劇作・演出家の工藤千夏に聞く──渡
辺源四郎商店公演『どんとゆけ』『だ
けど涙が出ちゃう』

渡辺源四郎商店で、昔のスポ根アニメの主題歌から採られたタイトルの作品が2本上演中だ。タイトルのポップな感じとは対照的に、内容は「死刑員制度」という重いテーマを扱っている。『だけど涙が出ちゃう』は『どんといけ』からスピンオフし、前日譚として書かれた新作である。その作・演出を手がける工藤千夏に企画意図を聞いた。
渡辺源四郎商店公演『どんとゆけ』『だけど涙が出ちゃう』のチラシ。
■懐しいのアニメソングがタイトルの由来
──今回は『どんとゆけ』の再々演と、新作『だけど涙が出ちゃう』を組み合わせての上演になります。『どんとゆけ』には続篇として『あしたはどっちだ』があり、わたしの世代にはどちらも思い出深いアニメソングから採ったタイトルが付けられています。『だけど涙が出ちゃう』の後には「女の子だもん」という台詞が続きますが、このタイトルにされた理由を教えてください。
工藤 畑澤の2作がまずあって、その両方に登場する青木しのという死刑囚フリークの女性が、なぜそのような生きかたになってしまったのかを書きたいと思ったときに、同じシリーズのタイトルとして、懐しい世代のアニメソングのタイトルを探しました。『どんとゆけ』も『あしたはどっちだ』も男の子な感じのものなので、青木しのの話に特化していくときに、女の子が主人公のものがいいなと思って、同じスポーツアニメの『アタックNo.1』から「だけど涙が出ちゃう」をもらってきました。
──ちょうど、『少年マガジン』で連載された『巨人の星』は、1968年から71年にかけての連載でしたし、『アタックNo.1』は1968年から70年まで、『週刊マーガレット』に連載されました。ふたつの作品は、まさに響き合ってる感じです。アニメーションがテレビで放映されたのも、ほぼ同時期でした。
■裁判員制度のパロディだった「死刑員制度」
──10年前、20歳以上で選挙権のある人から、裁判員候補者を選ぶ裁判員制度が発足しました。今回上演される『どんとゆけ』『だけど涙が出ちゃう』は近未来が舞台になっていますが、どちらも「死刑員制度」が導入されて、それが実施されるところが描かれています。
工藤 バックグラウンドに「死刑員制度」があり、人間がどう動くかというふうにドラマが展開していく点では、どちらもいっしょです。
──死刑制度というかなり重いテーマが、背後に据えられている印象を受けます。
工藤 だいたい1年ぐらい前に、来年は渡辺源四郎商店で何をしようという相談を主宰の畑澤とするんですけれども、一昨年、オウム真理教の死刑が執行されました。わたしたちの世代としては、あの事件そのものも、いろんなことが明らかにならないうちに死刑が執行されたこともショッキングな出来事で、それをニュースで見たり、本や雑誌で読んだりするなかで、死刑員制度の話をもう一回やってみようということになりました。
そもそも畑澤が『どんとゆけ』を書き始めたときは、裁判員制度のパロディで「死刑員制度」を作り、架空の制度としてやりはじめたんです。書きすすめるうちに、裁判そのものよりも死刑とは何なのかという問題に突き当たりました。誰かを殺したからという理由で死刑になるということ自体が矛盾のような……。そして、『あしたはどっちだ』を畑澤が書こうと思ったときも、「死刑員制度」は死とは何なのかを突き詰めていける素材だったので、さらにまた違うアプローチで死や死刑を見つけられると考えた、という経緯があります。
渡辺源四郎商店『どんとゆけ』(畑澤聖悟作・演出) 撮影/山下昇平
■死をどのように描くか
工藤 今回は『どんとゆけ』の再々演との二本立てで、新作『だけど涙が出ちゃう』を上演するという企画なので、青木しのの前日譚という前提のうえで、やはり、同じように「死刑員制度」があるという設定にしました。畑澤は、前二作で遺族が恨んでいる犯人を登場させてきたので、わたしは逆に、この人は本当に死刑になったほうがいいんだろうかということから考えられる死刑囚を登場させたいと思いました。
実際に死刑になったお医者さんはいませんが、日本の現在の法律では、医者が本人あるいは家族の承諾なしに限りなく尊厳死に近い何かをしてしまった場合には、罪に問われる状況になる可能性が非常に高いです。
