『英国バレエの世界』著者・山本康介
にインタビュー~次なる目標は「日本
のバレエを世界へ」

NHK「ローザンヌ国際バレエコンクール」の解説者としてもおなじみの山本康介が、初の著書『英国バレエの世界』(世界文化社)を出版した。英国のロイヤル・バレエ・スクールに留学後、バーミンガム・ロイヤル・バレエ団で10年間活躍し、日本に帰国してさらに10年。振付家として、さらに演出家、指導者として各地で多彩に活躍する山本が、自身のプロとしてのキャリアや英国バレエの魅力について綴った一冊だ。
今回は著者・山本にインタビュー。山本の土台を築いた英国バレエや日本のバレエの未来、今後の活動について話を聞いた。(文章中敬称略)
■動きと精神性が合致した時に生まれる「ロイヤルらしさ」とは
――『英国バレエの世界』には山本さんの英国時代のキャリアやバレエに対する思い、英国バレエを代表する振付家、また代表的な作品についてなど様々な角度から語られています。まず本書を出版しようと思ったきっかけはなんだったのでしょう。
理由はたくさんあるんですが、まず僕自身の、英国でバレエを学び、プロのバレエダンサーとして踊ってきた今までのキャリアを形にしておきたかったこと、そして僕がずっと取り組んできた英国のバレエについて、よりその根本の部分を知ってほしいと思ったのがありました。
日本のバレエファンにとって、英国のバレエは熊川哲也さんや吉田都さん、最近では平野亮一くんや高田茜さんなど多くの日本人が活躍し、また僕がバーミンガム・ロイヤル・バレエにいたときの芸術監督であったデイヴィッド・ビントリーが新国立劇場バレエ団の芸術監督を務めていたこともあり、とても親しまれています。でも一方で「ロイヤル・スタイル」「ロイヤル系」といった、僕からすると「え、それは何?」と思ってしまうような、漠然としたイメージが先走っているような感じがしていたんです。
もちろん英国のバレエを見た人たちが個々に「これが好き」「こういうところが気に入った」と感じるのは自由です。ですから、ちょっとおこがましい言い方になるかもしれませんが、英国バレエについての正しい知識・認識を伝えることで、お客様がなぜそれがいいのか、なぜそれが素晴らしいのかということなど、自分自身で見たものの良さを考え、感じるきっかけを伝えられればいいなと思いました。
――本書の「”ロイヤル・スタイル”というものはない!?」の項目の部分ですね。これはとても興味深いものでした。「英国のスタイルというのは目に見えるものではなく、精神的なものと捉えていただきたい」と書かれていましたが、そのところをもう少し詳しくお話いただけますか。
「ロイヤル・メソッド」という言葉を時々聞くのですが、実際のところ英国のバレエにはロシアのワガノワメソッドのような、英国独自で体系化されたものはないんです。
では英国のバレエの特徴な何かというと、大きく分けて「動き」と「芸術面」を考えたとき、「動き」の面のひとつとして、とくに上半身をたくさん使ったり、足さばきも細かく、方向もめまぐるしく変わるといったことがあります。
一方「芸術面」では「演じる」ことをとても大切にしています。これは英国の人たちが昔からずっと大事にしていたことです。この細かな動きと演じるという精神性が合致したときに生まれるのが、「ロイヤル・スタイル」という言葉があるのであれば、そうなのかなと思うのです。
英国で「style(スタイル)」という言葉は動きと精神的なものが合致した時に使います。だから日本でよく言われる「ロイヤル系」「ロイヤル・スタイル」というニュアンスを表現する場合は、「ロイヤルバレエらしさ」と言う方がしっくりくるのではないかと思います。
■振付家が育て、また振付家に育てられた英国バレエ。珠玉の作品群は国の「レガシー」
――英国のバレエを語る上で欠かせないのが振付家で、フレデリック・アシュトン『シンデレラ』やケネス・マクミラン『ロミオとジュリエット』をはじめ、英国から生まれた世界的な作品がたくさんあります。山本さんは本書でもアシュトン、マクミラン、ビントリーなど、振付家の紹介にもページを割かれていますし、山本さん自身も振付家としても活躍されていますね。英国バレエにおける振付家の位置付け、果たしてきた役割などについてお話いただけますか。
振付作品『ホルベアの時代から』の出演ダンサーたちと(日本バレエ協会)
