フェスティバルホールに音楽が帰って
きた日~支配人の磯部吉孝に聞く

日本中がコロナに喘ぐ6月下旬、フェスティバルホールの大空間に大阪フィルハーモニー交響楽団の奏でるベートーヴェンのシンフォニーが鳴り響いた。
カーテンコールで指揮者 大植英次が、喜びのあまり泣いている。
大阪フィルハーモニー交響楽団桂冠指揮者 大植英次   (c)飯島隆
この日を待ち望んでいたのは、観客だけではない。大阪フィルの奏者・事務局も、ホールや舞台廻り、警備のスタッフもみんな、この日を指折り数えて待っていた。
よし! フェスティバルホールは動き始めた。もう大丈夫だ。明日以降は、これまで通り芸術・エンタテインメントの殿堂フェスティバルホールには多くのアーチストが集い、彼らを見ようとファンが殺到する……訳もなく、なかなかポップス系のコンサートは戻って来ない。これって、十分な感染予防対策が出来ないから? 国のガイドライン、劇場の入場制限50%というのが厳しいから?
昨年9月に新しくフェスティバルホールの支配人に就任した磯部吉孝に、あんなコトやこんなコトを聞いてみた。
―― コロナによる影響で、長らく公演が出来なくなっていましたね。
2月26日の午後に発表された政府の新型コロナウイルス感染症対策本部の方針を受け、京セラドーム大阪のEXILEや東京ドームのPerfumeの公演は中止。フェスティバルホールは中島みゆきのコンサート3DAYSの初日でしたが、みゆきさんの所属事務所、大阪公演のプロモーターと協議の上、初日の26日は開催して、それ以降の公演からは中止にすることが決まりました。その時は、こんなに長い間、公演が行えなくなってしまうとは夢にも思っていませんでした。
フェスティバルホール支配人 磯部吉孝    (c)H.isojima
―― その日から公演の中止はいつまで続きましたか。
3月には無観客でのLIVE配信や収録はありましたが、客席にお客様が入ってのコンサートは6月26日、27日の大阪フィルの定期演奏会がコロナ後初めて。実に4か月間、ホールにお客様を迎えることが出来ませんでした。大フィルの復活公演となった6月の定期演奏会は、フェスティバルホールにとっても意義深いもので、指揮者 大植英次さんの感極まる表情を見て、客席で聴いていた私も感動しました。
感染予防の為、白い手袋をして握手をする大植英次  (c)飯島隆
―― 磯部さんがフェスティバルホールの支配人に就任されたのが昨年の9月。就任から半年でこのような事態になりましたが、支配人としてやりたいことなど、色々お有りだったのではないですか。
そうですね。就任のご挨拶などを一通り済ませ、支配人と呼ばれることにも少し慣れ、これからというタイミングでのコロナ騒動。緊急事態宣言解除後も、客席収容人数の制限などを受けながら、この先ホールとして何が出来るのかを考えている毎日でした。
―― フェスティバルホールの支配人になるまでの足取りを簡単に教えてください。
92年にフェスティバルホールを運営する会社である株式会社朝日ビルディングに新卒採用で入社。3ヵ月間の研修期間を経て、7月に希望が叶いフェスティバルホールに配属となりました。
元々、フェスティバルホールを管理運営している会社ということで、朝日ビルディングに入りたいと思ったのですが、よくよく考えてみれば名前の通り不動産の会社で、ほとんどの社員はオフィスビルの運営に携わっています。入社前からフェスティバルホールへの配属を希望していましたが、そろそろ配属が決まるという頃に、行きたいと言うと逆に行けないというジンクスが有ると聞き、口にしてしまった事を後悔しました(笑)。フェスティバルホールに配属されたのは本当に奇跡のようなもので、驚きました。配属初日が、さだまさしさんのコンサート。フェスティバルホールに配属された事を実感しましたね。その後、名古屋や大阪のオフィスビルの管理を担当する部門や本社勤務を経験し、ホールの建て替え中に戻って来ることになりました。
―― やはりフェスティバルホールには、特別な思いをお持ちだったのでしょうか。
私自身のフェスティバルホール初体験は、親に無理を言って小学校5年の時に見たゴダイゴです。小学校の時はゴダイゴとビートルズに夢中でしたが、中学生になると洋楽一辺倒でした。自分でフェスティバルホールのチケットを買ったのもすべて洋楽です。トッド・ラングレンやルー・リード、エルビス・コステロなどをフェスティバルホールで見ました。将来、自分がそのフェスティバルホールの支配人になるなんて、当時は夢にも思わなかったですからね。
初代フェスティバルホールを飾った「牧神、音楽を楽しむの図」は、現在も健在。  (c)飯島隆
―― クラシックも結構お聴きになるイメージがあるのですが。
