魅力的な植物がくれる幸福とは~『リ
トル・ショップ・オブ・ホラーズ』三
浦宏規×妃海風版ゲネプロリポート

オフ・ブロードウェイミュージカルとして人気を博し、日本でも何度も上演された人気作品『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』。満を持してシアタークリエに初登場する。
主人公シーモア役には、舞台に映像に引っ張りだこの鈴木拡樹と三浦宏規(Wキャスト)。ヒロインのオードリー役もWキャストで、元宝塚歌劇団トップ娘役の妃海風と乃木坂46の井上小百合が務める。不思議な植物オードリーIIはデーモン閣下がヴォイスアクターとしてキャスティングされた。そのほかに岸祐二、石井一孝らミュージカルの名手たちが脇を固める。
今回は『レ・ミゼラブル』のマリウス役で光る演技を見せた三浦と、歌・ダンス・芝居と3拍子揃った実力派の妃海風とのコンビで行われたゲネプロの様子をレポートする。
※以下、ネタバレを含みますのでご注意ください。
舞台の緞帳は使用されず、紗が下がった状態で観客を迎え入れてくれた。紗にはタイトルとフリーハンドで街の風景が描かれており、そこから透けて見えるスキッド・ロウのさびれた街並みはこれから始まる舞台への期待を掻き立てる。
そして気づけば、舞台にはホームレスが……。彼は物売りをしながら、ステージ下手から上手にはけていく。そんななか、三浦演じるシーモア・クレルボーンからの会場アナウンスが始まった。観劇上の注意などを、シーモアらしく、おどおどと懸命に伝えてくれる。開幕前から「スキッド・ロウ」という街、特色といえば「メシがくそまず」く「ヤク中がうようよいる」「地獄のふきだまり」と歌われる独特の雰囲気が伝わってくる。
作品のほとんどの時間を過ごすことになるのは、ムシュニク・フラワーショップ。さびれた街の花屋にぴったりの、埃っぽく、ごみごみとして、窓も曇った小さな店。店主のムシュニク(岸祐二)は店が繁盛しない現状にむしゃくしゃして、ドジで出来損ないの店員シーモア(三浦宏規)や、路地裏にたむろするガールズに八つ当たりする。もうひとりの店員オードリー(妃海風)は重役出勤が当たり前。相変わらずロクでもない彼氏に殴られて目元にアザを作っている。そんな彼女はシーモアにはとても優しく、ムシュニクに怒られるシーモアをかばってくれる。
もう店を閉めるというムシュニクに、オードリーが「待ってムシュニクさん!」と、店を盛り上げるとっておきのアイディアを披露する。それは、シーモアが街で買ったという謎の植物――その名も『オードリーII』。オードリーは、自分の名前を冠した謎の食虫植物風の小さな鉢植えを、窓辺に置くことを提案する。そんなことで店が繁盛するわけがない……とあきれ顔のムシュニクだが、試しに置いてみたところ、店は瞬く間に有名になる。しかし、それは、この物語に登場する全員の人生を変えることになるとは、誰も知らなかった……。
主演の三浦は、シーモアの持つナード(アメリカでいうオタク)っぽい気弱さを仕草でよく表していた。自信がなく、おどおどし、面と向かって自分の意見を言えないシーモア。三浦演じるシーモアはどこか愛らしく、思わず応援したくなるシーモアを作り上げていた。スキッド・ロウという貧しい街で孤児として育ち、ムシュニクにとても恩義を感じている。しかし、オードリーIIにより、様々な夢を叶えていくシーモアがぶつかる新しい喜びや悩み、そして複雑な怒りを、三浦は全身を使って演じていた。ガールズたちとオードリーIIの鉢植えを抱えて踊るシーンでは、三浦の身体能力の高さが光る。
そんなシーモアの女神であり、同僚のオードリーを演じたのは妃海風。1986年の映画でもオードリーは甲高い声音がシンボルになるヒロイン。妃海の第一声を聞いて、映画(1986年版)でオードリーを演じたエレン・グリーンに似ていて驚いた。その独特な声音を見事に操り、可愛らしいがどこか奇妙なヒロイン・オードリーを演じていた。オードリーのナンバーでは彼女の中にある切実な願いや夢、そして淡い恋心が描かれる。オードリーの抱える痛みを、持ち前の歌唱力で繊細に表現していた。歌や立ち仕草などの一瞬一瞬で、妃海のオードリーの指先は、どこか遠くを夢見ているよう。
シーモアを引き取り、育て、花屋を切り盛りするムシュニク。ムシュニク演じる岸は、金にがめつくとも、包容力のある花屋の店主を好演。シーモアから見ると女神であるオードリーの欠点である“おつむの弱さ”をユーモアたっぷりに指摘する。ムシュニクはお金を手にするために、最大限シーモアやオードリーIIを利用して行くが、彼は物語の要としてところどころで重要な役回りを演じる。岸の表情や間合い、その空気感で作り出すムシュニク・フラワーショップの変化も是非ご注目頂きたい。
オードリーの欠点でもあるボーイフレンドのオリン。彼はサディストの歯科医師で、いつも神経ガスをキメてハイになっている。オードリーは彼の狂気に怯えながらも、彼の持つ安定やお金というスキッド・ロウの男性にはない魅力から離れることができない。そんなオリンを演じたのは石井一孝。ともすれば悪役でしかないオリンを、お茶目で憎めない、そして底なしの変人として表現していた。オリン初登場時のナンバー「歯医者さん(Be A Dentist)」は、是非、オリンのコールアンドレスポンスに乗っていただきたい。安心してほしい、彼はちょっとイカれたデンティスト、あなたの歯の状態を確認したいだけだ。
今回のカンパニーは少人数で構成されているが、冒頭のオープニングや作品全体で、その人数の少なさを感じさせることはない、とてもパワフルな舞台だった。アンサンブルのメンバーはその圧倒的な歌唱力で、物語にグイグイと惹きこむストーリーテラー役。彼女たちの歌を聞いていれば、スキッド・ロウのことも、キャラクターたちのこともよく理解できる。
スキッド・ロウという寂れた小さな街のなか、たったひとつの奇妙な植物が巻き起こす騒動は、多くの人間の欲望を巻き込みどんどん大きくなっていく。その様は、人間の欲望の底のなさ、浅ましさと同時に、もの悲しさも見せてくる。フライヤーにあるキャッチコピー「かなりポップな音楽とちょっとブラックな物語《ストーリー》」通りのミュージカルだ。
ネタバレになってしまうので、デーモン閣下については多くは語れないが、デーモン閣下のヴォイスアクトやオードリーIIの変化も見逃さないで欲しい。
本公演は東京・シアタークリエにて2020年3月20日(金)~4月1日(水)まで上演された後、山形、愛知、静岡、大阪と全国ツアーがスタートする。
耳に残る音楽と、オードリーIIに翻弄されるシーモアたちを、そしてシーモアの恋の行方を見守ろう。
取材・文=森 きいこ 写真提供=東宝演劇部

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