障害ある人と健常者が一緒に行うパフ
ォーマンスに取り組み、NPO法人スロ
ーレーベルの活動の根幹を担うアクセ
スコーディネーター・廣岡香織さんに
聞きました。「“してあげている”サ
ポートは必ず歪みが生まれる」

NPO法人スローレーベルは、「東京2020 開会式・閉会式 4式典総合プランニングチーム」のメンバーでもある栗栖良依さんが代表を務める団体ですが、年齢、性別、国籍、障害の有無などを越えたアーティストとさまざまな芸術活動を展開しています。ヨコハマ・パラトリエンナーレやソーシャルサーカスなど障害のある人と健常者が一緒にパフォーマンスを行う現場やリハーサルに出かけると、目をあちこちに配らせて、ひときわ元気に動き回る女性がいます。スローレーベルのアクセシビリティを支えているアクセスコーディネーターの廣岡香織さんです。障害ある参加者がスムーズに会場に足を運び、安全にパフォーマンスが行えるように、一人ひとりの特性に合わせた対応を相談しながらサポート体制を整える、スローレーベルの舞台制作やワークショップで、もっとも重要なポジションを担っています。
――スローレーベルとの出会いはどんなきっかけだったのですか?
廣岡 私、栗栖とは20数年来の付き合いなんです。もともと役者をやっていて、客演をした劇団の空間演出を担当していたのが栗栖でした。それが最初の出会い。そこから私は結婚してアフリカに移住し、帰国後に出産などで舞台を離れたんですけど、彼女は何か面白そうなことがあると声をかけてくれました。スローレーベルで担当しているアクセスコーディネーターという仕事も、栗栖たちが2014年にヨコハマ・パラトリエンナーレを実施する中で壁にぶつかったのがきっかけでした。障害のある人もない人も一緒にパフォーマンスをする企画を考えたのに、障害のある人が集まらなかったと。そのときにアクセシビリティをやれる人間が必要だとなり、看護師の資格を持ち、子育ての経験があり、舞台もやっていた私のことを思い出したんでしょうね。「障害のある人がバリアを感じずに創作現場に来られるための環境をつくってほしい」と。「アクセスコーディネーターとは」みたいな定義もやり方も最初は何もないまま、「こういうことで困ってます、やってほしいです、どん!」みたいな感じでした(笑)。
ヨコハマ・パラトリエンナーレ2017「sense of oneness とけあうところ」上映会&トークでアクセスコーディネーターとして、 現場を取り仕切る廣岡さん 写真提供:SLOW LAVEL
ヨコハマ・パラトリエンナーレ2017「sense of oneness とけあうところ」上映会&トークでアクセスコーディネーターとして、 現場を取り仕切る廣岡さん 写真提供:SLOW LAVEL
――そのときは、すぐに任されていることが汲み取れたのですか?
廣岡 話を聞いたときに何が必要なのかは漠然とですがわかりました、コミュニケーションが足りてないな、と。私は特に障害を持った人を対象に活動してきたわけではありませんが、子育てともリンクしますし、学校やPTAにかかわる中で本当にさまざまな子どもやお母さんたちとも接してきました。また看護師として電話で健康や心の相談に乗るという仕事もやっていて、時には緊急対応もします。そんな中で少しずつ、さまざまな特性を持つ人たちの心の揺れみたいなものや、必要なケア、コミュニケーションの取り方などがおのずと培われてきたのかもしれません。あとは学生のころボランティアでHIVに感染した人たちとかかわったり、ヒッチハイクでホームレスの人やその時に出会った人たちにご飯を食べさせてもらいながらの極貧一人旅や、暴動が起きている言葉も通じないアフリカの国を一人で旅したような経験も、きっと自分の中の、人に対する心の壁を取り除くというやりとりに生かされていますね。そしてコミュニケーションは言葉だけで取るものではないということを必然的に学んだというか。ですから自分の中にあるイメージを具現化し、修正しながら積み上げて、今ここにいるという感じです。
 さっき定義はなかったと言いましたが、アクセスコーディネーターとして活動している人たちはロンドン・パラリンピックの時点でもいましたし、世界中にハード部分のアクセシビリティや環境を整えるための仕事もあります。でも私たちのやっていることはそれとはもう少し違う要素もあるのかもしれません。
ヨコハマ・パラトリエンナーレ2017「sense of oneness とけあうところ」上映会&トークでアクセスコーディネーターとして、 現場を取り仕切る廣岡さん 写真提供:SLOW LAVEL
