加藤健一×小田島恒志インタビュー~
あの演劇人も影響を受けた、加藤健一
事務所がレイ・クーニー『パパ、I L
OVE YOU!』10年ぶりに再演 

1994年、加藤健一事務所が日本初演したレイ・クーニー作の笑劇『パパ、I LOVE YOU!』(原題:It Runs in the Family)は多くの演劇人に多大なる影響を与えた。
そのうちの一人が三谷幸喜。かつて三谷が主宰していた劇団が「東京サンシャインボーイズ」という名前だったこともあり、ニール・サイモン好きとしての認識が一般的だが(『サンシャイン・ボーイズ』はサイモンの戯曲のタイトル)、本当に好きなのはレイ・クーニーだと吐露したこともあったとか。『パパ~』の初演に衝撃を受けた三谷は、そのとき主演のデーヴィッドを演じていた角野卓造にあて書をして、95年に『君となら』(山田和也演出、PARCO劇場)を上演した。『パパ~』を彷彿とさせるワンシチュエーションのドタバタコメディは大評判となり、97年に再演、2014年に再々演されている。
もう一人は、劇団東京ヴォードヴィルショー主宰の佐藤B作だ。初演を見た後、翻訳の小田島恒志に連絡をして、「あまりにも面白かったから自分の劇団でもレイ・クーニー作品をやりたい」と直訴したという。その結果、94年にイギリスで初演されたばかりだった『ファニー・マネー』(原題:Funny Money)を小田島が翻訳、95年に劇団で上演した。
このように、日本の喜劇界を牽引する2人をこれほどまでに突き動かした『パパ、I LOVE YOU!』が、2009年の再演以来10年ぶりに上演される。人気の作品だけあって、他団体でも何度も上演されているが、本家とも言うべき加藤健一事務所での上演を心待ちにしていたファンは多いはずだ。また、加藤健一事務所では昨年、同じくレイ・クーニーの『Out of Order~イカれてるぜ!~』(原題:Out of Order)を上演して好評を博しており、それも『パパ~』再演への期待値を高めたと言えるだろう。
レイ・クーニー作品の魅力とはどこにあるのか、加藤健一事務所がレイ・クーニーを上演してきたこれまでの歴史を振り返りながら、加藤健一と小田島恒志に話を聞いた。
(左から)小田島恒志、加藤健一
“雄志恒志”で訳したレイ・クーニー2作品
――レイ・クーニーの二大傑作といえば『ラン・フォー・ユア・ワイフ』と『パパ、I LOVE YOU!』ですが、どちらも加藤健一事務所で、小田島雄志・小田島恒志訳で上演されています。
小田島 『ラン・フォー~』の加藤健一事務所での初演は93年で、ちょうど僕はイギリス留学から帰ってきた頃でした。そうしたら父(小田島雄志)が「現代イギリス英語は留学帰りのお前の方がわかるだろうから一緒に訳さないか」と言ってくれたんです。上演したらあまりにもお客さんのウケがいいので、これは僕の翻訳もいけるぞ、と天狗になっていたのですが、ちょうど同時期にテアトル・エコーがレイ・クーニーの『情事だジョージ非常時だ?!』(原題:Two into One)を上演していて、それは違う人の翻訳だったのですが見に行ったらものすごく面白かったんですね。この面白さはやっぱりレイ・クーニーの力であって、翻訳の力じゃないんだな、と思い知らされて、あえなく「三日天狗」で終わりました。その後、加藤健一事務所の制作さんが「『ラン・フォー~』がウケたので、次の作品も“雄志恒志”でやりませんか」と声をかけてくださいました。言っておきますけど、お笑いコンビの“U字工事”が出てくるより“雄志恒志”の方が先ですからね(笑)。それで『パパ~』を翻訳したのですが、嘘のつき方やタイミングが絶妙で面白くて、楽しい思いをさせてもらいました。
――小田島さんが初めて翻訳したレイ・クーニー作品が『ラン・フォー~』なんですね。
小田島 それどころか、翻訳者として僕の名前が表に出たほぼ最初の作品です。同時進行でもう一作品、栗山民也さんの演出で上演されたアガサ・クリスティーの『ホロー荘の殺人』を訳していたのですが、そちらはすごく上品な英語で上品なことをやっている芝居でした。『ラン・フォー~』は上品な英語で下品なことをやっているんです。いわゆる汚い言葉はほとんど使わないけれど、やっていることが下品なんですよね。そこがすごくイギリスらしいなと思いました。
小田島恒志
――“雄志恒志”で訳す時の役割分担はどんな感じだったのでしょうか。
