青年座を代表する財産演目『からゆき
さん』を綱島郷太郎&安藤瞳が語る~
「後輩たちが自分たちもやりたいと思
える作品として渡したい」

2019年に創立65周年を迎えた劇団青年座。その大きな理念のひとつは、“その時代その時代を映しとる創作劇の上演”だが、劇団を代表する財産演目となっている『からゆきさん』も当然ではあるが初演はあった。1977年のことだ。中台祥浩・東恵美子のコンビを皮切りに、大塚國夫・東恵美子、西田敏行・高畑淳子という顔ぶれで上演され、2015年からは綱島郷太郎・安藤瞳が引き継いだ。新コンビも100公演を超えたいま、何を思う?
作者は、戦後史四部作『反応工程』『日本人民共和国』『メカニズム作戦』『ザ・パイロット』、革命伝説四部作『明治の棺』『美しきものの伝説』『阿Q外傳』『聖グレゴリーの殉教』などで知られる劇作家・宮本研。若かりしころは自身の主義主張を強烈に発散させた戯曲を書いていた。しかし、一転、世話物の向こうに主義主張をギュッと押し込めたのが『からゆきさん』だった。からゆきさんとは、19世紀後半に、東アジア・東南アジアに渡り、娼婦として働いた日本人女性のこと。シンガポールで娼館の主人となった巻多賀次郎と、その妻で女主人の紋、愛国心を掲げる男たちと必死に働いて祖国に送金する女性たち。異国の地で懸命に働く彼らを、ハシゴを外すかのようにあっさり棄てる国家。本作は「女性を書けない」との評価に反発するかのように宮本が手がけた作品でもあるそうな。
青年座『からゆきさん』
――『からゆきさん』への出演が決まったときの思いから教えてください。
綱島 聞いたときは「西田さんと淳子さんのアレですか?」とびっくりしました。作品の存在は知っていましたが、研究所でも見たことがなくてVHSのでっかいビデオで見ました。
安藤 私も「私ですか?」って感じでした。『からゆきさん』には出たかったけれど、(からゆきさんの)ミユキ役や巴役でつけたらいいなと思っていたので、紋だと聞いたときは青天の霹靂でした。ものすごくうれしかったですけどね
綱島 それは、もちろん。光栄ですよね。歴史のある大きな、財産とも言える作品。僕は4代目になるのかな。
安藤 私は3代目。劇団内でも『からゆきさん』は人気があって、3年に1回、あるいは5年に1回は研究所の卒業公演に選ばれて上演されています。研究生を経て合格した人が劇団員になるわけですが、それぞれに多賀次郎、紋への思い入れがあるんじゃないかな。私たちの1代前が西田敏行さんと高畑淳子さんで、そこから本公演は20年も空いていたんですよね。だから私も郷さんも見えないプレッシャーと戦いながらの初日を迎えました。
綱島 そうだったよね。今もそれは変わらないけれど。
綱島郷太郎
――財産演目ということで何か劇団を託されたような気持ちにはなりますか?
綱島 外からは聞こえますね、そういう声は。でもそれどころじゃない。
安藤 ただ頑張らなきゃという感じです。普段も新作をやるときはプレッシャーがありますけど、劇団の代表作品をやるというのは背負い方がこんなにも違うんだと、今まで味わったことのない脂汗をかいています。
綱島 『ブンナよ、木からおりてこい』も財産演目ですけど、あれはコンスタントにやられている。でも『からゆきさん』はもう実際に見たことがない劇団員がほとんどです。僕らの座組も、ここまで後輩たちと一緒にいろんな地域を公演して回ってきているわけです。そうすると、次は誰がやるのかなあとか、後輩たちにしっかり渡せるような作品にしないとなあって。それもまたプレッシャーです。
安藤 私も後輩たちが「またやりたい」と思ってくれるような作品にしなきゃいけないなということはずっと思っています。「安藤さんはこんなふうにやっていたな」とか思い出してもらえるような演技をしたいです。
安藤瞳
――台本を読んで感じたことは?国に棄てられる庶民がもちろん悲しく、でも滑稽さをも感じます。現政権に切り捨てられる地方の構図に通じる気がして、今やる意味もあるのかなって。
安藤 全然古くないんですよ! 国と個人の関係に重心が行くとどうしても説明が多くなるじゃないですか。でもこの作品は男女の関係、世話物として描かれている。生きている人たちの息づかいが感じられるから面白いんです。だから遠い昔の話ではなく、今のお客様にも十分楽しんでいただけると思う。今の社会のことをテーマにされる劇作家さんも多いけど、どうしても主義主張が多くなる。それはわかるけれど、お芝居として、世話の部分がどこまで描かれているかというのは大事かもしれない。だから滑稽に思えることはすごいことなんです。
