反田恭平インタビュー ピアノを学ぶ
全ての子どもたちへ~ブルグミュラー
「25の練習曲」音源配信に込めた想い

コロナ禍のなか、ピアニスト反田恭平は、ネットを通して積極的に音楽を発信し続けている。2020年4月1日(水)にはオンデマンド・コンサート『Hand in Hand』を開催。国内ではまだ少なかった有料ライブ配信を行い、大きな話題を呼んだ。そんな彼が5月25日(月)、自らのnoteにブルグミュラーの作曲した「25の練習曲」全曲をアップした。演奏から録音、編集まで、すべてひとりで担ったという。
――今回音源の公開をされたきっかけ、そして、ブルグミュラーの作曲した「25の練習曲」を選んだ理由を教えてください。
僕はいま、自分の演奏を録音して、留学先の先生に送り、コメントを書いてもらう形でレッスンを受けています。先生に送るにあたり、携帯では音質的にどうしても限界があるので、マイクを買いました。細かいニュアンスもしっかりと届けたいとの思いと同時に、オンデマンドでのコンサートやレコーディングをやっているうちに、音を届けるマイクにも興味が湧いてきていたんです。それを機に、自宅から自分で配信もやってみようと思いました。
それから、NOVA Recordの記者会見の時、ハノンのDVDを作ると宣言していたのですが、このような状況となってしまいました。予定もいろいろと崩れてしまい、なにか替わるものができないかという思いもありました。

