安蘭けい、濱田めぐみらが歌唱披露 
ミュージカル『サンセット大通り』稽
古場取材&音楽監督・指揮 塩田明弘イ
ンタビュー

ミュージカル『サンセット大通り』の開幕まで、残り1ヶ月を切った。本作はアメリカの映画監督ビリー・ワイルダーが生み出した同名映画(1950年)を原作に、イギリスの作曲家アンドリュー・ロイド=ウェバーが作曲を手掛けた大作ミュージカル。1993年にロンドンで世界初演、日本では鈴木裕美が演出を手掛け、2012年初演、2015年再演、そして今回2020年3月に再々演を迎える。
2月某日、都内某所にて稽古場取材が行われた。さらに同日には、本公演で音楽監督・指揮を務める塩田明弘へのインタビューも実施した。以下でそれらの模様をレポートする。
稽古場取材
この日公開されたのは1幕から2つのシーン。時代に取り残された大女優ノーマ・デズモンドのソロ曲「With One Look」と、若き脚本家ジョー・ギリスを中心とした軽快なジャズが印象的な「Let’ s Have Lunch」だ。稽古場には演出家の鈴木裕美をはじめとする大勢のスタッフや、ノーマ役Wキャストの安蘭けいと濱田めぐみ、ジョー役Wキャストの平方元基と松下優也、ベティ役の平野綾をはじめとするキャスト陣が姿を見せた。マイク無し、伴奏は稽古ピアノ1本。舞台の目の前には演出の鈴木がペンとノートを手に座り、すぐ隣には音楽監督・指揮の塩田が立ち、その場で指揮を振る姿が見えた。
「With One Look」は安蘭✕松下ペア、濱田✕平方ペアの順でそれぞれ1シーンを通す形で披露された。借金取りに追われたジョーが逃げ込んだ屋敷は、大女優だったノーマが執事マックスとひっそりと暮らす豪邸だった。ノーマの姿を目にしたジョーは、「あなたは無声映画の大スターだった」と語りかける。すると「私は今でも大スターよ。小さくなったのは映画の方」と力強く言い返すノーマ。その言葉がきっかけで、彼女の想いが歌となりとめどなく溢れ出す……という場面。稽古場中央に位置する見上げるほど大きな階段は、本作で最も象徴的なセットだ。
2012年の日本版初演からノーマを演じ続ける安蘭は、曲中の「眼差しが言葉より世界震わせる」という歌詞がぴったり。今にも引き込まれそうな程力の込もった瞳には一切の迷いがない。まるで彼女だけ夢の世界で生きているような恍惚とした様子から、目が離せなくなる。
ノーマ役 安蘭けい(撮影:宮川舞子 )
一方、2015年の再演時からノーマを演じ、今回が二度目の挑戦となる濱田は、まさに孤高の大女優を体現。内なる自分と対話しているかのように、深みのある歌声でしっとりと歌い上げた。その憂いの込もった複雑な表情からは、彼女の心の中の葛藤が伝わってくる。
ノーマ役 濱田めぐみ(撮影:宮川舞子 )
「With One Look」のシーンを終えると、安蘭と濱田の二人は談笑しながら稽古場を後にした。稽古の合間には、舞台上の平方とそれを舞台前の席で見守る松下が目を合わせて笑い合う姿も見られ、オフのときのリラックスしたカンパニーの雰囲気も感じ取れた。
少し間を置き、盆と共に大階段が回転すると「Let’ s Have Lunch」の稽古が始められた。鈴木による「風の音、パトカーのサイレン、急ブレーキの音、ドアが開く、そして閉まる」という情景説明後に、ピアノの前奏が流れる。先程のゆったりとした甘美なメロディとは対照的な、疾走感のあるジャジーなナンバーだ。歌ありダンスありで見どころたっぷりなシーンと言えるだろう。ジョーを中心に据え、華やかで残酷なハリウッドの世界が描き出される。大勢のアンサンブルキャストたちが、警察官、映画スタッフ、俳優、プロデューサーといった様々なキャラクターをスピーディーに演じ分け、舞台上を駆け回る。
まずジョーを演じたのは、今回が2度目の出演となる平方。皮肉っぽい笑みや、華やかな業界の裏を知っているが故の諦めのような表情からは、少し余裕を持った大人なジョーという印象を受けた。
ジョー役 平方元基(撮影:宮川舞子 )
ジョーと同じく若き脚本家のベティを演じるのは、本作初出演となる平野。今回公開されたシーンでの登場は短かったものの、はつらつとしたチャーミングな振る舞いで存在感を放っていた。
平野と同じく初出演の松下は、負けん気が強く若さ溢れる青年ジョー。実に自然なコミカルな演技で楽しませてくれる。悔しさを滲ませたようなセリフの言い回しも多く、芝居にメリハリが感じられる。
ジョー役 松下優也 (撮影:宮川舞子 )
平方の「Let’ s Have Lunch」ではシーンを細かく分けて稽古が進行され、その都度鈴木がキャスト陣にノートを伝える様子を見ることができた。「この言葉はもっとソリッドに!」「このセリフを聞いたらどう感じる?」ちょっとしたセリフや動作に対して、鈴木の頭の中に浮かぶイメージが的確に指示されていく。あっという間にセリフの追加や、セット位置の変更といった演出が目の前で繰り広げられ、今まさに作品が出来上がっていく様を体感することができた。初日までまだ時間はある。ここから一体どこまで進化していくのか、非常に期待が高まる稽古場取材だった。
(撮影:宮川舞子 )

