ラン・ラン、最新アルバム『バッハ:
ゴルトベルク変奏曲』を語る

クラシックの演奏活動にとどまらず、Global Citizen「One World: Together At Home」でのレディ・ガガやセリーヌ・ディオンとの共演、“teamLab Planets TOKYO DMM.com”とのコラボレーションによる動画への演奏提供など、ジャンルを越えた幅広い活動で知られる世界的人気ピアニスト、ラン・ラン。その彼が演奏家としての原点に回帰するかのように、最新アルバム『バッハ:ゴルトベルク変奏曲』をリリースした。
Lang Lang, Berlin  (c) OLAF HEINE
アリアと30の変奏からなるこの作品は、比類なき芸術性と華麗さでピアノ芸術の中でも独自の地位を占め、最高の技術と音楽性を要求される“鍵盤楽器奏者にとってのエヴェレスト”。今年3月、ベルリン・イエス・キリスト教会でのスタジオ録音に臨んだラン・ランは、楽譜に指定されているリピートをすべて遵守し、その結果、収録時間が90分を優に超えるCD2枚組でのリリースとなった(通常盤)。さらに同時発売のDELUXE EDITIONは、スタジオ録音に先駆けて演奏したライプツィヒ聖トーマス教会のライヴも収録した計4枚組の超大作だ。このアルバムについて、ラン・ランに話を聞くことができた。
【動画】Lang Lang - Bach: Goldberg Variations, BWV 988: Aria

――今回の新録音は、20年以上の時間をかけて実現したプロジェクトだそうですね。
ええ。最初に『ゴルトベルク変奏曲』を全曲弾いたのは今から20年以上前、コンサートで共演したクリストフ・エッシェンバッハから「もっと弾いてくれ」とせがまれ、その場で暗譜で演奏したのですが、「君に合っている曲だから、ぜひリサイタルでも演奏したほうがいい」と背中を押されました。その後、ニコラウス・アーノンクールのレッスンを受けた時、「バッハはベートーヴェンのように自由に演奏すべきだ」とアドバイスをいただき、目から鱗が落ちるような思いがしました。『ゴルトベルク変奏曲』は、これまでの私のレパートリーと異なり、バロック時代に書かれたバロック音楽なので、その演奏に必要な技術や知識を吸収するのに、とても時間がかかったのです。
――具体的に、どなたか先生についたりしたのですか?
2年前に古楽演奏家のアンドレアス・シュタイアーと知り合い、彼からバッハの演奏法や楽器の特性について多くを学びました。バロック時代の装飾音の弾き方、カノンの役割、アーティキュレーション、あるいは当時の楽器とモダン・ピアノの違いなど、実に多くの知識を得ることが出来ました。
――改めて『ゴルトベルク変奏曲』とは、どのような作品だと思われますか?
基本的には《パルティータ》《イタリア協奏曲》《平均律クラヴィーア曲集》《イタリア組曲》《フランス組曲》など、バッハが作曲した鍵盤音楽のミクスチュアではないかと考えています。つまり、私が子供の頃から学んできたバッハの曲の集大成というか、総決算みたいなものです。独奏曲だけでなく、《ブランデンブルク協奏曲》などの協奏曲の要素も聴こえてくると思います。
Lang Lang, Berlin  (c) OLAF HEINE
――『ゴルトベルク変奏曲』と言えば、全曲の最初に演奏されるアリアと、同じ曲が最後に回帰するアリア・ダ・カーポが特に有名ですね。
『ゴルトベルク変奏曲』を1時間20分近く演奏した後、最後のアリア・ダ・カーポに到達すると、同じアリアの曲なのに、別の音楽のように感じます。弾く側は、ことさら違いを強調して演奏する必要はありません。なぜなら、演奏者自身が1時間20分前とは違う状態に変化しているからです。私自身の場合は、アリア・ダ・カーポを最初のアリアより遅く演奏する傾向がありますね。最初のアリアは生命の誕生で、最後のアリア・ダ・カーポは生涯の最後の回想と言えるかもしれません。もちろん、この作品に限らず、変奏曲形式で書かれた作品の多くは(主題が最後に回帰することで)そういう性格を備えていますけどね。ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番が、わかりやすい例かと思います。しかし『ゴルトベルク変奏曲』の場合は、最初のアリアの誕生から生命が進化し、最後に白髪になった自分に戻っていくような感じが強いです。
――最初のアリアと最後のアリア・ダ・カーポにはさまれた計30の変奏は、まさに「山あり谷あり」の人生を表していると。
ええ。どの変奏曲よりも長い道のり、長い人生というべきですね。最初のアリアでは未来へのまなざし、これから始まる冒険への期待が感じられますが、その後、さまざまな変奏の冒険を経て、第25変奏のような瞑想的な境地も体験し、最後に静寂に戻っていくのです。あたかも冒険を終え、回想録を記述しているような感じです。
【動画】Lang Lang - Bach: Goldberg Variations BWV 988: Variation 26 a 2 Clav

