大衆演劇の入り口から[其之三十八] 
徹底したSNS宣伝が凄い!東京・浅草
木馬館支配人に聞く

一ファンとして、世間から見た大衆演劇は、まだベールに閉ざされた芸能だと思う。100以上の劇団が毎日公演を打ち、大都市では東京に3、大阪に18、福岡に5つもの専用劇場があるけれど、一般の人が「ああ、大衆演劇って月ごとに移動して芝居をやってる、あの」とパッとイメージするには至らない。その一因は、情報が知る人ぞ知るファンネットワークに限られ、オープンなWEB上の情報が少ないことにあると感じていた。
しかし今、新しい動きが起きている。東京で二つの専用劇場(台東区・浅草木馬館、北区・篠原演芸場)を運営する「有限会社 篠原演劇企画」が、2019年8月からSNS広報を本格的に開始。ツイッター、フェイスブック、インスタグラム、ユーチューブで、大衆演劇の魅力を発信している。
浅草木馬館(左)・篠原演芸場(右)
取材を申し込むと、篠原演劇企画社長の三男であり、浅草木馬館支配人を務める篠原由高さんがインタビューに応じてくれた。大衆演劇の未来を見つめた戦略とは――。
ツール別:SNS旅芝居広報戦略
――大衆演劇はメインのお客さんの年齢層が高いこともあり、従来、ネットやSNSの露出は多くはありませんでした。
今はもう、時代がSNSじゃないですか。自分たちで無料で宣伝できる方法ですし、一通りやったほうがいいんじゃないかと、以前から社内でも話をしていたんです。今年8月から社のホームページを一新し、浅草木馬館・篠原演芸場のSNS宣伝も本格始動することになりました。
――反響があったのは、やはり若い世代の大衆演劇ファンでしょうか。
初めは自分たちも若い人向けを意識していたところがありました。でも、実際やってみたら、年配のお客さんが思った以上に見てくれているんです。年配の方の場合、ツイッターなどに自分で投稿することはなくても、見る用にアカウントを持っていたりすることも多いようです。木馬館公式ラインは登録者の年齢層が見られるんですが、10~20代の登録者数は少なくて、一番多いのが50代なんですよ。
――それは意外でした。言われてみたら、今は60~70代のファンの方でもツイッターで劇団の情報収集をしていますね。
やっぱり大衆演劇の客層として、お子さんが育って家を出ているとか、生活の手がちょっと空いた世代の方が観始めることが多いのかなと思います。
――運営する4種類のSNSでそれぞれ投稿内容を変え、内容が被っていないのも特徴です。
ツイッターなら文面、インスタなら写真というように強みが違うと思うので、あえて中身を変えています。順番に役割をお話すると…。
(1)ツイッター:演目をビジュアルで見せる
浅草木馬館公式ツイッター(@asakusamokuba)
ツイッターはコアなお客さん、つまり既に大衆演劇をよく知っている人向けです。明日の演目や特別公演の案内を載せています。

――インパクト大なのが、ツイッターに掲載している特別狂言のイメージポスターです。
あれはすごく反響をいただいてますね。
劇団暁 2019年8月の特別狂言『大江戸恋花火』
劇団花吹雪 2019年9月の特別狂言『阿部定』
劇団美松 2019年11月の特別狂言『明烏のお吉』
――通常、大衆演劇のポスターは座長名や劇団名を打ち出しています。演目は毎日替わるので、“演目そのものでの集客”というのはこれまで見たことがありませんでした。
演目をまずビジュアルで見て、興味をそそって、行ってみようかなという気持ちにさせるのが狙いです。特別狂言の特別感も強くなりますしね。
――毎月30日、昼夜外題替えなら60の演目がある中で、ポスターにする演目はどうやって決められるのですか?
劇団さんの意見が最優先です。一か月間の公演の中で、どれをメインでやりたいかっていうことをお聞きして、じゃあ、これとこれを宣伝しましょうと決めています。20時半に夜の部の公演が終わってから、演目用の化粧・衣装を付けていただいて、写真撮りからやっています。なので、劇団さんの協力があって初めて出来ることなんですが、ありがたいことに座長さん方の反応はすごく良いですね。やってもらいたいって言ってくれる方も多いですし。
ポスターを目にしてくれたお客さんからは、SNSで「観に行きます」ってメッセージをいただいたり、あるいは直接劇場で、この演目が良かった!って言われることもあります。
――特に、どんな演目に反響がありますか?
新作のお芝居を観たいというお客さんも当然いますが、やっぱり昔ながらの演目を宣伝すると、多くのお客さんが来てくれます。それこそ長谷川伸(※)の作品ですね。
※横浜生まれの小説家、劇作家(1884~1963)。『瞼の母』『沓掛時次郎』『雪の渡り鳥』『一本刀土俵入り』などの股旅ものの名作は、多くの大衆演劇の劇団で上演され続けている。

