FINLANDS塩入冬湖がコロナ禍で向き合
った『程』とは?ソロワークとしての
新譜を通じて絞り出した想いとは?

「2020年の自分の存在を残しておきたかった。そうでもしないと自分が何者なのか分かりなくなりそうでした」——塩入冬湖は最新作『程』の資料の中で、こんなコメントを寄せている。FINLANDSのボーカル/ギター塩入冬湖のソロワーク第4弾、7曲入りミニアルバム『程』は、コロナ禍の中、自宅待機の期間中に宅録で完成させた。幸か不幸か、時間がたっぷりと与えられた状況で、塩入は言葉ととことん向き合った。そして「この半年私の中で一番テーマになっていた言葉」である「程」というものを追求していった。全7曲、どの曲も濃厚な短編小説を読んでいるようで、それを伝える歌が圧倒的な没入感を与えてくれる。幸せな時間を提供してくれるということだ。コロナ禍で何を思い、感じ、この作品達を作ったのかインタビューした。
FINLANDS / 塩入冬湖
――前回お話を伺ったのはFINLANDS初のデジタルシングル「まどか/HEAT」(3月29日配信)の時でした。オンラインインタビューでしたが、あれから数か月経って、気持ち的にはやはりどんより感が強かったですか。
そうですね、でもどんよりしていても仕方ないし、状況が回復するのを待っていても仕方ないので、早い段階でシフトチェンジして作品を作ろうと思いました。そこからは、もう思いっきり作品の中身とじっくり向き合って、一喜一憂していました。
――曲を書く時間を与えてもらったと前向きに捉えることができた。
そうですね。いつもなら、次の作品があるから、何曲作ろうって自分にノルマを課す感じですが、今回は作りたいと思った時に作りたいものを作れる時間があって。考えてみるとそういう時間って今まであまりなかったので、この時間も悪いことだけじゃなかったなって思います。
——そして「程」という言葉がなぜか気になりはじめ…。
そうなんです。急に気になって(笑)。普段からすごく使う言葉じゃないですか。これ程とか、あれ程とか、今まであまり気にしたことなかったけど、すごく使っているし、でもこの言葉の中に含まれていることって、すごく個人差があるもので。だから余計に、このふんわりしている言葉は何だ?って思って。
――ふんわりしているから、使いやすいのかもしれないですね。
多分そうだと思います。「これ程好きなのに」というのも、もう他に言語が見当たらないから使っている場合もあると思いますけど、やっぱり、使いやすい言葉なんだと思います。相手に、これ程、あれ程って伝えるのって、やっぱりその人との「程の中身」という共通認識が必要だと思います。そういうのを多分人って行動や行為、会話している時の空気感とか、そういうもので感じ合ってきたのに、それができなくなっている状況で。だから言葉で伝えるしかないし、リモートで話をしても、微妙なタイムラグがあるとしゃべり終わったのか終わってないのか、よくわからない時があるし、そういう時はより言葉できちんと伝えるしかないですよね。
それとテレビのよさに改めて気づきました(笑)
FINLANDS / 塩入冬湖
――今回の作品は全て宅録で、リモートレコーディングですよね。ミックスもリモートですか?
