ピアニスト・務川慧悟、ソロ・リサイ
タルを開催 ロン=ティボー入賞を経
て「いま伝えたい音楽」をのびやかに

2020年4月に予定されていた務川慧悟のピアノ・リサイタルがコロナ禍で延期となっていたが、9月11日(金)に浜離宮朝日ホールでようやく開催の運びとなった(昼夜2公演)。これは元々の1時間半のプログラムを縮小した形で、「いま、お客さまの前で弾きたいと強く感じる約70分の音楽」(公演解説書の務川慧悟のことば)に絞り、選曲がなされた。
務川慧悟
まず、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番からスタート。オープニングにこのベートーヴェンの後期の傑作をもってくるのは集中力、精神力、テクニック面においても大変なものがあると思うが、第1楽章から明快で感情の起伏に富んだ音楽が横溢。とりわけ第2楽章が美しく、スケルツォ的な要素が生き生きと表現されていた。第3楽章は躍動感にあふれ、深くうたうような情感が心に響いた。常に新たな奏法や表現法を模索したベートーヴェンが、第30番のソナタでは変奏様式を探求しており、そうした進取の気性に富む作曲家の思いを務川は作品の内奥へと迫っていき、ベートーヴェンの神髄を伝えた。
務川慧悟
務川慧悟
次いでデュサパンの「ピアノのための7つの練習曲」より第5番が登場。パスカル・デュサパン(1955~)はフランスの作曲家。パリで学んでいる務川の「いま」を表現するべく挑戦と冒険と前向きな精神に富んだ演奏で、ときに水の流れのように、またあるときは麦畑に風が渡っていくような絵画的な印象をもたらした。
務川慧悟
シューマンの「子供のためのアルバム」より第30番(無題)は、柔らかな響きの奥に静けさが宿う不思議な空気をまとっていた。次いで演奏されたショパンの「バラード」第1番は、決然とした出だしからゆっくりとしたテンポで開始。彼が何度も演奏しているであろう熟成したピアニズムで、昨年のロン=ティボー=クレスパン国際コンクール第2位の実力のほどが存分に発揮される形となった。
務川慧悟

務川慧悟

9月7日(月)には、これも延期となっていた『ロン・ティボー・クレスパン国際音楽コンクール/ガラ・コンサート』が開かれ、務川は優勝者の三浦謙司とともに出演した。務川はコンクールの本選で演奏したサン=サーンスのピアノ協奏曲第5番「エジプト風」を披露し、その推進力に富んだ情熱的で活力あふれる奏法に感銘を受けたものだが、今回のリサイタルの最後の2曲、ショスタコーヴィチの「24の前奏曲とフーガ」より第15番、ラフマニノフの「コレルリの主題による変奏曲」というロシア作品では、そのときと同様のある種の「勢い」を感じさせた。
務川慧悟
務川慧悟
ショスタコーヴィチはJ.S.バッハの「平均律クラヴィーア曲集」にならい、24の調性による前奏曲とフーガで構成した作品を書き上げた。第15番はリズムのキレがすばらしく、務川の演奏もぐんぐんと前に進んでいくような推進力と、ショスタコーヴィチ特有の多彩な語法、民族色などを色濃く映し出していた。
最後はラフマニノフの「コレルリの主題による変奏曲」で締めくくられた。これは有名な主題による20の変奏が繰り広げられていく作品で、緩急のテンポ、主題の変容、静けさや劇的な迫力などコントラストの妙が楽しめる作品。務川はラフマニノフを得意としているのだろう、水を得た魚のように自由闊達でのびやかな奏法を駆使し、リサイタルの幕を閉じるのにふさわしいピアニズムを展開した。
務川慧悟
若き才能の出現には心躍るものがあるが、務川慧悟のピアノも、これからいかようにも伸びていくであろう未知なる可能性を感じさせた。こういうピアニストは長年聴き続けていくと、その人間性と音楽性の成長と変化を見ることができ、楽しみが倍増する。さて、次回はどんな驚きと発見があるだろうか……。
取材・文=伊熊よし子 撮影=福岡諒祠

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