野田秀樹の戯曲『カノン』を野上絹代
が演出~ワークショップ潜入レポート
&演出家インタビュー

2020年春の目玉となるであろうプロジェクトが始動している。野田秀樹作、野上絹代演出による『カノン』が、3月2日より東京芸術劇場シアターイーストで上演される。オーディションで選ばれた中島広稀、さとうほなみ、名児耶ゆり、永島敬三、大村わたるといった期待株のキャスト陣が発表されて、ベテランの渡辺いっけいも顔を連ねる。
本格的な稽古が控えるなか、11月某日に出演者ワークショップが開催された。この日集まったのは、演出の野上絹代を含めて11人。『カノン』の稽古を開始する前に、演劇の基礎的なトレーニングをすることがワークショップの主目的だという。
「13時になった。始めよう!」
野上がメンバーに声をかけ、車座になる。この日、ワークショップ初参加となった本多遼による自己紹介。元プロボクサーの本多は、シャドウボクシングを披露した。
クラシックバレエの経験があり、演出と振付を担当する野上。ワークショップの方向性は、俳優の身体性を意識したものだった。「ストレッチパーティー」と呼ばれる、メンバーそれぞれが独自のストレッチ方法を順番に紹介。リンパを流したり、股関節を緩めたり……。この日は11人が集まっていたので、計11通りのストレッチを体験することになった。
ワークショップの狙いについて、野上に話を聞くと、「コミュニケーションの密度を高める」ことも重要視していた。
「今回のキャストには、あまり舞台の経験がない人もいるので、その方のためのワークショップでもあります。体を動かす動機として、たとえば、それぞれ呼んでほしいあだ名で呼び合うようにして、あだ名に合わせて自分独自のポーズを決める。名前を呼ぶとみんながそのポーズをとる。それはもう振付だし、コミュニケーションの第一段階にもなる」
俳優たちはほかの参加者のあだ名とポーズを覚える。きぬちゃん、りょうちん、と名前を呼ばれたら、順を追ってポーズをつなげる。頭と身体を同時に使うゲームだ。
■出演者も講師役を担うワークショップ
休憩を挟んで、さまざまなゲームが展開された。架空のボールをトスし、あだ名を呼んで指名しながら回すバレーボール。試合形式で見えないボールをつないだが、誰もが真剣勝負で、異様な盛り上がりを見せている。さらには腹筋、体幹のトレーニング。筋力アップのエキササイズのとき、なぜか野上はスマホで尾崎豊のナンバーをかけるが、メンバーは苦笑しながらヘトヘトになっていた。メンバーの耳にどれだけ音が入っていたかは誰も知らない。
「せっかくいろんなキャリアの方々がそろっているので、各々の持つ技を紹介してほしい」という野上の意向で、ワークショップの後半は出演者が講師役となる場面があった。
名児耶ゆりは、小劇場からミュージカルまで俳優として活躍している。音大で声楽科に進んだ彼女による「発声法」に関するレッスンだ。声を出すときのストレッチ方法や、声をつぶさないために何をしているかをレクチャーし、仰向けで寝そべり、身体の状態を意識しながら声を出す。近くで聞いている筆者も、各々の声がより深く広がったように感じられた。
続いて、佐野功による筋トレの時間だ。殺陣師としても活躍し、柿喰う客などフィジカルな舞台作品にも多数出演している。身体の作用を意識したトレーニングで、硬くなった関節や可動域が面白いように柔らかくなり、広がっていく。予想以上に自分の身体が動いていき、出演者たちも驚いていた。
■自由の意味をもう一度考える
身体にまつわるさまざまなメニューを経て、ワークショップは終了。『カノン』の演出について、野上に話を聞くことができた。
――2015年に演劇系大学共同制作Vol.3で『カノン』を演出しました。キャストもガラリと変わり、今回の演出プランは大きく変わるのですか?
前回は、大学生をどう舞台に立たせて成立させるかというテーマでした。学生を躍動させることが目的だったのに比べて、今回は、私が鍛えられる企画だと思います。東京芸術劇場さんに、「おまえやってみろ」と言われているみたいな気がしています(笑)。そういう部分で前提は違うけど、演出プランそのものは大きく変わらないと思います。
――小劇場から映像系、ミュージカル畑の人など、さまざまなルーツのキャスト陣が集まりましたね。
いろんな分野の人に集まってもらおうと意識していたわけではないんです。いろいろ考えはしましたが、最終的にはベストの人がそろったと思います。意図しないまま、バラエティーに富んだ座組みになりましたけど、私が俳優さんとして自然と惹かれるタイプは、真面目で狂っている人(笑)。なので、結果的にそういう方が出演者に名を連ねていると思います。
――今回の企画では育児応援を掲げていますね。野上さんやスタッフさん、出演者にも子育て中の人がいます。
私にとっては「母」であるということはプライベートなことではなくて、創作活動を支える重要な事柄の一つになっています。
たしかに一人では育児と芝居を両立することは難しいし、周りの理解や助けがなければままなりません。でも、じゃあどちらかに絞ったらうまくいくのかといったら、それでも完璧にできるわけではないですよね。どうせ完璧にできないならば「どっちもやったほうがいいじゃん!」というのが本音です。やりたいことをやるというのが、私の精神としては健康的です。だから、自己紹介をするときは、「俳優・振付家・演出家、そして2児の母です。」というようにしています。
今回の座組にも同じような楽しさ、大変さを抱えたメンバーがいます。オーディションにも演劇をしながら子育てをしている方が何人か来てくださいました。そういう人たちが働いたり観劇したりする中での経済的・精神的負担を少しでも軽くしたいという思いはあります。
子どもたちとの健康的な生活の中では、たくさん自由な発想ももらえます。「自由」という言葉の意味について様々な論争が巻き起こる昨今、改めてその意味について考えさせる作品でもあるんです。まさにサブタイトルの通り『今度狙うのは「自由」だ。』。これが今度の作品の大きなテーマだと思っています。
撮影・取材・文/田中大介

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