大阪交響楽団 首席ソロコンサートマ
スター森下幸路に聞く!

クラシック音楽を愛する一人の主婦 敷島博子(永久名誉楽団代表)が「聴く者も演奏するものも満足できる音楽を!」をモットーに、大阪交響楽団の前身の大阪シンフォニカーを誕生させてから、今年40年目を迎えた大阪交響楽団。
40周年記念の年は、過去のシェフが現在の大阪響を指揮するというコンセプトで定期演奏会が組み立てられていたが、コロナの影響でキャンセルが続出する、散々なスタートとなった。
しかし、7月以降少しずつではあるが、ディスタンスを取った市松模様の座席を経て、徐々に演奏会は戻って来ている。
この日は初代ミュージックアドバイザー・首席指揮者の大山平一郎が、久しぶりに古巣を指揮するというので、会場のザ・シンフォニーホールに出掛けた。
そこで奏でられたメンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」は、歌心溢れ、喜びに満ちたものだった。
終演後、首席ソロコンサートマスター森下幸路にあんなコトやこんなコトを聞いてみた。
今年40周年を迎えた大阪交響楽団     (c)飯島隆
―― お疲れさまでした。素晴らしい演奏でした。
ありがとうございます。指揮者の大山さんは大先輩ですが、同じ釜の飯を食った仲間です。2004年にミュージックアドバイザー・首席指揮者に就任されて、楽団発展のために、共に切磋琢磨して来た間柄。勝手知ったる関係だけに、久し振りとなる今回の演奏会、最初はお互いにお手並み拝見的な感じも有りましたが(笑)、さすがですね。ご一緒出来て嬉しかったです。
楽団員からの信頼も厚い首席ソロコンサートマスター森下幸路
―― 森下さんが大阪交響楽団の首席ソロコンサートマスターに就任されたのが、まだ大阪響が大阪シンフォニカー交響楽団だった2001年。今では、大阪の4大オーケストラ(大阪フィル、関西フィル、大阪交響楽団、日本センチュリー)のコンマスの中ではいちばんのベテランです。
えー、そうなんですか。それはちょっと、驚きですねー。でも20年ですもんね、そうかもしれません。
―― 現在、コンマスは2人体制ですか? いつも、チューニングが終わってから、指揮者が入って来るまで、隣のコンマス林七奈さんと楽しそうに話をされていますね。あれ、どんな話をされているのか、とても気になっていました(笑)。
森下幸路と林七奈、コンマスの二人  (c)飯島隆
ああ、見られてました? 自分でリラックスする意味もあるんですが、いつも他愛ない話をしています。今日は、「大山さん、どんなアプローチで来るのかな?」「まあ、力まずやりましょう」「そうだね、楽しもうね」 そんな話をしていましたね。あと、コンマスの体制ですが、岡本伸一郎さんがアソシエイト・コンマスというタイトルで、僕や林七奈さんが居ない時は、彼がコンマスを務めます。今日のような時は、コンマスの後ろに座って、コンマスのサポートをしてくれています。ですので、大阪交響楽団はコンマス3人体制です。
コンサートマスターは3人体制(岡本伸一郎、林七奈、森下幸路 左より)
―― そうなんですね。ありがとうございます。ちょっと昔を振り返っていただきたいのですが、2008年に今日の指揮者 大山平一郎さんは、自らが指揮した第121回定期演奏会(「ウエスト・サイド・ストーリー」他)の演奏で、文化庁芸術祭優秀賞受賞!という名誉を置き土産に、シェフの座を児玉宏さんにバトンタッチされました。
児玉さんは音楽監督というタイトルですが、そうですね、よく覚えています。
―― 児玉宏さんが音楽監督時代の大阪交響楽団は、「演奏機会の少ない曲は音楽的価値がないのか? 名曲とはいったい何なのか?」と、クラシック界に一石を投じるように、アッテルベリやタニェエフ、スヴェッセン、ミャスコフスキーといったあまり知られていない作曲家の作品がプログラムに並びました。一方で常任指揮者の寺岡清高さんも、「ウィーン世紀末のルーツ」というテーマで、こちらも比較的演奏機会の少ないフックスやコルンゴルト、ツェムリンスキーを取り上げられたので、定期演奏会からベートーヴェンやチャイコフスキーが消えました。