父親がクラシック好きのオーディオマニアでした。家にはクラシックのレコードはたくさんあり、休みの日なんかは、外に聞こえるほどの大音量で聴いていたので、自分から聴くというのでは無かったのですが、刷り込まれている感じですね。特に父親はグリーグのピアノ協奏曲が好きだったことも有り、繰り返し聴いているからか、私も好きな作品を尋ねられるとグリーグのコンチェルトと言ってしまいます。数年前にホール主催で「ハンガリー国立フィル」の演奏会を担当し、同曲を客席で聴きました。炎のコバケン小林研一郎さんの指揮、仲道郁代さんのピアノで素晴らしい演奏会でしたが、私自身は特に感慨深いものがありました。
それと、学生時代、レコード屋さんでアルバイトしていたのですが、その時に色んな音楽の知識が、まずは文字情報としてインプットされました。カラヤンと言えばベルリンフィル。ジョージ・セルと言えばクリーヴランド管弦楽団というような感じで。好きな洋楽以外の音楽は、そんな感じの知識先行で、ジャズなんかも後追いで演奏を聴いていった感じですね。
―― フェスティバルホールに関わられてから、もっとも感動したコンサートというと何になりますか。
感動というのとは少し違いますが、すぐに思い浮かぶのはボブ・ディランですね。公演プロモーターと早い段階からスケジュール調整を行い、公演が実現したことは私の中では思い入れの強い出来事でした。78年の初来日には間に合いませんでしたが、97年には旧フェスティバルホールで聴きましたし、海外にも聴きに行きました。2年前のフジロック出演時も行きました。また来て欲しいです。
―― 将来、このコンサートをフェスティバルホールでやりたいというのはありますか。
来日していない大物ミュージシャンが何人かいますが、その中で私はヴァン・モリソンが大好きで、イギリスやロスアンジェルスまで何度か聴きに行った事があります。彼の歌をフェスで聴いてみたいとは思いますが、難しいでしょうね。
―― 客席数2700を有し、音響、ステージの大きさ、バックヤードの充実面に加え、アクセスも抜群と、どこを取っても非の打ち所の無いフェスティバルホールは、アーチストのスケジュールを管理するプロモーターとしては、喉から手が出るほど欲しい会場です。そんなフェスティバルホールが民間のホールという事であれば、ホール支配人の会場使用に関する考えはとても重要に思うのですが。
30mの大きな間口もフェスティバルホールの特徴の一つ   (c)飯島隆
フェスティバルホールと云えば必ず名前の挙がる、さだまさしさん、山下達郎さん、高橋真梨子さん、谷村新司さんをはじめ、お馴染みのアーチストの皆さまにはもちろんこれからも使って頂きたいですが、これからの音楽界を盛り上げていくであろう若い有望なアーチストにも使って頂きたいと思っています。オファーの段階で、担当者としっかり話し合い、時には音源なんかも聴きながら決めています。
―― 同時に、クラシック音楽やバレエ、伝統芸能なども大切にされています。
第57回大阪国際フェスティバル2019『 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団』(2019.11.10) (c)森口ミツル
1958年に旧ホールが出来た経緯も、ザルツブルクやエディンバラのような国際的な音楽祭が出来るホールを大阪に作ろう!という事から始まっていますし、フェスティバルホールの名前もそこから来ています。また「大阪国際フェスティバル」は、旧ホールのオープン以来、毎年開催されています。今年はコロナの影響で、いくつかは延期や中止になりましたが、ウィーンフィルの演奏会だけは何とかやれないものかと、現在も関係者と相談中です。
第57回大阪国際フェスティバル2019『サロメ』から(2019.6.8)  (c)森口ミツル
このように、海外の著名なオーケストラや演奏家、歌劇団やバレエ団などをファンの皆様に紹介する事はフェスティバルホールの大切なミッションです。また、ホールの大きな舞台で繰り広げる能や狂言は、想像以上に力があり、本物の芸術である事を毎回証明する、クオリティの高いパフォーマンスで観客を魅了しています。もちろんバレエや合唱団なんかは、海外のメジャーな団体だけでなく、地元の団体の発表の場としての活動も、しっかり支えて行こうと考えています。
忘れてはいけないのは、フェスティバルホールのレジデントオーケストラとして、大阪フィルハーモニー交響楽団をバックアップしていく事です。コロナ後も、大阪フィルの演奏会は定期的に行われていますし、ホールの顔としてこれからも頑張って欲しいですね。
フェスティバルホールが本拠地。日本を代表する大阪フィルハーモニー交響楽団。  (c)飯島隆
―― フェスティバルホールは、年間稼働で300公演を超える人気の会場ですが、コロナによる国のガイドライン入場制限50%ではポップス系など、なかなか採算が合わないのではないでしょうか。
