【リハーサル・レポート】反田恭平が
弥栄高校合唱部と「スタクラフェス」
で共演

国内最大の全野外型クラシック音楽祭『STAND UP! CLASSIC FESTIVAL 2019(通称:スタクラフェス)』が、2019年9月28日(土)29日(日)に横浜赤レンガ倉庫特設会場(横浜市中区)で開催される。その初日(28日)のHARBOR STAGEでのプログラム「NEXT LEADER ~反田恭平の世界~」(15:30~)では、2018年に神奈川県高等学校合唱祭で教育長賞に輝いた神奈川県立弥栄高等学校(相模原市中央区)合唱部と反田恭平が共演する。うち一曲は、反田が書き下ろした合唱曲『遠ゆく青のうた』の世界初演となる。このほど、その練習のために反田が弥栄高校合唱部の練習場を訪問した。今回は、その模様をレポートする。
反田の到着を前に合唱部員が熱心に発声練習を続けていた。伴奏をしていた女子生徒が鍵盤に置いていた手を止めると、「(反田との練習は)緊張すると思うんですけど、いつもの笑顔で」と部員を見渡して、両手を口角に置き、上にぐっと持ち上げて見せた。「笑顔で行きましょう」。聞いていた生徒もそれにならい、笑顔を作ってリラックス。緊張で固まっていた体が少し、ほぐれたようだった。
「みなさん、よろしくお願いします」。
Tシャツに足元は白いスニーカー。肩まである髪の毛を後ろにざっくりと束ねた反田が視聴覚室に入ってきた。一礼をすると、「モルダウからやりましょうか」と拍手で迎えた部員たちをうながした。
生徒が楽譜を準備する間、反田は「モルダウっていうのは、チェコを流れる大きな川なんです。ヨーロッパにある河って、川幅が広くて悠々と流れていてね」と日本から約9千キロ離れたチェコの西部を流れるブルタバ川について語り始めた。
『モルダウ「我が祖国」より』を作曲したスメタナは、源流からボヘミア盆地の水を集め、大河となって、プラハを通る全長430キロあるチェコ国内最長の川の雄大さを、人々の心情などとともに五線譜に描いた。
「川の流れのように、歌も始まりから最後までずっとつながっているようなイメージを持って」
雪解け水のしずくがキラリと輝くようなピアノの伴奏が始まり、部員たちが声を合わせていく。小川が大きな川となり、うねりを持って下流へと進む様子を歌声に。
《岩にあたり しぶきあげて 渦を巻く》と歌う部分は「リフレインを意識して」と指導が入る。「1回目(岩にあたり)よりも、2回目(しぶきあげて)の方が、もっとふくよかに。3回目(渦を巻く)はもっと大きくなれるといいかな」
練習を始めて15分。反田が「1回全部、『あ』で歌ってみよう」と提案する。ソプラノ、テノールなど全てのパートが、前奏から『あ』で体を膨らませていく。
「みんな楽譜を見て歌っているから、視野が狭くなっている。そうじゃなくて、顔を上げて歌声を人がどう聴くのかを感じてみて」。周囲の声を聴くのではなく、自分の歌声が聴き手にどう聴こえるのか。複雑な呼びかけに部員が、戸惑った表情を見せたが「それを感じられるとプロになれる。人の息を吸って。どう聴こえるかが分かると、アンサンブルが増すから」とたたみかける。「自分のオーケストラはもっとハードに練習をしている。みんななるべくついてきて」。語り口調は柔らかいが妥協を許さない。「(楽譜の)41番の所は、早めにめくって」。細かい指導が矢のように飛んでいく。
70番では「(テンポ)ルバンドルバートを作りたい。これは“盗まれた”という意味がある。気付かれないレベルで、ちょっとだけ時間を取りたいの。みんな息のブレスを気を付けてみて」。「『あ』が難しいなら、63からは『う』で歌ってみようか」。部員たちの潜在能力を引き出そうと、どんどん違うアプローチを試みる。「期待に応えたい」。反田の言葉を理解しようと必死な部員たちの額に汗が光った。
「僕は男だから、男には厳しいかも」。アルトパートの生徒に「80のファのシャープは、猛烈に欲しい。この曲の良さが引き立つところ」と反田の言葉も熱を帯びていく。「全体的に(スコアに)アクセントがある意味を考えて」。歌っては細かい修正を加えていく反田。「僕はいま(ポーランドの)ワルシャワに住んでいるんだけど、(同地で生まれた)ショパンが書くアクセントは、同じ記号でも意味は20種類くらいある。このアクセントは民族系のアクセントにして。スイングするような」。
