「ジュネーブ国際音楽コンクール」作
曲部門の覇者、高木日向子に聞く

2019年11月、若手音楽家の登竜門「ジュネーブ国際音楽コンクール」作曲部門で優勝した高木日向子。
現代音楽の作曲家という事で、気難しい学者のようなイメージを想像していたが、待ち合わせの喫茶店に現れた彼女はいたって普通のお嬢さん。
プロフィールで見かけた「宝塚歌劇が好きです」の言葉を頼みの綱に、「宝塚歌劇がお好きだと伺いました。どなたのファンですか?実は私も宝塚は好きなんですよ。」という一言からおよそ30分、「ジュネーブ国際音楽コンクール」の覇者へのインタビューというより、宝塚ファン通称 ヅカオタ の会話で盛り上がり、少し打ち解けてきたタイミングを見計らって、インタビューを開始!
今をときめく高木に、あんなコトやこんなコトを聞いてみた。
作曲家 高木日向子 (c)H.isojima
―― 宝塚の音楽を高木さんはどのように聴かれているのですか?
たいへん興味深く聴いています(笑)。例えば「エリザベート」、シルヴェスター・リーヴァイの音楽は素敵ですし、その音楽をいろんな場面で形を変えて使う聴かせ方も上手です。しかし、何と言っても宝塚は役者ですね。「エリザベート」を最初に見たのが、花組の春野寿美礼さんだったので、歌に対して求めるレベルは高いかもしれませんね。なので今は雪組の望海風斗さんのファンです。
―― 「エリザベート」の中でいちばん好きな曲は何ですか?
「闇が広がる」です! あの、崩壊に向かっていく感じがゾクゾクします。
―― やっぱりそうですよね(笑)。春野寿美礼さんのトートと彩吹真央さんのルドルフは素敵でした。でも個人的には、初演の一路真輝トートと香寿たつきルドルフの「闇が広がる」も捨てがたい(笑)。宝塚観劇は完全に仕事と切り離してご覧になられているのでしょうか。何か作品作りに活かせるものなどありますか?
「レビュー」という曲を作りました(笑)。宝塚のレビューはテーマがどちらかと言うと抽象的で、次から次へと場面が目まぐるしく変わって行きます。その変化には物語性よりも、「考えるな、感じろ!」みたいな要素が大きい。現代音楽においてよく見られる構成や展開の手法と共通する所があると、見ていて思いました。「レビュー」は、ドという音をモチーフとして使っています。ドを中心に、目まぐるしく曲想が変わって行きます。マリンバとピアノのために作った曲です。私のホームページからご覧になれるので、良かったらご覧ください。
「レヴュー」:演奏 白石麻奈美(ピアノ・左)、大森香奈(マリンバ)
―― 「ジュネーブ国際音楽コンクール」の作曲部門で優勝されたのが昨年の11月。3ヵ月が経過しましたが、取り巻く環境は変わりましたか?
そうですね、色々なメディアで取り上げて頂きましたし、作曲の依頼をいくつも頂きました。
受賞記念演奏後のカーテンコールの様子
「ジュネーブ国際音楽コンクール」作曲部門 授賞式の様子
審査委員長・作曲家カイヤ・サーリアホ(左)、作曲家 細川俊夫と共に
―― ジュネーブの作品「ランスタン」は画家 高島野十郎の「蝋燭」という作品がベースになっていると伺いました。
はい。蝋燭は高島野十郎のトレードマークであり、「蝋燭の画家」とも呼ばれているほど。小ぶりのキャンバスいっぱいに幻想的に燃えている蝋燭の炎を見て、現代人が感じる物質としての火ではなく、古代ギリシア時代の人が感じたであろう神秘性に注目しました。そこで起こる感動を音で表現し、現代の私たちも同じように感じるにはどうすればよいか。そこから曲作りが始まりました。
―― オーボエと小編成の管弦楽との曲ですが、作曲家の方は楽器の特性などどうして勉強されるのですか。
オーボエの事はオーボエ奏者に聞くのがいちばん間違いありません。私もオーボエの特徴などを勉強しましたが、重音などの特殊奏法は使っていません。優勝すると次の「ジュネーブ国際コンクール」オーボエ部門の課題曲になることは知っていましたが、予選を通るとは思っていませんでしたので、意識的に難しい演奏技術を使用するといったようなことはしていません(笑)。それでも替え指を使わないと演奏し難い箇所が有りますが、今回コンクールで演奏して頂いたオーボエ奏者のエルネスト・ロンバウトさんは替え指は使わず、全て口でコントロールされていてびっくりしました。
受賞作のソリスト、エルネスト・ロンバウトと彼の奥様と一緒に
―― 小さい頃はピアノを習われていたのですか。
幼稚園の時にヤマハのピアノ教室に通っていました。私の母が幼稚園の先生になりたかったけれど、ピアノが弾けなかったから幼児教育学科に行けなかったらしく、そういう事にならないために、ピアノだけは習わしてやろうと思ったようです。ずっと続けてきて、高校受験もピアノで行こうと自然に思いました。
―― 作曲に興味を持たれたのはいつですか?
