名作と新作が光る『十二月大歌舞伎』
夜の部レポート 玉三郎の白雪姫に、
梅枝&児太郎が奮闘、松緑が初役でト
ラウマ級の存在感を発揮

2019年12月2日(月)~26日(木)まで、歌舞伎座で『十二月大歌舞伎』が上演される。昼・夜の二部制のうち、この記事では夜の部『神霊矢口渡』と『本朝白雪姫譚話』をレポートする。『阿古屋』(昼の部)の再演で話題の坂東玉三郎、中村梅枝、中村児太郎が、夜の部でも大奮闘している。
一、『神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)』
『神霊矢口渡』は、浄瑠璃『太平記』を歌舞伎にした時代物。「矢口渡」とは、現在の多摩川が、大田区を流れるあたりにあった渡し船のこと。全五段のうち、四段目にあたるのが「頓兵衛住家の場」だ。舟守の頓兵衛の家が舞台となる。
幕が開くと、頓兵衛(松緑)の家。派手ではないが新しく、立派な造りをしている。ただの船頭の家とは思えない。時は南北朝時代。実は、足利尊氏を討伐すべく出陣した新田義興を、穴があいた舟にのせ、騙し討ちにしたのが頓兵衛だった。頓兵衛は、尊氏サイドからたっぷりと褒美をもらったばかりなのだ。
そんな頓兵衛の家を宿屋だと思い、戸を叩く者があった。義興の弟・義峯(坂東亀蔵)と、連れの傾城うてな(児太郎)だった。二人は、船が出ない時間となったため、一晩泊めてほしいと頼み込む。
家の奥から出てきたのは、頓兵衛の娘のお舟(梅枝)。はじめこそ、家に入れることを拒むが、義峯の顔を一目みるなり態度が変わる。お舟は、義峯に一目惚れしてしまったのだった……。
『神霊矢口渡』(左から)娘お舟=中村梅枝、渡し守頓兵衛=尾上松緑
■愛らしく、胸に迫る梅枝のお舟
「頓兵衛住家の場」の主人公は、お舟。同じ屋根の下に、傾城うてながいるにも関わらず、積極的に義峯に言い寄る。こんなタイプの女性が現実にいたら(あるいはTVドラマや映画でも)、高い確率で同性から嫌われる。しかし、このお舟ならば、そんなことはないだろう。豪華な振袖を着ているがどこか垢抜けず、自分の気持ちに正直。不思議と憎めない愛嬌がある。
そんなお舟の愛らしさが、後半の悲しい展開を一段と引き立てる。しかし悲しいばかりではない。深手を負い、六蔵(萬太郎)と揉みあい、体をひきずり、髪も着物もふり乱す凄惨な場面さえ、力強く美しく輝き、お舟には、最後まで応援したくなる魅力があった。脚本や歌舞伎の型がもつ力を、梅枝が体現した結果にちがいない。
■観る者をゾッとさせる、松緑の頓兵衛
「頓兵衛住家の場」において、もう一人の主役となるのが頓兵衛だ。娘の命より、手柄と褒美を欲しがる強欲な男。花道の引っ込みが、見せ場となる。
頓兵衛は、一太刀で杭を切り落とし狼煙をあげると、花道へ。ツケとリズムを重ね、「蜘蛛手蛸足(くもでたこあし)」と呼ばれる動きで床を踏み鳴らし、手に構えた刀の鍔をチャリチャリと響かる。おかしみがあっても不思議ではない動きだが、大きな目が殺気と欲にギラつき、観客をゾッとさせた。
そこから息もつかせぬテンポで、お舟の場面へと続く。
回り舞台によるダイナミックな演出、お舟の人形ぶりなど、見どころが詰まった一幕。なにより松緑の頓兵衛、梅枝のお舟が、初役とは思えないほど、はまっている。二人は、この役を今後何十年も繰り返し演じていくのだろう。だからこそ、最初の一歩となる今公演を見逃さないでほしい。
二、本朝白雪姫譚話(ほんちょうしらゆきひめものがたり)
夜の部を締めくくるのは、『本朝白雪姫譚話』。グリム童話「白雪姫」を題材に、場所は日本、時代は天正年間に置き換えて創作された新作歌舞伎だ。
大筋は、映画や絵本で誰もが知るおとぎ話「白雪姫」だが、今作では、白雪姫の命を狙うのが継母ではなく、実母となる。これはオリジナルの原稿(1810年)と初版本(1812・15年版)に準じた設定だ。
一人称が「わらわ」の下げ髪の女が、実の娘の命を狙い、肺や肝臓を煮て食べる。
