湯木慧 答えのないことと格闘しなが
ら生きる今、提示するひとつの考え

何もできない状況の中で、アーティスト湯木慧はもがいていた。しかし表現者として表現しないことは、すなわち死にも値すると心が叫び、彼女は中止になったツアーの代わりにLINE LIVEでライブペインティングを行い、“生”を発散し、延期になっていた6月5日にリリース予定だったEP『スモーク』も、8月19日に発売されることが決まるなど、希望の光を手にすることができた。彼女だけではなく、誰もが答えのないことと格闘しながら生きている今、湯木慧は『スモーク』という作品でひとつの考えを提示している。“最新の”湯木慧の心の内側を聞かせてもらった。
悶々としながらキッチンで3日間寝ていて、週末に様子を見に来た母親に発見されるという状況でした。
――色々考える期間になったと思います。全ての事が止まったこの状況の中でまず何を感じたか、教えて下さい。
最初に思ったのが、やることがないなって思いました。自粛だからやることがないのではなくて、アーティストとして何もやることがないと思いました。ニュースを見ていて、確かに私もツアー『選択の心実』が中止になったり影響はありましたが、そんなの微々たる影響なんだなって。被害を被っていないわけではないけど、生死に関わるような状況や窮地に立たされている人がいる中、当事者でもない私は何もできない、出る幕じゃない、無力だなって思ったのが最初の気持ちでした。
――やることがないけど、色々な事をやるべき時間という捉え方はできましたか?
それはできました。今私が他者に何かするというタイミングではないと思いました。今まで曲を作ってきて、ないところに感情を生み出すとか、感情がないことが死というテーマで創作活動をしてきました。でもこの半年間、みんな感情が溢れすぎていて、エネルギーが渦巻いて、だから悪い意味ではなくて、別にやることがないなって。私がわざわざ人の感情を動かすような作品を作る隙がないなって思いました。
――かといって後ろ向きになるのではなく、“音で届けられないなら絵で届けたい”と、LINE LIVEで『ライブペイントで選択の心実ツアー』を生配信して、前に進もうとしている姿勢を見せてくれました。
何かを守りたいとか、何かを誰かに伝えたいというマインドではなくて、何か行動しなければ、という衝動で動いた部分があって。
――4回やって、6枚の絵を描いて、その6枚の絵が7枚目の絵になっているという面白い仕掛けでした。描きながら話している言葉もすごく響いてきました。
絵が完成する最終形態だけではなくて、途中経過で表現するのがライブペインティングだと思っていて。ライブペインティングをするからには絵を描くその途中経過にストーリーのようなものや意味を持たせた。例えば筆のぼかし方や色の重ね方や順番のような表現があるので、それは伝えることができたと思います。ツアーが中止になったからその代わり、というものではなく、新たな価値を見出さなければいけないと思っていました。
ライブペインティング
――EP『スモーク』に収録されている6曲とリンクした絵を描いて、『スモーク』をより深く理解してもらおうという。
大体の完成図は決まっていたのですが、どの曲をどう描こうかは決めていなくて、線をなぞりながらその場で感じながら描いていきました。
――普通のライブペインティングではなく、視聴者から質問を募りながらで、逆に集中できなかったのでは?
いつもとは違う、ライブペイントの配信だという感覚だったし、制限時間もあったので感情もいつもとは違って、パフォーマンスの絵描きと割り切ってやろうと思いました。
――途中、視聴者のコメントにも閃いて、絵に入れ込んだりして、見ている人もかなり楽しめたと思います。
配信であることの意味も考えなければいけなくて、もちろん完成した時のクオリティもそうですし、途中経過のクオリティも大切で、コメントを見て反映させるという要素もすごく重要でした。
――『スモーク』の中の曲のタイトルと絵が完全にリンクしているのではなく、曲を構成する要素が絵のタイトルになっていて、『スモーク』の世界観がより立体的になって伝わってきました。
曲とリンクしていて表裏一体とはいえ、裏と表は違うし、表と表じゃないので、色も違えば光の当たり方も違うので、全く同じものではないです。
――『スモーク』の6曲を作った時は、湯木さんの気持ち的にはどんな時期だったのでしょうか?