全部リモートです。
――そういう作業を続けていると、スタジオでの作業やライヴが余計に愛おしくなってきませんか。
いえ、それとこれとはまた別ですね。ソロ作品を作る時は、この曲はベースはこの人に入れてもらおう、この曲のギターはこの人って軸を決めて、その中で考えて構築していく部分が多くて。バンドでもそうなんですけど、やっぱりバンドの場合は人に頼る部分が大きくて、対面でやっていると、例えば「ここのドラムはフィルがあった方がいい」とか、そういう細かいことが起きるので、ガッチリ固めないで臨むというか。ソロは逆にガッチリ決めていくので、また別ものです。ソロに関しては、趣味であり、ほぼ実験みたいなところからスタートしているので、例えばバンドに持っていってやってみて、「いやぁ、これバンドじゃなかったな」という曲は、一人でやって、色々電子音を入れていたり、逆に抜いたり、手を加えたり、削っていく中で曲がきちんと活きてくることがあるので、実験的な部分が大きいです。そこはFINLANDSというバンドでやっているスタイルとは違いますね。FINLANDSはずっとやり続けるもので、ソロに関してはやるもやらないも自分の勝手なので、そこのすみ分けが、自分にとっては心地良い存在としてあります。
――塩入さんのnoteに今回の作品について「2020年の自分の存在を残しておきたかった」という言葉あって、表現者の本能というか、今だからこそ「残す」という思いが強くなって、先ほど出た、曲作りへの意欲が強くなった感じですか。
そうですね。二月後半から、ライヴやリリースに関して、身の振り方を自分たちで決めていかなければいけない状況になって、世の中の状況と情報を得るために、今まで以上にテレビやネットを観ていました。その中でやっぱり雑音が多くて。私達の業界でいうと、音楽は大切だ、ライブハウスも大切だって言うことももちろん大切だと思うんですけど、そうじゃなくて、私たちの本質としては今、音楽を作って生きているので、音楽を作ることが本分だよねってすごく思って。だったら例えば今年はライヴを諦めたとしても、音楽を作って作品を残すことはできるので、イコール私がやることはそれが一番正しことだと思って、存在意義というか、音楽を2020年の上半期も作っていたという記録があれば、今年を振り返った時に、あの時作ってよかったなと思えるんじゃないかなって。それとテレビのよさに改めて気づきました(笑)。ニュースを見た後にバラエティ番組を見ると、めっちゃ面白いなって思って。テレビで放送されたことが部分的に切り取られて、それがネットニュースになって拡散されて、面倒くさいループが起きているじゃないですか。でもテレビをちゃんと観ると、リモート収録になってもちゃんと人のこと楽しませようとしてくれていて、すごくいいエンタメだなということに気づきました。戦後、テレビが導入された時はみんなで集まって楽しんで観たというのが、今更ながらわかりました。
洗って落ちるものと、色素沈着してくものってあるじゃないですか
FINLANDS / 塩入冬湖
――まだこのミニアルバムについて、ほとんど聞いていないのにインタビュー時間がどんどん過ぎていく……時間を戻します。「程」もすごく好きなんですが、個人的に「ラブレター」がグッときました。歌詞の頭の2行で掴まれました。
意外(笑)。6~7年前。ソロで初めて宅録で曲を作った時にできた作品です。自分でCD-Rを焼いて、ライヴ会場で100円とかで売っていたCDの中に入っていた曲で、今回録り直しました。
――シンプルだけど奥が深いなって思いました。
二十代前半の時に付き合っていた恋人とは、時々殴り合いのケンカをして(笑)、でもなんかこう殴られた時に、やっぱ泣き寝入りをするのはよくないと思って、私もきちんと殴り返してました。でもそれって今考えると、すごい優しさだったなって思って、やっぱり1-0ではなく1-1になれば、対等な立場でやりあえるので、それは私の優しさだったなということを思い出して、書いた曲です。男性って意外と手紙を書いてくれる人が多いですよね。手紙で全てが許されると思ってる節があるんですよ(笑)。いや、そんなことないぞって思いますけど。手紙で全てがひとつ残らず許されるわけないだろって思います(笑)。ファンの方からいただく手紙はすごく嬉しいんですけど、恋人がなんかやらかして、それで手紙をもらっても、いやお前それで許されると思うなよということは、ずっと思っています(笑)。
FINLANDS / 塩入冬湖
――「程」っていう言葉をタイトルにするのは珍しいけど、「洗って」というタイトルの曲も珍しいし、何か意味深な感じのタイトルですよね。
春頃から“洗う”という言葉をすごく使いたくて、スマホにずっとメモっていて、洗って落ちるものと、色素沈着してくものってあるじゃないですか。人間の体とか特にそうかもしれないですけど。そういうことを考えている時に、使いたくなってタイトル先行で作りました。
――普段使っている時は、あまり深く考えないで使っているけど、洗って本質が見えるようにするとか、色々なことを新しくしようとしているという捉え方ですよね。
そうですね。私の親戚に極度の潔癖症の人がいて、その症状がどんどん激しくなっていて、それは本人が自分は汚れていると思うから自分の体や手を必要以上洗うのか、それとも一緒に住んでいる家族に対して、自分が汚れているから、汚れないように、家に菌を持ち込まないように、みたいな気持ちなのか、どっちなんだろうなってすごく考えて。洗うって自分の為なのか、他者のためなのか、洗濯とかもそうだと思うんですけど、これってどっちなんだろうなって考えてしまって。恋愛した時も、これは自分のためなのか、相手のためなのかわからなくなる時ってあるじゃないですか。これ以上踏み入ってしまったら、相手にとって迷惑になるし、自分にとっても迷惑になるし、それってどっちの方が比率として高いんだろうということを考えました。
陽の目を見ることなく一人で楽しんでいるだけの曲で終わっていました
FINLANDS / 塩入冬湖
――言葉の意味や使い方を改めて掘り返してみると、考えさせられますね。「SCRIPT」は、これはどこから着想されたんですか?
