『分島花音の倫敦philosophy』 第四
章 ロンドンでのレコーディング事情
と「新しいことに取り組む勇気」

シンガーソングライター、チェリスト、作詞家、イラストレーターと多彩な才能を持つアーティスト、分島花音。彼女は今ロンドンに居る。ワーキングホリデーを取得して一年半の海外滞在中の分島が英国から今思うこと、感じること、伝えたいことを綴るコラム『分島花音の倫敦philosophy(哲学)』第四回目となる今回は、ロンドンでの新曲レコーディング風景と、人生における「選択の瞬間」の話。
※新型コロナウイルス感染症対策のため、分島花音は現在日本に一時帰国中です。

ロンドン滞在中にやりたいことは様々ありましたが、その中の一つに“新曲をレコーディングする”という目標がありました。わたしはレコーディングを海外で経験したことがありません。アーティストが海外までレコーディングをしに行く話はよく耳にしますが、自分の曲が実際どんな風に変わるのか、仕上がりが異なってくるのかはイメージできていませんでした。
せっかくロンドンに長期滞在するのだから、その間にその場でしか作れない作品を残したい。そう思って知り合いのミュージシャンに相談したところ、紹介していただいた方がクマ原田さんでした。
クマさんは日本でベーシストとして活躍したのち、海外で様々な著名ミュージシャンとステージを共にし、現在はロンドンにて活動されている方です。自宅にスタジオがあって、音楽プロデューサーとしても活躍されています。経歴は一言では語りきれないほどすごい方なのですが、驕らずフレンドリーで、とても気さくでお茶が好き。そしてそれ以上におしゃべりが大好き。私が相槌を打つだけでもクマさんは1日中絶え間なくいろんな話をしてくれるので、気づいたら一度も音を出さずにレコーディングが終わる、そんな日が数日続きました。
クマ原田さんの自宅スタジオ 撮影:分島花音
私は今回の新曲をCDではなくレコードでプレスしようと考えていました。レコードはCDと違い製作工程の手間が多い分、納期までの日数が何倍も必要になります。日本でのライブに合わせて製作スケジュールを組んでいたので(もうそろそろレコーディング始めないと間に合わないなあ・・・)という緊張感の中、「お茶にしましょう!」と優雅におしゃべりをするクマさんのイギリスタイムに自分のリズムを合わせるのに必死でした。
「なかなか始まらなくて焦ってるでしょ。こんな人に頼まなきゃよかったわ!って思ってる?ふふふ、でも大丈夫ですよ。間に合わせるから。」
クマさんは相変わらず穏やかにそう言って、「日本人はきっちりしすぎてて真面目すぎる。一緒に仕事するとよく怒られる」と笑って過去のエピソードをたくさん聞かせてくれました。確かに、ここはイギリスで、今までのセオリーとは違ったやり方やここでの楽しみ方があるはず。私は今までの経験上、楽曲制作は“こうでなきゃいけない”という固定概念に囚われすぎていたのだと気付きました。
そしていざレコーディングが始まると、骨組みだった音楽の輪郭が少しづつ見えてきたのです。
今まで、自分が作ったデモに対してアレンジをしてくれる方が新たにデモをさらに細かく作り直し、そのデモに従って譜面を起こし、それをプレイヤーが弾く。といったような工程を踏んでいましたが、クマさんの場合は私のデモから少しアレンジを変えた骨組みのようなデモを制作して、そこにフィーリングやイメージで音を足していくという手法で、譜面が存在しません。プレイヤーが音を聴いてコードを把握して毎回違うテイクを弾き、そこから良いテイクをセレクトしていく、といった感じでレコーディングが進んでいくので、最初に聞いたアレンジデモとはガラッと印象の変わったものになっていきます。
日本でこの手法を行なったらきっと、始める前は「どこをどう弾いたらいいかわからない」、終わりには「最初と違う」ってことで大変なことになることでしょう。でも、その場のアイデアで音楽の色が変わってくるのは面白いですし、プレイヤーのインスピレーションが音楽に盛り込まれていく様は、自分の想像していなかった世界まで曲が広がっていく面白さがありました。結果、お茶休憩を幾度となく挟みつつもここでなければ作れなかった音楽が完成しました。
日本では通常2日で録り切る2曲のレコーディングを贅沢に1ヶ月かけて録り終えたのです。
イギリスで書いた楽曲なので、より洋楽っぽい雰囲気になるように作っていきましたが、今までの楽曲との違いを楽しんでもらうにも十分なシングルになったのではないでしょうか。
レコーディングの合間に食べた夜ご飯も素敵でした 撮影:分島花音
新しいことに取り組むのは勇気がいりますが、自分にとって新鮮なことでも、誰かからしたら当たり前に続けてきたことだったり、その逆もあります。飛び込んでみると新たな発見があったり、表現は常に自由で、正解も不正解もないのだと、ロンドンでレコーディングを経験して改めて実感しました。
普段自分が当たり前と思っていることでも、見方を変えたら他の考えがあって、考え方一つで気持ちが楽になったりします。それは、誰かに言われ続けても自分が経験しないとわからないことだったり、運命的なきっかけがないと理解できないことだったり様々ですが、こうじゃないといけない、こうしなきゃいけないと自分を縛っているうちは、そんな経験やきっかけもきっと気が付かないまま見過ごしてしまいます。
初めてのことは、失敗するかもしれないリスクや恐怖と立ち向かわないといけない場合もあります。「失敗を恐れていつも行動しない自分はダメな人間なんだ」というのも違います。誰しも未知数なことは不安ですし、一歩踏み込まないことで自分自身の平穏や周りの大切な人を守れるなら、それもまた一つの決断です。
ただ、もし何かの選択で迷ってしまった時、何も選択したくない時、変化するのもしないのも嫌になってしまった時、「誰かにこう言われたから」「誰かがダメって言ってるから」と判断を他人に委ねてしまうのはとても勿体無いと思います。それが納得のいく形ならまだしも、腑に落ちないながらも自分以外の誰かに自分の行き先を決められてしまうと、そのうち自分一人で判断しないといけなくなった時、舵が取れなくなってしまいます。自分自身で決断できなくなると、「自分には何もできない」と感じて、チャレンジすることがもっと億劫になってきてしまいます。見守っていてくれる周りの声も、これから出会うかもしれない経験も、聴こえず、見えなくなってしまいます。
私がギリギリのワーホリを決めたのも、好きな音楽を作っているのも、もちろん自分の好奇心からですが、自由な私を見て、何かの決断に悩んでいる人が「分島花音でもできてるんだから自分もやってみるか」と自分の好きなことや何かを始めるきっかけの一つになればいいなと思います。
そんなこんなで無事に完成した楽曲ですが、来月にはリリースを予定しておりますので、ぜひたくさんの人に聞いてもらいたいです。来月のコラムでは曲の内容やライナーノーツなどを掘り下げてお話できたらと思います。ではまた!

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