アニメ『日本沈没2020』で描かれてい
る「そこにある希望」湯浅政明との信
頼関係で生まれる劇伴とは――音楽監
督・牛尾憲輔インタビュー

湯浅政明監督が『DEVILMAN crybaby』以来2度目となるNetflixオリジナルアニメシリーズとして、小松左京氏のベストセラー『日本沈没』の初のアニメ化に挑んだ『日本沈没2020』が、7月9日(木)より全世界独占配信される。同作は単なるディザスターアニメではない。一家族に焦点を当てて、沈みゆく日本列島のなかでサバイブする家族の運命を周囲で関わる人たちも含め時に容赦なく描き出す。
(c)“JAPAN SINKS : 2020”Project Partners
その作品の劇伴を担当したのは牛尾憲輔。これまで『ピンポン THE ANIMATION』、『DEVILMAN crybaby』で湯浅監督と組んでいるが、音楽そのものと使い方が実に印象的だ。今回はその牛尾氏に『日本沈没2020』の劇伴について話を伺った。

「一緒にまた新しいものを作っていきましょう」
『日本沈没2020 ORIGINAL SOUNDTRACK』ジャケット (c)“JAPAN SINKS : 2020”Project Partners
――今回の『日本沈没2020』のオファーを受けたときの感想はいかがでしたか?
湯浅(政明)さんと一緒に仕事をするのは『ピンポン THE ANIMATION』、『DEVILMAN crybaby』に続いて3回目ですが、声をかけていただいてご一緒できるのはすごく嬉しかったです。もう一つは、「またデカい原作が来たな……」ということですね。『ピンポン THE ANIMATION』、『DEVILMAN crybaby』と来て、もうデカい原作はないだろうと思ったらあったという(笑)。
――牛尾さんは『日本沈没』の原作についてどのようなイメージをお持ちでしたか?
実は原作も読んでいなくて、映画化された作品も観ていませんでした。湯浅さんには最初に「僕、観ていないんですけど、観ておいたほうがいいですか?」とお聞きしましたが、「むしろ今からは観ないでほしいです」とおっしゃっていました。「一緒にまた新しいものを作っていきましょう」と言われたことを覚えていますね。
――たしかに『日本沈没2020』は、過去の作品とはまったく違う新しい『日本沈没』になっていたと思います。湯浅監督とはどのようなミーティングをされたのでしょうか?
これは毎回そうなんですが、最初に湯浅さんとどのような作品なのか、作品のコンセプトと内容を話すんです。『日本沈没2020』では「日本が沈没していく中で大災害が起こり続ける様子を巨視的な視線で見るというより、一つの家族の話にしたいんだ」とか、そういうお話がありました。そのときは1話の脚本の草稿とキャラクターの原案とイメージボードがあったので、そこから僕の方でまずイメージアルバムを作ってみました。
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――イメージアルバムですか?
はい。具体的な音楽のオーダーがいきなりあるわけではなく、湯浅さんからコンセプトを受け取ってから、僕が音楽で投げ返すという形ですね。最初は1~2分の劇伴的な音楽を3曲ぐらい作ろうと思っていたのですが、結局1曲しかできませんでした。ただ、それが7分ぐらいあって、1曲でかなり描けたんです。「こういうイメージです」と湯浅さんにお聴かせしたら、「これでいきましょう」と。湯浅さんから提示していただいたコンセプトを膨らませて音楽のコンセプトを作ったわけです。そこからどんどん勝手に曲を作っていく一方で、具体的なオーダーをもらったらそれに合わせて曲を作っていった感じですね。
――これまでに牛尾さんは映像制作の現場で作曲されたこともあるとお聞きしましたが、今回はいかがでしたか?