安楽死を求める人たちが、海外へ行くということも実際に起こりはじめている状況のなかで、この現実と畑澤が考えた死刑員制度という架空の制度をうまくミックスして、新しいドラマを作れるんじゃないかと考えた次第です。
──たしかに、始まったばかりの臓器移植においても、脳死判定をめぐるさまざまな議論があったために、しばらくできなくなっていたと思うんですが、死というものを考えるうえでの厳密さが一方で存在する。同時に、日本は先進国では死刑を認めている少ない国のひとつになっています。
工藤 実際に医療の現場で高齢化が進んでくるなかで、末期のがんだったり、重い病気になって回復の見込みのまったくない、意識もない人たちが、そのままベッドで人工的に生き続ける。その状態をやめるという選択を本人ができないなかで、どうしたらいいのかという話は、今回、死を考えるうえで、とても考えさせられました。
「死刑員制度」の死刑も、他者が決めて死刑を執行する。それと、医療の現場で、家族なり医療従事者が決めて生を終わらせるというのは、同じではないんですが、根底にはどうしても通じてしまう部分があると思いました。だったら自然死ならいいのかというと、そんなに単純な問題でもない。死刑も深い森ですけれども、人間の死を考えること自体が、あまりにも深い深い森のように感じました。書いても書いても書ききれない……。
──戯曲自体もどんどん長くなっていってる感じがします。
工藤 そうなんです。読んでいただいた台本から、またさらに進化させて、長くなっているんですけれども、実際、この上演が終わっても考えつづけるだろうし、ちがう作品として作るのか、今回の続篇として作るのかはまだ先の話ですけど、本当にずっと考えつづけて表現しつづけるテーマに出会ってしまったなという感じがしています。
渡辺源四郎商店『だけど涙が出ちゃう』(工藤千夏作・演出) 撮影:山下昇平
■重い内容を笑いで軽くする
──今回の設定としての「死刑員制度」は、死ぬことを他者が決めることも特徴的なんですが、被害者の家族の方々が刑を執行するのもユニークだと思いました。仇討や応報感情を重視する日本人らしい設定になっている。
工藤 『どんとゆけ』に出てくる話なんですけど、刑務官の方が実際に執行することに対して、仕事なのでしかたがないと割り切ろうとはするものの、重圧を感じて精神を病んでしまったというエピソードもあります。そのときに「じゃあ、本人たちの方がいいんじゃないの?」というところから、フィクションは始まっています。
──当時の畑澤さんは、裁判員制度の単なるパロディとしての「死刑員制度」を考えていたから、軽い思いつきのように書かれていますが、よく考えると、すこぶる重い行為ではないかと。しかも、自宅を利用して、刑を執行する。
工藤 そうなんです。なので、重い内容の話だからこそ、笑えるようにしたいというのは畑澤が目指していたことで、わたしもブラックユーモアをちりばめて、そういうことができたらいいなと思いながら書きました。
同じ劇団の違う作家が、いずれも客演の方を呼んで、今回はふたつの作品の交互上演になります。作・演出が違うので、当然、テイストはちがうのですが、根底にあるイメージや大事なところはひとつにして、同じシリーズの作品として作れたらいいなと思います。
渡辺源四郎商店『どんとゆけ』(畑澤聖悟作・演出) 撮影:山下昇平
■卓袱台と安楽死
──どちらも小劇場ならではの、和室の茶の間でくり広げられるお話として描かれていますが、こだわりのようなものはあるんでしょうか。
工藤 わたしはないんですけど、今回、ふたつの作品を交互上演するにあたって、まず『どんとゆけ』が決まっていたので、「じゃあ、同じ装置でやります」という劇団事情もあって(笑)。
──和室に卓袱台がある風景って、ほとんど見かけなくなりましたが、見ていると落ち着きます。
工藤 とくに畑澤は卓袱台が好きで、とにかく意味なく稽古場に卓袱台を置くと、なんか「なべげん」始まったなという感じがすると本人が言ってました。
──『だけど涙が出ちゃう』は、『どんとゆけ』と『あしたはどっちだ』のスピンオフとして、青木しのの視点から描かれています。彼女はまだ高校2年生で、死刑囚の傍聴を希望している。やがて、自分の父親についての事実が明らかにされていく。さらに途中から展開するエピソードのなかで、母親と同じ呼び名の犬の死が重なっていきます。
