面写真などの画像素材の選定やだいたいの配置までさせていただきました。
ーー ご活躍の上妻さんのこれからの仕事のご紹介などお願いします。
映画サイト「映画board」では頻繁に新作映画のレビューなどを書かせていただいております。それと映画ネタではありませんが、ムック本「週刊文春エンタ!」(2020年12月1日発売)で、あの大ヒット韓流ドラマ『愛の不時着』について、音楽についてなどいくつかの記事を書かせていただきました。
ーー このCDが売れたら、今後もいろいろな構想があると思いますが、どのようなCDを構想されていますか?
個人的には、『戦争と人間』と同じ時期の日本映画の大作を、完全収録の「単独アルバム」として発売してもらいたい(発売に関わらせていただきたい)ですね。特に、『黒部の太陽』や『風林火山』といった、スタープロの超大作はいずれも楽曲が充実しているので、ぜひともリリースして(させて)もらいたいです。
また、『祇園祭』は、その作品の魅力に入れ込んで、年に1回の上映会のために京都に何度も足を運んだほどです。放送も上映もされにくい作品ですが、そのような隠れた名作を紹介するしごともやっていきたいですね。
佐藤勝「戦争と人間」音楽大全、是非とも、CDをお手にとって頂ければと、よろしくお願いいたします!
ブックレットの表紙と裏表紙
取材・文=仁木高史

【プロフィール】上妻祥浩(こうづま よしひろ):映画研究・文筆・解説業者。1968年(昭和43年)生まれ。熊本県出身・在住。地元の新聞・雑誌・テレビ・ラジオ、映画関係のwebサイト等で新作映画の解説の仕事を行なう傍ら、『絶叫!パニック映画大全』『大映セクシー女優の世界』(共に河出書房新社)、『旅と女と殺人と 清張映画への招待』(幻戯書房)の単独著を上梓。他にも、『別冊宝島 特撮ニッポン』(宝島社)、『文藝別冊 タモリ』『「シン・ゴジラ」をどう観るか』(共に河出書房新社)『週刊文春エンタ!』(文藝春秋社)などの書籍において執筆を担当。キネマ旬報主催「映画検定」1級合格。

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