柚希礼音にインタビュー ~ ミュージ
カル『ビリー・エリオット~リトル・
ダンサー~』再演に挑む意気込み

1980年代のサッチャー政権下、不況にあえぐイギリスの炭鉱町を舞台に、バレエに生きる道を見出す少年を主人公に描くミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』。エルトン・ジョンの音楽を得て、映画版からミュージカル版へと展開されたこの作品が3年ぶりに日本で再演される。ビリー少年を導くバレエ教師ウィルキンソン先生を初演に引き続き演じるのが柚希礼音だ。2020年9月に幕を開ける公演に向けた意気込みを聞いた。

■「立ち止まる期間は案外有意義だなと思って過ごしていました」
――残念ながら7・8月公演は中止となってしまいましたが、9月開幕に向けて準備が進んでいます。
ビリーを演じる子たちは、すごい思いをしてオーディションに受かり、すごい思いをしながらレッスンを続けています。年齢的なこともあり、公演の時期がズレてしまったら、また一年後に……というわけにはいきません。なので、一日でも多く公演できたらいいなと思っています。
――3月末には主演ミュージカル『ボディガード』が公演中に中止になりました。
上演できたのは3公演だけでした。でも、感染者が非常に増えているときで、残念ではありましたが、自分でも、中止はもっともだなと。いつか再演ができるとしたら、もっとR&Bのノリで歌えるようになろうとか、もっと地声がパワフルに出せるように、もっと高いところまで出せるようになりたいとか、新たな夢、課題ができて、その状態で自粛期間を過ごすことができたので、自分としてはいい時期でした。足りないものを補う時間だと思い、歌をはじめ、いろいろなことに取り組みました。
――柚希さんの前向きな言葉に非常に元気をいただける思いですが、すぐにそんな風に切り替えることができたのでしょうか。
すぐに切り替えることができましたね。もともと、週に一日だけの休みで、明日こそ一日中家に引きこもっていようと決めても、どうしても外に出てしまうタイプだったんですね。家にいるのが耐えきれなくて、やっぱりヨガくらいは行こうとか、筋トレだけはしておこうとか。昼からお酒でも飲んでポテトチップスでも食べて映画でも観ればいいじゃないかと言われるんですが(笑)。お休みの日には外に出て何かしたくなってしまう人だったのですが、自粛期間は遂に家に引きこもりができた!……みたいな感動があり。公演が中止になって2週間くらいは、家でダラダラしてみました。でも、ダラダラというか、これを機に模様替えを実行したり、料理を三食作るためにキッチン周りを充実させてみたり、ピカピカに磨いたり。前は、野菜とか肉とか、すぐに使い切らねばと思っていたんですけれども、お肉を冷凍して使うということも覚えたし、お米も炊いて冷凍するようになったし、フルーツジュースも作るようになったし。前は料理するなら鍋、みたいな感じだったんですが(笑)。携帯で調べればレシピを見られていろいろなものを作れるということも知ったし。リノリウムシートを買って家でバレエをしてみたりもしました。リモートで歌レッスンもできたし、立ち止まる期間は案外有意義だなと思って過ごしていました。
――5月末には、柚希さんの呼びかけで、元宝塚歌劇団トップスターの19名の方々が集合して、YouTubeチャンネル<#Our song for you ―また会える日まで―>にて、「青い星の上で」の歌唱動画を公開、大きな話題を呼びました。あのアイディアは、そんな日々の中から生まれてきたものだったんですね。
自分が出演していた公演は中止に、宝塚も公演が止まってしまい、いつも応援してくださる、舞台を楽しみにしてくださっている皆様に、そして宝塚歌劇団の皆さんにも何か笑顔を届けられないかと思ったんです。
家にいるけれども張りつめているというすごい状況だったじゃないですか。何か心の糸がちょっとでもほぐれるようなことがしたいけれども、自分一人ではできないなと思い、アイディアをマネージャーさんに言ってみたら、いいじゃないですか!と返ってきて。
