中屋敷法仁×荒井敦史×多和田任益イ
ンタビュー 伝説の舞台の令和初上演
はあえて改竄してみる、舞台『改竄・
熱海殺人事件』

2010年、圧倒的な戯曲と演出の力で演劇界を駆け抜けたつかこうへいが、62歳でこの世を去った。没後10年にあたる2020年、つかの代表作である『熱海殺人事件』の令和初上演が、数々の『熱海~』上演の伝説を生んだ紀伊國屋ホールで行われる。
今回の上演は、1973年に文学座で初演されて以降、何度も再演を重ねて様々なバージョンが生まれた中から、決定版として知られる『ザ・ロンゲストスプリング』と、異端なバージョンと言われる『モンテカルロ・ イリュージョン』の2本立て上演となり、演出を担当するのは、自身が代表を務める劇団「柿喰う客」をはじめ、脚本家・演出家として外部でも様々な話題作を手掛けてきた中屋敷法仁だ。
新進気鋭の若手演出家の下に集結したキャストもまた、期待の集まる若手俳優陣で、『ザ・ロンゲストスプリング』で主演の木村伝兵衛を演じるのは、2016年に岡村俊一演出で上演されたつかこうへい七回忌特別公演『新・幕末純情伝』で勝海舟役を演じた荒井敦史、『モンテカルロ・ イリュージョン』の伝兵衛役は、2017年に同じく岡村演出で上演された『熱海殺人事件 NEWGENERATION』において熊田留吉役を演じた多和田任益。2人は昨年春、戯曲探訪「つかこうへいを読む 2019春」と題した研究会において、中屋敷が行った『熱海~』の朗読発表会にも参加しており、つか作品と浅からぬ縁を持っている。
そんな彼らの若いパワーに期待が高まる『熱海~』2本立て上演は一体どのような舞台になるのだろうか。中屋敷、荒井、多和田に話を聞いた。
「改竄」という傲慢さと豪胆さで新しい『熱海~』を作りたい
ーー中屋敷さんはこれまでも『飛龍伝』や『ロマンス』など、つか作品は何作か演出されていますが、今回は『熱海~』の2本立てということで、どのような意気込みでいらっしゃいますか。
中屋敷:昭和に生まれた『熱海殺人事件』ですが、平成になった時にちょうど『モンテカルロ・ イリュージョン』(以下『モンテ』)と『ザ・ロンゲストスプリング』(以下『ロンゲ』)といった、これまでの熱海を塗り替える作品が生まれました。そしてとうとう令和という新しい時代に突入して、『熱海殺人事件』と共に日本の演劇界がどういう風に変わっていくのか、この2作品を上演してこれからの演劇の未来を考えられたらいいなと思っています。でも「昔はよかったね」みたいなものじゃなくて、新しい時代に向けて塗り直していくという、「改竄」というちょっと不埒なフレーズで僕達の新しい『熱海~』を作れたらいいな、という思いを抱いて興奮しています。
中屋敷法仁
ーー「改竄」というフレーズが非常に挑発的といいますか、目を引きますよね。
中屋敷:これからの時代は「改竄」がトレンドになる気がしているんです。もう世の中、いろんなものが改竄されているじゃないですか。そういうときにあえて積極的に改竄してみる、というぐらいの傲慢さと豪胆さで作品を作ってみたいなと思っています。
ーー荒井さんと多和田さんは、この作品のオファーが来たときにまずどのように思われましたか。
荒井:多分、2人とも一緒だと思います。「ああ、首切られなくてよかった」って(笑)。
多和田:そうそう。「いよいよ来たな、はい待ってました!」という感じもあったかな。
中屋敷:2人には去年やった朗読会に出てもらって、『モンテ』と『ロンゲ』を読んでもらったんです。朗読会の時点では今公演はまだ決まっていなくて、これまでもたくさん上演されてきている『熱海~』ですけど、僕はこの作品の何が好きなんだろうとか、何が面白いんだろうということを考え直したくて、僕の好きなシーンだけを好きなキャストでやろう、という試みだったんです。それが上演に結び付くかどうかは、荒井くんと多和田くんの気持ち次第みたいなところもあったので、無事にやることになってよかったです。
ーーお2人は朗読会の時点で既に、いずれ公演をやりたいと思っていたのでしょうか。
荒井:思ってましたし、口に出して言ってました。朗読会が終わった日に「公演やりましょうよ。もうミカティ(味方良介)の時代は終わりだよ」って言って(笑)。
※味方は2014年から3年連続で岡村俊一演出『熱海殺人事件』の木村伝兵衛を演じたことで話題となった。荒井とは『新・幕末純情伝』、多和田とは『熱海殺人事件 NEW GENERATION』と、それぞれつか作品で共演している。