……と文字にすると、グロテスクな作品を想像されるかもしれない。しかし『本朝白雪姫譚話』は、音楽、歌、踊りが華やかに彩り、ユーモア溢れる台詞と演技が観客を楽しませ、工夫を感じる演出に何度もアッと驚かされるエンターテインメントだった。
※以下、演出に関して一部ネタバレを含みます。ご注意ください。
■現代的な演出の、玉三郎版白雪姫
暗転の後、柝の音をきっかけに始まった雅な演奏。舞台上に、ぼんやりと浮かび上がるのは、三味線、筝の演奏者たちの姿。そこから紗幕を使った演出で、宮中の場面へ。噂好きの腰元たちが現れ、イントロダクションを語りはじめた。
「野分の前(のわきのまえ)さま」が、グリム童話でいうところの"意地悪なお妃さま"だ。野分の前は、美しく気品があり、雪のように美しい娘を無事に出産した。しかし彼女には悩んでいた。実の娘が「世界で一番美しい自分」よりも上をいく美しさを秘めていることに……。
『本朝白雪姫譚話』(左から)野分の前=中村児太郎、鏡の精=中村梅枝
舞台には、上手、下手、その奥にも、花の絵があしらわれた大きな屏風がある。その手前に、雅楽の鼉太鼓(だだいこ)のようなフォルムの鏡が据え置かれている。ライティングの加減で透明度が変わってみえる紗幕は、場面と場面をシームレスに繋ぐ。これにより今まで見えていた演奏家たちが見えなくなり、そこになかった屏風が現れるなど、幻をみたような幻想的な空気を演出していた。
■美しく気高い、野分の前と鏡の精
児太郎が演じる野分の前は、気品に溢れ、美しい。しかし発する声から、心のわだかまりを匂わせ、個性を際立たせる。鏡の精を演じるのは梅枝。一幕前の「お舟」とはガラリと変わり、血の気を感じさせない静謐なキャラクターとして登場した。理路整然と、野分の前に"真実"を伝える重要な役どころだ。
野分の前と鏡の精の掛け合いは、冗談を言うわけでもないのに、コミカルな空気を生んでした。野分の前が嫉妬心を燃やし、無茶な思い付きをするたびに、客席には笑いが起きた。鏡がバッサリ正論で返すのも心地よい。笑うばかりの演目かと思えば、まさに鏡のように、二人揃った動きの舞踊が披露されると、息をのむほどの美しさ。児太郎と梅枝が十二分に盛り上げたところで、いよいよ玉三郎の白雪姫が登場する。
■純粋無垢すぎる、圧倒的美しさの白雪姫
花道から華々しく、ではなく、舞台下手より静々とした登場。その姿に気づいた席からじわじわとどよめきが起き、拍手をおくる人、慌ててオペラグラスを構える人、同行者を揺らして玉三郎を指し示す人もいる、圧倒的な美しさ。大人になり切っていない、ちょっとした仕草が愛らしい。一方で、玉三郎自身も事前の取材会で「白雪姫って実は作中で一番意思がない」と笑っていたとおり、純粋無垢で天真爛漫。気を抜くと野分の前に同情してしまいそうな、天然キャラ。そこがまた、時に笑いのポイントとなり、時に涙のポイントともなっていた。
三人が並び箏の演奏で対決するシーンは、昼の部『阿古屋』を観た方ほど、ワクワクさせられる趣向ではないだろうか。中村獅童は、狩人にあたる郷村新吾役でスパイスとなり、歌之助はフレッシュに輝陽の皇子を演じ、彦三郎は頼もしい従者の役で舞台を支える。子役たちによる七人の小人ならぬ、七人の妖精も、想像を上回る仕事量&仕事ぶりだった。
『本朝白雪姫譚話』(左から)従者晴之進=坂東彦三郎、白雪姫=坂東玉三郎、輝陽の皇子=中村歌之助
女性同士の観劇にイチ押し『十二月大歌舞伎』
内容は、誰もが知る「白雪姫」だ。歌舞伎の知識がなくとも、「話を追わなくては!」という努力の必要がない。舞台で繰り広げられる一流の歌舞伎役者の趣向を、大らかに、純粋に楽しめる作品だと感じた。
『神霊矢口渡』で歌舞伎の名作を味わい、『本朝白雪姫譚話』でユーモアたっぷり、メルヘンチックな美的空間に酔いしれる。『十二月大歌舞伎』は、歌舞伎に馴染みのない方、とくに女性同士の観劇にぴったりの演目だ。公演期間は、2019年12月2日(月)~26日(木)まで。一年の締めくくりに歌舞伎座で、日常から切り離された特別な時間を過ごしてはいかがだろうか。

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