【動画】Bach: Goldberg Variations BWV 988: Variation 7 a 1 ovvero 2 Clav. Al tempo di Giga

――4枚組のDELUXE EDITIONには、バッハがトーマスカントル(音楽監督)を務めた聖トーマス教会のライヴ録音も収録されていますね。
当初はスタジオ録音だけをリリースする予定だったのですが、聖トーマス教会ではとても気持ちのよい演奏が出来たので、一緒にリリースすることにしました。とても素晴らしい響きがする教会ですし、何よりも教会の床の下にバッハが眠っている場所ですから、今までにないほどバッハを身近に感じて演奏することが出来たんです。素の自分をさらけだして演奏することが出来ました。ただし、聖トーマス教会のライヴはかなり即興的な解釈も加えましたので、それから2週間をかけてさらに解釈に磨きをかけ、スタジオ録音ではテイクを重ねながら個々の変奏をじっくり録音していきました。単に気持ちよく演奏した結果をスタジオ録音したのでは、意味がありませんからね。何よりも知識に基づく演奏、バロック時代の音楽にふさわしい演奏を心がけました。ライヴとスタジオ録音は、解釈が似ているところも多いのですが、基本的には異なる別ヴァージョンと考えていただければよいかと思います。スタジオ録音のほうが、テンポの設定や曲ごとのコントラストなど、より複雑な要素で成り立っていますね。
――どちらのヴァージョンも、とてもエモーショナルな要素が感じられました。
それこそが、アーノンクールから教わった重要なポイントです。「曲に豊かなエモーションを与えろ」と。例えば、アリア・ダ・カーポの直前に演奏する第30変奏は、バッハのカンタータの歌唱パートの影響が感じられます。実際、バッハは当時の流行歌の旋律を第30変奏の中に引用し、一種のコラールのように作曲しているのですが、原曲の歌詞を読むまで、その歌は宗教的で荘厳な内容を歌ったものだと思いこんでいたんです。「おお神よ、私を救い給え」みたいなね。ところが、実際に原曲の歌詞を読んでみると、「戻ってこれてうれしいな」とか「キャベツのスープがどうしたこうした」みたいな感じで驚きました(笑)。どこの家庭にも見られるような、ありふれた光景の内容なんです。とてもクレイジーですが、この歌詞があるからこそ、第30変奏がとてもエモーショナルな音楽になっているのだと確信しました。バッハの音楽は、宗教的であると同時に、とても世俗的なんですよ。
Lang Lang, Berlin  (c) OLAF HEINE
取材・文=前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)
ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685-1750)「ゴルトベルク変奏曲 BWV988」:
クラヴィーア練習曲集の第4巻「2段鍵盤付きクラヴィチェンバロのためのアリアと種々の変奏」として1741年出版。不眠症に悩むヘルマン・カール・フォン・カイザーリンク伯爵の眠れぬ夜の慰みのために作曲され、バッハが音楽の手ほどきをしたヨハン・ゴットリープ・ゴルトベルクが伯爵のために演奏した、というフォルケルによる伝記により《ゴルトベルク変奏曲》という通称が定着したが、その真偽は定かではない。ピアノが主流となった時代から20世紀初頭まで演奏されることは少なかったが、ワンダ・ランドフスカがモダン・チェンバロによる演奏を録音し高く評価され、グレン・グールドのピアノ演奏による1956年のデビュー盤が世界的な大ヒットとなり、傑作としてピアニストのレパートリーで重要な地位を得た。曲は、反復される16小節ずつの2部形式、32小節・32音による低音主題を持つ冒頭の美しいアリア主題に始まり、30の変奏が続く、そして最後に主題のアリアが冒頭と同じ姿で回帰する。30の変奏は3つずつ、10のグループに分けられる。それぞれのグループは、名人芸を披露するトッカータ風の変奏、穏やかで優雅な変奏、厳格なポリフォニーによるカノン変奏の3つで一組となっている。カノン変奏は同度のカノンから始まり、音程を1度ずつ拡大していき、9度のカノンに到り、10度のカノンが現れるべき第30変奏には、クオドリベート(お好きなように、の意。2つの民謡が対位法的に組み合わされている)が置かれる。

【動画】Lang Lang - Bach: Goldberg Variations, BWV 988: Variatio 30 Quodlibet. a 1 Clav.

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