TCアルププロジェクト2020『じゃり』
は演出の小川絵梨子が、串田和美率い
るTCアルプと台本からつくり上げる、
アルフレッド・ジャリを題材にした意
欲作

「くそったれ!(MERDRE!)」。そんな叫びを号令に始まる『ユビュ王』は、辛辣で卑猥なせりふのオンパレード。暗殺を繰り返し、ただの親父から王に成り上がったユビュは、私腹を肥やそうとやりたい放題――。1896年、パリでの初演はいきなり芝居が12分中断するなど劇場は蜂の巣を突いたような大騒ぎになったらしい。しかし、その滑稽で支離滅裂な極悪キャラクターは、詩人アンドレ・ブルトンを筆頭としたシュルレアリストたちを刺激し、またムンクやルオー、エルンストといった画家がユビュ親父の肖像を残した。
2015年、TCアルプは当時から引っ張りだこだった小川絵梨子の演出で、何度もワークショップを重ねた後、『ユビュ王』を上演した。この作品を通して小川とTCアルプの俳優陣は、同志的な信頼関係を生んだように思う。それから5年、今度はまつもと市民芸術館芸術監督・串田和美も出演者に加え『じゃり』として結実する。『ユビュ王』を書いた作家アルフレッド・ジャリの数奇な運命を物語にするという。
アルフレッド・ジャリ(Alfred JARRY)を紹介しておこう。ジャリは1837年フランス・ラヴァル生まれ。母親の影響で中学時代から戯曲を書き始め、23歳のときに俳優・演出家のリュニェ=ポーが主宰する劇団「制作座」で『ユビュ王』が初演され、賛否両論の嵐を巻き起こした。ジャリの名声は轟くが、しかし以後は戯曲ではなく、もっぱら小説を書くようになる。1907年、貧困とアルコール中毒のため、34歳で死去。
「自分はユビュ王だ」と自らつくり出した世界に迷い込み、混沌としたなか、その生涯を終えたアルフレッド・ジャリを描いた本作。彼が見ていたものは一体何だったのか。『ユビュ王』とジャリの人生が交差する――。
小川絵梨子
串田和美

■松本では演出家として普段できないことに挑戦させてもらっている(小川)
串田 よそのお芝居の稽古のうわさは時折入ってくるものなんだけど、それは「誰々が降板したよ」とか「こんなユニークな演出らしい」といったもの。ところが今回は「あそこはもう稽古を始めたみたいだ」「始められてよかった」「やっても大丈夫なの」といろんな情報が飛び交っている感じで、こんなふうにみんながよその公演を気にしているのは初めてですね。
小川 そうですね。お芝居の稽古ができること自体がすごくありがたいことですし、公演ができることも、お客さんが来てくださることも、こうして取材に来ていただけることも、こんなにも楽しくて、うれしいことなんだと実感しています。
串田和美
串田 6月4日に稽古が始まって、最初はオンラインも使ったけれど、いつもは「宣伝、宣伝」と頑張るのに、今回は「あまり大々的に言わないようにしよう」とか迷いがありました。絵梨子さんには前に『ユビュ王』を演出していただいて、「またお願いします」とずっと話していたんです。でも僕自身は演出を受けるのは初めて、さっきも「そんな気がしないね」と言い合ってたんだ。
小川 串田さんとは折に触れてお話しする機会があったり、TCアルプさんとのワークショップにも参加してくださったりしてましたもんね。
串田 僕はいろんな演出家が「松本でやりたい」と言ってくれるといいなあと思っているんだけど、絵梨子さんはとても楽しそうにしてくれている。
小川 はい、ぜい沢な時間をいただいています。ここでしかできない、ここだからこそできることをやらせていただいていて。普段は演出家として素早くチョイスをする、しかもより正確に正解を出すことに注力するんです。だからこそ前回の『ユビュ王』のときは、自分のやり方を通さないでやらせていただきました。そのときに自分の足りない部分を発見できたり、悩みながら吸収できるものがあって。役者やスタッフから学ぶこともあるけれど、演出家は一人なので作品のつくり方は体験しにくいですから。だから今回も純粋に楽しい、申し訳ないくらい楽しい(笑)。串田さんはアイデアや可能性の芽を決して潰さない方なので、すごくありがたいんです。しかもコロナ後のスタートを松本で、『じゃり』からやらせていただいていることが楽しいな、楽しいなって。
小川絵梨子

