向井太一 “Zeppワンマン”で届けら
れたアルバム『SAVAGE』のすべて

向井太一『ONE MAN TOUR 2019 -SAVAGE-』

2019.11.14 Zepp Tokyo
3rdアルバム『SAVAGE』を掲げ、全国6カ所を廻るワンマンツアーを開催した向井太一。そのツアーファイナルが11月14日、Zepp Tokyoにて行なわれた。この日のMCで、「Zeppでワンマンすることを目標にしていた」という向井の言葉に、客席から大きな拍手が送られる場面もあったのだが、そんな場所で彼は、『SAVAGE』という作品に詰め込んだすべてを解放していくエモーショナルなステージを繰り広げた。
向井太一
この日のバンドメンバーであるGeorge(Gt&Key/MOP of HEAD)、村田シゲ(Ba)、Satoshi(Dr/MOP of HEAD)が定位置に着くと、客席に向かって軽く手を挙げながら、向井が姿を現した。1曲目は「Dying Young」。ドリーミーなサウンドが場内を柔らかく包み込む中、向井はマイクスタンドの前で両手を大きく広げて、伸びやかな歌を届けていく。アウトロへ向かうに連れてバンドメンバーの演奏が躍動していき、「東京、お待たせしました!」と叫ぶ向井。そこから「Savage」「Runnin'」と、曲を経ていくごとに、オーディエンスはリズムに身を委ねていき、フロアが強く波打ち始めたところへ、「よかったら一緒に歌ってください!」と繰り出されたのは「Crazy」。身体をしなやかに動かしながら歌う向井の声も、オーディエンスのリアクションも、ひたすらに熱を帯びていった。
向井太一
『SAVAGE』の収録曲を中心に置きながらも、彼がこれまで発表してきた楽曲も次々に飛び出してくる。「スタート地点に立つキッカケになった曲」と紹介されて披露した「SLOW DOWN」や、まるで壁のような分厚い音を奏でるバンドのキメに合わせて、ダイナミックなライティングが施された「SPEECHLESS」は、その迫力と美しさに息を飲むほど。そんなライブならではの高揚感を味わえる場面も多かった。パワフルなフェイクを響かせた「FLY」を終えると、キック音が響き渡る中、オーディエンスの歓声に「いや、もっと(たくさんの人が)おるやろ!? 楽しんでいますでしょうかー!」と焚きつけて「ICBU」へ。低音が猛烈に轟く中、ドロップ突入前にはオーディエンスにジャンプを求める。そこからシームレスに「Great Yard」へ繋いでいく運びも見事で、ダメ押しと言わんばかりになだれ込んだ「I Like It」でコール&レスポンスを繰り広げる彼は、なんとも楽しそうだった。そして、彼の歌声を存分に堪能できるミディアム~スロウナンバーが抜群に心地よかった。自身の胸の内にある思いを静かに“告白”していくように歌い出し、次第に抑えきれなくなってきた感情を切なげな声で紡いでいく「Confession」や、アルバムの中でも際立ってメロウだった「Can't breathe」では、身体の内側を熱く震わせる肉感的な演奏を受けた向井が、クライマックスで情熱的なファルセットを響かせる。それは極上という言葉に本当にふさわしいものだった。
向井太一
熱演に次ぐ熱演だったが、ハイライトとして『SAVAGE』に収録されていた「最後は勝つ」を挙げたい。『SAVAGE』というアルバムは、向井が抱えていたネガティブな感情──自身の理想に辿り着けないもどかしさや悔しさ、自分の周りで日々生まれてくる素晴らしい音楽への嫉妬、そして自分は音楽家としてどこまで続けることができるのかという不安といった、できれば胸の奥底に隠しておきたい気持ちを強烈なまでに曝け出した作品だ。この日のMCで、向井は「最後は勝つ」について、「自分を信じられなくなったり、誰かを妬んでしまったり、自分がわからなくなったときに、心の中で言い聞かせていた言葉を歌にした」と話していた。
そして、「最後は勝つ」を歌い始める。アンビエントで内省的なサウンドが特徴的な楽曲だが、ライブでは原曲には入っていなかった歪んだエレキギターが奏でられていて、向井の苦悩や、ささくれ立った感情、そして自らを奮い立たせる強い意思を押し出していく。向井はステージのギリギリのところまで前に出てきて、自分に言い聞かせるように、自身の誇りを振りかざすように、そして同じような思いを抱えている人へ歌いかけるように、声を振り絞りながら歌う。その姿は、泥臭いと言ってしまっても過言ではないもので、作品に刻み込んだ自身の思いをライブという場所で解放していくエモーショナルな光景に胸が熱くなった。
向井太一
アンコールに応えて、向井は再びステージに姿を現すと、昔の自分のことを振り返りながら、『SAVAGE』制作時のことをオーディエンスに話しかける。小さいときからどちらかといえば器用なタイプで、何事もこなしてしまってきたこと。音楽という大切な夢が生まれ、目まぐるしいスピードで走り抜けてきたが、『SAVAGE』制作前に自分の中で張り詰めていた糸が切れてしまったこと。音楽を聴くのも怖くなってしまい、自分が何を歌いたいのかわからなくなってしまったこと。しかし、今まさに自分が抱えている思いを歌い届けることで、自分自身の弱さや、ネガティブな感情も好きになれるんじゃないかと思ったこと──。
「『SAVAGE』は、前作の『PURE』と比べるとすごく聴きづらいと思うし、すごく暗い曲も多くて。ただ、僕の中では命を懸けて作ったアルバムでした。このアルバムを聴いて会いにきてくれて、めちゃくちゃ嬉しいです。本当にありがとう」
そして、自分が一番つらいときに支えてくれたバンドメンバーやチームスタッフに感謝を伝えた後、「先へ進めることを再確認させてくれた歌」として、「道」を披露した。
向井太一
向井はかねてより「ネガティブをポジティブに変換する」という話をよくしている。そういう意味でも、『SAVAGE』というアルバムは、音楽家・向井太一のアティテュードが一際強く表れた作品ともいえるかもしれない。また、当サイトで『SAVAGE』のインタビューをさせてもらったときに、音楽家としてのアイデンティティを失いかけていた中で、光が見えた瞬間はあったのかという質問に「“やっぱり作りたい”という気持ちがまさった」「どうしても作ってしまうというか」と答えてくれた。あまり考えたくはないことではあるが、もしかしたら、ネガティブの海に沈んでしまうときがまた来るかもしれない。しかし、そのときもきっと、彼はまた音楽を作ってしまうのだろう。アンコールで披露された「道」を聴いていると、長く険しい道に、少しずつ柔らかな光が差し込んでくるようなサウンドスケープが目に浮かんでくる。そんな景色の中で、彼はどこまでも遠くまで届くように、力強く、伸びやかに、歌声を響かせていた。

文=山口哲生 撮影=Yosuke Torii

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