ナショナル・シアター・ライブ、字幕
付きスクリーンを映画館で観るか、字
幕なし無料配信をネットで観るか

『スモール・アイランド』『夏の夜の夢』『レ・ブロン』『深く青い海』『アマデウス』……見逃せない傑作揃い

当初2020年4月に日本の映画館で公開予定だったナショナル・シアター・ライブ(NTLive)2020の最新作『スモール・アイランド』が、新型コロナの影響で延期となり、改めて6月12日(金)より日本全国の映画館で公開されている(6月18日まで)。出演はリア・ハーヴェイ、エイズリング・ロフタス、ガーシュイン・ユースタシュ・ジュニアら。
第二次世界大戦中以降に当時英国領だったジャマイカからイギリスへと渡った移民たちを巡る不幸な歴史を描いた壮大な人間ドラマである。200分超の長尺だが、舞台が小気味よく進行していくのでスクリーンにずっと釘付けとなる。コロナ禍によって排他的ナショナリズムが蔓延しつつある一方で、米国発の人種差別反対運動が世界的なうねりとなりつつある2020年の今こそ、『スモール・アイランド』は何をおいても観ておくべき演劇作品だと強調したい。といいつつ、日本での上映は残念ながら6月18日で終わってしまうのだが……。
両親がジャマイカ移民だった作家アンドレア・レヴィの同名小説が原作。ヘレン・エドムンドソンが脚本化し、英国ナショナル・シアター芸術監督ルーファス・ノリスが演出を手掛けたこの作品において、タイトルの「スモール・アイランド」とはジャマイカやイギリスを指しているのだろう。だが、日本という東の果ての「スモール・アイランド」に住まう者にとっても、けっして遠い国の物語ではない。私たちもまた、この作品と同じ問題を21世紀の現在進行形で内包している。
『スモール・アイランド』の中で描かれる、今から70年以上前のイギリス人による、移民への差別的・敵対的言動は、現在の日本でも(その対象となる民族こそ違え)日常茶飯事的に見聞きするものばかりだ。その意味で『スモール・アイランド』は、差別とは何かを改めて考えるために、そして人類の意識が少しでもヒューマニスティックに改善されるために、一握りの数少ない「心ある演劇ファン」だけでなく、あらゆる人々に観られることが理想なのだ。しかし上映は残念ながら6月18日で終わってしまう……。それでも、見損ねた人は、人気作品『リーマン・トリロジー』や『フリーバッグ』のように運が良ければどこかの映画館で行われるかもしれないアンコール上映を、心から祈願してほしい。
『スモール・アイランド』NTL 2019 .Aisling Loftus. Photo by Brinkhoff Moegenburg
ところでイギリス本国のナショナル・シアター・ライブは、ステイホーム・ムーヴメントの一環として、4月から「ナショナル・シアター・アット・ホーム」と称し、これまでの人気作品をYouTubeで次々と期間限定配信している( https://www.youtube.com/user/ntdiscovertheatre/ )。6月17日現在は、精神錯乱状態となって王室を混乱に陥れる英国王ジョージ3世を描いたアラン・ベネット作『英国万歳!』(The Madness of George III)を無料配信中だ(日本時間の6月19日(金)午前3時まで)。こちらの配信シリーズは無料だが、寄付も積極的に受け付けている。
そして、続く日本時間の6月19日(金)午前3時からは、なんと前述の『スモール・アイランド』が、日本の映画館での上映終了と入れ替わるように、1週間限定で無料配信される。いま、この見事なプログラム配置は、全世界的な人種差別反対運動の高まりを意識した粋な計らいなのか、それとも予め定められていたが偶(たま)さか今のタイミングに合致したのかはわからない。わからないが、とにかく今この時期に、無料配信で世界の多数の人々に観られることは、このうえなく意義深い。惜しむらくは、このシリーズの動画に日本語字幕がつかないことだ。英語が苦手な者にはきつい。ただし英語字幕はYouTubeの設定でつけられる。まあ無料なのだから贅沢はいえない。英語がわからない状態で現地で生観劇するより多少は有難いと思えるのではないか。
次いで日本時間の6月26日(金)午前3時からはブリッジ・シアターで上演された『夏の夜の夢』が配信される。こちらはナショナル・シアター元芸術監督ニコラス・ハイトナー演出のシェイクスピア作品である。出演はグェンドリン・クリスティー、オリヴァー・クリスほか。オリヴァー・クリスは、ハイトナーの舞台作品でよく見かけるが、リッキー・ジャーヴェイスのコメディドラマ『ジ・オフィス』でもおなじみの彼である。ちなみに演出のハイトナーはミュージカル『ミス・サイゴン』(初演版)から、ジェイムズ・コーデンの『一人の男と二人の主人』まで手掛ける作品の幅が実に広い。現在は自らが創設したブリッジ・シアターを拠点に傑作を次々と送り出している。なお、今回の配信を仮に見逃してしまっても、実は救済策がある。というのも、7月10日(金)から7月16日(木)まで日本のNTLiveで映画館上映(日本語字幕付き!)が決まっているからである。2018シーズンの『ジュリアス・シーザー』に続き観客参加型の演出で魅せるハイトナーの手腕をぜひ確認されたし。
日本時間の7月3日(金)午前3時からは、『レ・ブロン』(Les Blancs)が配信される。こちらはアフリカ系アメリカ人の女性劇作家として初めてブロードウェイで名声を博すも、35歳の若さで病死したロレイン・ハンズベリー(1930-1965)の最後の戯曲。植民地からの独立を目指すアフリカを描く本作を、南アフリカ出身のヤエル・ファーバーが演出した。2016年に収録された舞台だが、いま、これを世界に配信するということにも、ナショナル・シアター・ライブのポリシーや矜持が強く感じられる。そしてこれを自宅で観ることもまた、BLMへの連携の意思を示す、ひとつのありかたなのではないだろうか。
続いて日本時間の7月10日(金)午前3時からは、20世紀イギリスを代表する劇作家テレンス・ラティガンの『深く青い海』。過去に二度も映画化された人気戯曲をキャリー・クラックネルが演出。日本では2017年にNTLiveで上映された。弁護士の妻を演じる主演女優ヘレン・マックロリーの素晴らしい演技をご堪能いただきたい。
そして、日本時間の7月17日(金)午前3時からは、ピータ・シェーファーの最高傑作『アマデウス』が満を持しての登場だ。日本のNTLiveでは2018年に上映された。この作品、タイトルこそヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの名前からとられているものの、物語の実質的な主人公は、モーツァルトの天才に嫉妬し邪念を抱く宮廷楽長アントニオ・サリエリにほかならない。そのサリエリを演じるルシアン・ムサマティのワル哀しい演技力は鳥肌ものだ。マイケル・ロングハーストによる演出は、全体的に切れ味がシャープで、とくに音楽の使い方ではセンスが際立つ。その音楽演奏を担うサウスバンク・シンフォニアの躍動的かつスタイリッシュなパフォーマンスには、クラシック音楽ファンでなくても心酔してしまうだろう。

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