「人類」を主人公にこれまで見たこと
もない舞台を創り上げる 『人類史』
谷賢一×東出昌大インタビュー 

2020年10月23日(金)~11月3日(火・祝)KAAT 神奈川芸術劇場ホールにて上演される『人類史』は、来年1月に10周年を迎えるKAATの「KAAT10周年記念プログラム」の一つだ。これまでも白井晃芸術監督の作品に携わったり、KAATで自身の演出作品を上演してきた谷賢一による新作舞台で、音楽に志磨遼平(ドレスコーズ)、振付にエラ・ホチルドを迎えて、言葉、身体表現、音楽が混然一体となった演劇ならではの舞台作品となる。
タイトルからして作品のスケールの大きさがうかがえるが、人類の長い歴史を一体どのようにして演劇作品として立ち上げるのか。2019年に「福島三部作」で岸田國士戯曲賞・鶴屋南北戯曲賞をダブル受賞した谷の新たな挑戦に期待が高まる中、今作について作・演出の谷と、出演者の東出昌大に話を聞いた。
「人類」という種自体が主人公の挑戦的な作品
ーーまずは谷さんにおうかがいします。この作品の構想は2年程前に思いついたとうかがいました。どういったきっかけで今作が生まれたのか教えてください。
谷:イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』という本が数年前に世界的大ベストセラーになりまして、それを読んで非常に感銘を受けたんです。人類の歴史をただ順番に書いているだけじゃなくて、非常に新しい視点で人間の物語を語り直している。私たちがなぜこういう文化や集団を形成したのかということが明快に書かれていて、歴史書なのに僕にとっては大河ドラマのようにスリリングに読めました。芝居を作る時、普通は一人の人間の人生を描くんですけど、もしかしたら「人類」っていう種自体を主人公にして、人類がどう生まれてどう今に至ったのか、というドラマが作れるんじゃないかなと思いつきました。僕はやはり、これまでやったことのないことをやるのが好きですし、こんなことは他の人がやったところも見たことがないので、是非挑戦してみようと思って「人類」という種自体を題材に選びました。
ーー東出さんは、今作のお話しを聞いて最初にどう思われましたか。
東出:僕は『サピエンス全史』を元々読んでいたので、「まさか」と思いました(笑)。でも、谷さんがオリジナル台本を書き、演劇空間という閉鎖的というか限りのある空間の中で、200万年という人類の歴史を生身の人間がお客さんの前でお芝居として演じた時に新しく見える景色というのが必ずやあるのではないかなと思ったので、非常に心躍る感慨を覚えました。
ーー谷さんと東出さんは今回が初顔合わせということで、谷さんから見た東出さんとはどんな俳優さんですか。
谷:『サピエンス全史』を元々読んでいたということからしてそうなんですが、普段は明るい、親しみやすい人柄なのに、実はすごくインテリというか、研究肌、一つのことについて深い興味や知識を持っていたりする。こういう作品を考える時に必要な下地としての知性みたいなものを持っている方です。でもこれがただ頭でっかちなだけの人だと、表現者としては魅力に欠ける。気さくでポップで楽しい感じを持っていながら、知性を裏にしっかり隠してるところが素敵ですね。
谷賢一
ーーでは、東出さんからご覧になった谷さんはどんな作・演出家さんでしょうか。
東出:何と言いますか、演劇界の南方熊楠みたいな(笑)、本当に多岐に渡って精通している方というのがまず一つですね。そうじゃないと、この素晴らしい台本は書けないだろうなと思います。稽古で非常に印象的なことがあったのですが、出演者の方が乗っていた木箱が割れてしまって、その瞬間みんな一斉にそっちを見たんです。そういうアクシデントがあった時に、みんながそっちを見るっていうのは絶対的なことで、それは舞台上において必要なことだと思うんです。それが演劇として正解で、こういう気づきのような瞬間が演劇の時間の中に流れているべきだ、と谷さんがおっしゃって、まさしくそうだなと思いながら聞いていました。そうやって演出をしながら様々な目線から大事なことを教えてくださっています。