■言葉にならないことを稽古の中で探る、それが僕らにとっての脚本(串田)
串田 ジャリという人は、『ユビュ王』を描いたことでヨーロッパでものすごく有名になった。だけど文学賞、戯曲賞を取ったという人ではない。貧乏で、酔っ払いで、34歳で死んでしまったジャリの作品は、時々思い出されたように上演されている。アルフレッド・ジャリ劇場なんかがつくられたり。
小川 シュルレアリスム運動のアントナン・アルトー、ロジェ・ヴィトラック……。
串田 うん。そんな彼の謎を芝居にしてみようと。その前に、最初に『ユビュ王』をやろうと思ったのはなぜなの?
小川 NYのアクターズ・スタジオに留学していたんですけど、演劇史の授業でジャリが出てきて、そのときからずっと気になっていたんです。
串田 『ユビュ王』も大変ではあるけれど、とりあえず脚本がある。でも今回は脚本もない。いろんな小説や変わったうわさもいろいろあるんですけど、ただ伝記物をつくっても面白くないよね。
小川 そもそも偉人じゃありませんしね(笑)。『ユビュ王』をやったときにジャリについてたくさん調べたことを覚えていて、だんだん気持ちが「この人はなに?」という方に移っていったんです。ジャリを描いた戯曲はないし、じゃあ脚本をつくるところからやってみたいんですとご相談させていただいて。実は私は翻訳はしますけど、ゼロから脚本を書いたことはないんです。どうやったらいいかわかりませんということで、1月にもワークショップをやらせていただきました。
串田 僕らはまず何をしたいのかを一生懸命考えたいというか、読んだり聞いたりする形じゃない手法で探りたいんだよね。社会に反旗を翻して、これこれこうでした、すごいねというだけの芝居では仕方がない。どこに引っかかっているのか自分でも言葉にならないことを稽古の中で探る、それが僕らの言う脚本ですね。
小川 私の通常のお仕事では、お稽古の時点で脚本がないというのはありえないんです。だから本当に初めてのやり方。稽古場ではいろいろ忘れて楽しませていただいています。
小川絵梨子
■コロナの前後で、ジャリの物語に対するアプローチが変わった(小川)
小川 なぜ今ジャリか。言葉にすると難しいんですけど、正論とか正義とか、私はそういうものにすごく息苦しさを感じたんです。それはコロナがあったからなんですけど、じゃあその空気はなぜ生まれたのか考えたときに、人びとの許容範囲がすごく狭くなっているからではないかと。それを広げるにはどうすればいいのかと言えば、ジャリのような存在や考え方が必要なのかもしれないと思ったんです。コロナの前後ではこの題材に対する考え方も変わりましたね。『ユビュ王』は「くそったれ!」という汚い言葉から始まりますが、「くそったれ!」にまつわる感覚も変わりました。前は怒りだったのが、今はそんなに攻撃的な言葉じゃないのかもしれないって。
串田 今ね、絵梨子さんが「正論が怖い」と言ったのは、人間は言語を一生懸命研ぎ澄まして、ものごとを「ロジカルに理解したという気持ちになりたい」という思いがすごく膨らんだからだと僕は思う。一方で、人間はわからないという感じを研ぎ澄ませたい、楽しみたいという感覚も同じくらい持っている。例えばそれが芸術と呼ばれるものかもしれない。けれどコロナというわからないものが襲ってきたとき、僕は人間はその受け止め方を忘れてしまっているんじゃないかという感覚があった。「これはこうです」といくら学者が説明しても何も完結しないわけで。かつては拮抗していた二つの感覚なのに、科学やロジカルなことがものすごい駆け足で膨らんできたことで、芸術の側ももっともっと研ぎ澄ませないとその膨張を引き受けられないんじゃないか。そう思ってたとき、絵梨子さんがこのテーマを提案してくれた。ジャリを想像することはわからないことを抱えようとすることでもあって。絵梨子さんがおっしゃったことは僕にとってはそんな感じなんだなあ。でも同時につくるときにはお互いの思いを共有しないといけないんだ。
串田和美
小川 そうですね。稽古では私がプロットを準備し、ポイントをカードに書いて貼り出してあるんですけど、「今日はこんなグループになってこのカードをやってみましょう」というふうに串田さんやTCアルプの皆さんが身体を使って膨らませてくださっているんです。その作業に入る前に、たっぷりディスカッションしたり遊んだりしたことで、お互いの感覚みたいなものをしっかり共有できている。皆さんがつくってくださったシーンを見ながら私は脚本を練り直しています。
串田 すごく冴えているよね、みんな。すぐに完成図をつくるんではなくて、遠回りしたり直球で描いたりいろいろだけど、面白いんですよ。
小川 かっこいいですよね。ジャリは病死していますが、舞台では不思議な殺人事件が起こり、ジャリのような人が生きずらい世界、誰がジャリを殺したんだという話としてつくっています。『ユビュ王』の登場人物が出てきたり、その世界と交錯しながら。脚本は私が一人で書いているというよりはみんなが書かせてくれています。脚本は私とクレジットされているんですけど、いいんでしょうか?
串田 いいよ、いいよ。だってその前にTCアルプでやった『jam』は、僕が脚本を書いたことになっているけれど、『jam』って書いただけで、あとはみんなで埋めたんだもん。
小川 TCアルプの皆さんの土俵で、串田さんやこの劇場の持っている力を借りて、決してこ難しくない、面白い作品を目指します!
取材・文:いまいこういち

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