ビリーのお父さん役に挑む橋本さとし
、涙との闘い ミュージカル『ビリー
・エリオット』インタビュー

「演技ではなく、自然と父親になれる。本音を言えば号泣ですよ」
炭鉱ストライキで揺れる英国北部の町を舞台に、ひょんなことからバレエダンサーを目指す少年と、彼を取り巻く人々の姿を描いた傑作ミュージカル『ビリー・エリオット』。2年ぶりの再演となる今回、橋本さとしがビリーのお父さん役として登場。初演を観て作品の大ファンになったという橋本はどのように役と向き合っているのか、心の内を聞いた。
――今回は開幕に至るまで、海外スタッフとのリモート稽古など、いつもとは違うお稽古になったそうですね。
そうなんです。特に劇場で長期間稽古したのは不思議な感覚でした。普段ならだいたい、劇場入りして3日後には本番を迎えるので、劇場入りした時点で本番モードになるのです。その癖がついているため、えらく長いこと緊張しました(笑)。劇場で稽古できるのはラッキーなことですが、芝居というのはいくら繰り返しやっても答えは出ないもの。答えを掴めるのは幕が上がり、お客さんを目の前にしてから。その意味でも、稽古中から早くお客さんに見てほしいという気持ちが強かったです。
橋本さとし
――ビリーのお父さんであるジャッキー・エリオットを演じていらっしゃいます。リアルな父親像を演じるのは珍しいのでは?
年齢的なこともあり、最近は随分、父親役が増えてきました。劇団☆新感線『偽義経冥界歌』では生田斗真くんのお父さん、それも地獄の軍団のお父さんという特殊な役(笑)。かつて演じた『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャン役も、血の繋がりはないけれども引き取った娘コゼットを愛し育てる、父性溢れる父親でした。ただし作品が特殊でしたからね。その点、ジャッキーは一市民。頑固で昔かたぎ、身近にいそうな男です。かつては組合闘争のリーダーでしたが、妻を失い心に傷を負ってドロップアウトしてしまう。そんな父親が、炭鉱ストライキの最中、息子たちと向き合います。僕にとってこんなに複雑でリアルな父親像は初めてのキャラクターです。
――お父さんは物語の冒頭、二人の息子とおばあちゃんのために不器用そうに朝ごはんを作っていますね。すごくリアリティがある微笑ましいシーンです。
僕自身も料理が一切できないんです。フライパンを上手に返す人にすごく憧れるけど、本当に何もできない。できるのはご飯を電子ジャーで炊くことくらい。いつもお惣菜を買ってきて、それをおかずにご飯を食べる人生でした。主食が菓子パンだった時代もあります(笑)。結婚後は作ってもらうようになって、自分で作る発想がないまま。だから、お父さんが不器用に家の切り盛りをする感じは、すごくわかります!ジャッキーも仕事人間で、家庭的なものは苦手。1985年のイギリスの話で日本とは文化が違えども、当時の日本と共通する父親像じゃないかな。昔、頑固オヤジが子供にゲンコツを食らわしていたのと一緒やなぁって。