英国のバレエは振付家を育てると同時に、振付家によって育てられてきました。『シンデレラ』、『ロミオとジュリエット』など、すでに古典としての輝きを放っている作品があるように、英国では振付家を育てる一方、振付家がバレエ団に作品を与えることで、バレエ界のレガシーもつくりあげているのです。これは英国バレエの作品が、風化しにくいものであるということも言えると思います。その理由としては、文学作品であったり、その時の社会情勢を反映したものだったりといったこともあるかもしれません。衣装は時折古めかしくなることもあるかもしれませんが、でも大体の作品は時代を乗り越えて人々の共感を得る普遍的なものです。もちろんそう簡単に名作が生まれるわけではないのですが、クリエイティブの精神を保ち続けることで振付家を育て、それがダンサーを育てるという好循環に繋がっていると思います。
――そうして英国のレガシーとなっている作品が、山本さんがPart 3で紹介されている作品なのですね。
はい。そこにさらに英国の作品だけではない、自分の好きな作品を付け加えました(笑)。有名な『白鳥の湖』『くるみ割り人形』を入れたのは、おそらく読者の方々の多くが慣れ親しんだロシア版とは違う、ピーター・ライト版を紹介したかったからです。ちょうど新国立劇場バレエ団が2020/21シーズンからライト版の『白鳥の湖』を上演する予定になっているので、その指針にもなればいいかな、と思いました。ライト版はダンサーの技術だけに頼らない、表現力や演技力を必要とするプロダクションなので、ぜひ新鮮な目で見ていただきたいですね。
■鑑識眼が文化・芸術を育てる。多様なインプットがアウトプット(表現・見る目)を豊かに
――さきほど「ロイヤルバレエらしさ」のところで、英国バレエの本質的なところを知ってほしいというお話がありました。山本さんのローザンヌ国際バレエコンクールのテレビ番組の解説は非常にわかりやすく、バレエを見る際の視界が広がるような印象を抱きながら聞いています。解説の際に心掛けていることなどは。
ローザンヌの解説に限ったことではないのですが、バレエは例えば足が高く上がっているのがすごい、たくさん回っているのがすごい、という出し方・捉えられ方をしてしまうと、芸術は逆に育たなくなってしまいます。でも僕らもピアニストが目に見えない速さで指を動かしているのを見て「すごい!」と思ってしまいがちなように、ある意味それは仕方ないと思いますが、でもそれだけじゃないということをちゃんと伝えていく必要があると考えています。
――華やかなテクニックは確かに目を引きますが、でもそれとは対照的な、繊細な情緒性もまたバレエの魅力ですし、真髄ともいえます。「それだけなじゃい」部分を伝え、理解するのに必要なものはなんでしょう。
これは踊る側にも言えますが、バレエ以外にも文学を読み映画を見るなど、違う要素のものにふれた感動や感覚を引き出しに溜めていくことかな。それがバレエを見たときにふっと出てくる。料理もそうですよね。ひとつの店で食べ続けるより、いろいろな店でいろんなスタイルでのものを味わって感じることで、自分の好きなスタイルや味を見つけていくじゃないですか。バレエもそうだと思うんですよ。インプットを増やすことで、アウトプットも豊かになる。ダンサーも同じです。ダンサーのステップは言葉ですから、そこにちゃんと自分の意思や気持ちが入っていないとただ、バタバタ動いているだけに見えてお客様に伝わらない。踊りからその人の声が伝わってくるかはインプットを豊かにすることが大事で、それによって自分たちの表現もより広がりを持つし、よりお客様の心に響くものになるのではないかと。
あとは鑑識眼というのかな、これも育てていきたいなと思っています。例えば海外の有名な演目をやっているからすごいバレエ団だ、というのではなく、バレエ団の具体的なヴィジョンや活動など、そういったところまでもしっかり見たうえで「いいバレエ団だ」といえるような目ですね。これを育てていくことで、自然と文化・芸術も育っていくのではと。具体的にはまずはそう「鑑識する」という、風潮から作り上げていかなきゃならないかな。
■日本に帰ってきて知った、子どもに教える喜び
――本書は特典として子ども――ジュニア・ダンサーとのレッスン動画が見られるようになっていますね。
実は僕、ジュニアに教えるのは苦手だと思っていたんです。でも日本に帰ってきて講習会に呼ばれて分かったのですが、意外と好かれるんですよね、子ども達に(笑)。
僕は講習会の時は絶対に子ども言葉は使わないんですが、そのことでみんな仕事をしているような気分になるようなんです。背伸びしたような感じが味わえるのかな(笑)。