私が通っていた中学校には、校内の合唱コンクールのために学級歌を作る習わし、伝統がありまして、私が曲を作る係でした。私の作った曲をクラスの40人が一生懸命に歌ってくれることに感動しました。そして、たまたま音楽が好きな学年だったこともあり、学年歌も私が作る事になって、120人くらいで歌ってくれたのです。その事が原体験として残っていたのですね。大学受験を考える時に、本当にやりたいことはピアノではなく作曲なのではないかと思い、当時の先生に相談したところ、近くにお住いの久保洋子先生を紹介されたのです。久保先生は大阪音楽大学の教授だったこともあり、大阪音大に進みました。
―― 大阪音大の作曲科は、何人くらい同期がおられるのですか。
同期は3人でした。短大でも3人。短大から1人、編入して来られたので、最後は4人でした。現代音楽の知識などもなく、基礎からの勉強でしたが、理論などを勉強するのはとても新鮮で嬉しかったですね。久保洋子先生の門下は優秀な人が多く、賞レースに挑戦するのが暗黙のルールのようでした。私も先輩のように賞が欲しい!と頑張りましたが、コンクールは落選の連続。途中からは、どうせ出しても通らないだろうと諦めの気持ちで、コンクールへは お布施と奉納 の気分でした。「こちら、今年の受験料でございます!こちら、今年の楽譜でございます!」みたいな(笑)。
作曲家 高木日向子 (c)H.isojima
―― 大学を出られてからは、どうされていたのですか?
大学院に行って、卒業したのが24歳。その後は、大阪音大の付属音楽院で講師としてソルフェージュを教えたり、幼児教育の学校でピアノを教えながら、曲を書いていました。本当に落選ばかりなので、どうせ落ちるなら、好きな事を思い切って書いて落ちよう!と開き直ったら、日本音楽コンクールの第3位に入賞しました。2017年、28歳の時です。あまり結果を意識せずに、やりたいテーマをどれだけ自分のやり方で表現出来ているかが、いちばん大切なのだと思いました。
―― そして「ジュネーブ国際音楽コンクール」の優勝に至る訳ですね。優勝された今、ぜひお聞きしたいのは、やはりコンクールの受賞は作曲を生業としてやっていく上において必要なモノですか?