「SCRIPT」はどこかで出そうというつもりはなく作っていて、夜、この曲を聴きながら歩いている時、(こまけん)ガッツ(KAWAI JAZZ、ペドロサ/神々のゴライコーズ)のベースだったら、めちゃめちゃ面白くなるかもって思って。それで弾いてもらったら、百億倍よくなったので、これはきちんと作品にして入れようと思いました。
――すごく表情があるし、太いベースで心と体に残ります。
こういう曲調の曲作ったことないなぁと思いながら作っていたので、ガッツのベースがなかったら、陽の目を見ることなく一人で楽しんでいるだけの曲で終わっていました。
FINLANDS / 塩入冬湖
――「Arrow」という曲はゆったりした曲が多い今回の作品の中でも、特に言葉を丁寧に伝えている感じがします。打ち込みの弦の音がより世界観を広げてくれるというか。
最初はピアノだけで歌っていて、もうちょっと音を足したいなと思ってギターを入れて、ドラムも入れようってやっていたら、バンドセットの曲になってきたので、ストリングスを入れました。ベースも合月亨(Ao、オトノエ)さんにお願いして、少しずつ思いついて、差し込んでいきました。この曲を作っている時に、SNSでかなりディープな二股かけられていたみたいな話があって、それを読んですごいなと思って……やっぱり現実ってすごいなって。この人辛いだろうけど、興奮している自分がいて、世の中すごいなと思って歌詞もまだ途中だったので、それに影響されました。
――「Time blue tiny」の歌詞が、一回聴いただけだと腑に落ちなくて、何度か聴いているうちにじんわり、ほどけてきた感じがしました。
友達のイラストレーターで、フクザワさんっていう女の子がいて。彼女のライブペインティングに一緒に出た時に、作品を観て一曲作るという企画があって、去年FINLANDSとしても一曲作って、で、その子のSNSとかに載っている絵とかを観ながら作った曲なので、100%創作の中に、少しだけ自分が本当に思ったことを入れました。
FINLANDS / 塩入冬湖
――他の曲と温度感が少し違いますよね。「うみもにせもの」っていい言葉ですよね。ぞくっとしました。
私もすごく気に入っています。ずっと温めて続けていた曲で、バンドでもやってみようと何度も試みてはみたものの、全然できなくて。すごく好きな人がいて、たぶんこれ以上人のことを好きになることはないと思ったくらい好きで、その人のことを考えて作っていた曲です。もうこれ以上自分の人生がうまくいかないんだったら、なんかこの地球が偽物でも、海が偽物でも、どうでもいいやっていうのをすごく思っていて。これが本物じゃなくても別にいいや、みたいな。そう思った時に作った曲です。海が本物って、誰もが信じていると思いますが……何が本物かももうわからないしなってことをすごく考えて作りました。
――そういう、何が本物なのかわからないという気持ちを表す、究極の言葉という感じがします。
やっと作り上げられたなって感じです。この言葉も好きだし、今回のミニアルバムを作って、改めて言葉、文章を書くのが好きだなって思いました。今までそういうことあまり考えたことがなかったんですけど。
取材・文=田中久勝  Photo by=菊池貴裕

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