渋谷すばる

渋谷すばる

【渋谷すばる リコメンド】
全身全霊の10曲にあふれていた
“歌が必要だ”と思う理由

2019年に自身のレーベル“World art”を立ち上げ、ソロアーティストとして活動をスタートさせた渋谷すばる。自分の中にある感情を曝け出した前作『二歳』(同年10月発表)とはひと味違う情熱に満ちたニューアルバム『NEED』を聴くと、彼のアーティスト性や真摯な想いが伝わってきた。

コロナ禍を受けて生まれた
“今こそ”という想い

 《歌を歌わせて頂けませんか》(「ぼくのうた」)と熱唱し、自分にとっての音楽とシンガーソングライターとしての在り方を表現した前作『二歳』から約1年。2ndアルバム『NEED』で最初に耳に飛び込んできたのは、《歌が必要だ》という彼の中でまた大きな核心となった想いだった。
 新型コロナウイルスの感染拡大によって、外出自粛や3密を避けた生活を余儀なくされた2020年。今作は“こんな今だからこそ、ただただ目の前にある当たり前の日常を大切にしていきたい”という想いのもとで制作され、アルバムの幹となっている「Sing」のアカペラで幕を開ける。《歌が必要だ 俺にはどうしても》《君にもきっと》《この世界に》《どんな時でも》。今年は“不要不急”という言葉を何度も聞いたが、渋谷自身もツアーが中止となり、ライヴハウスの閉店も絶えない状況の中で、なぜ“歌が必要だ”と全身全霊で歌い切れるのか? そのわけを丁寧にやさしく力強く伝えてくれるのがこの『NEED』だと思う。
 レーベル“World art”を立ち上げ、ソロアーティストとして出発をした時に“自分自身で決めた今後の人生、かけてみたいと思った音楽の世界、楽なことなどひとつもありませんが、全ての音を楽しみながら、まだまだ恥をかいて生きていきます”と強く決意表明をした渋谷だからこそ、コロナ禍を受けても自分のスタンスが揺らぐことはなかっただろう。むしろ「Earth Color」での《Earthからの声で/未来を感じた》というフレーズは、人に会いたい気持ちや、どこかに行きたいという欲望、怒り、悲しみが飛び交い、それぞれの大切にすべきものが浮き彫りになった世の中を受けての言葉だと考える。マイナー調でシリアスな雰囲気が漂う同曲からは、どうしようもなく落ち込んでしまった世界で“今こそ素直な気持ちをつなぎ合わせる時だ”と必死に声をあげる彼の姿が見えてくるのだ。その姿勢は落ち着かない毎日にそっと寄り添う「水」や、《だれも独りじゃないんだ》と朗らかに歌う「今日はどんな一日だった」など、リスナーに語りかけるような距離感で歌う楽曲からも感じた。また、さわやかな曲調と色っぽい言葉選びが印象的な「風のうた」には《その谷間にあいまみれた/夢と希望をすり合わせたい》というフレーズがあり、“谷間=折れ線グラフ”で言うV字の状態となった今の気持ちを歌っているように聴こえる。さまざまな音楽に魅せられて生きてきた彼だからこそ、自分がどんな音楽を聴いて人とのつながりを感じるのか、どの瞬間に音楽が必要だと確信したのかを表現しているのではないだろうか。

アルバム一枚を通して
音楽の喜びを伝える

 「Noise」からは“全てにおいて無駄なものはない”というメッセージが受け取れた。大切なものが生まれるまでの過程も同じく大切であることを、《そこら中に雑音 僕らから出て行く楽音》《不自然と自然の中 君に触れ必然を知る》という歌詞や、雑音と打ち込みとバンドサウンドをかけ合わせて心地良さを生み出したこの曲をもって伝えている。「今日はどんな一日だった」では率直に《意味のない事なんて 一つもないと思うんだ》と歌っているが、今作はひとつのメッセージを一曲で完結させず、さまざまな角度で何度も歌っているのが印象深い。前述した“音楽が必要である”ことを全10曲のアルバムを通して表現しているのと同じで、曲を追うごとにめくるめく物語が進んでいくのではなく、全曲が円を描くようにつながっている気がした。また、《目を合わせ流されず 上手く流れて行けるかな》(「Noise」)、《流れの中で まかれて 別れて》(「水」)、《僕はスタッカートで 君に流される》(「風のうた」)など、“流れる”もたびたび出てくるフレーズのひとつで、“進む”や“歩む”よりも少し時の流れに身を任せながら過ごすというニュアンスなのだろうかと、ちょっとした表現の特徴にも想像を掻き立てられる。
 そして、ブルースハープが雄叫びをあげるソウルフルな「BUTT」のような、一心不乱で突き進むギラギラとしたナンバーも飛び出す。これは前作でもうかがえたように、渋谷のルーツであるブルースロック、パンクロックから受けた胸の高鳴りや喜び、救われた想いを、純粋に表現しているのではないだろうか。馬力をかけてがむしゃらに届ける「たかぶる」は緊張感のあるイントロをたっぷりと聴かせ、《俺には分かるぜ お前の気持ちが》と思い切り飛びかかるロックサウンドが痛快だ。何度も繰り返すシンプルな歌詞からは、“俺には分かるぜ”のひと言で全てが通じ合う戦友が思い浮かぶ気もするし、その力強い言葉でリスナーの全てを抱きしめる情熱も感じる。《誰だって誰かの理想を生きられねえ》と歌う声に、昨年自分の信じた音楽に誇りを持って歩み出した渋谷の決心を感じずにはいられなかった。穏やかな気持ちだけではなく、誰しもが不安や悲しみを持っているはずだが、彼が鳴らす音楽は苦しい想いをストレートに表現するのではなく、それらを経て行き着いた気持ちを歌っているのだ。特にピアノと歌を基盤にじっくり届ける「人」では《人を傷つけてはいけないよ》と歌っていて、このフレーズは人を傷つけてしまったことも、傷ついたこともある人間だからこそ歌えるのであり、多くを語らずとも、彼が生み出す楽曲には自分自身の葛藤がしっかり血肉としてあることが分かる。それは《どんな事にも 意味があるなら/これの 意味は 何》と歌い始める「素晴らしい世界に」然り。伸びやかに《世界は素晴らしい/そう思える明日へと/行こう 行こう その未来へ》と歌う一節でさえ、不安を握りしめながら、強く願っている心情が見えてくるのだから、きっとリスナーだけでなく彼自身も鼓舞しているのだろう。
渋谷すばる
アルバム『NEED』【CD】
アルバム『NEED』【LP】

OKMusic編集部

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