能力があれば、演奏者に直接コンタクトを取って自分の曲を演奏してもらうやり方もあるとは思います。そして、演奏者が良い曲だと思えば、取り上げてもらう機会がどんどん増えて行き…。それが出来る人ならコンクールなんか必要ないと思います。ただ、実際には厳しいのではないでしょうか。
―― 色んなメディアが取り上げ、注目してもらうためには、コンクールは必要だという事ですね。
作曲家というのは、国家試験がある訳ではありません。「私は作曲家です!」と宣言した時からが作曲家です。しかし、私はダメでした。「大阪音大の作曲科を卒業しました」としか言えなかった。ずっとコンクールに挑戦していたのも、「自分は作曲家」と言うための裏付けとなる賞が必要だったのです。賞に頼らざるを得なかった。それが私の悪い所です。もっと早くから、「私は作曲家です!」と言える人になっていたかったし、なっていなければいけなかったと思います。
作曲家 高木日向子 (c)H.isojima
―― なるほど。しかし、もうそんな事を言っていられなくなりましたね。
はい。腹を決めてやるしかない(笑)。おかげ様で、どんどん委嘱もいただき、悩んでいる訳にはいきません。
―― 具体的にどんな仕事が入って来ているのでしょうか。
日本センチュリー交響楽団首席客演ホルン奏者 日高剛さんのためのホルンとピアノの曲や、リコーダーと尺八の曲。それにジュネーブの受賞作「ランスタン」のピアノリダクション版など、急に仕事が増えました(笑)。
―― 日高さんのリサイタルで世界初演される曲は「Messenger」と言うんですね。チラシが手元に有りますが、「2019年ジュネーブ国際コンクール作曲部門で優勝した高木日向子さんが今回のために書き下ろした新曲も楽しみの一つ」と書かれています(笑)。
雲をテーマにした曲で、ピアノとホルンの10分程度の曲です。私は聴衆に対して何かを問いかけるような作品を書く場合、調性音楽ではなく、現代音楽の語法で書く方が自然な表現になると思っています。特殊奏法はそれほど多用するつもりはありませんが、ホルンの魅力が伝わる曲にしたいと考えています。
―― 今まさに、調性音楽か現代音楽の語法かというハナシがありましたが、現代音楽は難しくて、取っ付き難いと思われているように思うのですが。
昨年、「僕のご主人はスマホ中毒」という曲を書きました。これは飼い猫のゴロ太を通して見た、現代のコミュニケーションを描いた曲。ここ10年間で生まれた新しい言葉を使って歌を書いてみたいと思ったのです。スマホ、イイネを貰う、既読が付く、ブロックされる、などの歌詞を使った音楽を見たことがなかったので、詩も自分で作りました。この曲は、発表の場が10人ほどしか入らない空間で、赤ちゃんから大人までが聴きに来る事が判っていたので、聴きやすい調性音楽で書きました。
「僕のご主人はスマホ中毒」:演奏 白石麻奈美(ピアノ・左)、 小山恵(歌)
「僕のご主人はスマホ中毒」落書き入りの楽譜
私にとっては、調性音楽も現代音楽も特に違いは感じません。それぞれに合ったテーマがあれば、それぞれの語法で書く。ただ、私の曲や活動が、一般的に難しいと思われている現代音楽への架け橋、入り口になれるのなら、とても素敵な事だと思います。そんな作曲家になれるように努力したいです。
―― それは素晴らしい事です。高木さんは色々と実験的な試みもやられていますね。先日拝見したのは、「建築と音楽」のコラボしたワークショップでした。建築家が提示した条件のもとで、理想の休日を過ごす公演を設計し、そこから聞こえる環境音をオノマトペで書き込み、それをモチーフとして音楽を構成していました。
ピアニスト白石麻奈美さんと建築家 太田翔さんとの「建築✕音楽」のワークショップでした。この組み合わせは初めての試みだったのでどうなるかなぁとワクワク・ドキドキでしたが、参加された皆さんがとても楽しそうで良かったです。好評だったので、早速このワークショップの第二弾を3月12日に行います(笑)。興味のある方は、ぜひお越しください。わたし的には、空間的な音の考え方と言うのでしょうか、どの位置で何が聞えてくるのか、楽器配置やオーケストレーションを意識し、どういう音質で、どんな和声で聴かせるのがいいのか。色々と勉強になりました。何と言っても、五線譜に頼らない新たな記譜法が誕生したのは、面白かったです(笑)。
「建築×音楽」ワークショップにて、作品発表の様子 (c)H.isojima
―― 見学させて頂いて、楽器が出来なくても音楽は出来るんだということを実感しました。お仕事が増えて大変だと思いますが、このような実験的な活動もぜひ続けてください。益々のご活躍をお祈りしています。
ありがとうございます。私の作曲の大きなテーマである、音楽における「呼吸」を大切にした音楽を書き続けていきたいと思っています。また、現代音楽は、異分野と比較的容易にコラボレーション出来る柔軟性を持ち合わせているので、絵画、建築など異分野とのコラボレーションにも積極的に挑戦し、多くの方に現代音楽の魅力を伝えていきたいと思います。
難解と思われている現代音楽の魅力を伝えていきたいです! (c)H.isojima
取材・文=磯島浩彰

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