作曲は自分の環境で行いましたが、作曲のタームが終わってから現場に入りました。通常、劇伴の作曲家は30~40曲作って納品したら、あとは音響監督さんと監督さんがどの場面にどの曲をあてるかを決めるのですが、今回は僕と湯浅さんの2人で毎週スタジオに入って、どの場面にどの曲をあてるか決めていきました。何分何秒から何分何秒まで曲を入れて、どのように曲で盛り上げていくか、などですね。その時点ですでに30曲ほど作ってあったので、曲を場面に合わせて全部作り変えていきました。「フィルムアレンジメント」とでも言えるかもしれませんね。
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――『聲の形』のときも山田尚子監督とセッションのような形で音楽を作っていったとお聞きしましたが、湯浅監督とも似たようなやりとりがあったわけですね。
そうですね。
――今回はトータルで何曲ぐらい作ったのでしょう?
サントラに入るのは41曲ですが、場面にあわせてアレンジを何度も変えていたりするので、バージョンは無数にあります。同じ曲だけど、盛り上がる場所が1分後ろになっているとか、ドラムの音を1音減らしているとか……。トータルは数えてないですね。数え切れないです。
大きな風景からこぼれていく思い出のような音楽
――第1話をはじめとして大災害のシーンに流れる非常に静謐な曲が印象に残りました。これはどのようにイメージを固めていったのでしょうか?
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ちょっと長い話になってしまうのですが、最初に湯浅さんが話してくれたのが、今回は「家族の絆の話である」であるとともに、「壊れてしまったものをもう一度再生する、何度も使う話である」ということでした。それは作品に登場する「金継ぎ」や「割れたレコード」などにも表れていると思います。そこから発想して、僕は最初に作った曲を何度も同じフレーズを繰り返して使うループミュージックにしました。僕のルーツであるダンスミュージックがそうなんです。とはいえ、巨大なダンスフロアでレイブをするようなビッグルームEDMではなく、小さいフロアでかかるようなハウスミュージックで、かつ温かみや優しさがある音楽にしたいな、と。あと、ハウスミュージックにしたのは、「家」と「ハウス」をかけています(笑)。
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ハウスにすることを決めた後、温かみをどうやって出そうと考えて、フィールドレコーディングをしに行きました。街の中の雑踏の音や自分の足音、駆け出す子どもの声とかベンチの木のきしむ音などを録って、ハウスの中にパーカッションのように散りばめていったんです。容易に風景を想起させる音なので、壊れてしまった日本の日常の風景が曲にノスタルジックに乗っている感じになりました。それが最初に作った7分のテーマです。湯浅さんからOKをいただきまして、これが最終回で流れました。
――風景がどんどん重なっていくシーンですね。
はい、7分もあるから使えないだろうと思ったら、湯浅さんが13分のシーンに使うというので作り直しました(笑)。これは「Rising Suns」という曲名です。
先ほどの質問に戻るのですが、静謐な音楽は、大きな風景からこぼれていく思い出みたいなものを表す音楽を作ろうと思ってできたものです。コンセプトから導きだされた「Rising Suns」という曲にはフィールドレコーディングで得られた日常の風景が曲の中に残っていて、ノスタルジックで静かで温かみがあって、もう手の届かない思い出が残されている。それを傾けてこぼした後に少しだけ残ったもの。それが静謐な音楽になったわけですね。湯浅さんとの最初のミーティングから全部つながっているんです。
――フィールドレコーディングのお話がありましたが、劇中の重要なシーンで日本の環境音楽のパイオニアと言われる吉村弘さんの「Creek」という曲が使われていました。これは牛尾さんのアイデアでしょうか?
そうですね。最初に湯浅さんから「昔の曲を日本の風景を補強する曲として使いたい」と言われていまして、その選曲を任せていただきました。吉村弘さんは80年代、90年代からお亡くなりになる2003年まで、駅や商業施設のための音楽などの公共性をともなった音楽を作られていました。吉村さんの曲は実際に日本の風景の中で鳴っていたものなんです。流行歌という文化がある一方で、建築のような音楽と言ってもいいかもしれません。壊れてしまった日本をもう一度作り直すには、吉村さんの音楽が必要でした。今回、選曲するにあたって吉村さんという選択肢は「それしかなかった」という感じです。
(c)“JAPAN SINKS : 2020”Project Partners
――牛尾さんご自身は吉村さんの音楽から影響を受けている部分はあるのでしょうか?
