大橋トリオ 汲めども尽きぬ音楽の喜
び、苦しみ、楽しみ、何でもありの本
音インタビュー

タイトルを見て“おっ?”と思う。大橋トリオのニューアルバム、その名は『This is music too』。12年前、インディーズ時代のアルバム『THIS IS MUSIC』と響きあう、気になるタイトル。しかし中身はただの原点回帰ではなく、古き良きアナログレコードの世界に魅せられた男、大橋トリオの新境地を拓く意欲作だ。汲めども尽きぬ音楽の喜び、苦しみ、楽しみ、何でもありの本音インタビュー。どうかごゆるりとお楽しみを。

――待ってました。最近ずっと、2月リリースですよね。その前が、ずっと11月で。
そうでした?
――11月か12月でしたね。デビューから数年間は。
そうか、2か月ずらしたんだ。年イチがきつくなってきた時があって、今もきついっちゃあきついんですけど。せめて2か月ずらそうということになって、2月になった。その頃、もう一枚あったんですよ。『FAKE BOOK』(2010年3月発売)というカバーをやらなきゃいけなくて。
――そうでした。つまり、あの頃は年に2枚出していた。
どう考えても無理!って。その、ちょっと後のタイミングで、年イチにしてもらったのかな。
――『PALODY』(2015年1月発売)あたりからシフトが変わって、そこからずっと1月か2月。我々としては、年が明けたぞ、そろそろ大橋トリオのニューアルバムが出るぞ、みたいな。
大橋トリオの季節(笑)。
――そうそう。わかりやすくていいですよ。
まあでも、もう14枚作ってるんで。自分のやれることはやり切ってるから。
――あら。言っちゃいます?
だって、140曲ぐらいあるわけだから。それ以上に、ボキャブラリーなんてあるわけないじゃないですか。どう考えたって。
――それは何とも言えませんけども(笑)。
いや、そういうもんですよ。一通り出したら、あとは過去のものを組み合わせて、変化をつけていくしか方法がないから。その中でいかにあがいて、新しいものを出していけるかというのが、長く生きていけるアーティストだと思うんですね。
――はい。まさに。
なんとか10年は来て、15年はなんとなく行けそうかな?というのは、見えてるんですね。あと2年なんで。ただ、20年はどうかな?って。
――やってくださいよ。お願いします。
年齢も年齢なんで。29歳から始めてますからね。名前は言いませんけど、某大物バンドとか、頑張って新しいものを取り入れようとしてるけども、そんなことしないでもいいのになって思ったりすること、けっこう多いんですよね。バンドに限らず、長くやられてる方は。
――うーん。そうですか。
だから今は、古き良きものを再燃させる、見直すみたいなことをしていこうかなと思ってます。去年出した『THUNDERBIRD』は、アナログレコードにすごくハマってた時期で、今もそうなんですけど、レコードで聴きたい音楽というものを目指したんですよ。古き良きサウンドを突き詰めようと。それはたぶん、前回と今回に限らず、ずーっとやっていくと思うんですね。アナログが一番音がいいものだと思うから。
――そう言われるミュージシャン、最近よく会います。
そりゃあデジタルで、ビット数が上がって、レートが上がって、解像度が上がれば、間違いなく音はいいですけど、人間に聴こえる音には限界があるから。数字が全てじゃないことは明らかで。実際に聴いても、ハイファイなものを聴き慣れてるから、これ以上ハイファイになってもわからない。わかる人にしか。
――同意ですね。
そんな中、アナログをしっかり聴くと、やっぱりこの良さはデジタルには真似できないなと思う。もしかしたら、時代もあるのかもしれないですけどね。昔は、機材全てがアナログだけど、今は、アナログ風に音を加工するしかできない。本当にこだわる人は、全部アナログ機材を使ってやってますけど、あれはすごいお金がかかると思うし、演奏の技術も必要なんですよ。テープに録るとなったら、たぶん自分一人じゃすごい大変。スタート/ストップも、パンチイン/パンチアウトもできないし。……できなくはないけど。