工藤 動物の安楽死の話を入れたいなと思ったのは、動物の医療のほうが、よりダイレクトなんでよね。ペットを家族のように思っていらっしゃる方は多いんですが、実際に動物病院などの現場を調べていくと、人間が尊厳死、安楽死するという話とは、やっぱりレベルがちがっている。
──ペット事情を比較すると、外国では治療が見込めない病気であることがわかると、苦しまないように安楽死させる傾向があります。
工藤 去年、バート・レイノルズの最後の主演作『ラスト・ムービースター』を観たときに、いきなりペットの安楽死の場面から始まりまして、やっぱり、アメリカ人的な考えかたでドライですよね。苦しませたり、お金がかかったりするよりも、とにかく早く楽にしてあげたほうがいいと。
──ペットの安楽死を選択するときに、飼い主はあまり迷ったりしません。
工藤 それが悪いことだと躊躇する気持ちはほとんどない。それを見たり調べたりしているときに、じゃあ、人間と何が違うんだろうかという違いから考えはじめて、イメージを重ねて書きたいと思いました。
渡辺源四郎商店『だけど涙が出ちゃう』(工藤千夏作・演出) 撮影:山下昇平
■前日譚によって登場人物を掘り下げる
工藤 青木しのが『どんとゆけ』『あしたはどっちだ』のように、どうして死刑囚と結婚をし、わざわざ自分の家に招き入れて死刑を執行するという人生を選んだかを考えたときに、たんに死刑囚が好きというだけでなく、生い立ちや、彼女がそのように生きざるをえなかった事件があるべきだろうと思いまして。
そのとき、わたしは、父親が誰なのかが彼女のなかでとても大きな問題だったということと、そこに死刑が絡んでいたことによって、そのまま彼女は死刑囚に寄り添っていく、あるいは死刑囚に対して愛情を強く抱くようになったと。
──それは幼いころに父親を亡くした娘がファザコンになるみたいな感じで、死刑囚へ感情移入していく感じでしょうか。『どんとゆけ』『あしたはどっちだ』を見た印象で言えば、青木しのは『サロメ』のように死の接吻をする女だと思っていました。だから、必ずキスをするし、恍惚とした表情を浮かべる。でも、そう考えると、単なるイメージの模倣で終わってしまう。今回は『だけど涙が出ちゃう』を見ることで、さらに青木しのの知らなかった過去が明かされていきます。
工藤 性的なものを死刑囚に感じるという傾向も、最初からそうだったのではなく、もっといろんなことを考えたり悩んだりしていた時期があって、それから大人の女になっていったほうが面白いような気がします。
渡辺源四郎商店『だけど涙が出ちゃう』(工藤千夏作・演出) 撮影:山下昇平
■俳優について
──戯曲の話が中心になりましたので、最後に役者さんの話をお願いします。
工藤 今回、いわゆる渡辺源四郎商店の俳優は、『だけど涙が出ちゃう』に関しては、畑澤と、ダブルキャストの高校生役を演じる我満望美と三津谷友香です。
あとの3人は、うさぎ庵に出てくださっている人たちばかりで、山藤貴子はラフカットの『真夜中の太陽』の貴子先生のオリジナルキャストです。
天明留理子は青年団リンク時代のうさぎ庵の作品に多く出演していますが、やはり、ラフカットの『終電座』にも出演してくれています。
各務立基さんは、まだ花組芝居に在籍していたときに、ガス会社のショールームで、水下きよしさんの演出で、わたしが書き下ろした『男たちのお料理教室』に出てくれたのが最初です。その後に、渡辺源四郎商店工藤支店に出演しています。
3人とも、拙作『パーマ屋さん』という借景芝居に出ている仲間です。そこに、俳優としても信頼する畑澤と、なべげんのホープである我満と三津谷がいる。
だから、いろいろかなり前からやっている人たちで気心が知れている。こういうふうに頼んだら、これが返ってくる、こういうふうに書けば、こういうことをやってくれるとわかってる人たちに出演していただき、自由に書かせていただいてる感じです。
──チーム千夏さんといいますか……渡辺源四郎商店には「工藤さん」は大勢いらっしゃいますから、あえてお名前で。チームワーク抜群の舞台を楽しみにしています。
取材・文/野中広樹

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