坂東玉三郎「歌舞伎座なりの歌舞伎座
らしい新作を」 『十二月大歌舞伎』
への思いを語る

歌舞伎座公演『十二月大歌舞伎』が、12月2日(月)に開幕する。昼の部では『壇浦兜軍記 阿古屋』阿古屋役を、坂東玉三郎、中村梅枝、中村児太郎が交代で勤める。夜の部では、新作歌舞伎『本朝白雪姫譚話』が上演される。注目はそのキャスティング。「昼」に阿古屋を勤める3人が、「夜」に白雪姫(玉三郎)、鏡の精(梅枝)、母・野分の前(児太郎)として共演するのだ。
11月に都内で取材会が開かれ、玉三郎が出席した。歌舞伎で白雪姫といえば、2007年の俳優祭を思い起こす方もおられるだろう。しかし今回は、音楽劇としてカラーの異なる作品となるらしい。「歌舞伎座なりの、歌舞伎座らしい新作歌舞伎」とは? その構想や演出プランを聞いた。
「壇浦兜軍記 阿古屋」はトリプルキャストで
阿古屋は、女形の大役とされている。俳優は、傾城・阿古屋を演じながら、役の心のまま琴、三味線、胡弓の三曲を生で演奏しなくてはならない。難易度が高く、1957年~1986年は六代目中村歌右衛門だけが、1997年~2018年は玉三郎だけが演じてきた。それだけに昨年の『十二月大歌舞伎』で、玉三郎、児太郎、梅枝がトリプルキャストで本作を上演したことは、大きな話題となった。この三人が、今年の『十二月大歌舞伎』でふたたび『阿古屋』を上演する。
「児太郎さんと梅枝さんができるようになり、去年の阿古屋が良かったこともあり、次が何年後になるか分からないというより、続けてやったほうがいいと考えました」「一年経つと、私でもプレッシャーはあります。音楽家ではありませんから楽器も触っていません。それでも、せっかく楽器も衣装も三人分揃えましたしこの機会にと」
『壇ノ浦兜軍記 阿古屋』遊君阿古屋=坂東玉三郎 撮影:篠山紀信
そして玉三郎は、本興行のチラシを手に「三人阿古屋。不思議、豪華ですよね」と笑顔をみせた。以下、質疑応答を抜粋して紹介する。
『壇浦兜軍記 阿古屋(あこや)』あらすじ
平家滅亡後に、源氏方の重忠と岩永左衛門が、頼朝の命を狙った景清の行方を追って、景清の恋人である傾城・阿古屋を詮議する。その詮議の方法として重忠が提案したのが、箏、三味線、胡弓による三曲の演奏だ。もし阿古屋が嘘をつき、景清の居所を隠そうとしているならば、心の乱れが音に表れるはずだというのだった。
今年も見逃せない、玉三郎、梅枝、児太郎の阿古屋
ーーいま阿古屋を演じられる方が三人います。50年以上、お一人の方が勤めてこられた役なので新鮮に感じられます。
他の方(女形の俳優)にも、『自分も阿古屋ができるのではないか』と思っていただけたようです。とても良いことだと思います。児太郎さんと梅枝さんには、同じことを教えていますが、(同じ阿古屋にはならず)変わってくるのが不思議でもあり、面白いところ。お二人は大変仲良くされていて、お互いに、自分の阿古屋の課題を話し合ったりもされているようです。これも良いことですよね。
坂東玉三郎
ーー玉三郎さんご自身の阿古屋にも、影響や変化はありましたか?
私自身、無事に勤めることで精一杯でしたが、心情的に解放されました。「自分しかやる人がいない」「誰に渡すべきだろうか」といったことから解放されたように思います。
ーーあらためて、本作の魅力をお聞かせください。
源平の物語の魅力はもちろん、音楽的要素が重要ですね。曲が弾ければいいというだけではなく、阿古屋を演じる人が、音楽的なものをもっていないといけません。お客様にも、そこを楽しんでいただきたい。劇中では、(厳しく詮議しなくてはならない立場の)重忠だって、阿古屋が奏でる音楽を楽しんでいます。
保名や阿古屋に共通する、歌舞伎の力
玉三郎は、昼の部Bプロでは『保名』を踊る。『保名』は、目の前で恋人が自ら命を絶ったことにショックを受け、正気を失った保名の舞踊劇。上演の際は、気がふれた経緯の説明はない。清元の演奏とともに、形見の小袖を手に野辺をさまよう姿が、幻想的に美しく描きだされる一幕となる。
ーー『保名』の魅力についてお聞かせください。
保名は、いきなり長袴で登場します。そして何かが解決するわけでもありません。抽象的でありながら、とても古典的。物語の前後が切れていても心情で完結します。歌舞伎の名作には、このような独特なところがありますね。『阿古屋』も、冷静に考えたら唐突です。詮議の場だというのに、阿古屋が傾城の格好で出てきたり、詮議をする側も「三曲を上手く弾いたらOK」といって、めでたしめでたしと解決したり(笑)。
けれども、そこを乗り越えられるかが、歌舞伎には大切であるように思います。作品として乗り越えるのか。音楽で乗り越えるのか。役者で、演出で、あるいは技術で乗り越えられるものなのか。それぞれに技術的、演出的な物量があり、乗り越えられるだけの設えであることは、大事なのでしょうね。
音楽に彩られる歌舞伎版「白雪姫」
夜の部で玉三郎が出演するのは、新作歌舞伎『本朝白雪姫譚話』。まずは、その静謐で美しい世界観を、予告動画で見てほしい。
【十二月歌舞伎座】『本朝白雪姫譚話』告知映像
ーーグリム童話「白雪姫」を歌舞伎にしようと思われた経緯をお聞かせください。