小田島 基本的に向こう(父)が師匠ですから、まず僕が全部訳して、まだワープロとかがない時代なのでノートに手書きしたものを、父が後から赤を入れて清書するという流れでした。『パパ~』のときはほとんど赤がありませんでしたが、『ラン・フォー~』のときは相当赤を入れられましたね。僕はどうしても原文に近く、意味をちゃんと言わなきゃと思ってしまうのですが、父はその点は自由で、意味よりも間とかタイミングの面白さが伝わるように訳します。僕が訳したものを父が直すのですが、「でもそこをそうしちゃうと、ここがおかしくなるんじゃないか」とか、下ネタがいっぱい出てくる内容を親子で、ラーメンとか食べながら大真面目に話し合っている様はちょっとシュールでしたね(笑)。
――息子さんの創志さんも翻訳家としてデビューされましたね。
小田島 実は今、レイ・クーニーの息子、マイケル・クーニ―の『キャッシュ・オン・デリバリー』という作品を“恒志・創志”で訳して、その稽古もいま同時にやっているんです。元々この作品は僕の訳で上演していたのですが、作者がその後書き換えた部分があったので、そこの直しを息子がやったんです。
――“雄志恒志”に続く、“恒志創志”コンビの誕生ですね。そういえば、レイ・クーニー親子も共作がありましたよね。
小田島 『トムとディックとハリー』(原題:Tom,Dick and Harry)ですね。2008年にテアトル・エコーが日本初演して、そのとき僕が単独で訳しています。あれは、エコーでやる前に別のところに翻訳したものを見せたら「くだらなすぎる」と却下されてしまったんですよ(笑)。
(左から)小田島恒志、加藤健一
レイ・クーニーばかり上演するのは危険?
――加藤さんは93年、94年と立て続けにレイ・クーニーを上演されましたが、当時の心境はいかがでしたか。
加藤 『ラン・フォー~』を上演してみたらお客さんがすごく喜んだので、じゃあもう一本やってみようかな、ということで『パパ~』を上演しました。しかし2本やって「この路線をずっとやっていると危ないな」と思ったんです。お客さんがこういうものばかりを望むようになったり、加藤健一事務所はこういう芝居をやる団体だ、というイメージがついてしまうと怖いから、ちょっとドタバタコメディとは距離を置いていたのです。でも、時々はやりたくなりますね。
――『パパ、I LOVE YOU!』という邦題は加藤さんが付けたとお聞きしました。
小田島 コーディネーターを通してレイ・クーニー本人に伝えたら「いいタイトルだ」と言っていたそうです。お見事でしたね。
――初演時は綾田さんが演出でしたが、2009年の再演から加藤さんが演出をされています。どうしてご自身で演出しようと思われたのでしょうか。
加藤 綾田さんが忙しくなったのもありますが、時々は演出も色気が出てやりたくなるんです。役者は自分の役にしか色を付けられないけれども、作品全体に色をつけていくというのは非常に楽しいことです。とはいえ、ものすごく大変だから基本やらないようにしているのですが、でもやっぱり演出は面白い仕事ですね。
加藤健一
――この作品の演出の面白さと大変さは、どう感じていますか。
加藤 どのお芝居もそうですけど、特にこういうライトコメディの場合は役者さんが“嘘の芝居”をしやすいんですよね。重い芝居だと、役者さんは真面目にやってくださってあんまり嘘をつかないのですが、コメディだとつい嘘の芝居をしてしまいがちです。それを、シリアスな芝居とあまり違わないような演技にしてもらうんです。まったく同じではダメなので、コメディの演技というのは非常に難しいんです。ただ、コメディで起こっていることというのは、悲劇なんですよ。幸せな人たちばかり集まってもコメディにならないんです。苦しんでいる誰かがいて、その苦しむ様を必死でやるときに嘘がないようにする、というのが演出の役目ですね。
――『パパ~』の日本上演は、やはり加藤健一事務所が本家だと思いますが、小田島さんはどうご覧になっていますか。
小田島 以前は『パパ~』をやりたい、という連絡をもらって上演を見に行くと、まるで加藤健一事務所のコピー版のようだった、ということがよくありました。特に一人一人のキャラを、加藤健一事務所の解釈そのままでやっていて驚きましたね。やはりみんな加藤健一事務所の公演を見て面白いと思ったから、そうなってしまったのでしょうけど。25年前の初演の映像はNHKで放送もされましたよね。
――NHKだと放送禁止用語とかに厳しいですよね。でも、レイ・クーニーは上品な英語だからそういう言葉はあまり出てこないのでしょうか。
小田島 いや、それはまた別問題ですね。例えば『ラン・フォー~』は、いわゆる差別的な観点から、今の日本では上演が難しくなってきたかも、と思います。ただ、イギリスの笑いって元々そういうものなんです。BBCで、孫の彼氏が作ったケーキをもらったおばあちゃんがそれを食べて「こんなおいしいものを作ってくれるなんて羨ましいわ」と喜ぶんですが、やってきた彼氏を見たら黒人で、おばあちゃんは食べていたケーキを全部吐き出すという、そういうことをイギリスの国営放送が笑いとして放送するんですよ。だけどそれは、このおばあちゃんが変だよね、差別している方がおかしいんだ、というのを見せているんです。とはいえ、それを見て不愉快に思う人は当然いるだろうし、日本ではやれないネタですよね。