――栗栖さんには以前、まず一つ目のバリアとして情報を届けることに苦労されたと伺いました。見えない人、聞こえない人、知的障害や発達障害がある人など、それぞれに適応した手段が必要だと。
廣岡 例えば現場では、視覚に障害のある人には通常の説明とは別に今は何をどのように行っているかの描写を含めて近くで言葉を補足しながら伝えたり、聴覚に障害がある人には手話通訳や要約筆記などを手配したり、話すときは正面で口の動きがはっきり見えるように話したり。早口や難しい言葉が理解しづらい人に向けて話すときは、わかりやすい表現でゆっくり丁寧に話すようにしたりなど、それぞれの方の必要に応じて対応しています。最初のころは連絡手段ひとつとっても、メールを送ったけれど返事がこない、電話が受けられない、ファックスじゃないと受け取れないとか、いろいろなことが起こる。連絡手段一つから私自身もいろんな壁にぶち当たりながら、ノウハウをつくっていきました。やることはわかっているんだけど、どうやったらいいのか、培ってきたことは試行錯誤しながら積みあげてきたものです。
――その次に彼らが成長過程で「あなたには無理」という意識が植えつけられていると、「どなたでも参加できる」とPRしても自分がその対象に入っていないと思い込んでしまうバリアがあるそうですね。
廣岡 栗栖の希望は、障害のある人もない人も一緒になってパフォーマンスをつくって披露するために、コミュニケーションを取りながら、できるだけ稽古にも来られるようにフォローしてほしいということでした。そこでまず私がやったことは、障害ある参加者の情報が圧倒的に足りないので、事前に片端から電話をして、参加するために不安な要素などを一から一人ずつに何度も聞いていきました。最初に「パフォーマンスを披露する」という明確な目標があったので、この日までに何をしないといけないという組み立てができました。この方法でうまくいかなかったら、こっちでやってみようというふうに自分の中でやり方の修正と切り替えを繰り返しながら進めました。この連絡をいつまでにして、絶対にコミュニケーションを取れるようにしておこうとか。そのためにありとあらゆる手段を使うという考えに自然と切り替えられたんだと思います。「これが当然だよね」とか「これじゃなきゃダメ」みたいなことは言ってたら何も進まないから。
「SLOW CIRCUS SCHOOL」でファシリテーターをしている廣岡さん 写真提供:SLOW LAVEL
「SLOW CIRCUS SCHOOL」でファシリテーターをしている廣岡さん 写真提供:SLOW LAVEL
――その試行錯誤の経験から気づいたことはたくさんあるでしょうけど、特に印象に残ったことは?
廣岡 私にとっての大きな壁は、さまざまなサポートをする中で、障害があるからと「してあげている」という思いでやるものは必ず歪みが生まれるということです。お互い対等というか、気持ちがフェアでいないと、本当に問題が起きたときや突っ込んだ相談をするときに向き合ってもらえないんです。こちらの考え方や心持ちは一瞬で見抜かれる。だからこそお互いに耳の痛いことを言える関係性をどれだけ築けるかが重要であり、今でも課題です。そうでないと最終的に本当の意味で安全な環境はつくれない。逆に自分の中でそれが腑に落ちたときに、「お互い人間なんだから初めからすべてわかってるわけじゃないし、間違うこともある」と思えて気持ちが楽になりました。必要な支援を完璧に提供しなければいけないというプレッシャーを取り払ったときに、次に進めたのかな。相手のことを一つでも多く理解して、いろんな障害や疾患のことを勉強して、守らなきゃいけないと思ったときもあったんですけど、いやいや違うなって。
「SLOW CIRCUS SCHOOL」でパフォーマンスの輪に加わったり見守ったりしている廣岡さん
もちろん今でも試行錯誤の繰り返しです。どんなにその時に自分が精いっぱいやってもそれが違っていたり間違っていたら、潔く私は謝る。そしてまたそこから始める。だって同じ障害の名前を持った人でも、それぞれ必要とすること、身体上の違い、そしてその人自身がして欲しいと思っていることなど、みんな違うんです。つまりマニュアルなんかどこにもない。ですからフィードバックの繰り返しですよね。果たしてこれはどんなアクセスシビリティが足りてなかったのか、そもそも何が足りてなかったのか、それは配慮が必要なことなのか、あるいは個人的な欲求や期待からくるものなのか、とか。そんなことを日々繰り返していると、「不必要なことを過剰にするのは配慮ではなくて、やる側の自己満足でしかない」とわかってきたんですね。お互い対等なところから始まる。「やってもらって当たり前」でもなければ「自分を犠牲にしてまでも相手の望むようにしなければならない」ことでもないんです。