綱島 宮本さんの本はまったく無駄なせりふがない。僕の場合、舞台に出た瞬間からわーっとしゃべるんです。なぜこんなにセリフが多いんだろうと思うんですけど、しっかり覚えてしまうと、一言でも抜いてしまうとダメなんですよね。すべて必要なセリフなんです。
青年座『からゆきさん』
――それぞれの役についてお話ししてください。
安藤 強くて、凛とした女性のイメージがこの4年で私の中で変わってきて。そそり立つ岩壁のような人間で、何物にも臆せず屈せずブレない姿を強さだと捉えていた。でも今回は柔軟で、誰とでも向き合い、どこまでも優しく接するのも強さだと思ってやっています。だから多賀次郎のことも愛おしく思いつつも、一方で可哀想だとも思っています。つまり紋は国家のために戦おうとする男とは歩めないんですよね。目の前にいる女たちを大事にできない人間とは生きていけない。ここに出てくる男たちはみんなそうで、紋としては笑えてくる。男って可哀想だなって。あなたたちは自分自身や周りにいる人たちを守れていますか?と。だったら私が私の大切な人たちを守りますというのが紋の生き方なんです。
綱島 多賀次郎にとって紋は一目惚れするような存在。最初から最後まで、幕が閉じてからも紋のことは大好きなんだと思います。常に一緒にいて、任せたことはなんでもやってくれる。妻であり、仕事では右腕。でも多賀次郎は前妻のキノもそばに置いている。キノが病気がちなこともあって、紋のことがずっと輝いて見える。その一方で、多賀次郎はとにかく国家のために自分は何をするべきかを追い求めているんです。女性は付いて来いという考え方。だから前回は自分から何かを表現することは少なかったんですけど、今回はいろんな面を見せてもいいんじゃないかと思っています。だから、今は紋のことを好き好き好きって感じでやっていますね(笑)。紋がいなきゃ何もできないという駄々っ子として演じています。
安藤瞳
安藤 多賀次郎と紋、その日の寄りかかり方、支え方があるからこそ、国に対する思いも変わって見えるんですよ。紋が男性たちと話した後に国旗を見る瞬間が何回かあって、その見方が以前とは違ってきました。それは国に対する思いにも、国のために生きる男性たちへの思いにもかかわるんです。特に女性たちは家族の生活ため、国のために売られてきた。だけど国は私たちを助けてくれない。そのことに女性たちは男性たちより早く気づいているんです。一人のお客に抱かれるたびに、何が国のためなのだろう、国は私たちのために何をしてくれるんだろうって。仕事に疲れて死んでいく若い仲間たちを大勢見て、その中で何の因果か生き残ることができた自分たちではあるけれど、そうやって体や心で尽くしている私たちのことが、「働け、働け」と言っているだけの男たちにわかるもんか、何が国家だって紋は思っている。だから男の人を愛したくても本当に愛することはできない。紋の中には多賀次郎が女衒である限り、相容れない何かがあるんだろうとすごく感じます。
――でも多賀次郎は真面目に国のことを考えているんですよね。
綱島 それは間違いないです。俺が変えてやるんだくらいに考えていますもん。
綱島郷太郎
――最後にお客さんへメッセージをお願いします。
綱島 一人一台スマホを持っていて、何でも調べられる時代だからこそ、今は国家と個人が問われると思うんです。イギリスや香港をはじめ、いろんなところでいろんな事件が起きています。いつの時代も同じようなことが巡り巡るんだということを、とある日本の時代を背景に宮本研さんが描かれた作品です。宮本研さんというと、どうしても固い印象、言葉のぶつけ合いという印象があるかもしれませんが、『からゆきさん』は柔らかい作品なので、構えずに楽しく見ていただきたいと思います。
安藤 今、“からゆきさん”という言葉を知っている人が少なくなっている気がします。地域を回っていても、お年を召した方でもこういう歴史があったことを初めて知りましたという方もたくさんいらっしゃる。でもこういう人たちがいて今の日本があることを知っていただければと思います。女性たちは“からゆきさん”と呼ばれながらも本当に一生懸命生きているし、男性たちは男性たちで一生懸命。すごく可哀想だったり、滑稽だったり、美しくもあったり。決して私たちにとって、お客様にとって遠い物語ではありません。自分がそうなることもありうるわけで、そのときに自分がどうやって生きるのかを少しでも考えてもらえたら。エンターテインメントとしてもちろん面白いけど、からゆきさんに想いを馳せてもらえたらうれしいです。
取材・文:いまいこういち

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