まず、仲間……と考えたとき、宝塚歌劇団創設100周年以降を一緒に過ごしたメンバーに声をかけてみようと。そうしたら皆さん何かしたいけれども何をしていいかわからない状態だったということで、提案を喜んでくれたんですね。私たちがただ歌うだけではないものを届けたい、張りつめている心をほっこりさせるようなものにしたいなと。このメンバーがこれを家で撮ったとなったらくすっと笑ってしまうようなものにしたいなど、熱く語り合い(笑)。上級生が意見を出したら下級生は黙ってしまうみたいな空気があるのかなと思いきや、みんなから熱い思いがあふれてきて、とにかく案がどんどん出てくるということにも感動しました。
作る過程が自分にとっての宝物になったと思うくらい、下級生みんなまでどんどん案を出してくれて。題名も、離れているけれども、みんなつながっている、みんな一人じゃないよという思いを伝えたかったんですね。ファンの方々と、現役タカラジェンヌと、その双方にちゃんとかかるような題名にしたいという思いを伝えて、最後は多数決で、明日海りおさんが出してくれた「Our song for you-また会える日まで‐」に決まりました。聴いてくださった方に、地球という青い星の上で前向きに生きていこうという気持ちになっていただけたらとの願いをこめて作りました。
――先日、明日海りおさんを取材させていただいたところ、動画撮影の際、柚希さんの細やかな指導があったとうかがいました。
「タカラヅカスペシャル」なども本当に短い期間でお稽古するのですが、そういった経験から、こう伝えたほうが皆さんわかりやすいのではないか……例えば、カウントではめた方がやりやすいだろうなといったことが浮かんできたので、自撮りしてそれを皆さんに送ったり。
コンビ振りのところは、振付のSHUN(大村俊介)先生が、……離れていても人間はやっぱり触れ合いたい……というメッセージをこめた、手の動きがとても印象的な振りをつけてくれて。それをちゃぴちゃん(愛希れいか)と一緒に、マスクをして距離を保ちながら色々なバージョンを撮影して。それを皆さんに送りました。
また間奏部分は、皆さんの素が見えるような事を入れたかったので、自由なことをやってくださいとお願いしたのですが、そうしたら花組ポーズだったり、雪組の「絆、絆」ポーズだったり、そこはそれぞれのコンビで話し合ってやってくれたのがよかったなと。緊張がほっとほぐれるような映像になってよかったなと思っています。

■「初演の何倍も頑張ってエネルギーを出してやらないと」
――そんな前向きな指導ぶりのお話をうかがっていると、今回の作品で演じられるウィルキンソン先生像が自然と浮かんでくる感じです。
そうですね。海外のクリエイティブスタッフもリモートで稽古やレッスンに参加していて、初演から参加している日本スタッフが事細かく書き留めてくださっていたことを教えてくださって。バレエガールズにも、初演に出ていた子もいるので、その子たちも、もっと機敏にやっていた気がするけど? とレッスンで言ったら、やっぱりそうでしたよねという部分があったり。
再演をすることの恐ろしさを痛感しています。初演のようにやっても再演はダメだとわかっているから。初演の何倍も頑張ってエネルギーを出さないと、慣れてなぞっているものを観に来たわけじゃありませんとお客様は思うから。初演、すごくよかった……と思って観にいらっしゃる、もうそこでお客様の心構えから違うんですよね。ハードルが上がっている。だから、思ったよりよくなかったねということになりかねない。それだけはだめだと思っているので。
コロナ禍の中、色々な想いを抱えながらも観劇に来てくださる方もいるでしょうし、不安を抱えていらっしゃる方もいると思う。だから、私たちは初演の何倍もエネルギーを使って、すごく心に届くものにしなくてはいけない。その上では、「青い星の上で」の映像を作ったときのように、心を一つにすることがとても大切なので。誰一人、初演をなぞっている人がいてはいけない。二度目に取り組む人が、ああ、こういう感じねとやっていたら、腹が立つじゃないですか。自分自身、そういう舞台を観たことがありますし。再演にこんな心意気で挑んでくれたんだ……と感じていただけるような舞台になると、お客様に感動していただけると思うので。私たちも、こんな時期だからこそ、観に来てくださった方への感謝をこめて、甘えずに、新鮮に、本当に生きている人たちの物語を届けたいと思っています。
