長野県芸術監督団事業の新作『そよ風
と魔女たちとマクベスと』を串田和美
が語る〜「マクベスは本当に国王にな
りたかったのか。そよ風の囁きに魔が
差したのかも」

長野県では「県民の文化芸術への関わりを一層深め、県内の文化創造活動を活発化し、国内のみならず世界にとって魅力ある文化プログラムを企画・提言・実施していくこと」を目指し、(一財)長野県文化振興事業団に長野県芸術監督団を設置している。美術を本江邦夫氏(2019年6月逝去)、音楽を小林研一郎氏、プロデュースを津村卓氏が担当。そして演劇を担当するのは、まつもと市民芸術館の芸術監督でもある俳優・演出家の串田和美だ。2020年度の新作として『そよ風と魔女たちとマクベスと』を上演する。原作はシェイクスピアの4大悲劇の一つに数えられる『マクベス』で、物語はほぼそのままに、串田監督の独自の解釈が散りばめられている。

■串田和美芸術監督の原点、『マクベス』が満を持して登場
 これまで長野県芸術監督団事業では『或いは、テネシーワルツ』(2018)、『月夜のファウスト』(2019)など、さまざまな作品を上演してきた。
 たとえば演劇があまり上演されていない地域にも足を運ぶ“トランクシアター・プロジェクト”は特徴的な取り組み。そこには、旅行鞄ひとつに芝居を詰め込み、ふらりと訪れた場所で上演する、そんなイメージで県内各地をめぐるという思いが込められていた。最初の串田監督の一人芝居『或いは、テネシーワルツ』では、7地域で有志による実行委員会が組織され、味噌蔵やお寺、ギャラリーなどの空間が「劇場」へと仕立て上げられ、交流会やトークイベントなどと合わせて公演を行なった。
 トランクシアター・プロジェクトの第2弾は、芸術監督団事業を実施する長野県文化振興事業団がゼロから初制作した『月夜のファウスト』で、衣装・照明・コーディネーターなどのスタッフも県内から集めた。県内11カ所と、仙台と山形で公演を行い、原作『ファウスト』のリーディング、人形劇オペラ、野外での小さな芸術祭、演劇によるアーティスト・イン・レジデンス、事前ワークショップなどが地域の皆さんのアイデアで実施された。中には、地域の伝統的な名産品をつくっていた建物の一角に、地域の歴史を学ぶ講座を交えながら劇場をつくりあげるというプロジェクトもあった。

長野県芸術監督団事業『月夜のファウスト』(2019) 撮影:田中慶
長野県芸術監督団事業『月夜のファウスト』(2019) 撮影:田中慶

 そして今年は、シェイクスピアの『マクベス』を下敷きにした『そよ風と魔女たちとマクベスと』を上演する。
 戦いに勝利したマクベスは、同志のバンクォーとともにダンカン国王のもとにはせ参じるべく凱旋する途中、3人の魔女に出会う。魔女たちはやがてマクベスは国王になると予言。突然の言葉に動揺するマクベスだが、やがて事態は魔女の言葉通りに進み、夫人からも背中を押され、ついには国王を暗殺する。しかし毎夜、国王の亡霊に苛まれ、錯乱状態に陥るマクベスに、夫人は叱咤し、自らの力で過酷な運命を切り開くことを訴える。そしてマクベスは再び魔女たちのもとに向かい、ある予言をもらう―――。
 串田監督は、1966年に佐藤信、地井武男、村井国夫、吉田日出子、観世栄夫、斉藤隣らと劇団自由劇場を六本木の地下劇場・アンダーグラウンド自由劇場を拠点に立ち上げた。その後、六月劇場、発見の会、自由劇場が共同しての「演劇センター68」の結成を機に劇団は袂を分かち、アンダーグラウンド自由劇場での公演に思いを込めた串田監督は、72年4月に初めて構成・演出・美術を手がけた『マクベス』を上演した。ここから新劇団「オンシアター自由劇場」の歴史が始まる。
 「物語を解体して、新しくつくったシーンや歌を入れたりしてね。これが僕らの新たなスタート、そして今に続く僕の原点になった。翻訳家の松岡和子さんの文庫本にある『マクベス』の上演記録を見ると、僕の名前がいっぱいあってね、自由劇場時代にこんなにやっているんだと笑っちゃった。『マクベス』はいつかやりたい作品として常に頭の中にはあったんだよね」(串田)
『そよ風と魔女たちとマクベスと』稽古より