音楽監督・指揮 塩田明弘インタビュー
稽古場取材と同日、『サンセット大通り』日本版初演から音楽監督・指揮として携わり続ける塩田明弘に、本作の魅力を音楽的視点で語り尽くしてもらった。『ウーマン・イン・ホワイト』や『ラブ・ネバー・ダイ』といったロイド=ウェバー作品で指揮を務めた経験を持ち、誰よりも彼の音楽を熟知する塩田の話は、『サンセット大通り』をさらに深く楽しむためのエッセンスになるに違いない。
音楽監督・指揮 塩田明弘
“音が芝居をする”ロイド=ウェバーの音楽

ーーいよいよ『サンセット大通り』のお稽古が始まりましたね。音楽監督として今どんな作業をされているのか教えてください。
今の僕の仕事は、どのように歌いどのように演奏するのかということを演者や奏者に伝えること。ロイド=ウェバーの譜面はその通り忠実に歌い演奏することによって、物語が手にとるようにわかります。例えば強弱、テンポ、長さ、フレーズ感……そういったことを譜面から僕なりに解釈して、皆さんに伝えているんです。
ーー塩田さんはこれまでに複数のロイド=ウェバー作品で指揮をされてきていますが、ロイド=ウェバーの音楽にはどんな特徴があると思いますか?
よく「ロイド=ウェバーは現代のモーツァルトだ」と言われるのですが、僕としては「ロイド=ウェバーは現代のモーツァルトであり、ベルディ(※)でもある」と考えています。なぜかというと、音の跳躍や進行を譜面通り忠実に表現することで全てが表現されるから。
※オペラの『アイーダ』や『椿姫』の作曲家
違う例で言うと、プッチーニ(※)は音符だけではなく、譜面の中で「こう表現してほしい」という指示が書いてある。それらを音に加味して表現することで音楽が完成するタイプの作曲家なんです。一方、モーツァルトやベルディは音符そのものに音楽が含まれているので、忠実に表現すれば目をつぶっているだけでも情景描写が見えてくる。これを“音楽が芝居をしている”と言うのですが、特に『サンセット大通り』はロイド=ウェバー作品の中でもそれに筆頭する大作ですね。1981年『キャッツ』、1986年『オペラ座の怪人』、そして1993年に『サンセット大通り』が制作されているので、彼が円熟期に入った頃の素晴らしい作品のひとつだと言えるでしょう。
※オペラの『蝶々夫人』や『ラ・ボエーム』の作曲家
ーー『サンセット大通り』には本当にたくさんの名曲がありますが、その中でも特にお気に入りの曲を教えてください。
僕が大好きなのは「Overture」! 曲の冒頭で「The Greatest Star Of All」という、ノーマの屋敷の執事マックスのナンバーのメロディが流れるんです。普通だったら、ノーマやジョーのメロディで始まると思うじゃないですか。でも、ノーマの影のように振る舞うマックスのメロディをあえてここで使うことによって、作品における彼の役割を知ることができる。そのことが面白くて巧みで、鳥肌が立ってくるんです。
しかも、作品の冒頭に不安を掻き立てる印象的な重低音が奏でられるという点は、ロイド=ウェバーの初期の作品『ジーザス・クライスト・スーパースター』に似ています。彼は重低音が大好きなんです。ビオラやホルン、バス・トロンボーンといった重低音の楽器を重視している印象です。
ーー重低音もロイド=ウェバーの音楽の特徴の一つかもしれませんね。
そうですね。あと、物語の前半にジョーが登場すると作品の時代を反映させたようなジャズが流れるのですが、ここにもロイド=ウェバーの特徴が出ています。普通はジャズって1・2・3・4・1・2・3・4という拍子なのだけれど、ここでは1・2・3・4・1・2・3といった、いろんな拍子が含まれているんです。そのため、作品全体の重厚かつロマンティックな音楽とは一味違う、茶目っ気のあるリズムになっています。
一般的には、4/4拍子のような偶数の拍が我々にとっては自然で心地良い。けれどロイド=ウェバーは、4/8拍子+3/8拍子=7/8拍子のように偶数の拍に奇数の拍を足して変拍子にすることがよくあるんです。
ーーあえて変拍子にすることで、どんな効果があるのでしょうか?
不安や恐怖、精神的に満たされないような感覚を醸し出しているのだと思います。変拍子の音楽と芝居が相まって、一層その効果が引き出されます。不安感や違和感を出すために、ロイド=ウェバーは不協和音も使っていてね……
(話しながら立ち上がり、近くにあったピアノを実際に弾いて不協和音を説明してくださる塩田さん!)
​こういう音で、不安感や違和感を出す手法も多く使われているんです。
音楽監督・指揮 塩田明弘
ーー実際に歌う人にとっては、なかなか難しい音楽ということでしょうか?
歌う人にとっても演奏する人にとっても、大変なところはあると思います。我々は偶数の拍に慣れているので、奇数になると途端に難しく感じるんです。けれど、それがロイド=ウェバーの音楽の面白さであり、『サンセット大通り』の面白さなのかもしれないですね。