刺激的な時代でしたね(笑)。音源が無い曲などもあり、譜読みが大変で、メンバーも本番以上にリハーサル初日がいちばん緊張した時代でした(笑)。当時の平均年齢は38歳か39歳くらいで、今より10歳以上も若かった。若いが故に出来た挑戦だったかもしれませんね。
刺激的な時代でしたね
―― 他のオーケストラとは明確な差別化が図られていて、定期演奏会には、全国からマニアックなファンが集結していましたが、やはり少し、客席は寂しかったように感じていました。事務局の戦略だと思いますが、そのアッテルベリをはじめとする「ディスカヴァリー・クラシックシリーズ」で取り上げた曲の多くがCDという形で残っているのは、今となっては見事というほかはありません。あの時代の音楽作りと、今日のようなメンデルスゾーンの「イタリア」の作り方では何がどう違い、どう感じておられるのかをお聞きしたいのですが。
僕たちは常にベストを尽くしています。今日の大山さん指揮の「イタリア」にもベストを尽くしましたし、あの当時の児玉さんのアッテルベリにもベストを尽くしました。しかし厳密に言うと、ベストの尽くし方が違います。アッテルベリは曲に対してのベスト。なんとか楽譜に書かれていることをカタチにするのが目標でした。あの時代に取り上げた曲の中には、聴いたことはもちろん、音源が無い曲もありました。それをお客様に聴いて頂けるレベルにまで、限られた時間の中で持って行くのはとてもスリリングな経験でした。しかし「イタリア」は会場にお越しのお客様もよくご存じの曲で、あの時にレコードで聴いた誰々の指揮する「イタリア」が好き! といった具合に、名曲であるべき価値について全力を尽くさないといけません。他所の楽団も頻繁に演奏しますし、CDも多く出回っています。それだけに楽譜の読み方が問われます。伝統を重んじつつ、楽譜を細部まで読み込まなければいけません。こちらはカタチにするだけではダメなんです。
伝統を重んじつつ、楽譜を細部まで読み込まなければいけません     (c)飯島隆
―― やっぱりオーケストラメンバーのモチベーションも変わってきますか。
大阪交響楽団の良い所ですが、みんな、これで行くよ! と方針を示せば、誰も文句を言わずちゃんとやるオーケストラです。もちろん決まるまでは、みんな色んなコトを言いますが、決まるとちゃんとやってくれる。あの時代、この路線で行くよ! というのはみんなも認識していたことなので、誰からも文句は出ませんでしたが、本音を言えば、みんな音楽大学なんかで普通に音楽勉強して来た者ばかりなので、ベートーヴェン、モーツァルト、ブラームスや今日のようなメンデルスゾーンを演奏する方が、遣り甲斐は感じるとは思いますね(笑)。その当時入団した新人が、タニェエフやロータの交響曲第4番を演奏したことがあるが、チャイコフスキーやベートーヴェン、メンデルスゾーンの交響曲第4番は演奏したことが無いというのは、ジョークのようですが本当のことでした(笑)。
―― よく、「コンマスはオーケストラと指揮者のパイプ役」みたいなことを言いますね。森下さんは中間的な立ち位置に徹し、両者の思いを伝える感じですか。
いや、コンマスは完全にオーケストラの代表です。誤解を恐れずに言うと、音楽家の感情というのは、好きか嫌いかしかありません。中間はない。指揮者が不用意に発した言葉で、練習場の空気は即座に変わります。みんな指揮者に不信感を持ったなと思った瞬間に誤解を解き、指揮者が本当にやりたいことや、指揮者の良い部分を引き出して、メンバーに提示する事で、雰囲気を変え、気持ち良くリハーサルを進めるというのは、コンマスの重要な仕事です。また、メンバーが感じたことを瞬間に感じ取って、代わりに指揮者に進言することで、みんなのガス抜きを図ることも、オーケストラを束ねる上では大切なことです。世の中には色んな指揮者がいます。指揮者のタイプによって、コンマスの仕事の種類は変わってきます。もちろん、優れた指揮者だと、コンマスは何もしなくて良いようなことも。このことは、コンマスの役割を語る上では、かなりの上級編に入るかもしれませんね(笑)。