「SLOW CIRCUS SCHOOL」でパフォーマンスの輪に加わったり見守ったりしている廣岡さん
――そこまで進めた自信みたいなものは確かに廣岡さんから伝わってきます。
廣岡 そうですか?(笑)。ただ、そうやって障害を持った参加者のお母さんたちとも関係性を築いていくうちに本音みたいなものも話してくれる関係性が生まれてくるんです。特に障害のある人は、失敗するつもりはないのに失敗して自信を失くしてしまう体験は多くしていても、何か新しいことにチャレンジして失敗できるチャンスがなかなかない。失敗できるチャンスがないということは成功体験ができるチャンスもないわけです。障害があるという理由で、「それは違うな」とその人自身に思っていても周りの人は遠慮をして叱ったり注意しない、そしてアドバイスにもつながらないから変わるチャンスもなくなってしまう。本当は人は障害の有無にかかわらずその人としての成長が必ずあり、自立の形があると思います。お母さん方と話していてもそういう声は聞かれます。障害を持つ子を社会に送り出しているお母さんたちは本当にタフで、私も話すたびに多くのことを学ばせてもらっています。スローレーベルではきついトレーニングを取り入れることもあります。もちろん参加者自身がやると決めて参加しているので、トレーニング中は私も本人にとって出来てないことは「出来てない」と伝えますし、同時になぜ出来ないのか、出来るためにはどうするかを一緒に考えて試行錯誤しながら出来るまでやる。厳しく言う以上は私も最後まで責任を持ってフォローします。
「SLOW CIRCUS SCHOOL」でパフォーマンスの輪に加わったり見守ったりしている廣岡さん

「SLOW CIRCUS SCHOOL」でパフォーマンスの輪に加わったり見守ったりしている廣岡さん

――廣岡さんが培ってきたものを、今度はスローレーベルのメンバーに広げていく、さらにはイベントにかかわるボランティアさんに広げていく取り組みもされていますよね。 
廣岡 今は本当に少しずつ、アクセスコーディネーターに興味をもって活動に参加してくれる仲間ができ始めました。教育に携わっている人や同じように看護師だったり。その人たちと一緒に活動する中で共通認識として伝えていることは「誰も脱落者を出さないようにすること」。安全を確保することはもちろんですが、その場にいる人がどんな条件であってもその人なりに参加できる環境をつくるために想像できる限りを尽くすこと。自分なりにかかわる、働きかける、たとえ距離感が必要な人に対しても決して無関心になる人を一人もつくらない。それは参加者だけにとどまらず、保護者の方や介護ヘルパーの方などそこにいるすべての人に対してです。
あとは笑顔かな。最初にその環境に入ってくる人を笑顔で受け入れるように私個人としては心がけてます。そういうものが伝播していってくれたらいいなと。
「SLOW CIRCUS SCHOOL」でパフォーマンスの輪に加わったり見守ったりしている廣岡さん
――スローレーベルとして、目指す世の中とは?
廣岡 栗栖は「障害者という言葉をこの世の中からなくす」ことを一つの目標としてやっていて、その想いを共有していろんな形で参加してくださる方がいるし、私もそうだなと感じています。そして、そういう社会が実現するということは、アクセスコーディネーターというポジションが必要なくなるときだとも思います。自分と違う人と各々が自分なりにコミュニケーションをとりかかわり合うことができるようになれば、わざわざ代わりにそれをやる人は必要なくなる。そうやって人が変わっていくことで変化する環境や社会は、障害という心の言葉が人びとの内からなくなっていくことにつながるんじゃないかと思っています。イギリスなんかは2012年のロンドン・パラリンピックがすごく大きなきっかけだったとも聞きます。障害など自分との違いを持つ人とコミュニケーションを取りながら対峙する、そういう部分においてはやっぱり日本人、日本の社会はまだまだ成熟していかないとなと思います。でも、今年は日本でもオリンピック・パラリンピックが開催され、本当に多くのさまざまな違いを持った人とかかわって、変われるチャンスがあるので楽しみにしています。
「SLOW CIRCUS SCHOOL」でパフォーマンスの輪に加わったり見守ったりしている廣岡さん
取材・文:いまいこういち

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