踊り手の腑に落ちているかどうかで全然表現が違う
ーー今作は、演劇とダンスと音楽とが融合した舞台になるとのことですが、そのあたり谷さんは構想段階から意識されていたのでしょうか。
谷:ダンスを見るのは以前からすごく好きで、バレエやコンテンポラリーなど様々なジャンルを観に行っていました。言葉で表現するお芝居畑の人間である私から見ると、ダンスや音楽といった言語以外の芸術にはずっと、嫉妬に近い感情を抱いているんです。今作で人間の歴史を考えるときに、いつ言語が生まれたのか、どのようにして人間は喋りだしたのかという事が、一つ大きなターニングポイントになるわけですが、逆に言うとその前後は言葉よりも、例えば身体表現や動き方、どうやって音やリズムを共有していたかという、言語以前のコミュニケーションがすごく豊かにあったはずです。その部分を探求することはお芝居の人間としても興味深いことです。
ーー音楽が、2018年の『三文オペラ』、2019年にDULL-COLORED POPで上演された『マクベス』で劇中音楽を担当したドレスコーズの志磨遼平さん、振付がイスラエルのダンサー・振付家で日本でも活躍されているエラ・ホチルドさんです。
谷:2人とも『人類史』みたいなヤバいスケールの話を割とニコニコと積極的にできる人たちなんです。彼らが素晴らしいなと思うのは、すごくカジュアルでポップなセンスを持っているのに、実はとてもインテリで読書家だし、「人間とはなんぞや」みたいなことを聞くと、きちんと答えが返ってくるという哲学者みたいな面も持っているところ。例えば「最初の音楽ってどうだったと思う?」と問いかけたり考えることって、そのまま「人間って一体何だろうね?」という問いに直結してくるので、音楽家・振付家として面白い・魅力的だということはもちろんなんですけれども、そういう大きな主題について語り合うことができる人たちだというのが、今回彼らにお願いした大きな理由です。
ーー東出さんは、9月にご出演された『(死なない)憂国』でも踊っていらっしゃる姿が非常に印象的でしたが、身体表現についてどういった思いをお持ちですか。
東出:踊りって非常にお芝居と似ているんだな、と思います。『(死なない)憂国』も、今作のエラ・ホチルドさんの振付も、こういう気持ちだからこの動きなんです、というところが、その感情があるからセリフがしゃべれる、というようなところと非常に似ているなという印象を受けました。踊ることに対して、別に今まで苦手意識を持っていたわけではないし、やってこなかったのはご縁がなかっただけだと思いますが、僕自身は役者ですから本来は言葉を主としてやっているけれど、こうして言葉を使わずに身体で感情を表現するというのは本当にライブでやる意味があるなと思うので、それを生でお客さんに見ていただけるというのは非常にありがたい機会だなと思います。
東出昌大
ーー谷さんはお稽古などでご覧になって、東出さんの身体表現をどう評価されていらっしゃいますか。
谷:東出さんに限らずというか、結構エラ・ホチルドさんの振付が特殊な振付なので、みんな勘所をつかむのにすごく苦労しているし、特に東出さんは体が大きいので、一つひとつの動きから意味とか内容がすごくよく伝わってくるんです。それはうまくいってる時はもちろんそれがよく伝わるし、逆の時、うまくいってないときもすぐわかる。だから本人も苦労しつつ前進してまたつまづいて、という道を歩いているのが、見ていてすごくよくわかります。やっぱりエラの振付が単純なリズムを取って綺麗に動いて高く足を上げて、っていうことじゃなくて、複雑な意味や概念を伝えるためにやっていることが多いので、もちろん体がキレる人のダンスは見ていて素敵だし訴求力があるんですけど、踊り手の腑に落ちているかどうかみたいなことで全然表現が違うんだな、ということが見て取れて、非常に面白いですね。
私たちは動物の時代と比べて本当に幸せになったのか?