長谷川伸の芝居『沓掛時次郎』(劇団花吹雪2019年9月公演)
昔からやっていて今も残っているお芝居って、結局良いものだと思うんですよ。大衆演劇も色んなお芝居をやっていますが、最終的に股旅ものは残っていくと思います。年齢層関係なく、分かりやすく、何も考えずに肩の力を抜いて楽しめる。そういう、娯楽の本当にはじめのところなんじゃないでしょうか。

(2)フェイスブック:全体向けの発信
浅草木馬館フェイスブック
フェイスブックは劇場のメインのSNSです。大衆演劇を知らない人、知ってる人、全体に向けての発信ですね。「木馬館」「篠原演芸場」で検索したときに、一番に表示されるということを意識しています。内容は、特別公演・予約開始日・演目表を更新しています。
――演目表をフェイスブックに上げた後、ツイッターに同じものを載せるのではなく、フェイスブックのリンクを案内するという丁寧な方法を取られています。
同じ内容を全部に載せちゃうと、「どれかを見ればいいんだ」って思われてしまうので、運営しているSNSでは同じことを上げないっていうのが自分の中の決まりなんです。
(3)インスタグラム:大衆演劇を知らない人にも
浅草木馬館インスタグラム
インスタは、大衆演劇を知らない人に向けての発信ツールとしては一番効果が大きいですね。インスタを見て、初めて大衆演劇を観に来てくれる外国の方も多いです。
――外国の方ですか?!
公式ラインで連絡が来るんですよ。「インスタグラムで初めて見ました、席を予約したいです」って。そこで予約者名を見ると外国の方のお名前なんです。特に反応が多いのは、芸者姿など女形の写真。あと派手な洋風の鬘より、伝統的な髷(まげ)の鬘のほうが反応があります。髷って日本文化にしかないじゃないですか。特に外国の方は、和の文化を観に来たいと思うんです。
――大衆演劇を知らない方に劇場まで足を運ばせるツール…すごいですね、インスタグラム!
やっぱり写真の強さですね。フォロワーもインスタが一番多いです。おすすめ欄にもユーザーや投稿が表示されるじゃないですか。おすすめ欄に木馬館の舞台写真が出てくるようになれば、少しでも気にしてくれる方が増えるかなと。それで、木馬館についての投稿数を上げるにはどうしたらいいかなって考えた結果、思いついたのが「木馬館写真コンテスト」という企画です。
――お客さんが舞台写真をインスタに投稿して、「いいね」の数で最優秀作品を決めるという、参加型企画ですね。
木馬館写真コンテスト告知画像。初のファン参加型企画は大きな反響を集めた。

第1回「木馬館写真コンテスト」最優秀作品(藍紫さん撮影)。たつみ演劇BOXの小泉ダイヤ座長(左)・小泉たつみ座長(右)による舞踊の一幕。
雑誌でもお客さんの投稿写真を載せたりしますよね。みんなで楽しむ形にすると、もっと大衆演劇自体が広がっていくのかなって。月一回開催し、毎回20~30人の方に投稿してもらえています。その月に公演している劇団さんの宣伝になるのはもちろん、劇場の宣伝にもなるといいなと思います。

