【数土直志の「月刊アニメビジネス」
】「新型コロナ」以後のアニメ業界の
“今”と“これから”

 昨年暮れ中国で確認された新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大が、世界規模で社会・経済・文化に影響を与えている。これは日本アニメ業界も例外でない。2月からの関連イベントやライブの中止から始まり、映画公開の延期、ここにきてスタジオの一時閉鎖やテレビアニメの放送延期など、より範囲が広がっている。
■意外に影響がでなかった中国の都市封鎖
 国内アニメ業界における新型コロナの影響と対応は、これまでのところ主に3段階で進んできた。最初は、武漢を中心とした中国での大流行である。1月終わりから2月の前半の時期だ。この時点での懸念は国内というよりも、中国の都市封鎖におけるアニメ制作作業の遅れへの懸念だった。
 アニメ制作はテレビシリーズ1タイトル、劇場映画1本に、数百人から1000人と実写映画やテレビ番組に比べて遥かに多くのスタッフを必要とする。これを支えるためのグローバルネットワークの仕組みが築かれ、このうち絵を描く「動画」や「原画」の一部、さらに「背景美術」の一部などは海外に外注している。その代表が中国なのだ。
 しかし実際には中国からの影響は限定されたものだった。都市封鎖中にも一部作業が続けられ、人の行来が厳しく制約されるなかで、素材を電送することで対応した。現在は状況も回復に向かい、むしろ制作進行のなかではアテにできる場所になりつつあるという。
■ライブイベント、映画興行に甚大な影響
 第2段階は、日本での感染拡大の懸念が広がった2月末以降である。密集を避けることを目的に、3月に大型アニメイベント「AnimeJapan 2020」、「東京アニメアワードフェスティバル2020」、さらにアニソンライブや声優イベントなどの実施中止が相次いだ。この流れは5月の「‎コミックマーケット98」中止発表など、さらに期間を伸ばし現在まで続く。また米国内の多くのアニメコンベンション、フランスのジャパンエキスポ、アヌシー国際アニメーション映画祭など海外でも同様だ。世界的にアニメ関係の大型イベント開催は現状で不可能になっている。
 映画興行も大きな影響を受けている。早い段階から営業時間の短縮が実施され、第3段階以降になる4月7日の7都府県「緊急事態宣言」後には、営業一時休止が急増している。「映画ドラえもん のび太の新恐竜」「名探偵コナン 緋色の弾丸」「劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン」ほか、アニメ映画の公開延期も相次ぐ。
■大きく変わった「緊急事態宣言」以後のアニメーション制作
 それでも第2段階までは、アニメーション制作はかなり動いていた。消毒徹底やスタッフの配置に十分な距離をおき、出勤できる日や時間帯をずらすことでスタジオの密度を下げることで対応する。4月第1週に、いくつかのアニメスタジオに取材した際には、いわゆる都市封鎖にあたる「ロックダウン」がない限りは、制作量は減っても続けられるとの話が多かった。
 しかし「緊急事態宣言」後に、状況が大きく変わる。ロックダウンではないが、都市機能のかなりを止め、外出もできる限り少なくする自粛要請により、制作スタジオや本社の大半を一時閉める動きが急増している。
 自粛要請に加えて、放送局、出版・音楽・映画業界などで感染者が相次いでいることも理由にあるだろう。エンタテインメントは人材依存の大きな産業で、コミュニケーションも活発だ。アニメ業界も例外でない。実際にCGスタジオ内や声優の感染がすでに報告されている。より強力な自粛が必要との判断だ。
 それではアニメーション制作は全面的に止まってしまうのだろうか。全てが止まることはないだろう。原画や動画と呼ばれるアニメーターの絵を描く仕事は、もともとフリーランスが多いこともあり、自宅や遠隔の作業場での仕事は可能だろう。効率は落ちるが、オンライン作業での打合せも可能だ。
 しかし制作工程を止めてしまうボトルネックはいくつかある。例えば原画・動画の受け渡し作業、狭い空間に人が集まり大きな声をだすアフレコ作業なのである。このため制作の遅れは生じる。