荒井敦史
中屋敷:それが昨年、ちょうど令和になる直前の春のことですね。もし来年やるなら令和初の熱海になるね、と話してました。
荒井:念願かないましたし、こうして2人で一緒に出来るのが嬉しいです。これが例えばたわちゃん(多和田)だけで、僕は出ないとかだったらもう。
多和田:それはお互い気まずいから、本当によかったですよ。
ーー朗読会のときは、お2人はそれぞれどの役を読まれたのでしょうか。
荒井:『ロンゲ』の伝兵衛と、『モンテ』の大山もやりました。
多和田:僕は『モンテ』の伝兵衛をやりました。だから朗読会のときは、僕が伝兵衛で、あっちゃん(荒井)が大山、という絡みもあったんですよ。
荒井:当日までどのバージョンのどの部分を読むのか知らされていなかったんです。当日にヤシキ(中屋敷)さんがニヤニヤしながら「はい」って本を渡してくれて。もう緊張しまくって、朗読会で足ガクガク震えたの初めてでしたよ。
多和田:でも、ヤシキさんが楽しそうだし、ヤシキさんがいれば絶対に面白くなる、っていう信頼もあったからやれたよね。
多和田任益
中屋敷:最初は事前に台本を渡して「ここを読みますよ」とお伝えしようかなと思っていたんですが、いやそれじゃダメだ、と思って。通常の演劇だったら役があって感情の流れがあって物語があって、というふうに俳優が持っていくんですけど、『熱海~』はそういう作り方じゃないところがあるから。無茶ぶりしたらどれくらい無茶になるのか、でも無茶なところがむしろ熱海っぽいのか、みたいなことを考えて、2人はとても優秀な俳優ですし、つか作品に造詣が深いですから「彼らならできる」と思って、当日いきなり台本を渡す、というやり方にしたんです。
観客と一緒に創り上げる、カッコよくて衝撃的な作品
ーー熱海は初演が1973年で、様々なバージョンが生まれながら47年上演し続けられているというのはすごいことだと思います。これから稽古の中でまた新たな発見などもあるかもしれませんが、現段階でご自分が熱海のどこに魅力を感じているのか教えていただけますか。
多和田:つかさんの作品って、初めて見た人は衝撃を受けると思うんです。圧倒的なセリフ量とスピード感に追いつかなくて、でも観終わった後に、僕もそうだったんですけど「よくわかんないところもいっぱいあったけど、なんだこの高揚感?」とか、「すごくあのセリフ心に刺さったな」とか、そういうふうに魅力を感じられるんじゃないでしょうか。それってやっぱりつかさんの書いたセリフにすごく力があるからで、今の時代こんなこと言っていいのかよ、みたいなことも出てくるんですけど、だからこそ人間らしさをすごく感じ取れますし、生身の役者が口に出して言うことでその力が膨れ上がっていくんですよね。
(左から)多和田任益、荒井敦史、中屋敷法仁
ーー荒井さんはいかがですか?
荒井:右に同じくです。
多和田:ずるい!(笑)。
荒井:でもほんと、今たわちゃんが言った衝撃っていうのはまさにその通りだと思うんです。それはもちろん人によって合う合わないとかあるかもしれないですけど、この時代だからこそあえて隠さない、あえて言っちゃう美学というか。この作品、多分テレビでは放送できないけど、舞台ではできるっていう、この時代だからこそやるべなんじゃないかな、っていうことは思いますね。あともう単純に「カッコイイな」っていうのが一番大きいです。
中屋敷:僕は「共犯関係」というのが演劇の好きなところで、特にこの作品は、劇場空間という密室でお客さんと俳優で「今この場にいる僕らだけがこれを楽しんでる」みたいな、そういう密やかな共犯関係をとても生みやすい台本だなと思っています。観客も俳優もスタッフも、一緒に『熱海殺人事件』という作品を創っているような、観客も観ているだけでは済まされない、無関係ではいられないようなセリフや構造がある気がするんです。
途中退席の中屋敷が残していった置き土産とは……
ここで中屋敷は次の予定のために途中退出。しかし去り際にこんな言葉を残していく。
中屋敷:今回は『改竄』なので、ちょっと何が起こるかわからないですね……。
中屋敷法仁
ーーそうですよね、何がどう改竄されて、何が起こるのか。
中屋敷:(小さな声で)わからない。
多和田:演出家が「わからない」って(笑)。
荒井:そこはわかってて欲しい(笑)。
中屋敷:案は3つくらいあるんだけど。例えば『ロンゲ』で全部のセリフを荒井くんが言ったらどうなるんだろう? とか。落語みたいな。
荒井:ちょっと待ってくださいよ……え、落語?