■『マクベス』という作品に対するオマージュ
 串田監督はその後、シアターコクーン芸術監督を経て、現在もまつもと市民芸術館芸術監督を務めているが、なんと『マクベス』に取り組むのは1983年5月以来のこと。
 コロナ禍での作品づくりとあって、串田作品ではおなじみのスタッフを招くことができず、脚色・美術・照明・衣裳を串田監督が担当することに。
 「僕は風をずっとテーマにしていて、芝居のタイトルにつけたり、“風が吹くシリーズ”と銘打ってエッセイを書いたりしてきた。風というのはいろんな使われ方をされるじゃない。運動が起きる、うわさが広がる、革命の風みたいな言い方もある。吹いた風がやがて嵐に発展していくなんて場合もあるよね。それからこの数年、夢や時空について考えたり、稽古場で話したりしていたこと。時間は人間が思っている認識で進んでいるのかとか、時間の不確かさについてずっと考えていたこと。人間の情、懐かしいとか、未来への希望とか、恐ろしさとかのようにふと思ってしまうこと、そして当たり前に持っている感情のこと。そういう要素を織り交ぜて作品をつくるんだけど、ある言い方をすれば『マクベス』という作品に対するオマージュであり、『マクベス』から発想した作品ということかな」(串田)

■本当に王様になりたかったのか。マクベスも魔が差したのかもしれない
 マクベス役を演じる串田監督率いる松本の劇団「TCアルプ」のメンバー、近藤隼にも作品についてコメントをもらった。近藤はイッセー尾形に憧れて、TCアルプの活動がないときに一人芝居をやりたいと考えていたが、串田監督からは「マクベスとかいいんじゃない」と提案されていたという。

マクベス役の近藤隼とマクベス夫人役の毛利悟巳

マクベス役の近藤隼
 「物語の流れはほぼ原作通りです。ただマクベスに予言をもたらす魔女の捉え方がいろいろなんです。串田さんから台本をいただいて最初に読んだとき、僕はコロナとそれに端を発する人間の行動のことを考えました。目に見えない風にもいろんな意味があって、それが魔女が演出する悪さやイタズラとつながると、昨今のこともあってコロナのことがイメージされるんです。もちろん串田さんの演出ですから、コロナ✕マクベスみたいなそんな単純で説明的な作品になるわけはありません。目に見えないもの、認識、記憶、人間には感知できないもの、他人がいて自分が存在するとはどういうことなのか、そもそも存在するとはどういうことなのかとか、そうした要素が満載です。また今回、串田さんの中で新しい視点だと思ったのは、時や時間に関するセリフが散りばめられていること。この作品はいわば存在と認識と記憶と時間の物語だと僕は捉えています。物語で起こることをそよ風のいたずらみたいな視点で捉えると、人間は目の前の実態ある物やお金など、自分たちが狂わないためにそうしたものに頼って折り合いをつけて生きているけど、この世は理解できないものばかりの中で動いているよということですね」(近藤)
串田和美芸術監督
 目に見えないものに動かされる展開を、串田監督はこんなふうに言い換える。
 「ネズミが集団自殺するように、イナゴが大量発生して緑を食い尽くして移動していくように、人間だって何かに動かされる、あるいは動いてしまうこともあって。僕は何かわからないものに突き動かされる不思議に興味があるんだよね。
 昔の演劇の考え方は、役づくりをするのに、この人はこういう生い立ちで、こういう背景だから、こんな行動に出てしまったんだと考えさせた。でも本当はそうじゃない、生い立ちなんて関係なくいきなり予想もしない行動に出てしまうこともある。ふっと湧く感覚というのかな。マクベスも魔が差したのかもしれないね。
 じゃあマクベスはどうだったんだろうか。本当に王様になりたかったのか。だってコーダーなんてスコットランドの北の果てで、もらってもメリットが少ない地域。王になるという魔女、そよ風のささやきが人生を狂わせていったのかもしれない」(串田)
『そよ風と魔女たちとマクベスと』稽古より
 マクベス以外の役は全員が魔女役だったり、オープニングを始め何度も戦いの最中にマクベスが哲学にふけるシーンがあったり、「バーナムの森が進撃して来ないかぎり安泰」「女の腹から生まれたものには負けない」などのシーンに新たな解釈を盛り込んだり、串田監督ならではの奔放な作品になりそう。
 「シェイクスピアになじみのない方、堅苦しいと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、遊び心のある、でも深いところを突き刺す部分もあるお芝居になりそう」(近藤)
 『そよ風と魔女たちとマクベスと』。なんだか話を伺っていると、長野県内だけではなく、県外に向かって強い風を吹かせる作品になるかもしれないという気がした。
取材・文:いまいこういち

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