ーー今作は、まず一つ大きなキーワードとして「神」の存在というのがあると感じました。
谷:人間が動物から「人類」に変わった瞬間って、神を見出した瞬間でもあるし、でも逆に近代とか現代の人間に生まれ変わる瞬間は、ニーチェの「神は死んだ」じゃないですけど、神を殺して理性を信奉して「人間」というものを新たに打ち立て直した瞬間でもあると思うんです。だから「神」は、人間の歴史をずっと通じて寄り添う時もあれば、逆に敵として切り捨てることもあったと思うんですが、どの時代を通じても大きな主題になると思うので、自然と「神」の存在は台本に現れてきました。
ーー非常に普遍性のある、現代にも通じる部分がたくさんあって、例えば人間が進化することにより差別が生まれてきた過程が描かれることで、今の私たちにも非常に突き刺さる部分があると思います。
谷:人間が動物から「人類」になったときに集団とか社会を形成して、でも人間って10人集まれば1人か2人をいじめたり仲間外れにしたり見下したりすることでなんとかバランスを取っているような、非常に卑怯で陰惨な動物でもあるので、集団というものが形成された瞬間にヒエラルキーが生まれて差別が生まれたということは、人間にとって悲しいけれど避けられない歴史でした。差別をなくそうとか、平等を目指そうとして様々な苦闘を人類はしてきましたが、私たちは動物の時代と比べて本当に幸せになったのか、本当に今の方が平和で豊かで穏やかに生きていられるのか、ということを考え直すいい機会なんじゃないかな、と思っています。
谷賢一
ーーお稽古の様子を拝見したら、皆さんマスクをしたままで結構動き回っていて、それもまた大変そうだな、と思ってしまいました。
東出:万全の感染症対策を取りながら稽古をやっているので、マスクをつけたままで通し稽古をすると、途中でもうマスクが汗でぐっしょり濡れて口に張り付くんです(笑)。
谷:でもこれだけずっとマスクでやってると、外したときに逆に違和感ありそうな気がする。
東出:そうですね……「あ、いっぱいしゃべれる!」ってなるかも(笑)。
ーー演出する谷さん側としても、みんなマスクした状態で口元が見えなくてやりづらい、といったことはあるのでしょうか。
谷:でも意外と気にならないですよ。昔の「大先生」と言われるような新劇の演出家って、演出をつけながらじっと腕組んで下向いて、役者の顔や動きを全く見てなかった……っていう伝説を聞いたことがあって。聞いた当時は「マジか」って思ったんですけど、ある程度年齢を重ねてきたらわかってきました。俳優が出している音をちゃんと聞いていれば、俳優の状態や感情はかなり明確にわかるんです。なので、マスクしていてもちゃんと言葉とか音を聞いていれば、今良い状態で喋れてるなということはわかるし、ここは解釈が違うなとか、感情の流れが違う、というところもわかるんです。もちろんマスクなんて、ないほうがいいですけどね、何とかなっています。
「集まる」ということが演劇のスタートライン
ーー新型コロナウィルス感染症拡大防止のため、数か月間演劇などの舞台公演がほとんど行われない時期がありました。それを経て、谷さんは7月に作・演出・出演・照明音響操作まで全部おひとりでやった『アンチフィクション』を上演、東出さんは9月に『MISHIMA2020』の中の一作品『(死なない)憂国』にご出演されましたが、ご自身の中で何か演劇や舞台に向き合う気持ちの変化を感じたりしましたか。
谷:恐らくこの先当分の間は、人が集まるということに関してまだまだいろんな人が抵抗を感じて、劇場にはしばらく行きたくない、と思う方はいると思うんです。我々にとっては「集まる」ということが演劇の最低条件というかスタートラインなので、これからは集まって作る「演劇」というものがどれだけ異質で特殊で労力がかかって、しかし貴重なことだったのかということを再認識し続けることになるでしょう。でも逆にそういうストレスを感じているからこそ、目の前に人の肉体があるとか、目の前の人の声が直接鼓膜に響いてくるということは、やっぱりインターネットの回線越し、あるいはテレビ越しに伝わってくるものとは全く違う体験なんだ、という舞台芸術の特殊性や価値を再認識し直すことにもなるので、演劇にとってはチャンスなんだと思って踏ん張って、頑張らなきゃいけないなと思っています。
