「輝く英国ロイヤルバレエのスター達
」をプロデュースする小林ひかるにイ
ンタビュー~出産、復帰、現役引退を
経て新たなバレエ人生をスタート

英国ロイヤル・バレエ団で15年間踊り、主役や重要なソリスト役を務めてきた小林ひかるが現役に別れを告げ、新たなステージで挑戦する。「SPICE」では、2020年1月31日(金)~2月1日(日)昭和女子大学 人見記念講堂で行われる「輝く英国ロイヤルバレエのスター達」をプロデュースする小林に単独インタビューを行い、近況や公演に向けての抱負を話してもらった。
■覚悟を決めての出産そして引退
――パリ・オペラ座バレエ学校へ留学し、フランスのユース・バレエ、スイスのチューリヒ・バレエ、オランダ国立バレエで踊ったのち2003年に英国ロイヤル・バレエ団で活躍されました。先年引退されましたが、どのように決断されたのですか?
2018年10月、『マイヤリング』(振付:ケネス・マクミラン)のラリッシュ伯爵夫人を踊り引退しました。長年にわたる怪我・故障も一因ですが、自分のベストの状態でキャリアを終えたいと考えていました。踊っていたいという気持ちを切り離すのは難しいのですが、ハッピーエンドで終わりたかったんです。そして娘を出産し復帰もして元のように踊れるようになり、これ以上望むものはないというタイミングで引退を決めました。
――出産から何か月で舞台に復帰されたのですか?
4か月です。2015年の1月に出産し5月のトリプル・ビルで上演された『イン・ザ・ナイト』(振付:ジェローム・ロビンズ)で復帰しました。それから3年くらい踊って引退しました。
小林ひかる『ラ・バヤデール』ガムザッティ
――今では日本でもバレリーナが出産してから復帰することが少しずつ増えてきていますが、そう多くはありません。
私は年をとってから主役をいただくようになったので、産休に入るタイミングを見付けるのが悩ましかったのですが覚悟を決めました。2014年、ケープタウン・シティ・バレエに呼ばれて主人のフェデリコ(・ボネッリ)と一緒に『白鳥の湖』の全幕を踊ることになり、その舞台で自分が満足のいく結果が出たら出産して舞台復帰しようと思いました。
――ボネッリさんのご理解もあったのですね?
公演の少し前に「この舞台に納得がいけば子供を持ちたい」と明かすと「そんなことを考えていたの!」と驚かれました。彼も本番が上手くいくかどうかドキドキしていたようです(笑)。高齢出産でしたので一種の賭けでした。でもダンサーはキャリアのこともあってそうなりがちです。実際にそういった例も見てきましたし、私は健康な体の持ち主だったので大丈夫だろうと主人と話し合いました。もちろん、どんなリスクが待っているか分からないし保証はありませんでしたが、子供を産みたかったのです。そして納得のいく舞台をやってから一度ピリオドを打たないと後悔するとも思いました。
小林ひかる『白鳥の湖』オディール
■足踏みせずに前進を
――無事に出産されましたが、舞台復帰にはさまざまな支えが必要だったと思います。
ロイヤル・バレエは施設や設備が世界で一番と言っていいくらい整っているので復帰しやすかったです。それに私は主役級を踊らせていただいていたので、自分の目標を出し、どのプロダクションまでには戻るという計画を立て、トレーニングの予定を組むことができました。とてもラッキーでした。
――復帰に向けてどのように準備されたのですか?
出産前日までクラスレッスンを受けていました。生んでからは3週間後にピラティスに戻り、クラスに戻ったのは4、5週間後くらいでした。舞台で踊っていたのは妊娠4か月前までです。イギリスのお医者様には「いつも通りに生活しているのが一番だ」と言われました。「無理やり止めることもないし、無理やり続けることもないので、自分の体に聞いてください」と。もちろん最後に判断するのは自分です。
――産後復帰されてから踊りに変化はありましたか?
昔は凄く緊張するタイプでしたが、それが無くなりました。一回り大きくなり落ち着きが出てきたような気がします。実際に周りからもそう言われました。体を完全に戻すために1年半かかったので格闘した部分もありましたが、いまは子供を生んでよかったなと本当に思っています。
――お子さんを持とうと決心された時も、引退を決める時もそうですが、自分の納得のいくところまでやりたいという気持ちが人一倍強いのですね。
私は一つの場所で足踏みしているのが嫌いなんです。これ以上上手くなれるとも思わなかったですし、体の状態のこともありましたので、ここで終わらなければ後はただ下に落ちていくだけだと感じました。舞台に立てなくなる寂しさはありましたが、前に進めないと分かった以上、持てる情熱をこれから出てくるダンサーたちに注ぎ、彼らをサポートしたいと思いました。