俳優祭でもやっていましたが、今回は、新たに書き下ろしたものです。時代設定は、天正くらい上にして、さらっとみられるようにしました。物語としては、鏡の精とお母さんの話に意味があるものにしていただきました。
ーーなぜいま「白雪姫」なのでしょうか。
過去にも、何度か話に上げてはいたのですが、「俳優祭でやったから」という理由から、実現には至りませんでした。
ーーもともとは、なぜ白雪姫に着目を?
俳優祭でやっていたからです(一同、笑)。大幹部さんたちが七人のこびとをやり、訳もなく完結していくというのが、画期的だと思ったんです。歌舞伎がこんなにも楽しいといわれているのは、こういうことなのだろうなと感じたことを覚えています。
『本朝白雪姫譚話』白雪姫=坂東玉三郎 撮影:下村一喜
役者が土壇場に考えたものは、やはり歌舞伎的なのでしょうね。白雪姫にも、歌舞伎的なところを感じます。脚本を書いてもらい、読んで初めて気が付いたのですが、白雪姫って何も意思がない人なのですよね。お母さんにはしっかり意思がありますし、鏡もとても理論的。白雪姫だけは何も考えていなくて、流されながら、でもハッピーになる。それもいいでしょう? お昼に阿古屋をやりますから、その分だけ夜は、ぼーっとしていようと思います。
ーー上演にあたり、どのような演出を計画されていますか?
題材が白雪姫でも、歌舞伎でなくてはいけません。上手くいくか分かりませんが、紗幕を使い、後ろにはずっと演奏家がいるような演出ができればと考えています。そして音楽劇になります。お母さんと鏡は台詞劇でありながら、関係性を舞踊で表現したり。娘の白雪と、美で競おうとする母に、鏡の精が「美が敵わないならば、歌舞音曲で競いましょう」と提案し、梅枝さん、児太郎さん、私の三人でお琴も弾く場面も予定しています。
(一同、「阿古屋三人が!」と盛り上がりどよめく)
配役については、(キャリア・立場から言えば)私が母親なのですが、私が児太郎さんに「お母さん、林檎をください」って言うのもきっと面白いものになるでしょう(笑)。
坂東玉三郎
ーー七人のこびとや王子様も、登場するのでしょうか?
こびとは、妖精という設定にし、子役の方々に演じていただきます。本当にしっかりした、素敵な子供たちです。劇中で妖精には、モーツァルトのオペラ『魔笛』からヒントをいただいた歌を歌ってもらいます。そして王子様。見たことのない王子様にしようということで、歌之助さんにお願いしました。
歌舞伎座なりの、歌舞伎座らしい新作を
取材会の後半は、新作歌舞伎を創る時の思い、次世代の育成について話が及んだ。新作歌舞伎を手がける際、外部の脚本家を採用するケースも多い中、玉三郎は(ふだんから歌舞伎に関わっている)幕内の作家に執筆を託す。
ーー外部の脚本家の方ではなく、幕内にお願いするのは、育成を意識してのことでしょうか。
幕内に書ける人がいるからです。歌舞伎座という空間を知っていて、役者のことも知っています。この先も新作を準備していますが、やはり幕内の方にお願いをしています。
ーー新作を創る時、玉三郎さんは「歌舞伎らしさ」「歌舞伎座らしさ」をどのように定義していますか。
歌舞伎座らしさ、ということであれば、大きさや空間でしょうか。定義は難しいのですが、「歌舞伎座に来てくださるお客様に納得いただけるものを」という思いです。大変なことですが、それでも新しい作品、変わった作品も提供していかないといけないと思っています。
ーーそれは、歌舞伎界のために?
自分のために。冗談です(笑)。私は、歌舞伎界という考えをもったことがないのです。ひと月ひと月、与えられた興行を成立しなければ、という思いだけでやってきました。今月が良ければ来月も良いという保証もありませんが、それでも「これが成立すれば、次の機会があるかもしれない」と。
坂東玉三郎
その時に考えるのは、自分がやりたいものと、お客様が見たいと思ってくださるもののことです。究極は「お客さんに気持ちのいい時間を過ごしてもらえたら」という思いです。
ーー「歌舞伎界のために」は意識されないとのこと、「次世代の育成」についてはいかがでしょうか。
縁があったらなし崩しに(笑)。しかし利己的な言い方をしますと、これも「自分の思い」です。本当に人のためになるのだろうか。人のためと思っていること自体が、僭越なのではないだろうか、と感じることがあるのです。ですから今を大事に、出会った人との時間を大事にするだけです。

歌舞伎座公演『十二月大歌舞伎』は、12月2日(月)~26日(木)までの開催。
ここで紹介した演目の他、「昼の部」A・B両プログラムにおいて、コレラが流行った幕末の江戸が舞台の『たぬき』で、中車が主人公の金兵衛を演じる。Bプログラムの『村松風二人汐汲』は、長唄舞踊。梅枝の村雨、児太郎の松風という顔合わせだ。さらに夜の部は、『神霊矢口渡 (しんれいやぐちのわたし)』 も上演される。松緑が頓兵衛、梅枝がお舟、児太郎が傾城うてな、萬太郎が下男六蔵、坂東亀蔵が新田義峯を演じる。令和元年の締めくくりに、歌舞伎座で華やかなひと時を楽しんではいかがだろうか。
取材・文=塚田 史香 写真=オフィシャル提供

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