指揮者のタイプによってコンマスの仕事は変わるもの  (c)飯島隆
―― なるほど。オーケストラは社会の縮図と聞いたことを思い出しました。コンマスというのは、奥深いものですね。
そうですよ。駆け出しの頃から大変お世話になっている指揮者の円光寺雅彦先生に、「お前は弾くより聴け!」とよく言われました。「何を聴くのですか?」と問えば、「いちばん遠くの楽器を聴くんだよ!」と答えられる。これがオーケストラにおけるコンマスの弾き方だと云うことが、今ならわかります(笑)。弾くことに一生懸命になるのではなく、ピッコロもテューバもトライアングルも、オーケストラ全部の音を聴く。もっと言えば、お客様の気配さえも聴く。これ、少々難しいのですが、聴こうと思うと見えて来るんですね。気配は見える。わかりますか? 聴くことと見ることは共通しているんです。って、ちょっと難しいですね。失礼しました。
―― コンマスの奥義ですね。児玉宏さんの次は、ミュージックアドバイザー外山雄三さんの時代でした。
僕は大阪交響楽団の前が仙台フィルでコンマスをしていましたので、音楽監督の外山先生には随分お世話になっていましたが、なにぶん、まだコンマス成りたての若い頃で、生意気な盛り。色々と失礼の数々も有ったとは思いますが、大阪響にミュージックアドバイザーとしてお迎えして、関係性は変わりました。まあ、少しは経験も積んで来ましたので、外山先生も随分頼っていただくようになりました。ただ、先生の厳しさは変わりません。「そこで譜めくりをするなんて、考えられないです! 音楽的ではありません!」といった叱られ方は、外山先生ならではです(笑)。しかし、児玉監督の時代と打って変わって、ベートーヴェンやブラームスやチャイコフスキーを徹底的にしごかれているのは、やはりオーケストラにとってはあるべき姿。素晴らしいことだと思います。この数年で、明らかにオーケストラの基礎固めが図れたように思います。
外山先生の厳しい指導で、オーケストラの基礎固めはしっかり図られました
―― その外山さんも今年の4月からは名誉指揮者になられて、現在は正指揮者として太田玄さんはいらっしゃいますが、シェフは不在です。
そうなんです。次、どうするか。誰で行くか。大阪交響楽団の抱える最大の課題です。もちろん、オーケストラメンバーの最大の関心事だと思います。やはり、敷島博子が作ったオーケストラですので、その精神を受け継いでくれる人でないといけません。それを踏まえて誰で行くのか、現在、色々な意見を聞きながら連日、事務局とやっていますよ。
将来が有望な正指揮者  太田玄
―― 森下さんの口から、敷島博子さんの名前が出て来ることに驚きました。コンマスは、楽団とは距離を置かれているもんだと思っていましたので…。
長く在籍しているので当然です。僕あたりが、全盛期の敷島博子を知っている最後かもしれませんね。いずれにしても音楽監督は、音楽的に核となるリーダーを選ぶ必要があります。演奏する側と事務局では、抱えている事情が違うので、簡単に決まらないことは承知の上ですが、いったんこの人で行こう!ということに決まれば、先ほどお話をしたように、みんな協力をしてくれる楽団です。ただ、今はオーケストラにとって大切な時期なので、慎重になるのも仕方ありません。どうぞ発表まで今しばらくお待ちください。
現在、音楽的な核となるリーダーを選考中です  (c)飯島隆
―― 森下さんはコロナによる自粛期間はどうされていました。
新しい楽譜は送られて来ないので、学生の頃、練習に明け暮れたエチュードやバッハの無伴奏なんかをずっと練習していました。
―― ショックのあまり、楽器を弾こうという気にならなかった人も多いと聞きますが。
僕は逆ですね。弾かなかったら心が折れる。だからずっと弾いていました。自粛期間当初は、携帯が鳴ると決まって演奏会のキャンセル連絡。色々考えるのも嫌なので、そんな時こそ練習をしようと決めました。便利な時代で、ズームを使って昔からの友達と、あそこはどう弾いてるの? なんてことを言い合いしてポジションやフィンガリングを写真で送ったり、リモート飲みのような感じで情報交換していました。