小林ひかる (撮影:稲澤朝博)

■バレエのことをもっと知ってもらいたい
――そうした思いもあって「輝く英国ロイヤルバレエのスター達」をプロデュースされるのですね。企画を立ち上げた動機をお話しください。
日本のバレエの状況を少しでも変えていきたい気持ちがあります。国にもバレエを職業として認めてもらうために何をしなければいけないのかを考えた結果、客層を広げることが第一だと思いました。皆様に劇場に足を運んでいただき、バレエをもっとよく知ってもらいたいんです。皆様にもっと理解していただき、分かりやすく見てもらいたいので、1演目ずつ踊る前にダンサーが作品について話したり、自分がどう感情を表現しているかを語ったりする映像をイントロダクションとして入れます。解説というよりも、ちょっとしたヒントのようなものです。
「輝く英国ロイヤルバレエのスター達」メインヴィジュアル (c)Andreuspenski
――Part 1「ダイナミズム- Dynamism」、Part2「パーソナル・エモーション- Personal Emotion -」、Part3「神秘的な存在- Mystical Being -」というテーマごとに分かれたプログラムが設定され、1公演につき2プログラムずつを上演する構成です。どのように組みましたか?
バレエに欠かせない要素の中からダイナミックさ、感情表現、人間ではない存在を踊ることの3つを選びました。もちろんロイヤル・バレエならではのレパートリーや新しい作品、ダンサーにとってチャレンジの作品も入れて、バラエティに富んだブログラムにしています。
――キュレーションの視点があるというか切り口をしっかりと打ち出していますね。
バレエに詳しい方だけでなく多くの方に理解していただきたいのです。Part1「ダイナミズム」ではバレエに欠かせないダイナミックさに焦点を当てました。それを表現できるロイヤル・バレエのレパートリーに加えダンサーの得意な作品を選んでいますので、彼らのダイナミックな個性が出せると思います。Part2「パーソナル・エモーション」の演目はダンサーたちと相談しながら彼らの思いを表現できる作品を選びました。Part3「神秘的な存在- Mystical Being -」では、妖精や神話の神々など目に見えないものを踊る作品を集めました。どうやって人間では無いものを見せるのかをご覧いただきます。
「輝く英国ロイヤルバレエのスター達」出演者集合写真 (c)Andreuspenski
■信頼できる仲間と共に伝えたい思い
――ローレン・カスバートソンさん、ヤスミン・ナグディさん、高田茜さん、ボネッリさん、平野亮一さん、ワディム・ムンタギロフさんというプリンシパル(最高位ダンサー)6名を含むロイヤル・バレエの中心ダンサー10名が揃います。
ロイヤル・バレエの団員は全員素晴らしいので選ぶのは難しいのですが、皆一緒に踊ってきた信頼の置ける仲間ばかりです。ディレクターのケヴィン(・オヘア)も彼らの出演を快く承知してくれました。このダンサーたちだったら3つのプログラムを通して私が伝えたいことをお客様に表現してくれると思います。よりどりみどりの個性を生かし、彼ら自身のベスト+新しい発見ができるようにプログラムを組んでいます。そんな彼らのダンスに対する目線を聞いたり見たりすると、舞台がまた違った形で見えると思うんですよ。映像によるイントロダクションを入れることはバレエ・ファンの方にとっても興味深いはずです。それにメンバーにとって初挑戦の作品も多いんです。若い子たちの演目だけでなく、茜ちゃんと亮一くんが組む『春の水』よりパ・ド・ドゥ(振付:アサフ・メッセレル)やメリッサ(・ハミルトン)が踊る『ルナ』(振付:モーリス・ベジャール)も彼らにとって初めてです。