「文学座に恨みがあるのかと思った」(小田島)、「違います(笑)」(加藤)
――加藤さん演じるデーヴィッドが起こすドタバタに巻き込まれてしまうヒューバートを演じるのは、文学座の清水明彦さんです。昨年の『Out of Order~イカれてるぜ!~』で加藤さん演じる副大臣に振り回される秘書役を演じた浅野雅博さんも文学座所属と、加藤さんの巻き添えに遭ってしまう役は文学座の方が多い印象です。
加藤 『パパ~』の初演のときは角野さんがデーヴィッドでしたから、僕が巻き込まれる側でしたけどね。文学座とは昔から関わりが非常に深くて、加藤健一事務所は『審判』を上演するために設立したのですが、『審判』は江守徹さんが初演して次に僕がやらせてもらったんです。『熱海殺人事件』も文学座が初演で、その後「新劇」という雑誌に載った上演台本を読んで、これは面白いと思って自分で上演しました。そういう関係で角野さんとも知り合ったりと、昔から文学座とは関係があって、どういう役者さんがいるかもよく知っているので、一緒にやりやすいというのはありますね。
加藤健一
小田島 今年5月に上演された『Taking Sides~それぞれの旋律~』では、加藤さんがフルトヴェングラー役の小林勝也さんを追い込む側だったし、今回もある意味で清水さんを追い込んでいますから、よっぽど文学座に恨みがあるのかと思ったけど、そういうわけじゃないんですね(笑)。
加藤 違います違います(笑)。勝也さんのことも本当に昔から、20代の頃から知っているんですよ。僕は文学座のアトリエが好きで、だからここ(インタビューが行われた加藤健一事務所の稽古場)にもアトリエの真似をしてバルコニーを作ったんです。
小田島 ここの裏に杉村春子さんは住んでいないですよね?(※文学座アトリエの裏には杉村が住んでいた)
加藤 住んでいらしたらよかったんですけどね(笑)。
加藤健一
「笑ってる自分に感動した」という感想が一番嬉しかった(加藤)
――先ほど加藤さんが、レイ・クーニーばかりやっているとそういうイメージが付きすぎると懸念されていましたけれども、今後もこうしたドタバタコメディをもっとやって欲しいと願っているファンも多いと思います。
加藤 コメディを上演することの難しさは、例えばレイ・クーニ―の別の作品を上演して、『パパ~』の方が面白かったね、と言われてしまったらやる意味があるのかな、と思ってしまいます。昨年やった『Out~』は、そこはクリアできていたんじゃないかと思いますが、前の作品を超えるということは、とても難しいですよね。だから、時々やる分にはいいんですけど、続けてやると比較されて「前の方が面白かった」となっちゃうような気がするんです。
小田島 『Out~』は90年の作品なので、87年初演の『パパ~』とほぼ同じころ書かれているんです。ちょうど一番脂が乗っている頃だったのでしょうね。『パパ~』はクリスマスの時の話なんですが、パントマイムと言って、イギリスでは職場の人が集まって芝居をやったりするのが普通に行われているんです。病院で、しかも国際会議をやっているようなタイミングでお芝居をやる、って日本の感覚とはずれていると思うのですが、そういう部分も「ああ、イギリスってそうなんだな」と思ってもらえたらいいなと思っています。
小田島恒志
――では最後に、公演に向けてメッセージをお願いします。
加藤 加藤健一事務所ではレイ・クーニー作品をこれまで3本やっていますが、いろんなアンケートの中で僕が一番嬉しかったのは「お芝居を見てこんなに笑っている自分に感動しました」というものです。お芝居自体は実にばかばかしいことをやっているのですが、それを見て笑っている自分に感動している、というのはすごく嬉しいことですよね。大人になってからイスから転げ落ちそうなくらい笑うことなんて普通はないけど、でもそんなことが実際に体験できるのかな、と思って見に来ていただけたら嬉しいです。
小田島 芝居を見に来る人の中には、文化教養の体験として何かを学ぶことを意識している人もいるかと思いますが、この芝居を見て学ぶものは何一つないと思ってください(笑)。ただただ気楽に見てもらえたらいいと思います。
取材・文=久田絢子  撮影=岡崎雄昌

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