大橋トリオ 撮影=横井明彦
自分の声は生まれ持ったものだから、ギフトとも言いますけど、でもやっぱり、ボーカリスト向きとは思わない。“これ、ライブ大丈夫かな?”とか。
――テープの切り貼りの世界ですね。
そうそう。だから一発で録らないと、テープがもったいないとか、大変なことだらけなんですよ。昔の人は、よっぽど演奏技術が高かったなと思います。スタジオミュージシャンの人もいっぱいいたし。間違ったら、次は呼ばれないから、間違っちゃいけない。そういう厳しい世界で、そりゃあうまい人ばっかり残りますよね。今はもう、そこそこ弾ければどうにでもなる。僕もそんな中で、うまくやれてきたほうなんですけど。
――いやいや。
編集でどうにでもなっちゃう、ぎりぎりその時代がスタートだったのかな。ピアノ音源、ドラム音源とかも、だいぶクオリティが上がった瞬間に、僕は自分の作品を作り始めたから。
――ある意味、タイミングが良かった。
といっても、29歳でしたけどね。要は、原点回帰じゃないけど、古き良きものの良さを、もうちょい突き詰めようとしてますね。ずっと。
――それって、新しい挑戦って感じですか。元に戻るという感覚ではなく。
僕の場合、元に戻るとかじゃなくて、タイムマシーンみたいなものだから。自分の知らない世界だから。化石発掘してるみたいな、そういうことですよね。
――そう考えると、マインド的にもサウンド的にも、『THUNDERBIRD』から新しい時代が始まっていると。
アナログを強く意識したのは、そこからですね。まあでも、いつも悩みなんですけどね。自分の声というものが、どうしても変わらないから。生まれ持ったものだから、ギフトとも言いますけど、でもやっぱり、ボーカリスト向きとは思わないですね。けっこう、無理して歌ってるんで、いいポイントの声を出すのに。“これ、ライブ大丈夫かな?”とか思いながら。
――うーむ。そうですか。
すごいギリギリのところを攻めなきゃいけない。ウィスパーって、そういうものなのかなと思いますけど。それとは別に、アナログ向きな声って、あると思うんですね。アナログに映える声。ある程度の太さを持って、かつ抜ける声。ジョニ・ミッチェルみたいな。
――ああー。なるほど。
でもね、太すぎると割れたりするんで。マイケル・ジャクソンの『スリラー』をアナログで聴くと、“SU”の音がめちゃくちゃうるさいんですよ。サ行が誇張されちゃう。それを気にしだすと、それしか聴こえてこないぐらい。
――無声子音が。
日本プレスなのか海外プレスなのか、わからないですけど。その違いもあるんですよ。あと、その時使ってた針が、そのへんの音域を持ち上げてる可能性もあって。とか、いろんなクセがあるんですね。だから自分の声が果たしてアナログに向いているのかどうか。で、もしかしたら向いてるかもしれないって、今ちょっと思ってるんですよ。
大橋トリオ 撮影=横井明彦
アナログリスナーを増やしたいんですよ。イコール、音楽好きを増やすということでもあるから。手間をかけて聴くことは、完全に時代に逆行してるけど。
――おお。
それは、ちょっと下のほうの帯域が、ほんの一部なんですけどね。自分の声は、ある程度ローがないと、聴いてて気持ちよくないんですね。高いほうは論外で、全然好きな声じゃない(笑)。だから下のほうの、ちゃんとローを生かした声が、僕のいいポイントかなと思っていて。そういうものを全部含めて、アナログを作るためだけに作った曲でやるべきかなと思ってるんですけどね。極論を言うと。
――そうすると、メロディも変わってくる。
もちろん。だから、細野(晴臣)さんとか、すごくいいんじゃないですか。
――細野さんはいい例ですよね。
アナログ切ってますよね。『HOCHONO HOUSE』でしたっけ。昔の曲の、リアレンジしたやつ。あれとか、アナログレコードで聴いたらいいだろうなと思いますね。僕も、今回もちゃんとレコード出しますから。