――大衆演劇ファンの撮った写真が、大衆演劇文化を広めていくんですね!今後、お客さん参加型の企画はより拡大される予定でしょうか?
アイディアがあればどんどん取り入れていきたいですね。たとえば一日限定で、木馬館のツイッターアカウントをタグ付けしてもらって、投稿してもらったら100円引きにしますとか。もちろん、劇団さんの協力が得られて初めて出来ることではあるんですけど…。大衆演劇の場合、他の演劇の宣伝を参考にするのが難しいんですよね。舞台演劇で同じようなイベントをやっているところがあんまりないので。歌舞伎とかだと、お客さん参加型のイベントっていうのはまずないじゃないですか。
――たしかに、演者とお客さんの距離がグッと近い、大衆演劇ならではですね。
だから、自分たちの思い立ったままにやってみて、反応が良ければまた続けるという感じでやっていくのがベストかなと思っています。
(4)ユーチューブ:これからは映像の時代
浅草木馬館ユーチューブチャンネル「木馬館TV」
木馬館TV 2019年12月公演の劇団暁の紹介映像
ユーチューブには「浅草木馬館TV」「篠原演芸場」のチャンネルを開設し、毎月の公演劇団の紹介映像を載せています。最初は若い方向けを想定していたんですよ。それこそユーチューバーとかが流行ってるじゃないですか。実際には、ユーチューブからどんな層が、どれだけ来てくれてるかっていうのは分からないですが、やっぱり映像関係は時代の流れが強くなってると思うのでそこに乗っていきたいですね。
演目の宣伝でも、ポスタービジュアルの次は動画で、映画の予告編みたいなものを作るっていうことも考えています。新しいことをやり始めたときはお客さんの反応も良いですけど、やり続けると当たり前になってきますから、また違う方法を考えなきゃいけない。常に次のこと、次のことを考えながらやっています。
木馬館前に設置されているテレビ。
――木馬館の前に大きなテレビが設置されていますが、このテレビが登場したのはいつでしたでしょうか?
去年の12月です。「浅草木馬館TV」の映像と他のDVDを編集したものを流しています。通りかかる人にも見ていただいて、足を止めていただけるように。
劇場に来てもらうまでの三段階
――SNSは、若い世代の大衆演劇ファンを開拓していくツールとしてはいかがでしょうか。
もちろん若い世代のファンが増えたらいいなとは思っているんですけど、なかなか難しいですね。30代以下の方とかだと、そもそも大衆演劇のイメージがないと思うんです。大衆演劇って何?っていう段階かなと。存在を知らなければ検索することもないでしょうし。そういった方には、まず生で役者さんを観てもらって、こういう世界もあるんだって知ってもらうことが先かなと思います。
そこでSNSの前段階として、各地のお祭りやイベントに参加するようにしています。たとえば、木馬館から徒歩1分の距離に「まるごとにっぽん」さんという商業施設があるんですが、そちらのステージで劇団の座長さんが踊るイベントをさせていただいてます。観て興味を持った方が、検索して、木馬館のSNSに入ってきてくれればいいなと思います。
――(1)生の舞台 (2)検索→SNS (3)劇場に観に来る、この三段階が必要なんですね。
SNSの一段階だけではやはり難しいです。10月13日の「大江戸神輿祭り」というお祭りは台風19号で中止になってしまったんですが、これも桜春之丞座長(劇団花吹雪)と、劇団暁さんが出てくださる予定だったんです。
――イベントやお祭りを見て、すぐに劇場まで観に来られる方もいらっしゃいますか?
手応えはけっこうあります。イベントのとき、観覧の方に割引券を配るんですよ。「まるごとにっぽん」さんでのイベント時は当日限定の券を配布したんですが、一日で100枚ほどを回収できているので。
――100枚?! 即、反響ですね!
やはり生の役者さんの魅力を観た後だと、それだけ来てくれるんでしょうね。
大衆演劇と「まるごとにっぽん」とのコラボ企画では花魁道中などが行われた。(2019年5月橘菊太郎劇団公演)
支配人の夢
――この記事で由高さんの言葉を読んで、初めて大衆演劇に触れる方もいると思います。初めての方にお伝えできる大衆演劇の魅力とは。
近い距離感だと思いますね。他の演劇ではないくらい、舞台が客席にグッと迫ってくる距離ですし、送り出しっていう役者さんとお客さんが話せる場もあります。AKBさんの会いに行けるアイドルじゃないですけど(笑)、そういった近さが大衆演劇の良さだと思います。
――浅草木馬館支配人として、どんな夢をお持ちでしょうか。
昔の大衆演劇って、お客さんの動員がすごかったっていうじゃないですか。80年代、梅沢富美男さんたちの時代は木馬館も立ち見で、お客さんが入れないぐらいだったって。当時の様子を社長(由高さんの父・淑浩さん)から聞いたり、写真で見せてもらったりして、これだけ入ってたんだよって聞くと、もう一回動員を戻したいなっていう気持ちが一番強いですね。
――本当に実現してほしい未来です。
でも、自分が高校を卒業して劇場に入った頃はまだ、札止め(お客さんが超満員で入場を制限すること)が一年に何回もありました。今自分は34歳なので、16年前のことですね。動員が落ち始めてきたのは、2011年の東日本大震災以降です。震災前の木馬館は大入りの基準が300人で、ダブルが500で、トリプルが700だったんですよ。700っていうのは、昼夜とも立ち見のお客さんがいて達成できるくらいの人数です。それが一年に何回も出ていました。でも震災後に落ち込みが来て、今は大入りの基準になる数を下げました。300で大入りというのは同じなんですけど、ダブルは450、トリプルは600です。それでもトリプルは滅多に出ないですね。
――たった8年前なのに、状況が大きく変わったんですね…。
第一に震災の影響があり、さらにお客さんの年齢層が高かったのでお亡くなりになる方がいらっしゃる一方で、新しく入って来ているお客さんの人数が伴っていません。今、大衆演劇はちょっと苦境に立っていますが、自分たちの代で戻したいんです。大衆演劇を知らない方にも見てもらうことは、その一歩ですね。
浅草木馬館・篠原演芸場の丁寧な情報発信。そこには大衆演劇への愛情と、携わる人々の“一生懸命”がにじんでいる。SNS一覧を記事末尾にまとめたので、ぜひフォローしてほしい。
取材・文:お萩

アーティスト

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。