反田の言葉に「はい」と食らいついていく。「みんなすごいね。ちゃんとついてこられて」と反田の感想に、生徒たちは充実した表情を見せた。
レッスンを初めて1時間。なだらかに蛇行したり、流れが速い荒瀬を過ぎたり。場所によって変化していく川の流れのように、豊かになった歌声に「あぁ、そうキレイキレイ」とようやく反田に笑みが生まれた。「いますごい、キレイだったよ」とうれしそう。しかしすぐさま「何でキレイだったのか分かる?」と問い。手綱を緩めない反田の姿勢に、部員らは言葉を詰まらせたが、「人の声を聴いていたからだよ。最初は5人ぐらいしか、周囲の声を聴いていなかったけれど、いまは10人ぐらい増えたかな。聴くことで、向かう方向を共有できたからキレイだったの。みんな1回説明して、練習を繰り返すごとに良くなっているからね」
反田の言葉を吸収し、体現していく生徒たち。「素敵なモルダウになりました」。目の前に大河が広がっているような感想に、安堵した様子の生徒たち。「歌うとき、合唱で人間が感動するときってどんなときだろうと内省してみて。ただ大きな声で圧倒するだけじゃ(人の)心は動かない。弱音で聴き手の琴線に触れること。グッと語りかけて」。楽譜に書いてない表現を学んだ生徒たちは、反田の言葉から多くのことを学んだようだった。
15分ほどの休憩を挟み、反田が合唱のために初めて作曲した『遠ゆく青のうた』の練習が始まった。
まずは楽譜に刻んだ音符や記号を確認していく。「フレーズは基本的に8小節なので、息が持たない人は持たせてください。隣の人とかぶらないように、小さく息をするのは許可します」。「半音を意識して。(次の音に)キレイに着地するように」。さまざまな角度から求められる要求。生徒は手に持ったペンで、反田の言葉を楽譜に書き込んでいた。
「みんな楽譜の最後(90小節目)にある、『Larmoyant』の意味は分かりますか?」。ピアノを囲んでいる生徒から「涙を持ってという意味合いかな」と返答が戻ってきた。「調べてくれたんだね。ありがとう」。反田自身も初めてとなる挑戦に対し、準備を整えている生徒の思いがうれしかったのか、ふんわりとした反田の笑顔に、ピリリとしていた場が和んだ。
「この曲は青春時代を表しています。過去と現在。そして未来を考えて作曲しました。『Larmoyant』はフランス語なんだけど、涙ぐんだりすることって、僕もあるんだよね。今の自分がイヤっていう葛藤が。さよらなしたいって思うとき」。過去を回想しながら語る反田。真っ直ぐな言葉から、25歳の反田が抱えている孤独や不安が垣間見えた。
「最初は『あ』でやってみましょうか」。起立した生徒たちが、ピアノに合わせ声を出していく。『モルダウ』とは違う緊張感。生徒の声がどのくらい出ているのか。神経を研ぎ澄ましていく。
「ちょっとピアノを触っていいですか?」。とピアノを使って、アクセントを付けて欲しい音の場面では、白鍵を揺らし「ここが大切です」と説明。「三連譜はちょっと“人を誘惑するように”。手招きをするためには、ユーモアが大事だよね」など作曲者自らのあふれる思いに、生徒たちの体温が上がった。
「間違えてもいいから、自信を持って歌ってみて」
歌い出した生徒と共に、反田もデクレッシェンドと記された場面では「シー――ッ」と声を出して歌声を小さくしていくようにと先導していく。「クレッシェンド記号を境に、声を小さくするのではなくて、だんだん小さくしていくの」。すぐに飲み込んでいく生徒たちの声を聴き、「そうそう、完璧。完璧。次は三連符」と生徒の表現を磨いていく。終盤にかけてのこだわりは68小節目以降、『grazioso e grandioso』と記された部分。「バッハがオルガンで弾いていたコラールをイメージして。天国で聴こえるような音楽にしたい」。
約30分ほどの練習で、不安定だった声や思いがそろっていく。《おおきなたからもの おもえたこと おもえること》という歌詞部分についても、「思え“る”こと、思え“た”こと。この差は大きいと思うんだよね」と心情が変化し、そこに時間の経過があることについて示唆。「この2カ所は同じことをしたら面白くない。些細なことだけど、音色を変えて歌ってね」。「半音は、ジャズっぽく。スゥイングするように」。料理の隠し味のように、少しの“技”が大きな効果になるからと、細かい修正を加えていく。生徒たちは、新しい表現を身につけようと、必死にメモを取っていた。練習終盤には、反田が『大好きな曲』と絶賛した『僕が守る』の確認も。「いま、みんなの青春は青緑や黄色に輝いているイメージなんだけど、誰かを守る強さを表現するには、赤や白い輝きが欲しい。意識するだけで全然変わるから」とアドバイス。2時間で3曲を磨き上げた反田は、「濃い2時間でした。みんなの集中力はすごい」と部員たちに向かって拍手を送り、「本番までに、発音とか確認をして、当日は楽しんでやりましょう!」と再会を誓っていた。