そうですね。ガイドラインを受けて、ホールのレンタル料は通常の半分にしていますが、正直それでやれるアーチストは限られていると思います。従来の50%のチケット収入で採算が取れる興行はほぼ無いので、仕方ありませんね。本当にこの状況がいつまで続くのでしょうか。
―― コロナ騒動が落ちついた後、磯部さんが支配人として新たにやりたい事ってありますか。
自分が新たにコレをやる!なんておこがましくて言えません(笑)。手前味噌ですがフェスティバルホールはアーチストの皆さんにもお客様にも愛される特別なホールだと思います。しっかりホール創設時の理念を後の時代に継承していかなければと、背筋が伸びる思いです。おかげ様でホール貸し出し希望のリクエストは多いのですが、オファーに任せること無く、全体のバランスを考えながら自主事業は一定数やって行こうと思っています。リスクを負う事になりますが、自社スタッフの育成を考えても、これは必要な事だと思うのです。
お客様と話していると皆さん、旧ホールはとか新ホールはといった言い方ではなく、新旧を問わずに、ずーっと続いて来たホールのように話される方が多いです。それは、建て替え時のコンセプトとして「伝統の継承」を掲げ、2700席という客席数も、赤を基調にした絨毯や椅子も、拍手が降って来るようなホールの作りも、旧ホールで評価されてきたことを継承し、新たな時代に進化したものを取り入れることが出来たからだたと思います。それにより、フェスティバルホールと云う名前を継承することも認められたということではないでしょうか。
幅7.2m、51段の大階段は、フェスティバルホールの象徴      
高さ18m、3層吹き抜け構造のメーンホワイエ
―― 確かに場所も同じですし、新旧のホール共に、特別なハレの日感を味わえるホールです。
こんな話を聞いたことがあります。ホールの建て替えに関しては、設計する側も真剣勝負。彼らから新しいホールはシューボックス型にした方が音は数段良くなるといったプレゼンが行われたそうですが、私の先輩たちは「単に音の良いホールを作りたいのでは無いんです。我々が作りたいのはフェスティバルホールです。」というやり取りがあったそうです。
中之島フェスティバルタワーの中にフェスティバルホールはある。   (c)飯島隆
―― 素敵なハナシですね。その努力の甲斐があって、僅か4年半の空白を経て、誰もが認めるゴージャスなフェスティバルホールが再生しました。建て替えに際して「フェスティバルホールを壊すのはカーネギーホールやオペラ座を壊すのと同じで、愚行だ」と、ご自身のラジオ番組でも激しく仰っていた山下達郎さんも、今ではコンサートのMCで、「日本一のホール!」「一番好きなホール!」を連呼されていますね。
はい、ありがたいことです。今となってはアーチストの皆さんも、前のホールと比較して言われる方も少なくなりました。当たり前のように良いホールだと仰っていただきます。海外では100年を超えるコンサートホールも普通に在る中で、50年で更地に戻して新たに建て替えなんて贅沢な事ですが、耐震性能の問題で建て替えは不可避でした。
―― では最後に、「SPICE」をご覧の皆さまにメッセージをお願いします。
フェスティバルホールでは万全のコロナ感染予防対策を準備して、皆さまのお越しをお待ちしております。フェスティバルホールからは一人の感染者も出さない!との思いで臨んでいます。今はクラシック系のコンサートが多いですが、国のガイドラインが変わるとまた状況も変わると思います。どうぞ一度フェスティバルホールにお越しください。
万全のコロナ感染予防対策で皆さまのお越しをお待ちしています!   (c)H.isojima
―― 磯部支配人、ありがとうございました。
コロナにより不要不急の外出を制限され、リモートによる表現方法でパフォーマンスを発表するなど、随分と変化が見られた音楽業界。
「我々がやって来た事は不要不急で、必要のない事だったのか!」と嘆き悲しむアーチストに、笑顔が戻って来たのはほんの少し前の事。「やっぱりナマの音楽がイイネ!」なんてコメントを待つまでもなく、敢えてもう一つ付け加えるならば、「やっぱりコンサートホールで聴く音楽は、最高!」という事になろうか。
もう少し自由に音楽を聴くためには、国のガイドラインなどが変わる必要があるが、既に多くの音楽を最高のホールで聴く事が出来るので、情報を確認してみて欲しい。
コンサートホールに出向く楽しみは音楽を聴くだけでなく、非日常へと気持ちを切り替えてくれる事にもある。フェスティバルホールにはワクワク感を増幅してくれる魅力がいっぱいあるので、一度足を運んでみて欲しい。
取材・文=磯島浩彰

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