――ご自身がこれまでさまざまな先生に教えられてきた経験が役に投影されるのかなと想像しているのですが。
子供の頃バレエを習っていて、毎日フェッテを三百回回らないと教室から帰ってはいけなかったのですが、トゥシューズが血まみれになっても、先生は最後までやらせる。痛いなあ~!と思って回ったんですが、身体をものすごく引き上げて回ると痛さが少しマシだということを学んだり。それは本当に心が鍛えられる出来事でしたね。作品の中で、ビリーが、椅子の上でバランスをとるのが怖いと言っても、怖くない、大丈夫、やって、と先生が言うシーンがあるのですが、先生が本当に愛情をもって信頼していないとそういう言葉は出てこないんですよね。絶対この子を成長させるんだという思いがあるから、それだけ熱血になっていくと思うので。それまではバレエガールズたちに超適当に教えていた先生だから(笑)。やっぱり、人間同士だから、適当な人には適当に対応していくんだろうなと思うんです。でも、ビリーの才能を見出してからは、先生がビリーに成長させてもらうストーリーだなと思うくらい。人間としても教師としても成長させてもらうんだと思います。
――今回、星組時代にトップスターと二番手という関係だった安蘭けいさんとダブルキャストですね。
もうびっくりでした。すごいことです。二番手のときの自分に教えてあげたいくらいです、本当に。とうこ(安蘭)さんと同じ役をするなんて……と思います。合間合間はすごく楽しく過ごしています。稽古は別々が多いので、休憩時間には、今日どうだった?という感じで話して。
この役は、曲の中の決められたタイミングでセリフを言う場面が多く、それは観ているだけではわからないので、こんなに決まり事があるの?とびっくりされていて、そうなんですよ、ここはタイミングが決まっていてここは自由で、なんて話したりして。
――今の時代だからこそ、この作品から感じられるものがたくさんありそうですね。
そうですよね。時代が変わりゆくときの大人たちの葛藤のストーリーでもあるので、ぜひ観てほしいなと。私が生まれたころの話だから、そんなに昔ではないんですけれども、炭鉱不況の中で、最後まで踏ん張った人々の姿がせつなくもいい話なので。
――改めて、柚希さんにとって、舞台に立つこととは?
こういう事態になって、公演が中止になったときも、そりゃそうだ、舞台、エンターテインメントは、皆さんの命、健康、まず普通に生活できるということがあった上でのプラスアルファの心の栄養だもんなと腑に落ちましたし、自分も、まず普通の生活をして、健康に気を遣い、自分も感染しない、家族も感染させないことが大切だと思いました。いろいろ対策も見えてきた中では、気をつけながら取り組んでいくことが大切だと思いますし、やはり心の栄養なので。
自粛期間、映画を観たり、YouTubeを観たり、DVDを観たり、みんないろいろ元気をもらって過ごしたと思うのですが、それが目の前で生で行なわれている、生きている人同士が今実際に行なっていることを観たときって、また映像とは違う感動があるなと。自分自身の観劇を振り返ってもそう思いますし、自分が舞台で演じる際も、明日も頑張ろうとお客様に思ってもらえるものにしたいです。私、やっぱり、舞台に立つことがすごく好きなんです。力が抜けて、息が心地よく吸えるくらい役柄に入れたときや、ソロコンサートでお客様とキャッチボールができたとき。そういうときに、舞台に立つ仕事ができたことに本当に感謝するんです。他の仕事はきっとできなかったな……と思うくらい、自分に向いていて、それを今後も精進すべきなんだと思うので。これからの演劇界は、変わってしまう部分もあると思うのですが、真摯に舞台に向き合った人が出すオーラはやはり伝わるものがあると思います。今まで以上に真摯に舞台作りをし、一公演一公演、お客様がどれだけの思いをして観にいらっしゃったかをより深く感じながら舞台を務めたいと思います。
取材・文=藤本真由(舞台評論家)
写真撮影=福岡諒祠

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