――そうなんですね。というか、ここまで言って出さないと、ですよね。まだリリーススケジュールには乗ってないですけど。(※3月12日会場限定リリース予定)
そのために、マスタリングを分けましたから、CDとか配信はいつも通りにロンドンに投げて。みなさんの期待通りの、元気な感じの、バーン!という音に上がってきてます。僕はもはや、アナログのことしか興味ない(笑)。
――アハハハ。また言っちゃいましたね。
そっちはもう、ロンドンだし何も言うことはない。好きなようにどうぞ、と。アナログのマスタリングにはちゃんと立ち会って、それは日本でやったんですけど。それこそ、マスタリングエンジニアは、『HOCHONO HOUSE』のマスタリングをやられた方ですね。小鐵(徹)さんという。
――匠ですね。
カッティングされたやつは、まだ聴いてないんですけど。
――ワクワクですね。ポピュラリティうんぬんは一旦おいといて、音楽家として、そんなに燃えるものがあるのは素晴らしいなと。
というかね、やっぱり、どうなんでしょうね。商売人でなきゃいけないなとは思うんですよ、ある程度は。でも一生懸命しゃべるのは、自分が思い入れのあるほうじゃないですか、どうしても。商売っ気があったら、CDのことをしゃべりますよ。こっちはこっちの良さ、あっちはあっちの良さがある。
――ギリギリな発言だなあ(笑)。
違うんですよ。僕は、アナログリスナーを増やしたいんですよ。イコール、音楽好きを増やすということでもあるから。手間をかけて聴くことは、完全に時代に逆行してるけど。という意味では、間違ってるんですよ。進化の方向においては。でも、音は間違いなくこっちがいいから、それを知ってほしい。それは必要のない音の良さ、だったりするんですけどね。
――わかります。
完全に逆行しているけど、プレーヤーかけて、ホコリ取って、そーっと針を落として、という手間の中で、1曲1曲、大事に向き合って聴いてくれるわけじゃないですか。作り手としては、より自分の気に入ってる音で、大事に聴いてもらうことをされたら、それが一番嬉しいなと思いますね。
大橋トリオ 撮影=横井明彦
――今回、タイトルが『This is music too』なんですけども。これ見たら、みんな“あっ”て言いますよね。
最初のを知ってる人は。
――もちろん、確信犯ですよね。
えっと、タイトルは何でもいいんですよ。よっぽどテーマがあれば、それに基づいたタイトルにすべきなんですけど、今回は特にテーマがないから。人からも曲を提供してもらってるし、しかも3曲も。自分のリメイクもあるし、「ポラリス」は、カコイ(ミク)さんという人に提供した曲を、歌詞を変えてセルフカバーしてるし。とか、裏技だらけなんで。無理くり、と言ったらアレだけど、頑張って作ったんですよ(笑)。

――頑張った感、すごいありますね(笑)。
だから、思いのほか、いいものができたなという感覚はあるんですよ。で、タイトル何にする?という話になった時に、みなさんが意見をくれるけど、意味を持つものが多いんですよ。僕ははっきり言って、響きだけで十分で、そんな中、これを出したのはうちの事務所の社長で。「僕は『This is music too』ぐらいがいいと思うけどね」って言ったのを、僕が妙に気に入って。
――「too」が「2」に聴こえるんですよね。
そう。ちょっともじってるんですけど、別に第二弾というわけじゃない。響きと、昔からの知ってる人への、話題作りみたいな(笑)。
――まんまと引っ掛かりましたよ。“なに!”って。
確か、あの時も1曲ぐらい少なかったんじゃないかな。10曲なかった気がする (※大橋、スマホで調べる)……8曲だった。今まで、ずっと10曲で来てるんですよ。で、(今作は)まあ9曲あればアルバムとして成り立つかと思って、1曲減らして。そのぶん、限られた時間の中で、1曲1曲に向き合える時間が増えたんで。結果、クオリティが上がったと思います。
