観世銕之丞に聞く~コロナ禍で見えて
くるもの『能楽座第26回自主公演 観
世元信 茂山千作 偲ぶ会』

2020年11月11日(水)に、東京・国立能楽堂で第26回能楽座自主公演が行われる。能楽座は関東と関西、流派といった枠組みを超えて結成された演能団体で、今回は昨年逝去した太鼓方観世流の観世元信と狂言方大蔵流の茂山千作を偲ぶ会としての開催だ。

例年、夏に行われてきた自主公演だが、今年は新型コロナウイルス感染症拡大の影響で11月に公演日をずらしたという。
今公演の能「天鼓」においてシテを勤める、能楽座同人で公益社団法人能楽協会理事長でもある観世銕之丞に、公演への思いや、能楽界の現状について話を聞いた。
「天鼓」には肉親を失った悲しみや、楽器を演奏できる喜びが描かれている
ーー今公演は観世元信さんと茂山千作さんを偲ぶ会ということで、お2人がどのような方であったのかお聞かせください。
元信先生は私にとって、母方の叔父にあたります。元信先生の奥様と私の母が姉妹なんです。家も近かったので、行き来も多く親戚付き合いをさせていただいておりました。
元信先生はお父様(十五世宗家観世元継)を早くに亡くされて、非常にご苦労されながら観世流の太鼓のお家元としてお若い頃から第一線でやって来られた方です。私は小学生の頃から太鼓のお稽古をつけていただきました。非常に親切にきっちりとお稽古をしてくださる先生でした。
元信先生の思い出は語っても語りつくせないのですが、非常に印象的だったのは、ご興味の幅が大変広く、中でも落語がとてもお好きで、寄席にもよく足を運ばれていたこともあり、ユーモアのセンスをお持ちでした。時々こちらが思いもかけない冗談をおっしゃって笑わせてくださいました。
千作さんは、非常に真っ直ぐで力いっぱいに舞台をされる方だったという印象です。そのお姿から何とも言えない可笑しさがにじみ出ていて、巧まずに芸と向き合うことこそが当主のあるべき姿なのかもしれない、と思いました。まだまだ多くのお舞台を見せていただけることを期待していたのですが、突然の訃報で非常に残念でした。
2016年能楽座自主公演「天鼓」舞台写真 撮影:吉越研
ーー能の演目は「天鼓」ですが、こちらを選ばれた理由は何でしょうか。
実は、最初は「松風」を準備する予定でした。シテの松風とツレの村雨を、私と息子(観世淳夫)で演じたいと思っていたのですが、なにぶん2時間かかる大曲ですので、コロナ禍で上演するのには少し時間的に長いのではないかということで、考え直すことにしました。「天鼓 弄鼓之舞」は太鼓を含めた囃子方の演奏もしっかり聞けるし、話の内容も肉親を失った悲しみや、大好きな楽器を演奏できる喜びなどが描かれていて、元信先生を偲ぶのに合っているのではないかと考え選曲しました。
ーー今公演では次世代を担う中堅の能楽師たちも多く出演します。
次の世代に引き継ぐという意味でも、若手の活躍の場を積極的に作っていかなければならないという意識は常に持っていますが、若い世代の人たちは、私たちには発想もできないようなことを新たに考えていますので、それをどこまで認め、どこを戒めるのか、という判断が非常に難しいと感じています。能の場合は、形を守るために戒めて、それでも変わっていくというところにエネルギーを見出してきた芸能なので、何でもかんでも変わっていけばいいということではないんです。ただ、コロナ禍の今、これまで以上にいろいろなことが変わっていかざるを得ないことは確かだと思います。
危機感のあるときにこそ、芸能の本質が見えてくる
ーー今回は自主公演の日程が決まるまでにも紆余曲折あったそうですね。
例年ですと能楽座の自主公演は夏に行っていて、今年も当初は8月にやる予定だったのですが、新型コロナウィルス感染症拡大のことがありましたから、状況を見ながら日程をずらして11月に開催することになりました。いつも観に来てくださるお客様には「夏の公演」という印象が強いと思いますから、告知や宣伝にも苦戦しているところです。
ーー少しずつ能楽公演も行われるようになってきていますが、能楽協会の理事長として現状をどのように受け止めていらっしゃいますか。
まだまだ公演を行うこと自体が厳しい状況が続いていますが、とにかく公演を行うときは、感染症対策を万全にしたうえで、お客様からも公演関係者からも絶対に感染者が出ませんように、と毎回祈るような気持ちです。
私たちは能楽師として生きていく、伝統芸能を担っていくという自負がありますが、しかし今の状況が続きますと、若い能楽師は先が見えなくなってしまうのではないか、あるいはこれから新たに能楽師になろうという方がいなくなってしまうのではないか、ということも心配しています。
私の父(八世観世銕之亟)たちは、第二次世界大戦後に日本の文化が崩壊するかもしれないという危機感を抱いていました。幸いに焼け残った舞台があり、そこに自然と能楽師たちが流儀を超えて集まって稽古をするようになり、それが能楽座の母体となりました。今はコロナ禍で、やはり危機感を抱いている状況ですが、こうした危機感のあるときにこそ、芸能の本質というものが見えてくるはずだと思います。
観世銕之丞
取材・文・撮影=久田絢子

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