君はピンク地底人3号を知っているか
? ももちの世界が、音で風景を表現
する“環境音ミュージカル”の新作『
ハルカのすべて』を上演

ピンク地底人3号? 何それ!誰それ!何号までいるんだ? 名前を見るたびに謎が深まっていた。しかしついに対面する機会があった。昨夏の日本劇作家大会2019上田で目撃することに成功したのだ。全身ピンクで、土をかき分けるモグラのような巨大で分厚い手をして、風に吹かれながらヨロヨロ動く後ろ姿を!(ウソ) 劇作家大会で松永玲子、小飯塚貴世江らによるリーディング上演された『鎖骨に天使が眠っている』(第24回日本劇作家協会新人戯曲賞)が素晴らしかった! 京都を拠点とする「ももちの世界」で脚本・演出を務めるピンク地底人3号は、ひょろっと背が高く、腰でジーパンをはく青年だった。横山拓也とともに、田舎に住む筆者の関西演劇界の新たなページが更新された瞬間だ。
ももちの世界は、2015年にピンク地底人3号のイマジナリーフレンド、桃地patric伸弥の作品を上演することを目的に立ち上げられたそう。ただ桃地がアメリカに帰国してしまったために、止むを得ず今は作・演出をピンク地底人3号が担当し、いわゆる一杯飾りの空間で会話劇を上演してきた。ただ今回は、新たな挑戦に挑む。新作『ハルカのすべて』の台本を開くと、登場人物に混じって、まぶた、髪の毛、親指、エレベーター、自動ドア、バス、鍵、ポケット、ボタンなどなどがせりふを言っている体になっている。なんじゃこりゃ。
ちなみに『ハルカのすべて』は、神戸アートビレッジセンターが新たな演劇シリーズとして、関西から新しい演劇や舞台作品が飛び立つことを期待し、気鋭のカンパニーに公演の場を提供する企画への参加作品として上演される。
――まずピンク地底人3号さんのプロフィール的な部分を教えてください。
ピンク 私は高校時代は帰宅部で何もしていませんでした。演劇を始めたのは、大学に学生劇団のブースが出ていて、ふらりと入部したのがきっかけ。僕の入った同志社の学生劇団はダサかったんですけど、それだけじゃない、ダサくない演劇もあるんだというのは後々知っていきます。そういう意味では何の知識もなく、先入観もなく始めたんです。その学生劇団はつかこうへいさんの『熱海殺人事件』をやるというのが伝統で、かっこいいか、かっこよくないかはわかりませんが、つかさんはすごい!と思ったのを覚えています。俳優ですか? 私はあまり俳優はやってないんです。最初の脚本は何かを参考にしたとかはなく、自分のことを書いた気がします。それをたまたま面白いと言ってくれる人がいて、続けてみようかなと思ったんです。
ピンク地底人3号
――納棺師として就職もされていた時期もあるそうですね。『鎖骨に天使が眠っている』もそうですが、老いた映画監督が主人公の『ハルカのすべて』も死をうかがわせます。お仕事の経験が影響していそうですね。
ピンク あると思います。納棺師として就職したのも演劇のためというか、この仕事がすごく演劇に近いんじゃないかという直感があったからなんです。日本で演劇をやっている人で、実際に死者に触れてきた数だけで言えば私が一番じゃないかと勝手に思っているんですけど(笑)。基本的に、身体を清める湯灌と、故人さんに着物を着せたり死化粧をしたりすること、この二つを合わせたのが納棺師の仕事なんです。私はもともと演劇って儀式の要素が強いと思っていて、死者を呼び込んで会話をする能はもちろん、生と死の話をするのが劇の原則じゃないかなって思っています。だから死のイメージが漂うというのは私の中では筋が通っている。表面的には激しくないけど、内側は激しい。そのへんの手触りがどうしても作品に反映されているのかもしれません。
――『ハルカのすべて』は、引退を決意したベテランの映画監督が、監督デビューする弟子のようなカメラマンとの出会いや家族のことを語るように、若いころを回想していきます。
ピンク そうですね。この作品は、風景を音で表現するという試みと、映画を題材にした物語です。稽古場で見ていただいたのは、マイクの前で風景の音を役者が発するということをやっていたんです。それはいわば都市の音を舞台上に載せるというか。普段、私たちは周囲の音を無意識に選別している、言い換えれば毎日のように鳴っているはずの音を聞いていないじゃないですか。車や電車、洗濯機、鳥の鳴き声などなど見逃している音を拾い上げることで、私たちの日常をまったく別の形で提示できないかと思ったんです。もちろん視覚的な情報量という点では演劇は映画にはまったくかないません。でもそれを、音で表現したら映像ではできない風景の描写ができるんじゃないかと。
――BGMと相まって、空間をサラウンドのように音が巡っているのは新鮮でした。
ピンク 別のカンパニーでずいぶん前に試したことがあるんですけど、そのころはまだ若かったので使いこなせなかったんですね。でも今だったらうまくできそうかなって。
――引退する映画監督・緑川遥(りょう)の人生の旅とその音が共鳴し合うということですね。
ピンク 主人公の遥が若返っていくという設定になっているんですけど、いろんな風景や出来事があります。と同時にそれらが遥が撮影した映画のシーンにも見えるようにつくっています。遥が自分の映画の中に取り込まれているような感じです。ももちの世界では、今まで一つのセットの中で人びとが会話する、いわゆるオーソドックスな会話劇の枠の中でどれだけのことが表現できるかを試していたんですけど、今回に関しては、その型自体を最初につくって何かを表現するという挑戦だと思っています。いわば“環境音ミュージカル”です。
――まさに(笑)。
ピンク それはともかく、私はやっぱり、お客さんに今まで見たこともないぞとか、驚きを持って見てほしいんです。もう新しいものはないとか、先人がやり尽くしているとかよく言われますけど、僕は、今の時代の空気を吸って生きている、この時間軸で生きている「私」という人間はほかにいなかったわけだから、新しいものができるはずだと考えているんです。
――役者さんはオーディションで決めたそうですね。
ピンク すべての出演者をオーディションで選びました。遥を演じる女優さんと、もう一人は過去にご一緒したことがあるんですけど、ほかの皆さんは初めてです。基準としては街の人びとの顔として選んでいます。一つの街の住人としてチームワークが取れる人、そしてバラエティに富んだ顔です。会話劇だとどうしてもある一定の技術レベルが必要になるんですけど、それよりも別の能力があった方が面白いと思ったんです。すでにとてもいいチームワークができています。ただ、このスタイルでやるというのが初めてなので、イメージができないから、最初はどうやってつくっていくのか戸惑いはあったと思いますけど。
――ピンク地底人3号さんは、基本的には関西を拠点に活動されていますよね。
ピンク そうです。でも今年から関西を飛び出して行こうと思っています。11月には代表作の東京公演を行います。今までは自分たちの武器が磨ききれていなかったんですけど、戯曲賞もいくつかいただいたので、一定の評価を得た作品を全国各地でも公演がしたいと思っています。
取材・文:いまいこういち

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