――いい曲ばっかりですよ。スローな曲が多いので、メロディの良さが際立つ。特に後半。
ああ、そうですね。
大橋トリオ 撮影=横井明彦
ライブで、たぶん全曲やるんですけど。もっと音楽的に見せれたらなと思います。余白みたいなものは、いろんなところに残してるつもりなので。
――提供曲も、いい味出してます。東川亜希子さん作曲の「Ways and scenes」とか、70年代の上質な、カントリーバラードみたいで。
キー設定をあえて低めにしたりとか。歌入れは、しんどかったですけどね。“これ本当にいいのかな?”と。でもいろんな人に聴かせたら、“いいじゃないですか”みたいな。
――めっちゃいいです。
“そうかなー”とか言いながら。自分でもOKなラインに持って行く作業でした。
――ちなみに、自分のお気に入りってどれですか。
お気に入りは、9曲目「quiet storm」。ベースの(近藤)零さんという人の曲ですね。これはいろんな意味で、新しいかなと。ファンキーだけど、ドラムが入ってない。
――これいいですよね。アコギとべースの、お洒落なアコースティックファンク。
詞も零さんで。詩人なんですよ、彼は、ベーシストで詩人。自称、ですよ(笑)。
――アハハハ。自称・詩人。
詩人は、何をもってプロか、わかんないから。でも詩集も自分で作って、販売してたりとか、しっかりやってるんですよ。で、“ちょっとポエム、読んだら?”って言うと、“いいの?”って、やるんですよ、大橋トリオのライブで。ナルシストなんです。自信あるとか、そういうことじゃない。ナルシスト(笑)。
――そうなんですか(笑)。
面白い人ですよ。いろいろ詩を聞かされて、“それってどういう意味ですか”って聞くと、“わかんない!”って言うし(笑)。響きがきれいとか、そういう場合が多いみたい。
――響きあうんじゃないですか。大橋さんと。
僕もそうです。言葉は響き重視で、たまにぐっとくるフレーズがあればそれでいい。それがいい歌詞だと僕は思っていて。ストレートな日本語の歌詞は、正直あんまり好きじゃない。もっと、言葉としてきれいなものを並べるだけでいいじゃんと、僕は思っちゃう。そこに一個だけ、ちょっとした格言を入れておけばいいじゃんっていう。

――なるほど。
「風をあつめて」(はっぴいえんど)って、あの詩、何か言ってます? なんか、メッセージってあったかな。
――メッセージではないでしょうね。コンセプトはあると思いますけど。
風をあつめて、青空を駆けたいんです――。素敵な言葉だけ、という印象があるんですよ。いい歌詞だなと思うので、最初にパッと出て来るのが「風をあつめて」なので。あれは、詩も曲も、名曲の代表的な曲かなと。
――全てが音楽的なんでしょうね。大橋さんの基準は。歌詞も曲も。
そう言われると、嬉しいですね。そこはこだわって、貫きたい部分なんですよね。ライブで、たぶん全曲やるんですけど。もっと音楽的に見せれたらなと思います。余白みたいなものは、いろんなところに残してるつもりなので。ライブに向けて。
――アナログ期に入った大橋トリオ。これからが楽しみです。
最近あんまり行けてないけど、地方に行くと、レコード屋があるじゃないですか。必ず入って、普通にCDで持ってる名盤を見つけちゃうと、絶対買うんですよ。全く別の作品と思えるんですよ、アナログで聴くと。ここへきて、そんな新たな楽しみ方があることに気づいて、面白いですね。沼だと思いますけどね。針とか、何かと。
――マニアの世界へ。
一般の人は、マンションとかだと音を出せないとか、それはそうだよねと思いつつ、極力でかい音で聴ける環境にしてほしい。僕はド田舎の一軒家だから、常識の時間内だったら、どんだけでかい音出しても大丈夫なんですよ。
――みなさん、夜中の爆音には気を付けて。良い音楽を味わっていただければ。
そうですね。

取材・文=宮本英夫 撮影=横井明彦
大橋トリオ 撮影=横井明彦

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