中屋敷:落語じゃないけど、みんないるけど。つかさんって力学だから、しゃべる俳優さんにセリフ振っちゃうんですよ。だから1人称を変えちゃえば、伝兵衛が他の役の気持ちを全部代弁できるんですよね。「~って思ってるんだよな?」とか他の人の気持ちを伝兵衛が言っちゃえばいい。荒井くんセリフ上手だからいけるよ。
荒井:確かに、それでも通じるってところが『熱海~』なんですよね。なんでもできちゃう、っていう。
中屋敷:幕開いたら、荒井くんばっかりしゃべってたりしてね。とか考えたりするんです、それくらい自由でいかないとな、って。とても名作だから大事にしたいっていう気持ちもあるし。あー、ヤバいな、しゃべっちゃった(笑)。
荒井:ちょっと、デカい置き土産残していくのやめてもらえますか(笑)。
中屋敷:名作であるけれど、今この時代に観るべき、俳優たちにフィットした自由なものにする、そのための改竄になるようにしたいですね。『熱海~』という作品は改竄してもなお魅力は残るという証明にもなると思うので。僕が改竄したくらいでは絶対に良さはなくならないはずですから。ということで荒井くん、他のセリフもちょっと読んどいてもらっていいかな。チェックだけでいいから! それじゃ、お先に失礼します!
荒井:(去っていく中屋敷を見送って)……なんですかこれ(笑)。
多和田:こんなインタビュー、なかなかないですよね(笑)。
ーー嵐のように去って行った中屋敷さんについて(笑)、お2人がどう思われているかもぜひお聞かせください。
荒井:本当に演劇が好きなんだと思います。頭でめちゃくちゃ考えて、絵も浮かんでいるんだけど、やりたいことがありすぎて口が追い付いてこないところがあったりとか。
荒井敦史
多和田:頭の回転が速すぎて、思ったことを言おうとすると口がついていかなくてアワアワってよくなってるよね。僕は演出家ではないですけど、ヤシキさんはしっかり緻密に考えていて、僕とは完全に違うタイプなのでご一緒するたびに毎回すごいな、って思います。あとは思ってることが全部表に出ちゃう人だから、わかりやすいなっていうのは思いますね。
ーー先ほどまでの中屋敷さんのお話しを聞いていて、すごく俳優さんのことを信頼していらっしゃる感じが伝わってきました。
多和田:信頼してくれてるからこそだとは思いますが、その時々の役者の反応というか、役者から出てくるものを見たいんだろうな、というのを感じることがあります。僕が今までで一番忘れられないのが、『文豪ストレイドッグス』という作品でご一緒したときに、出演者の中に初舞台の子がいて、その子が稽古中にヤシキさんの言っていることがわからなくなってちょっとパニックになっちゃったんです。それでヤシキさんは一生懸命伝えようとして、あれがこうで、って説明するんだけど、その子はますます「えっ……」って固まってしまって。そうしたらヤシキさんも何とかしなきゃ、って焦ったのか「えっと、セ、センス!」って叫んだんですよ。それがめちゃくちゃ面白くて(笑)。
荒井:センス?(笑)
多和田:つまり「君のセンスでいいよ、君のセンスで見せてくれ」ってことなんですけど、初舞台の子にはさすがに伝わらないですよね。でもヤシキさんは必死に「センス! センス!」って叫んでて、もうみんなで大爆笑でした。あれは本当に忘れられない。
荒井:僕も今その話聞いて、もう忘れられない(笑)。
多和田:何か言わなきゃ、って絞り出したのが「センス」って言葉だったってのが本当に面白いし、でも相手のことを思っていないと出てこない言葉ですから、みんながヤシキさんのこと大好きだな、ってより思った瞬間でもありましたね。
(左から)多和田任益、荒井敦史
一度も共演していないのに不思議でポジティブな関係