沈んでいた時期ですね(笑)。コンセプトがコンセプトなので、正直、作りながら自分でもわからなくなっていました。今までは自分と他者という関係、存在が曲の中にあって、周りの目があるから自分が悩むことがありました。それは隣の芝生が青く見えるからというようなある意味わかりやすい悩みでした。でもこの作品は自分と自分との戦いみたいな感じで。自分の中にある、“分からない”ということをコンセプトに置いたので、すごくわからない状況になりました。今まではもちろんわかっていた上で作品を作っていたので、こういうのを作ったら、誰に届いてどうなるというビジョンが割と見えているところを形にするという感じで。だからわからないものを形にしようとしていたので、わからないって究極のことをいうと、自分と自分の問題なので、誰にどうとかではなくて、自分が答えを出すか出さないか、みたいな部分だったんですよね。その答えがない状態で始めた制作だったので苦戦したし、本当に今までにない体験でした。
――人に相談しても見つからない答えを求め続けて、そういう状況がずっと続いて、よく耐えられましたね。
一人暮らしの引っ越しをした直後で、それこそずっと一人で、ちょうどレコーディングもない状態で、ただ次の作品を作るという機会に一人になってしまって、私このまま死ぬんだろうなって一瞬思いました。終わったからよかったのですが、わからないってテーマを、答えが出ていない状態で置いてしまって、かつ一人で悩んで、みたいな状態なので。首を吊るわけでもなく、手首を切るわけでもないのに、死ぬって感覚を初めて感じて。悶々としながらキッチンで3日間寝ていたのですが、それも何も食べずに。それで母親が週末に様子を見に来てくれて発見されるという状況でした。
――全然笑えない……。
こうやって死んでいくんだなって。すごい視野が狭くなって、一瞬何も見えなくなって、本当にスモークの中みたいな、初めての経験でした。
――『スモーク』はそこからですか。
怖かったです。その3日間の事、何も覚えてなくて。本当に3分くらいの記憶だったんですけど、その時作っていた曲がEPのラストに入っている「狭間」でした。覚えているのがキッチンから泣きながら部屋に歩いていって、iMacが置いてある机に座って泣きながら“何か作らなきゃ”って言って、いつも使ってる作詞ノートに「狭間」の歌詞を書いていたという記憶だけ鮮明に覚えていて。で、力尽きてまたキッチンに戻って、座っていたんだと思うんですけど、そこでお母さんに発見されて、二人でラーメンを食べに行って。そうすると視野が戻ってきて、おなかが空いてたんだなって初めて気づきました。
――意図しているわけではないけど、今回はまさに身を削って作品を書いている感じですね。
削りたくもないんですけど、身を削って。今までは自分から身を削りたくて削っていた部分があったと思います。でも初めて削りたくもないのに削ってしまったなっていう感覚で。それは多分創作っていうものに、自分が飲み込まれてしまって制御できなくなっていたんだろうなって思います。ずっと悩んでいた、誰かに会わなきゃとか、環境を変えたりとか、どうにかしなければ、みたいな部分が蓄積されていって、創作する側じゃなくて“される側”になっていたのだと思います。だから初めて身を削った感がありました。精神すり減らしたな……。
――でも申し訳ないですけど、そういう作品の方が聴き手には響くし、伝わると思います。
少し時間が経って振り返ってみると、めちゃくちゃいい作品だなって思えるようになると思います。でももういいかな、こういう体験はしなくても(笑)。全然今までの作品とは違うなっていうのが、果たしていいのかどうなのかは腑に落ちてはいなくて。完全に自分と自分の戦いをコンセプトに置いてしまっているので、自分の中の話を究極的にしているんです。今までみたいに誰かに何かを伝えるという感覚ではなく、根本に流れている脈のようなものが、特に「狭間」は自分の話をものすごく掘り下げている曲だと思っているので。果たしてそれで誰かに届けるものとして、いいのだろうか…って。きっといいものだとは思いますが、まだ消化できていないんだろうなっていう気持ちがあって。自分のことを歌ったとしても、消化して昇華させて、誰かに伝えるっていう部分ですごく大きなエネルギーを発すると思うんですけど、その部分がまだ感じられていないというのが実感です。
――最初に出てきた、こういう状況の中でみんなの感情が渦巻いている、そんな時だからこそ、聴き手もこういう作品達と向き合いたくなるのでは?
