【明田川進の「音物語」】第40回 ア
ドリブ四方山話と「……」をどう演じ
るか

 岩田光央さんとの対談で、「AKIRA」では彼のアドリブのセリフが実際の絵に反映されたという話がでました(https://anime.eiga.com/news/column/aketagawa_oto/110237/ )。完成した絵がないプレスコだったから自由にできた側面があって、そこから生まれた演技が「これ面白いね」となり、作画もそれを想定して描かれることでキャラクターが変化していくのは面白いですよね。
 通常の収録はアフレコで、すでに絵ができているわけですから、ある意味、制約された空間のなかで演じることになります。そのなかでも様々な工夫ができて、特にベテランの人たちは「よし、やってやるぞ」と思いながら臨んでいることが多いです。そういう人たちはテストではやらずに本番でいきなり全然違うことをやって、脇で聞いている人が笑いだしてしまいNGになることもあります(笑)。それぐらいのことをやってくるんですよね。
 やっぱり舞台をやっている人はアドリブが上手くて、相手のセリフに自然に応じているかのように返すことができます。役者さんは“おどかす”というか、見ている人を「おおっ」と驚かせたい気持ちをどこかでもっていると思います。アドリブはその発露のひとつで、一種の反射神経というか、自分なりの芝居の経験と引き出しをたくさんもっている人のほうが、とっさにいろいろと演じられる面があるのでしょう。そして何より、見ているとそのことを自分で楽しんでいるのがよく分かります。そうなると、もうなんでも出てきちゃうって場面をこれまで何度も見てきました。
 僕は役者から自然とでてくるものを尊重したいと思っていますが、だからといってアドリブは「やってください」と頼むものではないですよね。洋画の吹き替えやテレビのナレーションで知られる広川太一郎さんとご一緒したとき初めて分かったことですが、彼のアドリブは綿密に準備したものなんです。事前に映像を何回も見て、ここはああ言おうということを台本にびっしり書き込まれていました。みんな彼のアドリブが面白いからと、その場で頼もうとするけれど、「アドリブって、その場でポンとでるものではないよ」という言い方をされていて、あの面白さをだすために、あれだけの準備をしていたのだなと印象に残っています。
 もちろん、ただアドリブをやればいいというものでもありません。あくまで、与えられたキャラクターを自分のものにしていく過程で、その性格や個性をつけていくさいに副産物として生まれるものでしょうから。そういう意味では、台本に書かれていない語尾をどうつくるかもアドリブのひとつと言えるでしょう。例えば、無口なキャラクターのセリフとして台本に「……」と書かれているときにどう表現するかは、とても大事なことです。「……」は相手のセリフを受けて、どうニュアンスをだすかというポイントで、台本に「…」か「……」と書かれているかで演じ方も変わってくるでしょうし、ここをどう演じるかで「おっ」と思わせる工夫の仕方がいっぱいあると思います。

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