ーー多和田さんと荒井さん、お互いへの思いをお聞かせください。今回お2人は同じ木村伝兵衛という役だけど共演ではなくて、同じ『熱海~』という作品ではあるけれどもバージョンが違うなど、お互いに非常に不思議な存在というか関係性になるのかなと思いますが、そのあたりはどう意識されていますか。
荒井:この2人の関係性って、ずっと不思議なんです。だって去年の朗読会は一緒にやったけど、これまで舞台で共演したことはないし、僕がとにかくたわちゃんの現場に顔出してたってだけだよね。
多和田:そうなんです。2017年に『熱海~』をやってるときに、あっちゃんはすごい熱海が好きだし、ってこともあってゲスト出演で舞台に上がって、確かその舞台上で「はじめまして」って挨拶したよね。そんな不思議な出会いだったんです。こんな関係性の人、他にいないですもん。
荒井:今回、結局はどうしても比較対象になると思うんですけど、僕的にはそんなにモンテチームのことが気になってるって感じじゃなくて、かといってまったく気にならないわけじゃない、程よく視野に入れつつ、僕は僕でやるぞ、っていうポジティブな意味で気になる感じです。
多和田:そう、ポジティブ。僕も同じですね。あっちゃんは本当に『熱海―』が好きでやりたいんだな、っていうのがすごい伝わってきていたし、だから今回2人でこうやって一緒にできるってなったときは、素直に「よかった」って気持ちもあったし、僕は僕、あっちゃんはあっちゃんで作っていって、それで一緒に上を目指して行けるんじゃないか、と僕は勝手に信頼しているというか、安心感を抱いています。

多和田任益

荒井:朗読会のときに、僕にない部分をたわちゃんは持ってるな、と思いました。当日いきなり渡されて読んだ時って、その人の本質が出ると思うんですよね。僕は割と突き放すタイプの人間だから、ちょっと冷たい感じになるんですけど、たわちゃんの伝兵衛はセリフの中になんとも言えない優しさが見えた感じがしました。
今の時代だからこその『熱海~』を両バージョン見て楽しんでもらいたい
ーーでは最後に、この舞台を楽しみにしている皆さんに向けてメッセージをお願いします。
多和田:やっぱり令和初の『熱海~』2作品を、中屋敷さんが演出を担当して、このメンバーが集まって届けるというのはすごく意味があると思っていて。何といってもこの「改竄」って気になるじゃないですか。僕、最初読めなかったですからね、この字(笑)。
荒井:僕も(笑)。
多和田:でも「改竄」と付けることによって、今の時代だからこその僕たちの『熱海殺人事件』ができるんじゃないかな、とヤシキさんをすごく信頼しています。つか作品って難しくて、セリフいっぱいあって、早口でしょう? って思われがちで、確かにそういうところはあるんですけど、それ以外のところもあるよ、ってことを今作を通して伝えていけたらいいですね。あとやっぱり、『モンテ』の伝兵衛は阿部寛さんがやられた印象が強く残っていると思うので、それをいい形で改竄してやろうかなと僕自身は思っています。『ロンゲ』観て、次に『モンテ』観て、そうしたらもう一回『ロンゲ』を観てみたくなる、みたいにお客さんに両バージョン楽しんでいただけたらなと思います。
荒井:右に同じくです。
多和田:またか!(笑)
荒井:令和初っていう、時代とともに変わっていく中で、改竄っていう最初読めなかったこの文字が(笑)、この時代のいろいろなことにかかってるな、って思うんです。いろんなこと改竄する人たちがいる世の中で、いろんなことを言えちゃうのが『熱海~』なので、僕が初めて見たときに感じたあの衝撃がお客さんにも伝わって、「カッコイイな」って思ってもらえるような作品になればいいなと思います。同じ期間で『モンテ』と『ロンゲ』両方観られる機会ってなかなかないので、ぜひ両方観に来て下さい!
(左から)多和田任益、中屋敷法仁、荒井敦史
取材・文=久田絢子 撮影=中田智章

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