練習を終えた部員たちと記念撮影をした反田。Vサインではなく、Vにした指を横に倒し音楽記号の“クレッシェンド”と“デクレッシェンド”を示したという独特のポーズでにこり。ピアニストというよりも、ダンサーのようないでたちの反田は。もう何度も会ったことがあるような空気で生徒たちに溶け込んでいた。
《練習を終えてインタビュー》
――反田さんと練習をしてみての感想は
竹下凜さん(副部長 、アルト):間の開け方(休符の理解)など、ひと言ひと言が心に染み込みました。2時間がとても短く感じました。
小澤三葉さん(学生指揮者、ソプラノ):反田さんが新曲された『遠ゆく青のうた』を初めて聴いたとき、子どもから大人まで楽しめるすごくいい曲だなと思いました。それに歌詞がついて、歌詞もすごく良くて。その上で今日、反田さんに会って、やっぱり曲を作曲された方に、直接、作曲をされた音楽について生の言葉を聞くということは、本当の意味で音楽を知るということにつながると思いました。自分たちで調べることもできますが、反田さんから教わった言葉が、何よりも音楽を豊かにしてくれるんだと知ることができました。世の中の人が合唱に持っているイメージは「真面目」とか、そういうものが多いと思うのですが、『半音の表現は「ジャズの雰囲気で』など、概念を覆されるようなアドバイスが新鮮でした。
小林彩さん(部長、ソプラノ):一緒に音楽をすることを通して、場の空気じゃないですけど、一緒の空気を共有して一緒に音楽を作っていくという時間が濃密でした。かけがえのない青春の1ページになりました。歌はたくさんの人と一緒に歌えるものなので、今日は反田さんと歌えたことがうれしかったです。
大槻一成さん(ベースパートリーダー):正直、今朝は新曲(『遠ゆく青のうた』)を歌うことに不安があったのですが、反田さんと練習をすることができたので、当日は作者の気持ちをちゃんと伝えたいと思いました。とてもいい経験でした。
尾見伊織さん(テノールパートリーダー):反田さんが作曲された『遠ゆく青のうた』を、初めて弥栄高校の合唱部が歌えるという大変貴重な機会をいただいて、ありがたいと思っています。その上で、作曲者本人から、曲(『遠ゆく青のうた』)について、生まれた経緯などを教わることができたこと。また教わっている内容が、それぞれ深みがありこの上ない貴重な経験ができました。
反田恭平さん:『遠ゆく青のうた』は、あれもこれもと考えている間に、予想よりもはるかに難しい曲に仕上がってしまいました。オペラ劇場で5、60代のプロの人たちの成熟した声を聴く機会はあっても、この曲を歌う高校生くらいの、10代の歌声を生で聴く機会が、僕自身が減っていたので、考えているうちに細かいアーティキュレーションを付け加えてしまって、でもその分やっていく中で、夢や想像が膨らんでいきました。
やっと曲ができて、歌詞もできたとき、これは絶対にいい曲になる!とすごく思いました。将来はNHKの合唱コンクール、卒業式などでも歌ってもらえたら面白いかなと。
今日は弥栄高校の合唱部とご一緒して、みなさん口にされていましたが、生きている作曲家の人と触れ合う機会は少ないと思うので、貴重な機会だと感想を持ってくれたのは良かったです。僕自身も何人か日本の作曲家と交流させていただいたことがあるのですが、やはり作者の言葉はとても重いなと感じたので。
僕は今25歳なので、今日一緒だったみんなとは、8、9歳くらいの差があるのですが、この年代の1年の差って大きいですよね。久しぶりに高校に来てみんなと交流して、中学生のときに校長先生が、その差について話してくれたことを思い出していました。1年は365日あるので、ご飯を食べる回数にしたら365✕3で、約1000食あるんですよね。1000回お腹が空くレベルで考えると、体躯差も人生経験の幅も出てくる。2年生なら2000回。そのことを頭に置くと、体つきの違いから、音量差とか同じパートでも細かい差が見えたのですが、空気感が何よりも良かった。僕が言ったらちゃんと、冷静になって考えて歌ってくれるから。本当に濃密な2時間で、言ったらよくなる素晴らしい合唱部でした。