図らずもいいタイミングだったのかもしれません。最初の話に戻るんですけど、アーティストがどうにかしてあげようって、何かをしてあげるタームじゃないんですよ、社会が。何を言ったって、経験してないだろってなっちゃうから、そんな偉そうなことは言えなくて。だから本人が苦しんで、別に誰かのために作ったわけではなく自分の歌だよっていう歌が響く世の中なのかもしれないです。
――「Answer」(6月5日配信)、「雑踏」 (6月17日配信)、「追憶」(7月1日配信)、「Careless Grace」(7月15日配信)、「スモーク」という5曲のアレンジを、今回も佐藤洋介、Sasanomaly、西川ノブユキといったおなじみのアレンジャー陣やNAOtheLAIZA、出羽良彰との初コラボも実現しています。
曲の中ではなく、外側の話なので、そこは今まで通りできました(笑)。曲がで出来上がった瞬間に“この人にアレンジして欲しい”という自我は健在で。でも「Answer」だけは、イメージが頭の中にあるんですけど、私の知識が乏しくてそれを言葉にしてうまく伝えることができなくて、グルーヴというかビートを大事にしてくれる人がいいんですけどって、ディレクターさんに言って、NAOtheLAIZAさんにやっていただきました。
――「狭間」だけは、自身のピアノ演奏と歌のみの弾き語りで、強いけど弱くて、弱いけど強い世界観、“自分”を映し出していますね。
そうなんです。まさにその通りですね。
――「追憶」は湯木さんが好きな森で書いたそうですが、どんなイメージだったのでしょうか?
『スモーク』の世界に落っこちる前に、「一匹狼」(2019年8月7日発売/メジャー2ndシングル)の次の作品には絶対入れようと決めていました。この曲には色褪せた感じを感じていて、彩度がないというか、鮮やかではないっていう。埃とか灰とか、廃墟にただよう煙とか、砂埃みたいな褪せた感じがある楽曲だったので、収録曲に最初からランクインしていた曲です。『スモーク』にのまれる前に朽ちる、定めとして生きているということが、ひとつの答えとして出ていたのに、気づかないままのめり込んでしまったんだなって。結局出した答えもそういうことで、わからないなんて当たり前で、全部が朽ちていくものだとしたら生きていくだけだよねっていうところに辿り着いたので。
――今わからなくても、先にわかるものを今求めていったのかもしれないですね。もう少し経ったら、自然と答えが出るものを無理やり手繰り寄せている感じだったのかも。
生き急いで、魂だけが先に行ってしまったんでしょうね。それが行きすぎて視野がなくなってしまったんですね。きっと。
――さっきも出ましたが、そういう人の歌が響いてくるんです。
生き急いじゃってるわって思って戻ってきても、また行き急いじゃうんですよね(笑)。
――もうそれは湯木さんの性分だから仕方ないのかも。
悲しいかな(笑)。
――そういう思いで作った『スモーク』の“次”がさらに楽しみになります。
実は私の頭の中ではできていて「選択」という曲が控えています。今回の作品では“わからないって当たり前”というところが腑に落ちたんですよね。わからないものをわかろうとするからわからないんだよって。でも最後に「狭間」を持ってきていて、ちょっと切なくというか、悲しく終わらせてるじゃないですか。まだ完全な答えがここではなくて、現在の私が確信を持って思っていることというのは、「選択」という部分で、それが集まって答えになると思います。だから一個ずつでは答えが出せなくて、『スモーク』でも答えは出せていないし「狭間」でも答えは出ていないし、この6曲が集まった先にあるものが答えです。
――どんどん自分を追求していって、でもわからないという答えを“一旦”出しているから、自分の心の中での問答は、まだまだ続いていきそうですね。
そうなんです、続いていきそうです。終わりは見えませんが、自分にとってすごく財産になる作品だったなと思って。これを作っていなかったら、ずっと“どうしよう”って思いながら偽りのものを作ってしまっていたと思うんですよね。それは、“どうしよう”ってなりながらも作れていたから。でも向き合って出てきたのがこれなので、向き合うべき時に向き合って結果が出てよかったなって思って。多分これからは、なんでも選択できると思います。結果が大事なんだけど、選択するということ、それを選択した自分が大事だから、という部分に「選択」という作品で行き着きました。まだ発表されていませんが、私の中ではそこまで完成しています。だから深い悩みは「選択」を公開するまでは続くと思いますが、「選択」を完成させて世に解き放ったら“煙(スモーク)”ではなくて、“灰”になれると思います。それからが楽しみです。
取材・文=田中久勝
湯木慧

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