渡辺謙と宮沢氷魚が「美しい瞬間」の
積み重ねから生み出す、舞台『ピサロ
』稽古場レポート

2020年3月13日(金)~4月20日(月)に上演されるPARCO劇場オープニング・シリーズ第一弾『ピサロ』は、イギリスの劇作家ピーター・シェーファーによる、太陽を父とする帝国2400万人を従えるインカの王を、粗野な成り上がりのスペイン将軍ピサロとならずもの167人で生け捕りにしてしまうという、インカ帝国征服を主軸にした傑作戯曲だ。今回この作品の演出を担うのは、これまで日本において『兵士の物語』『鶴』『良い子はみんなご褒美がもらえる』と芸術性の高い作品を次々と生み出してきたウィル・タケット。主演のピサロ役は渡辺謙で、渡辺は1985年にPARCO劇場で今作が上演された時にインカ帝国の王アタワルパ役を演じていた。今回、そのアタワルパを演じるのは、近年舞台・映像問わず幅広くその才能を発揮している宮沢氷魚。渡辺をはじめ共演者に実力派俳優の名がずらりと並ぶ中、どのような存在感を見せてくれるのか。
今作への期待が高まる中、本番に向け熱のこもった稽古場を取材した。
『ピサロ』稽古場写真
この日の稽古は、ピサロ役の渡辺、アタワルパ役の宮沢、若かりしマルティン役の大鶴佐助、そしてこの物語の語り部的な役割も果たす老いたマルティン役の外山誠二が参加した。まずはタケットを中心に、動きの確認を含めた念入りなディスカッションから始まり、生け捕りにされたアタワルパがピサロと対峙するシーンの立ち稽古へと進んだ。

『ピサロ』稽古場写真

2人が互いの腹の内を探り合うという、緊張感に包まれた会話が繰り広げられる。捕らわれの身となったアタワルパだが、王の威厳を失わず堂々とした様を宮沢が気品のあるたたずまいで見せる。そんなアタワルパの姿に揺さぶられるピサロの胸の内を渡辺が繊細な演技で表現する。タケットはそんな2人に、役の心情を深く掘り下げて細かく説明し、微妙なニュアンスや空気感を伝えていく。そうした演出の指示を受けてもう一度同じシーンを繰り返して稽古すると、明らかに芝居が変わっていくのが見て取れた。2人の演技の呼吸が驚くほどぴったりと合い、シーン全体の流れがスムーズになったのだ。それはタケットの描いているイメージが、渡辺と宮沢の中で正確に共有されたからだろう。
『ピサロ』稽古場写真
その後も、長いディスカッションが何度も繰り返されることになる。次に稽古が行われたのは、ピサロがアタワルパの信頼を裏切ってしまうことに苦悩するシーンだ。ピサロの葛藤が切々と伝わってくる長いセリフが見せ場になるため、原文の英語のセリフと、伊丹十三により翻訳された日本語のセリフの意味のすり合わせをしながら、役の心情を純度の高い状態で抽出しようとしている様子が伝わってきた。車座になった状態でのディスカッションが長時間続く中、渡辺が「退屈でしょう、すみません」と取材陣を気遣うと、タケットも「ごめんなさい、でも僕たちにはとても興味深いことなんです」と言い、「何かアイディアがあれば皆さんからもぜひ教えて欲しい」と冗談交じりに場を和ませた。
『ピサロ』稽古場写真

「ただの長ゼリフになってしまうと、客は置き去りにされてしまう。エナジーの使い分けで客を連れて行って欲しい」というタケットの言葉を受けて立ち稽古が再開された。ディスカッションによって整理されたからか、渡辺の長セリフのテンポが格段に良くなり、ピサロの感情も言葉に乗ってより届いてくるようになったと感じられた。渡辺も「セリフをほんの少し変えただけなのに、しゃべってる時間が半分くらいになったように感じた」と驚きの表情を見せ、宮本もそれに深く何度もうなずき、タケットはそんな2人を見て満足そうに微笑んだ。
『ピサロ』稽古場写真

『ピサロ』稽古場写真
タケットは、客から見える舞台全体の構図についても「こういう絵を観客に見せたいんだ」というビジョンが明確にある様子で、立ち位置や動線も細かく指示を出していた。これまでタケット演出の舞台を客席から観ていて、美術作品のような美しい絶妙なバランスに何度も心を震わされたが、それは稽古場での緻密な調整がなされているからこそなのだ。今作でもきっとそうした美しさを堪能できる舞台となるに違いない。
『ピサロ』稽古場写真
稽古時間はあっという間に過ぎ、約2時間が経過しようという頃に時計を見たタケットは「この世の時は瞬間で過ぎる」と驚きながらおどけて見せ、渡辺はそれに対して「美しい瞬間だね」と笑顔を見せた。いかに彼らが稽古時間に集中し、充実した時を過ごしているかが表れている会話だった。この美しい瞬間の積み重ねから生まれた本番の舞台を、新生PARCO劇場で観られる日を心待ちにしたい。
『ピサロ』稽古場写真
取材・文・撮影=久田絢子

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