東出:演劇だけに限らず役者という仕事は、衣食住足りてさらに健康的な生活を送ったその先にある文化的な要素だと思っています。でもこのコロナ禍の中、チケットを買って劇場までわざわざ足を運んでくださるお客様もいて、「私、明日も生きて行こう」「これからもこういうものを生きる糧にしていこう」と思ってくださる方もいるんじゃないかなと思いますし、むしろこんなときだからこそ、そういうものにならなければならないと思います。なので、お客様の前で生身でできる以上は、生きる意味と言ったらなんか大仰になってしまいますが、生活の中の糧の一部にはしっかりとなれるようなものをお届けしなければならないなと、それが責務だと思っています。
東出昌大
明快だけど残酷な舞台美術でKAATのホールに挑む
ーー谷さんはこれまで数々のKAATの作品に携わって来て、ご自身の演出作品としては2018年の『三文オペラ』(上演台本・演出)以来2回目のホールでの演出作品となります。
谷:当時まだ僕は600とか800席くらいの会場でしか演出をしたことがなかったので、1200席サイズのホールはすごくプレッシャーがありました。でも一度ホールでやらせてもらったおかげで、広い空間を演出することが割と苦でなくなった。イメージがつくようになった。なので今回は「ホールだから」ということはあまりストレスにはなっていません。観に来てくださる方には楽しみにしていただきたいんですけど、堀尾幸男さんの舞台美術が「よくもまあこんな挑戦的な美術を持ってきたな」という、ものすごい明快だけど残酷な舞台美術なので、それとどう付き合うかということが今回の僕の課題であり、やり甲斐にもなってます。
ーーその舞台美術で臨むことが、ある意味KAATのホールへの新たな挑戦という部分にもなりそうですか。
谷:以前、平田満さんが「舞台にセットがあると助けてくれるけど、なければないだけ俳優の存在が際立つ」というようなことをおっしゃっていたんです。今回の堀尾さんの美術も本当にシンプルなので、逆に言うと俳優がどう立っているか、どう動いたか、ということが非常に重要な意味を持ってくる。それって『人類史』という作品をやる上ではとても合っている。堀尾さんも恐らく美術であれこれ説明したり足していくよりは、俳優の肉体を際立たせることを考えてあれだけシンプルな美術にしたんじゃないかなと思うので、すごくそれはいいバトンというか、挑戦状をもらった気がしていて、楽しんで試行錯誤しているところです。
ーーでは、公演に向けたメッセージをお願いします。
谷:僕はここ最近、芸術の使命は「見たことのないものを作る」ということにかかっているんじゃないかと思っています。日本には素晴らしい伝統芸能もたくさんあるし、様々なカンパニーが定番作品をちゃんと上演している。非常に文化的に豊かな国です。その中で僕にできることは、今までトライされていなかったことをやってみたり、今までとは違う空気感や質感、風景、言葉といったものを作ることでしかありません。今回はとにかく自分も見たことのないものを作ろうと思ってやってるんですが、まんまと見たことないものが出来上がってきています。演劇に詳しいというかよく観ている方ほど、「この手で来たか!」みたいなことの連続なんじゃないかなという気がするので、ぜひ劇場に来てもらいたいなと思います。
東出:僕が第一幕の一場で演じる猿人は星を見るんです。物語が進んでいくと、ガリレオ・ガリレイが出てきて「考えることは見ることから始まる」と言うんです。文明が進んでテクノロジーが発展した現代において、この劇場で行われる『人類史』という舞台作品は、お客さんの目の前で出来るということに至上の喜びと価値があるように思います。壮大な物語なんですけど、こんな世の中だからこそ、目の前で起こることをくつろいで観ていただいて、なにがしかを持って帰っていただければ、「明日からもまたがんばろう」と思っていただけるんじゃないかなと思うので、精一杯お客さんの目の前で演じたいと思います。
(左から)谷賢一、東出昌大

■東出昌大 衣装クジレット
シャツ ¥56,000 パンツ ¥54,000 シューズ ¥70,000
(ヨウジヤマモト/ヨウジヤマモト プレスルーム TEL 03-5463-1500)
■問い合わせ先
株式会社ヨウジヤマモト 広報宣伝部
〒107-0062
東京都港区南青山5-3-6
TEL 03-5463-1500

取材・文=久田絢子 撮影=福岡諒祠

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