――本番に向けた意気込みをお願いします。
竹下凜さん(副部長 、アルト):私たちの大好きな合唱や音楽で、反田さんの思いや、私たちが日々感じている青春の輝きとかを歌詞に乗せて、歌いたいです。当日会場に来てくださる方々や、世界中の人に合唱を広めていきたいです。
小澤三葉さん(学生指揮者、ソプラノ):私は中学から合唱を続けていますが、やっぱり知名度の低さを感じていて、周囲が地味みたいに思っていることを感じています。でもずっと頑張ってきて、今年は全国に向けて金賞を獲れたり、9月のスタクラでは反田さんの新曲を私たちが世界初披露することができるなど、この1年で色々な経験をすることができました。合唱や音楽にはゴールはないので、自分自身に磨きをかけていきたいです。私自身、今が一番楽しいと思うけれど、受験などがあり、大人になっていくことに不安もありますが、反田さんの曲を歌うときは「大人になっても頑張れるように」と励まされている気持ちになります。また、スタクラで聴いてくれた大人の方々にも「自分も、まだ何かやってみようかな」と思っていただけたらうれしいです。それによって、反田さんが曲を作られた思いも伝わるのかなと思います。
小林彩さん(部長、ソプラノ):赤レンガ倉庫のステージは、これまでに経験したことがない大きな舞台です。そこでたくさんの人と思いを共有する機会をいただけたことがうれしいです。私たちもお客さんも、いい時間を過ごすことができたと思えるように頑張りたいです。合唱は大人になっても続けられるし、吹奏楽と違って楽器がなくても、体ひとつで始められるものなので、私たちの合唱を聴いて「自分もやってみようかな」と思ってもらえたらうれしいです。
大槻一成さん(ベースパートリーダー):僕は高校に入って初めて合唱という存在を知りました。初めての世界は知らないから怖いということもありますし、練習はとても大変ですが、今日まで合唱ができてとてもうれしいので、その『合唱ができてうれしい』という気持ちを、スタクラに来ているお客さんたちに伝えられるよう頑張ります。
尾見伊織さん(テノールパートリーダー):僕も合唱を始めてからまだ数年なので、練習をするたびに刺激をもらっています。特に今日、反田さんに教わることができて、人生の中で何かが大きく動いた感じがして。その感情と、今日反田さんに教わったことを自分たちで吸収して、深化させて自分がもらった刺激をお客さんに渡すことができたらうれしいです。
反田恭平さん:合唱は幼稚園くらいから始まって、歳を重ねても続けられるもの。大事なのは『歌う』という定義だと思っていて、もっと日本の中で広まって欲しいと願っています。今回、スタクラに出演をさせていただくにあたって、「合唱の素晴らしさを伝えたい」とスタッフの方にお願いをして、弥栄高校との共演がかないました。もっとみんなで歌えるような曲も作っていきたいと思っています。歌、人の声というのは、一番の魅力だと感じています。赤レンガの会場に1万人・・・、2万人が集まったとしても、我々は我々の音楽を届けるだけです。2万分の1でもいい。「また聴きたい」と思ってくれる人がいればと思って、僕はピアノを弾いているので、当日が楽しみです。今回の縁をつなげて、1年後にまた共演したり、あとはうちのレーベル(NOVA Record)でレコーディングをすると言うこともあるかもしれないし。可能性を考えていきたいですね。
「17、18歳くらいから精神年齢は成長していないから、過ごしやすい」と終始リラックスした表情で生徒と会話していた反田。「作曲家の反田さん」と声を掛けられ、「初めて作曲家と言われた」とはにかんでいた。生徒から「『遠ゆく青のうた』が自分の心情に重なる」と感想を述べられると、「恥ずかしい」と耳まで真っ赤に。取材後には、“大きいお兄ちゃん”のような存在に和んだのか、生徒に囲まれて質問を受けていた。一丸となって取り組む『遠ゆく青のうた』の世界初演に注目が集まる。
【動画】反田恭平×神奈川県立弥栄高等学校合唱部「スタクラフェス2019」リハーサル映像

取材・文=西村綾乃  写真撮影=福岡 諒祠

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