この作品でアイデアを出す前に、吉村さんの曲が入っている環境音楽のコンピがシアトルのレーベルから出ていて、そこで聴きました。特殊な形で発展したアンビエントミュージックで、音像がとても豊かですし、子どもの頃から大好きだったという対象ではありませんが、とても影響を受けています。
――今回はとても印象的な使われ方で、牛尾さんの劇伴とも溶け合っていました。
レコードジャケットも使ってもらえたのは嬉しかったです。あのレコード、オリジナルだと10万円ぐらいしますからね(笑)。
『日本沈没2020』が描いているのは、「そこに希望ってあるよね」ということ
――9話で主人公たちがラップをするシーンは『DEVILMAN crybaby』とも通じると思いました。あのシーンのトラックは?
あ、あのトラックは僕ではなく、KEN THE(390)さんなんですよ。「やりますか?」という話もありましたが、やっぱり本物じゃなければいかんだろうと思いまして。ラップが入ると僕はディレクションができないので。KEN THEさんにやっていただいたトラックは非常に場面に合った曲で、さすがだなぁ、と思いました。
――災害の場面で静謐な音楽が使われている一方、登場人物の感情が内から湧き出る場面では高揚感のある音楽が使われていました。それは牛尾さんと湯浅監督が話しながら決めていったのでしょうか?
(c)“JAPAN SINKS : 2020”Project Partners
そうですね。たとえば、(古賀)春生が自分の感情を解放して叫ぶシーンや、マリが自分の死を覚悟して海に飛び込むシーンは、音楽を厳密に盛り上がりに合わせてアレンジすることができたのですごく良かったです。こういう作り方ができたのは3作一緒に作ってきた湯浅さんとの信頼関係あっての結果だと思うので、すごくハッピーなことでしたね。
――春生が渾身の走りを見せるところもすごく良かったですね。
良かったです! 昨日見返していました(笑)。カッコいいシーンです。
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――牛尾さんはよくご自身を「神田のSF専門の古本屋」に例えられることがありますが、『日本沈没』という巨大なストーリーに音楽をつけることの面白さはどのようにお考えでしたでしょうか?
「神田のSF専門の古本屋」には横の広がりはなくて、ジャズもパンクもできないし、オーケストレーションが得意なわけではないけれど、ある一定の「深さ」はあるので、どんなストーリーであってもその中で描けることはあるんじゃないかと最近思うようになってきました。また、今回は今まで出したことのない「蔵書」を出すこともできました。コンセプトから導き出されてハウスを作りましたが、僕はこれまでティピカルなハウスは作ったことがなかったので、「この棚、開けたことがなかったな」という面白さがありましたね。
――「日本が沈没する」という大きなストーリーではなく、湯浅監督から提示されたコンセプトとストーリーが牛尾さんの「蔵書」を引き出したのですね。最後に、『日本沈没2020』を制作されていたときは、日本と世界がこんな試練に直面しているとは想像されていなかったと思います。今、視聴者のみなさんに『日本沈没2020』をどのような気持ちでご覧になっていただきたいですか?
今、大変な世の中ですよね。「キツいときにキツそうな作品を観るなんてイヤだな」と思われる方もいるかもしれません。でも、『日本沈没2020』が描いているのは、「そこに希望ってあるよね」ということだと思います。希望といっても「いつかコロナのワクチンが開発されるよね」とか「いつか人権問題って解決されるよね」という巨大な話ではなくて。この作品を観終わった後は、「ちょっとまわりの人に優しくしておこう」という気持ちになるんじゃないでしょうか。「この後行くコンビニの店員さんにありがとうって言おう」とか、そういう感じですよね。そこに希望があるような気がします。だから、あまり肩肘張らずに、コンビニに行く前に観てもらえたらいいな、と思います(笑)。
取材・文:大山くまお

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