子ども達って先生がやっていることをすごくよく見ているんですよ。目が鋭くて、教えているとぐんぐん伸びていくんです。それを間近で見ることができるという、子どもに教える喜びは日本に戻ってきてから感じたことですね。僕の労力よりもたくさんの愛情を返してくれる子達がすごく多くて、だんだん子どもが好きになってきました(笑)。
Ⓒkobayashiworld
■将来的にはアーツ・マネジメントも? 必要とされるところで幅広い活動を
――本書の中で、今後は日本のバレエ界の発展のために、いろいろ活動していきたいことがあると書かれていましたが、具体的に重点を置いていきたいものはなんでしょうか。
新型コロナウイルスの影響で計画していたことを実行するのに難しい状態にはなってはいるんですが、国際的な文化の橋渡しができるようになればいいなと思っています。それは強く思います、こういう時代だからこそ。
日本では、バレエ文化は西洋から入ってきたものとして、どこかコンプレックスを抱いているところがあります。でも例えば英国ロイヤルバレエ団の亮一くんや茜さんは英国で「日本人」としてではなく、個々の身体能力と精神性による「ロイヤルバレエらしさ」を表現するダンサーとして活躍しているわけです。僕は日本のバレエのスタイルはできつつあると思っています。だから例えば、東南アジアで日本のバレエ団の公演を行い、日本の文化レベルを紹介するといった活動もできるのではと。そういう文化の橋渡しみたいなことを、まだ漠然とはしていますが、していきたいなと思います。
――特定のバレエ団に所属するといったことは。
今のところ考えてはいません。僕を必要としてくれるところがあれば、場所を選ばず活動していきたいと思っています。今は日本のバレエ全体の底上げをしていきたいということも、活動のひとつとして意識しているところです。「意識改革」と言ったらちょっと大げさかもしれませんが……。
これは先の日本のバレエのスタイルについても関係する話ですが、今の日本のバレエ公演はヨーロッパで成功した、評判になった作品を上演するのが主流ですよね。でもそうではなく、日本からバレエ作品が発信され、海外に輸出されていくようになければいけないと思うんです。海外でいいと言われているものだけを持ってきて上演するだけでは日本のスタイルというのは育たない。ビントリーが新国立劇場バレエ団の芸術監督をしていた時に『アラジン』、『パゴダの王子』を振り付けましたが、そういう活動ですよね。つまり、今は海外から教えてもらう側ですが、逆に日本から教えに行くような形にならなきゃいけないんじゃないかなと思います。
――英国で振付家とダンサーが互いに育てあったように、日本にもまた、日本のバレエを育てていく振付家が必要なわけですね。
そうですね。このほかに政策や営業といった部分での、「アーツ・マネジメント」という意識を持たなければいけないと思います。
――バレエ・リュスの創設者のディアギレフや、NBS(日本舞台芸術振興会)で手腕を振るわれた故・佐々木忠次さんのように、マネジメントに長けた人物も必要と。
それは絶対に必要になってくると思います。ただ時代がどんどん変わってきていますから、現代に合った形で、日本のバレエに対し中立的な立場で、政策的にPRができるような形が必要なのかなと思います。
――山本さんはいかがですか、そうした政策に対するご興味は。
ありますね(笑)。こういう政策面の分野は今、非常に興味のあるところです。今の日本の状況も鑑みつつ、いろんな団体との現場での仕事を通して情報を集めて、勉強はしています。
――では最後に、読者の方々にメッセージをお願いします。
僕は海外で暮らして日本に戻ってきたので余計そう感じるのですが、世の中が今、いろいろと変わっているなかで、日本人が本来持っている愛情や思いやり、そういうものにもう一度目を向け、心を豊かにすることが大切だと思います。
劇場に出かけてバレエを楽しむということは、例えば部屋の中に花を飾ると彩が加わって華やかな雰囲気になり、気持ちも明るく豊かになったりするのと似ていると思うんです。先行き見えない時期ですが、互いを尊重しながら楽しみ語り合い、心を豊かに保って、また劇場再開の折にはぜひ足を運んでいただければと思います。
――ありがとうございました。
『エニグマ・ヴァリエーション』のシンクレア 提供:バーミンガム・ロイヤル・バレエ
取材・文=西原朋未

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