自粛中も毎日ヴァイオリンを弾いていました  (c)飯島隆
―― 休み明け最初の演奏会は如何でしたか。
休み明けは忘れもしない7月の定期演奏会。初代音楽監督の小泉ひろしさん指揮でベートーヴェンの交響曲第6番「田園」でしたが、感動で涙腺崩壊しそうでした。
―― ディスタンスをとって、一人譜面台一台で演奏というのは無理がありますか。
音楽的なことは置いておいて、なんかゲームみたいで面白かったですよ(笑)。たいへん耳の勉強になるというか、みんなでお互いを聴きあって、何とか合わせようとする。カルテットの練習方法で、広い部屋の四隅に分かれて、お互いを見ないで気配を感じながら弾くというのがあるのですが、それに似ていましたね。もちろん、このスタイルがこの先のオーケストラのスタンダードになるとは思えなかったので、まずは言われるままに、その状況の中で頑張って演奏をしていました。
ディスタンスを取っての演奏は耳の勉強になりますね
―― 森下さんの楽器がストラディバリウスになったとお聞きしたのですが。
懇意にしている楽器屋さんから、ストラドが届いたので見に来ませんかと連絡をいただきました。持った瞬間に一目ぼれでした。
―― やはり、ストラドは違いますか。
もう、全てが違います! 全てがクリア! 弓でサーっとなぞっても、最高の音がします。ハイフェッツがクライスラーを弾いた、あの音がします。音楽好きの方って、それぞれ、好きなヴァイオリンの音色のイメージってあると思うのですが、それは、間違いなく往年のヴァイオリニストが弾いたストラドの音だと思います。楽器屋さんから2週間お借りして、その間に意中の方の耳元でストラドを弾いて差し上げたら、上手く話しがまとまりました(笑)。有難い事です。これは余談ですが、ストラドを投資目的で購入する資産家も多いそうですよ。弾き込んでいくと益々価値が高まるのがストラド。凄いですね。
―― そうなんですか。森下さんのは何年の楽器ですか。
楽器、見ます? いいですよ、どうぞ。 
(と言って、打合せ中のカフェでストラディバリウスを取り出す森下。)
1680年製で、愛称は「ライハルト」。以前はドレスデンのオーケストラの方が所有していたそうです。ネックが作者の象徴だそうで、やはり特徴的ですね。
これがストラディバリウス1680年製「ライハルト」です  (c)H.isojima
―― 美しい楽器ですね。目の保養になりました。ありがとうございます。コンマスをやる傍らで、リサイタルもずっと続けておられますね。「森下幸路10年シリーズ」は何回目になりましたか?
24回になりました。東京、仙台、京都で毎年やっています。オーケストラをやりながら毎年リサイタルというのは、最初はハードかなと思っていたのですが、今ではすっかりそのサイクルに慣れて、シックリくるようになりました。
―― この後は、どんな音楽人生を歩まれるおつもりでしょうか。
ソロのリサイタルもやり、他のオーケストラにも呼んで頂き、大阪交響楽団では首席ソロコンマスをやらせていただく。現在、とても良いバランスで活動出来ているので、何の不満もありません。必要とされる間は、大阪響のコンマスを勤め上げようと考えています。
おかげさまで充実した音楽人生を送っています  (c)H.isojima
―― ありがとうございます。では最後に「SPICE」の読者にメッセージをお願いします。
大阪交響楽団は経済的にも練習場などのハードの面でも、決して恵まれたオーケストラではありません。また、派手さや華のあるオーケストラでもありませんが、みんなが真面目に、情熱を持ってこだわりの音作りをしています。クラシック好きの主婦 敷島博子が熱い思いで作ったオーケストラの音楽を味わいに、コンサートホールにお越しください。
大阪交響楽団の演奏会にぜひお越しください  (c)飯島隆
―― 森下さん、ありがとうございました。今後の更なるご活躍を祈っています。
取材・文=磯島浩彰

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