橋本さとし

――確かに。日本も一昔前はストとかありましたしね。
昭和という時代は戦争という厳しい時代を乗り越えて、民衆のエネルギーが爆発的だったんでしょう。社会に歪みがあり、その歪みの中から民衆のエネルギーが生まれた。今みたいに平和な時代はこの状況をキープできたらいいと誰もが保守的になりがちですが、当時はそうではなかった。かつて日本にも筑豊や夕張などの炭鉱がありました。イギリスの炭鉱の話というと遠い話のようですが、『ビリー・エリオット』を知ると、イギリスの片隅でこんな闘争があったのかと驚かされますね。
しかしサッチャー首相はすごいです。炭鉱組合の荒くれどもを押さえつけたわけですから。“鉄の女”というあだ名の真の意味を、この作品を通して知ることができました。政治と労働者市民との乖離や食い違いは人ごとではないなぁと思います。
――今のビリーたちに対する思いを教えてください。
何か崇高なものを見ている気持ちになる時があります。彼らが今の自分にない輝きや希望、可能性を秘めた別格の存在に見える時もあれば、やんちゃで小生意気!ってなる時もある(笑)。とにかく、ものすごく近くて可愛くてたまらない存在で、そばにいて普通に親の気持ちになる時もよくあります。子供特有の無邪気さがあり、その一面を見ると無償の愛情が湧いてくる。だけど芝居に入った瞬間に、崇高な輝きを放ち、ハハ〜ッ!とひれ伏すほかない。だから彼らはオーディションで選ばれたのでしょうし、長期間のレッスンでより成長して、カリスマ性を身につけたのでしょう。近くで見ていると、人って変わるものだなぁ、それも頭で考えて変わるのではなく自然と成長していくものだと実感しますね。彼らはまだ僕の人生の5分の1しか歩んでいないのに、自分は一体何をやっているんだろう?まだまだ発展途上役者なので伸びる余地があるぞ!一生成長やなぁと改めて感じさせてくれます。共演者として、心からリスペクトしています。
橋本さとし
――素の彼らの成長とビリー・エリオットの生き方が見事に重なって見える、それがこの作品の醍醐味かと。
ほんと、だからこそリアリティのある作品になっているんですよね。ミュージカルは急に歌い出したり、踊ったりするとよく言われますが、『ビリー・エリオット』は全てにリアリティがあり、気持ちの爆発がダンスにつながるなど、感情の延長線上にドラマが起きるように作られています。決してファンタジーではないところが、『ビリー・エリオット』が持つ作品力。もちろん『レ・ミゼラブル』や『ミス・サイゴン』が全編歌なのに違和感がないのは、歌が感情を乗せた言葉になっているから。それらに匹敵するのが『ビリー・エリオット』。間違いなく歴史に残る名作の一つです。
――「Electricity」の場面でお父さんはビリーのオーディションに付き添います。あの場面は、父親としてビリーをそばで見ていてどんな感覚ですか。
もう、たまらんですよ。しっかり芝居に集中しないと、素の“橋本さとし”が出て「ちょっとすいません」って涙を拭ってしまいそう(笑)。しかも誰よりも特等席で見られる。お客さん、すみません!僕一番いい場所で見せていただいている、幸せな瞬間。
ただ、自分の愛する息子ビリーに何が起きるかわからないから、ハラハラもしてします。椅子がちょっとぐらついたりすると、とっさに押さえたり。演技ではなく、自分の息子に何かあってはならないという一心、そこには愛情しかありません。他の舞台ならハプニングに見えるでしょうが、起きたことすべてがリアルな芝居になるのがこの作品の凄さですね。
橋本さとし
「Electricity(電気のように)」はビリーによってダンスが微妙に違い、4人ともすごい気迫で踊るんですよ。あの息遣いはあの距離だからこそ聞こえるし、何があっても絶対守ってやると思える。それぞれのビリーから伝わってくるエネルギーが、自然とその後の台詞につながるんです。あれだけダンスに反対していた父親が、ビリーの踊りを見て、俺のプライドだと心から思える。それを舞台上で実感しています。
――客席から見ていても、手に汗握りますからね。頑張れ!と心から応援してしまいます。
僕も実はもっと湧き上がる感情を抑えているのです。本音を言えば、号泣ですよ(笑)。初演の際は、客席で観ながら恥ずかしいくらい号泣してしまいましたもん。
お父さんが2幕頭に歌う素朴なフォークソング「Deep Into The Ground(深い地の底へ)」も、稽古が始まった頃は泣けて歌えませんでした。自分やジャッキーが歩んできた人生が、それはリアルに感じられて。今も油断すると歌えなくなります。それでも歌うからこそ、心況やバックボーンが表現できるのだと思う。大なり小なり僕自身、苦労も痛みを感じて、傷ついたりもして生きてきたので、彼の気持ちはよくわかります。とにかく橋本さとしを断ち切り、俺は泣かない!お父さんとして舞台で存在できるように頑張ります!
橋本さとし

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