壮大なアレンジでより深く立体的に

ーー今回の『サンセット大通り』では、ロイド=ウェバー本人の手によって加えられた変更点があると聞いています。具体的にどんな変更があったのでしょうか?
大きな変更は、まずオーケストラの楽器の編成が変わったということ。最近はどうしてもプレイヤーの人数が縮小傾向にあるのだけれど、今回は4人も増えて計17人になったんです。楽器で言うとホルン、バス・トロンボーン、ギター、エレキベースが増えました。アレンジも今まで以上に壮大で、一人ひとりの人物像や時代背景がオーケストラで表現され、より立体的なものになったと感じています。特にノーマを中心とした登場人物に対して、音楽でもっと深みを持たせようとしているな、と。他にも細かな修正点があったので、ロイド=ウェバーからの指示に基づいて演出の鈴木さんと一緒に作っていっています。
ーー今回作品が上演されるのは、初演時、再演時とも異なる東京国際フォーラムホールCですね。
そう! ホールCはすごくサウンドが良い劇場なので楽しみです。しかも『サンセット大通り』の初演、再演では、オーケストラは舞台後方で演奏していたのですが、今回は舞台前方のオーケストラピットでの演奏になるというのも大きな違いになります。
ーー舞台後方での演奏と舞台前方での演奏は、具体的にどう違うのでしょうか?
音が明らかに変わります。後方での演奏の場合、演者と指揮者はモニターで確認し合います。するとどうしても約束事が多くなり、安全パイで合わせにかかるようになるんです。けれど舞台前方にオーケストラがいれば、お互いの呼吸を直に感じられるでしょう。舞台上の演者が生のオーケストラの音を聴くことで、その響きに声を乗せて歌うことができるんです。ですので、より深みのある音楽と芝居を皆様にお届けすることができると思います。
オーケストラピット自体を舞台美術の一環として観ていただいても面白いかもしれません。欧米の劇場は縦長にできていて、舞台とオーケストラピットを大きな壁画として楽しめるような見せ方をしています。ロイド=ウェバーはイギリスの作曲家ですし、舞台前方にオーケストラピットがあることで彼の想いもさらに伝わるのではないでしょうか。

人が変われば芝居も変わる
音楽監督・指揮 塩田明弘
ーー今回の公演ではノーマ役を安蘭さんと濱田さん、ジョー役を平方さんと松下さんがそれぞれWキャストで演じます。ノーマとジョーの組み合わせが変わることによって、作品にも変化が生まれるのでしょうね。
ノーマとジョーの芝居はどんどん変化していっていると思います。人が変われば、絶対に芝居も変わります。もし役作りの背景が一緒だとしても、内から出てくるエネルギーや情感的なものは人によって全然違いますから。もちろんキャストに合わせて曲のテンポを変えるようなことはしませんが、その中でどう表現していくかはそれぞれの個性を尊重しながら稽古を進めています。ノーマとジョーの組み合わせが変わると、全く違う作品に見えるかもしれません。音楽も舞台も照明も変わらないのに、キャストが変わることで違った魅力が出てくるというのは素晴らしいことだと思います。

ーー音楽監督として見たとき、Wキャストそれぞれの個性はどう感じますか?
例えばノーマの安蘭さんとめぐちゃんは、女性としてどう生きてきたか、これからどう生きていくのかということにおける強さや弱さ、劣等感やプライド感が少しずつ違ってきます。そもそも、彼女たちが実生活で生きてきた経験が全く違う。そのことが顕著に出ていると思います。ジョーの二人にも同じことが言えます。元基くんは再演だからこそ前にやったことを構築しながら変えていく部分もあるだろうし、優也くんは初参加でまっさらな中でスタートするので、カンパニーに新しい息吹が入ってくる。
具体的にどこがどう違うかを言ってしまうと面白くないので言いませんが、一人ひとり全然違います。芝居における目の使い方、体の動き、曲の間奏をどう使うかといったことは、声を発さなくてもその動きで違いがわかるんです。動きが変わると役の心情も変わるもの。もしそれぞれのWキャストを観て動きの違いに気づいたら、その人が役としてどう心情を捉えているのかを感じてもらいたいですね。
ーー日本版初演から再演、再々演と作品に関わり続けてきた塩田さんですが、2020年の『サンセット大通り』はどんな作品になると思いますか?

演出家も出演者も、形式的なものではなく、もっともっと深く内面的なものを表現してお客様に伝えようとしています。音楽的には楽器の編成を変えたりリズムやテンポを変えたりと、アレンジが大幅に変わってきている。音が変化すると見え方も変わります。『サンセット大通り』は、いろんな意味で何度も観たくなるような作品だと思います。

取材・文・撮影(一部) = 松村 蘭(らんねえ)

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