――ロイヤル・バレエは多国籍なバレエ団ですが、日本のダンサーが何人も在籍し皆様ご活躍です。首脳陣らに何が評価されているのでしょうか?
日本のダンサーは真面目です。できないことはできるまで練習します。信用されているのでディレクターも安心して起用できる。皆それだけの努力もするし才能がある子ばかりです。
――日本の団員がひかるさんの家に集まってパーティーを開くそうですね。今回来日する高田さん、平野さん、アクリ瑠嘉さんも含めた現役で踊っているロイヤル・バレエの日本人たちと公私共に親しいかと思いますが、彼らの印象を教えてください。
日本人の中ではもちろんロイヤル・バレエの中でも上に立つにはかなりの苦労と努力が必要です。トップ・オブ・トップの団にいるわけだから、踊りたければ努力するしかない。皆覚悟して自分のベストをいつでも出せるように構えていますね。プライベートの時間では皆でリラックスできるように私のロンドンの家に季節ごとに集まります。この間は「食欲の秋」と題して皆でキノコや鯖を調理しました。飲んでわんさか騒ぐじゃないですけれども、そうすればグループのコミュニケーションもよくなります。リラックスする時間は大切で、次の公演に向けて頑張ろうという気持ちになります。
小林ひかる (撮影:稲澤朝博)
■観客とのコミュニケーションが大切
――「日本のバレエの状況を少しでも変えていきたい」という思いから今回公演を行いますが、客層を広げ、広く認知されていくための展望はどのようなものでしょうか?
イギリスとはカルチャーが違います。人々の生活のリズムが違う。イギリスでは仕事をして夜の息抜きに劇場に足を運ぶ方が多いのですが、日本にはそういう習慣があまりないですよね。そこで興味を持っていただくには何をしたらいいのかがキーポイントだと思います。
――でも、いまミュージカルは大ブームですし歌舞伎も人気です。それらと一緒にはできない面はありますが、もっと客層を広げていくことが課題なのは確かです。最近では新国立劇場バレエ団が日本人の主役も揃い、バレエ・ファンだけでなく多くの観客を集めるようになるなど変わりつつありますが。
「バレエは敷居が高い」というのは見ていても分からないから。なじみ易くというと変ですが、どうしたら興味を持ってもらえるのかを考えるべきです。「バレエは高級感あふれるもの」という考えも分かりますが、それで終わらせるのではなく、レベルの高い舞台を皆様に見てもらえるように、知ってみたいと思っていただけるように創っていきたい。それが一番大事です。

小林ひかる (撮影:稲澤朝博)

――最後に「輝く英国ロイヤルバレエのスター達」への意気込みをお聞かせください。
この公演をご覧いただきバレエへの理解を深めてもらいたいです。バレエの客層が広がっていくのが私の夢なんですね。そのためにはお客様の好奇心をそそるものを示さないといけないので、その要素をいま探っています。まず第一歩をお見せしますが、お客様の反応に興味があります。お客様からいただくコメントなどから勉強していくことがたくさんあるはずです。ダンサーはコーチとコミュニケーションをとっていきますが、プロジェクトをプロデュースしていく人間もお客様とコミュニケーションをとらないと良いものが生まれないので、それを楽しみにしています。お客様の期待に見合うものを一生懸命創っていきたいと思います。
【輝く英国ロイヤルバレエのスター達】CM映像
取材・文=高橋森彦 撮影:稲澤朝博(オフィシャル提供)

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