 実際に4月第2週以降、「ソードアート・オンライン アリシゼーション War of Underworld」「アイドリッシュセブン Second BEAT!」「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完」ほか、人気タイトルも含めて新作の放送延期発表が相次いでいる。
■懸念される製作と制作の減少と企業体力
 延期となれば放送枠が空く。ここで再放送をすればいいとの声もある。確かに近年はワンシーズンに見きれないほどのアニメがあり、見落とされがちだった傑作をあらためて見るのはいい機会だ。シリーズものであれば前シーズンの振り返り放送で、ファンの熱気を維持することも可能だ。過去の傑作、人気作もいい。
 ただお金の問題が発生する。新作が多い深夜帯アニメは、製作委員会などが自ら放送枠を買い取っている。本来のタイトルを放送する際には新たな枠の買い取りが発生する。追加コストはどうすればいいのか。
 追加コストの問題は、制作スタジオでも同様である。近年スケジュールが逼迫気味のアニメーション制作だけに、締め切りが伸びることでより余裕をもって制作できるチャンスともみえる。しかし制作期間が延びることでスタジオの維持費、人件費は拡大する。企業体力がどこまで維持できるかが問題となってくる。
 延期をした期間に新作がなくなることで、新作アニメ企画・製作・制作がなくなるとことは見落とされがちだ。いま制作進行中の作品は、時期が遅れて姿を見せる。しかしスケジュールを組み直す段階で、新たな製作・企画の数が減らされる。
 例えば2020年に封切られる映画本数だ。2018年には年間に74本の劇場アニメあった。これと比較すると映画興行が2カ月止まれば12、3本の新作の需要がなくなる。それは今後生まれるはずだった企画が消失した本数だ。興行休止状態がさらに長くなれば、その数はさらに増える。これはテレビアニメも同様である。放送だけでなく、DVDやブルーレイといったビデオソフトもバンダイナムコアーツやアニプレックスといった大手が発売スケジュールの延期を発表し始めた。
 また企業体力がなくなれば、それが制作本数の減少につながることも予想される。これは制作スタッフの収入に直結しかねない。
■新型コロナ以後、アニメ業界はどう変わる
 新型コロナウイルス感染症がいつ終息するのか分からないなかで、今後の状況は見通しにくい。それでもいくつか大きな変化が起きるのは間違いないだろう。ひとつは、当面は多くのファンを集めて熱気を盛り上げるアニメ業界が得意としてきたマーケティング手法が避けられそうなことだ。
 制作の停滞が続く中で、CGスタジオが強みを発揮している。もともとコンピューター上で制作をし、サーバーで情報・素材を共有する仕組みはリモートワークに適用しやすい。もちろん自宅コンピューターの性能やサーバーのアクセス制限などの課題はあるが、やりかた次第で解決する。
 実際にヨーロッパや北米では、アニメーション制作は止まらずに続いているスタジオは少なくない。制作のデジタル化が進んでおり、オンライン上でできる仕事が多いためである。
 これまで他国に比べて遅れているとされてきた国内アニメーション制作のデジタル化が、これまで以上に検討されることになりそうだ。デジタル機器に抵抗があるスタッフも多いとして、国内でなかなか難しいとされているデジタル作画採用も思わぬところから進む可能性がある。
 日本独特とされてきた声優が1カ所に集まるかたちのアフレコも再検討され、別録りがもっと一般化するかもしれない。今でも劇場映画の俳優・女優や多忙な人気声優では別録りはあったから、ノウハウがないわけでない。
 こうした変化が実際におきるかどうかは分からないし、さらに多くの変化もあるかもしれない。新型コロナは、日本アニメのビジネス敢行やカルチャーさえ変えかねない大きな衝撃であることは間違いなさそうだ。

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