アートディレクター・ナカムラクニオ
が、画家・安野光雅の魅力を解説「神
の目線を持つ近代最後の画家」

画家、絵本作家、装丁家として半世紀以上にわたり活躍している、安野光雅。彼の作品を展示する『安野光雅展』が4月29日(水)より、大阪・あべのハルカス美術館で開催される。安野は大正15年(1926年)に島根県津和野(つわの)町で生まれ、美術教員のかたわら、本の装丁などを手掛ける。その後は教師を辞めて画家として独立し、昭和43年に文章がない絵本『ふしぎなえ』でデビュー。以降、『旅の絵本』『空想の絵本』『ABCの本』『繪本 三國志』など世代をこえて愛される作品を手がけ、国内外で高く評価される存在となった。一方で94歳になった現在はほとんどメディアに出ることがなくなり、まさに「生きる伝説」と化している。そんな安野光雅に多大な影響を受けて作品を長年追い続けているのがアートディレクターのナカムラクニオだ。『金継ぎ手帖』『古美術手帖』『チャートで読み解く美術史入門』など数々の著書を発表してきたナカムラクニオにとって、安野光雅はどんな存在なのか。安野作品の魅力やその人物像について話を訊いた。
ナカムラクニオ
――ナカムラさんは、安野光雅作品をひも解く上で重要なキーワードはどういうものだと思いますか。
安野さんが生まれ育った町、津和野の存在が大きいと思います。津和野は山に囲まれていて、日本でも独特の秘境。桃源郷のような場所なんです。そんな中で、お父さんから不思議な話を聞き、家に地下室があると信じ込んでいたり、鏡で遊んだり、双眼鏡をひっくり返して風景を見ていたり。そうやって暮らしていたからなのか、どの作品も大人から子どもまで楽しめるし、他国の人が言語を理解できなくても伝わるものがあります。
――ナカムラさんも津和野には何度も足を運んでいらっしゃるんですよね。
ええ。津和野はいつ行っても変わらない。日本で唯一、時間が止まっている場所だと思います。最初に行った神社やお店もずっとそこにある。きっと50年前と今を比較しても変化は少ないのではないでしょうか。
――これは作品から受け取れるものなのですが、安野さんは、変わりゆく時代のなかで変わらないものを探し出しているような気がします。
そういうところも含めてずっとブレていないですよね。作品の本質は、初期からほとんど変わっていない。一方で、安野さんはいろんな影響も受けていると推測できます。特にスイスの画家、アロイス・カリジェへのリスペクトは大きいのではないでしょうか。あと技法的には、鳥獣戯画、源氏物語絵巻などの大和絵。世界中を旅しながら、そういう影響のもとで描いているから、作品はどれも不思議にみえるんです。
ナカムラクニオ
――安野さんの技法についてさらに詳しく聞かせてもらえますか。
安野さんの作品には一つのルールがあって、それは「神の目線」なんです。つまり、人間が本来行けないような高い場所から、町や建物を描いている。写実的だけど、実は心のなかでドローンを飛ばして風景や人を見つめている。『旅の絵本VIデンマーク編』のデンマークの町にしても、現地に行ったときは、下から建物などを見上げていたはずなのに、作品ではあたかも上から見おろすように描かれています。どの作品もこの目線なんです。安野さんのような作品を描くには、ヘリコプターに乗らないといけない。意外とそういうところに誰も気づかないんです。これらはすべて大和絵の技法ですね。
――あと俯瞰的な描き方も特徴的ですよね。ただ、安野さんは、なぜ対象に接近しないのか疑問なんです。
そこがポイントでもあります。近代美術史の多くの作品は、一人に注目して、被写体の個性を引き出すように描かれています。安野さんはその逆で、平安時代、鎌倉時代のような古典的な描き方。そうやって広い絵を描くことで鑑賞者の想像をかき立てる余白が生まれやすくなり、妄想をさせている。それを狙ってやっている気がします。広い絵を見ると、みんないろんなものを探そうとしますよね。ゲームみたいな感覚で絵を鑑賞する。『ウォーリーをさがせ!』に近いのかもしれない。『ふしぎなえ』のシリーズもそうですけど、今の主流のものとは距離を置いているところがおもしろくて、流行にながされていない部分が魅力のひとつです。
――『ふしぎなえ』はいわゆる、だまし絵ですよね。現在であれば、SNSでバズってもおかしくないような作品ばかり。それを安野さんは50年くらい前からずっとやっていたわけで。日本美術史においては当時珍しかったですよね。
そうですね。だまし絵の歴史はすごく長いですし、日本でも福田繁雄さんがいらっしゃいましたけど、絵本のなかでだまし絵を描いたのは安野さんが先駆的な存在。そういったトリックアートにおいてはマウリッツ・エッシャーの影響があったのは間違いないですが、ただ安野さんもエッシャーも美術史のなかではアウトサイダーですね。
ナカムラクニオ
――ちなみにナカムラさんは、安野作品のなかで特に好きなものはありますか。
文字のない絵本のシリーズは特に素晴らしいと思います。字がなくても成立させることができるのは、安野さんくらい。絵本の歴史のなかでも、もっとも画期的と言えます。文字がない状態で伝えられるのが絵本として究極的な形ですけど、安野さんはそれを軽々と実現させています。
――あらためてお伺いしたいのですが、ナカムラさんから見て、安野光雅という作家は美術史においてどういう立ち位置にいると考えますか。
絵本をたくさん描き過ぎたから絵本作家として扱われることが多いですが、それより何より画家なんです。美術史としては、写実的に絵を描くのは100年ほど前にもう主流じゃなくなった。そういう意味では、「安野光雅は近代最後の画家」と言えるのではないでしょうか。一方で安野さんは世界中で影響を与えていながら、しかし美術史の流れのなかで細かく解説されてこなかった人でもある。だからこそ僕は、安野さんが誰の影響を受けて、どの作品から影響を受けたかなどをもっと解説してみたいです。
――確かにそれはすごく興味深いです。
ウィリアム・モリス(19世紀のイギリスのデザイナー)を再解釈しているところなど、安野さんにはいろんなオマージュもありますし、そういうところを詳しく語りたい。どうしても絵本という枠におさめられて、「ユーモアに満ち溢れていている」というような、ふわっとした表現で紹介されがちなので。もっと価値を高めてもいいんじゃないかなと。
――ナカムラさんがもし安野さんを取材するなら、一番聞いてみたい質問はなんですか。
仕事ではなく本当に今ご自身が描きたいものはなんですか、と尋ねてみたいですね。安野さんの絵って、仕事で描いているものが多いんです。だから、ご自身のためだけに描く絵をもっと見てみたい。すごく抽象的な絵を描くんじゃないかなと思います。
『安野光雅展』
取材・文=田辺ユウキ 撮影=福家信哉

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