反田恭平

選曲に関しては、悩みました。まず1つ目の条件は、自宅にいても楽しめること。2つ目の条件は、自宅で勉強できることです。僕はまだ学生だからこそ、より思うところがあって、 「誰のために」行動するかを考えた時、十分に勉強できなくなった子どもたちのことが真っ先に思い浮かんだのです。
子どもに向けて発信するとなると、彼らの親御さんも一緒に勉強できるもの、さらに教わっている先生と一緒に聴いていただければと思いました。考えた結果、自分もかつて弾いたことがあり、ピアノを学ぶ子どもたちが誰でも弾く曲といえば、ハノンやバイエル、ツェルニー、そしてシンフォニアなど。そのなかで、特にブルグミュラーやツェルニーは、練習曲をたくさん世に残したことでも有名です。ピアノを習っている人は、ブルグミュラーやツェルニーの練習曲を経て、ショパンやモシュコフスキーの練習曲へと進んでいきます。
ショパンの練習曲に向かっていくために、そこから逆算して、そのツー・ステップ、スリー・ステップぐらい前の作品がちょうどいいと思ったのです。ツェルニーもいいですが、ブルグミュラーの「25の練習曲」作品100のように、しっかりとしたタイトルやテーマがあり、より叙情的な作品をとりあげたら、より多くの人に聴いてもらえるのではないかと考えたのです。
―――ツェルニーに比べ、ブルグミュラーの作品にはストーリーがあるように感じます。
そうですね。雰囲気は少しショパンのプレリュード(前奏曲)に似ていて、それぞれの曲に絵画的な要素もあり、25曲がひとつの作品のような趣もあります。そういうことも加味すれば勉強しやすいと思います。
僕は基本的に、ひとつの作品を勉強していてわからなくなったり、壁にぶち当たったりした時、音楽に物語をつけてみます。バッハの「平均律クラヴィーア曲集」を弾いていた時も、物語をつけてみました。「森の中にペンギンがいる」というように。現在師事している先生からも毎回のように、「イメージがなければ音楽にならない」と言われています。イメージは、ショパン作品の演奏には特に重要ですし、ショパンだけではなく、いろんな作品においても大事なのだと改めて感じています。だからこそ、ピアニストとして活動し、年齢も子どもたちに近い僕が、新しいブルグミュラーの提案をできたらいいなと考えていました。「こんな弾き方のブルグミュラーもあるんだよ」という思いを伝えたかったのです。
Kyohei Sorita - J.Burgmüller / Etude Op.100 No.24 " L'hirondelle " ( ブルグミュラー / 25の練習曲 作品100より 第24番 )
―――反田さんのnoteに掲載されたそれぞれの曲の解説を読みました。専門的な内容にも踏み込んでいますね。
ピアノに詳しくない親御さんもたくさんいると思いますが、そういったことを親御さんから先生に質問することも想定して、少し難しいことも書いています。また、子どもの知らない単語、専門的な言葉も使いましたので、それをまず子どもがお母さんやお父さんに聞いてみる。そして、みんなでディスカッションしてレッスンする。レッスンの意味って、そういうことだと思うのです。
先生から一方的に解釈を受けるだけではなく、生徒もしっかりと意見を発することが大切だと思っています。日本で行なわれている教育では、特にそういったことは少ないのはないかと。例えば、「あの先生はこう言っていたのに、こっちの先生はこう言っている。でも自分はこう思っているのに」と、どの解釈を尊重すればいいのか…特に思春期には、迷ってわからなくなってしまうこともあると思うのです。
僕にももちろん、そういうことはありました。けれど、ある時、先生から「人間の数だけ音楽があると思えばいいんだよ」と言われ、気持ちが軽くなりました。ピアノを学ぶ子どもたちには、あの先生がこう言ったからではなく、自分が思っている音楽、ブルグミュラーを大切にしてほしいですね。
―――このレコーディングで、反田さんは編集まですべて一人で作業したそうですね。
さまざまなレコーディングの現場を経験し、エンジニアさんのマイクなどを置く場所を何度も見てきました。マイクも、実際のレコーディングで使うものを用いました。
ホールで弾いているように録るべきだと思ってはいるのですが、実際には自宅で録っているわけで、響きに大きな違いがあるのです。僕は、自分が弾きながら聴こえてくる音を、できる限り再現したかったのです。それは、子どもたちに「こういう風に弾いたら、こういう風に聞こえるんだよ」という遠回しのメッセージでもあり、あのようなリバーブをつけています。
こうした機材費などがかかっていたこともあって、音源ページ価格の設定は難しかったです。いくらまでなら買っていただけるのだろう?と、いろいろ考えた結果、ブルグミュラーの生まれ年(=1806円)に決めました。
――配信を有料化にすることについて、音楽関係者の多くは、あまり積極的ではないように見えます。
シビアな事を言うなら、クラシック音楽の演奏家は、ビジネスにおいてはある種、他力本願で誰かがやってくれればいいという考えも少なくないと思います。音楽を勉強する学生のなかには、お金に関して考えるのはもってのほかと考える人もいます。それは、僕もわかります。わかるのですが、しっかりと自分をセルフプロデュースするという意識を持つことが、日本のクラシック音楽界を変えることなのではないかと思います。
このような状況となり、例えばパソコンを持っていなかった人が購入したり、リモートワークも増えるなど、必然的に文化が発展しているのは感じています。これからは、新しいクラシックコンサートの提案なども、次々と出てくると思います。
――noteに掲載されたポイントのひとつに、「ペダル」があります。
ペダルの使い方はとても奥深いのです。例えば、ブルグミュラーの最初の曲で、「自分はこうやって弾くんだ」と想像してみてください。その時、頭のなかでペダルを使った演奏が再生されているはずです。しかし、どこでペダルを踏み変えたらいいかを意外に考えていない人もいます。
最初に弾く時にはペダルをつけずに弾いてみる、と先生から教わった方も多いと思います。僕はいまでも、譜読みする時にはそういうことをやっています。ブルグミュラーはドイツ生まれですが、のちにフランスで過ごした作曲家ですので、和声の変化には敏感な作曲家だったはずです。
25曲を2日間弾き続け、気づいたことが数多くありました。その25曲がどのような順番で作られたかは分かりませんが、特に番号が後になるにつれて、フランスっぽさが増してきます。番号の若い方はフランスっぽい和声が感じられます。そして番号が後になるにつれて、作品そのものがフランスっぽくなっていくのです。どのような和声を使い、なぜここでペダルが切れているのかなどもわかるように弾いているので、ぜひ細かく聴いて、楽譜と照らし合わせていただきたいのです。
Kyohei Sorita - J.Burgmüller / Etude Op.100 No.14 "La Styrienne" ( ブルグミュラー / 25の練習曲 作品100より 第14番 )
――反田さんが弾いていたあの25曲のなかで、第14番!私のお気に入りです。
僕も一番好きです。今、ポーランドに住み、マズルカもワルツもとても好きになりました。特に3拍子のリズムに惹かれました。「シテリエンヌ」(ト長調 4分の3拍子)に関しても、ちょっとおどけた感じもするし、かわいらしいし、田舎っぽさもあるし…そういったものも、自分にぴったりで。だけど、お洒落に弾きたいという思いも強く、「これがブルグミュラーだ」というのを、この1曲で示そうと思って弾きました。独特の間が生み出されたらいいなと思いながら…身体にも楽に弾けました。
――特に、リズムや間の感覚が、私たちが日本で習ったものとまるで違う感じがしました。
留学して、大きな建造物を見たり、歴史を知ったり、先生に踊ってみなさいと言われることもあります。海外でのさまざまな経験を通して、あのような3拍子のリズムも生み出せるのかな…それも子どもたちに伝えたいですね。
――教育にも関心を持っているのですね。
日本の教育システムは、海外のシステムとは違います。ピアノに関してもそうです。海外では、弾き方や考え方、捉え方が日本とはまったく違う。日本の子どもたちが、小さな頃から例えばロシアのピアノ奏法を学ぶことができれば、どんなに素晴らしいことかと思います。けれど、その土地に行かなければわからないこともたくさんあるので、なかなか難しいです。
将来、僕は学び舎を作りたいと考えています。留学や音楽活動を通じて出会った友人、なかでも特に上手い人を日本に呼び寄せて、東京発信あるいは日本発進の学び舎を作りたい。小さい頃からインターナショナルで考えること、つまり、さまざまな文化や言葉を知り、そして音楽を知るのが大切ではないかと思っています。もちろん配信についても、今後も、子どもたちをテーマに続けていくことも考えています。
――ところで、ピアノやヴァイオリンなど、子どもがなかなか練習しないで困っている親御さんもいます。
本人が、どこまでのレベルに行きたいかに気づくことが重要です。例えばヴァイオリンならば、オーケストラ部のある学校もいくつかありますけれど、オーケストラ部のコンサートマスターを目指すレベルがいいとか、学校の先生になりたいという目標もあれば、ソリストになりたいとか…目的によってベクトルはみんなそれぞれ違います。それがわかるのが、中学生になってからくらいではないでしょうか。ちなみに僕も、中学2年生の進路を決める頃でした。まず、そのベクトルがどこに向かっているのかを知ることが大切だと思います。
取材・文=道下京子

アーティスト

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着